リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

台湾が長距離ミサイルで北京を狙う理由 〜台湾の防衛戦略

 台湾が中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルの開発を再開する模様です。これに成功すれば中国の首都・北京をミサイルで狙えるようになります。

 いまの台湾の総統は馬英九という人ですが、彼は中国に友好的な姿勢をもっています。だから北京を狙える長距離ミサイルの開発は停止していたそうです。

 しかしここにきて、その態度が急に変わり、開発再開となったのは一体なぜなのでしょう? また、そもそも台湾はなぜ中国を狙えるミサイルをもとうとするのでしょうか。

普天間と中国のせいで態度が変わった

 報道によれば、馬政権が態度をかえつつある背景には、普天間問題のせいで日米同盟の先ゆきが不透明になっていることと、それにタイミングを合わせたように中国の軍事活動が活発化していることだ、といいます。

再着手は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題を巡る日米関係のギクシャクぶりへの台湾側の懸念や、中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感と受け止められている。


…馬政権は当初、中国の首都・北京を射程圏とするミサイル開発で中国を刺激することは避けたい考えだった。また、開発停止の背景には沖縄海兵隊を含む在日米軍の「抑止力」があった。


…関係筋は「普天間問題に代表されるように、台湾に近い沖縄にある米軍の存在や役割が変化する事態もあり得る。米軍が台湾を守る力にも制限が加わる可能性が出てきたことから、抑止力を高める方向に再転換したのではないか」とみている。

毎日jp(毎日新聞)

総統府直属のシンクタンク、中央研究院の林正義・欧米研究所研究員は、「現政権は中国を怒らせたくない。日米との軍事協力についても公にしたがらない」という。  


だが、米軍普天間飛行場の移設問題をめぐる日米間の摩擦が浮上し、タイミングを合わせたように中国の軍事活動が活発化すると、馬総統は態度を変えた。昨年12月ごろから…「台湾は日米同盟を重視している。東アジアの安全と安定の要だ」と繰り返すようになった。  

毎日jp(毎日新聞)


 この報道で述べられているように、アジア・太平洋地域の要である日米同盟が揺らいでいることは、台湾にとって他人事ではありません。

普天間問題は台湾にとっても問題

先日このブログでも書いたように、沖縄の米軍基地は台湾有事への即応にも使用されます。下記の記事では、中国が少数の部隊による首都奇襲、いわゆる「斬首戦略」をとった場合に焦点をあてました。

普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり) - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 ただ上の記事では斬首戦ばかり強調し過ぎ、他の形態で台湾紛争が起こったときの普天間の機能を書き忘れました(すいません、短時間で急いで書いているので)。

 ほかの形態で紛争がおこったときにも、海兵隊のヘリ部隊が即応可能な位置にいるのは意味のあることです。中国が海から台湾へ増援を妨害している間にも、一定の航空優勢があれば空から短時間で部隊と物資を台湾へ送れるからです。

 また、部隊のみならず基地自体にも意味があります。アメリカ軍の増援、補給の受け入れおよび中継の拠点として機能すると考えられます。これは嘉手納基地だけでは果たせない機能で、報道でもでています。

米海兵隊は有事の際、普天間飛行場に兵士を空輸する大型ヘリコプターなど三百機を追加配備する。現在、同基地のヘリは約五十機のため、実に七倍に増える。

これらを嘉手納基地一カ所にまとめると、基地は航空機やヘリであふれかえる。米側は「離着陸時、戦闘機の最低速度とヘリの最高速度はともに百二十ノット(約二百二十キロ)と同じなので同居すると運用に支障が出る。沖縄にはふたつの航空基地が必要だ」と説明したという。(09年11/19 東京新聞朝刊)

 こういう次第ですから、普天間もふくめ沖縄の米軍基地は台湾有事への即応に重要です。それが今回の移設問題でモメており、日米同盟の信頼性がゆらいでいることは、台湾の防衛に悪影響を与えます。

 また、今回の長距離ミサイル開発は「中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感」のためだと報道されています。これは中国が力をいれている「接近拒否」戦略のことです。これについては下記の記事ですでに解説してあります。

中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 台湾にしてみれば、頼みの綱の日米同盟が普天間問題でぐらつくと、待ってましたとばかりに中国海軍がでてきて威嚇的に活動しだした、ということになります。馬政権が中国よりの態度を若干修正したとしても、不思議はないでしょう。

林研究員は「日本には早く普天間問題を解決してほしい。ただ、在沖縄米軍のプレゼンスが大きく減少するオプションを、台湾は希望しない」と語る。日台関係筋は「台湾から日米安保の後ろ盾がなくなったら、中国との交渉力は確実に低下する」と断言する。

毎日jp(毎日新聞)

台湾の防衛戦略  制空と離島防衛

 ところで台湾はそもそもどういう防衛構想をもっているのでしょうか? 台湾は第一の仮想敵を中国として、その侵略に備えています。そこには大陸に近い島国として、典型的な防衛戦略が存在します。

 もと自衛隊の松村氏(元陸将補)が台湾の軍事研究機関である「軍事科学研究院」を訪問されたとき、台湾軍の研究員はこう答えています。

台湾軍の軍備は、しっかりとした軍事力整備の理論の上に立って行われている。そこで海洋国家としての戦闘ドクトリンの最大の課題は何なのかを尋ねた。


「何といっても、制海・制空権の確保です。次いで金門・馬祖列島に対する増援の戦術的要領です。端的に言えば、小型の”ヒット・エンド・ラン”戦闘ドクトリンです」

(p191-192 「台湾海峡、波高し 素顔の台湾軍」松村劭


 戦闘ドクトリンとは軍全体として「このように戦う」という考えのことです。台湾軍(中華民国軍)としては、台湾海峡の航空戦と海上戦で優位に立つことで本土の安全を保ち、また離島には増援部隊を送りこめるようにして、寄せくる中国軍を撃破する、という考えです。

 あたかも第二次世界大戦のときのイギリスのような、航空戦が鍵を握る防衛戦です。ただし台湾はイギリスと異なり、本土のみならず大陸に近い離島をも守らねばなりません。

 これらの離島は中国から近い上に、豊かな漁場に囲まれているために「漁船の密集ぶりはレーダーでは国籍を識別することはほとんどできない。このことは、もし中国軍が武装漁船で金門・馬祖島を攻撃してきたら、海上で撃破することは不可能に近い、ということ(前掲書p91)」になります。

 従って離島に敵の上陸を許した後、守備隊が持ちこたえている間に増援を送りこんで、敵軍を撃破します。そのときは台湾の海兵隊に当たる海軍陸戦隊をはじめとする陸上戦力が海から投入されることになるでしょう。

 離島への増援派遣にも、台湾海峡上空の航空戦で台湾側が押していることは重要です。台湾が空軍にたいへん力をいれてきたのはこのためです。

もし中国が弾道ミサイルを撃ってきたら、上海を爆撃する


 台湾軍は領空外での活動や、敵地への反撃をも含めた防衛戦略をとっています。これは同じ島国でも日本の”専守防衛”とは大きく異なります。例えば台湾空軍について、松村氏はこう述べています。

彼らの主戦場は、台湾海峡であって台湾の上空ではない。敵機を台湾上空に侵入させるようでは、台湾を防衛することにはならないことを肝に銘じて知っている。専守防衛をうたい、領空内での戦闘しか考えない日本の自衛隊とは大違いである。(p99 松村)


 また、日本では「敵基地攻撃能力」を持つか持たないかの議論がたまにおこります。北朝鮮が弾道ミサイルを開発しているので、向こうが撃ってきたらその基地へ反撃する能力がいるのではないか、いやそれは憲法違反だ、という議論です。

 台湾においてはそんな議論はなく、反撃能力を昔から保有しています。中国は多数の弾道ミサイルを備え、これを「第二砲兵」と称して台湾を狙っています。

 もし弾道ミサイルで攻撃されたら、台湾はどうするのでしょうか? 松村氏が軍事科学研究院の研究員に尋ねると、こういう返事が返ってきたといいます。

「通常弾頭の戦略ミサイルによる攻撃はどうですか?」


中国が台北に戦略ミサイル攻撃をすれば、われわれは上海を火の海にしますよ。どちらが損か、中国はよく承知していると思いますがね。

……いずれにしても金門・馬祖島上空を覆う中国空軍機を追い払う必要があります。その有力な方法が上海空爆です。彼らは上海防空に躍起となるでしょう。その分だけ金門・馬祖列島へ襲い掛かる中国空軍機の戦力が少なくなります。


”攻撃は最大の防御”ということでしょうか」(p194 「台湾海峡波高し 素顔の台湾軍」松村劭


 このようなわけで、大陸へ爆撃をかけることには2つの意味があります。1つには報復措置を持つことで、弾道ミサイル攻撃を抑止することです。もう1つは中国の戦力を本土防空のために分散させ、台湾海峡への戦力集中を妨たげることです。

 従って中国の本土にたいする攻撃能力を持つことは、台湾にとって重要なことなのです。こういった備えを持つことで有事の際に負けないようにし、それによって「攻め込んでもうまくはいかないだろう」と中国に判断させることで有事そのものを未然に防ぐ(抑止する)効果を狙っています。

劣勢になった台湾空軍

 ところが、そのために肝心の台湾空軍は、もはや台湾海峡上空での航空優勢すら危うくなった、といわれています。中国空軍が急激に強大化したせいです。それでは大陸に爆撃をかけても成功するとは限らず、かえって台湾空軍の方が戦力を消耗して、海峡上空の戦いで不利になってしまうかもしれません。

 台湾軍が新しい長距離ミサイルを開発し、その射程を上海から北京まで延ばそうとすることは、この文脈から理解すべきでしょう。上海はもちろん、北京にまでも巡航ミサイルや弾道ミサイルを撃ち込めることになれば、中国はそれを警戒しないわけにはいきません。対空ミサイル、戦闘機といった戦力を各所に配備せねばなりません。また「弾道ミサイルを撃ち込んで脅したら、向こうも北京へ打ち返してくるかも」ということになれば、軍事力を用いるのに慎重になるでしょう。

 このような台湾の防衛事情があるところへ、普天間移設でモメて日米同盟が不安定化し、それを見計らったかのようなタイミングで中国海軍が存在感を誇示してみせました。その結果が、中国に配慮して停止していた長距離ミサイルの開発再開なのではないでしょうか。


引用文献

台湾海峡、波高し
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松村 劭
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普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり)

 私はこのブログで普天間移設問題について語ることを避けてきました。なぜならこの問題は大きすぎて、私の手には負えないからです。といっても「普天間基地を移設しよう、移設先はどこが便利か」それだけで済めば、話はとても簡単なのです。しかし、それは軍事の論理です。

普天間は軍事だけの問題ではない

 沖縄県内移設、まして本島以外への移設となれば、この問題は軍事の論理だけで語れる範囲をはるか飛び越えてしまいます。普天間は普天間だけの問題ではないのです。これについては以下の記事が参考になります。

http://d.hatena.ne.jp/sionsuzukaze/20100114/1263461115

■基地問題で問われているもの

安全保障上、外交上、経済上必要とされるもの、要請されるものは当然いくつも存在する。

しかし、この問題は以下の項目が肝要であるように感じられる。


・日本民族が(広義の)沖縄に対していかに向き合うかを再度自身に問うこと
・沖縄本島に着目するばかりでなく、先島・奄美などの歴史をどう捉えるかを真剣に考慮すること
・現実に発生している問題(基地偏重、米軍犯罪等とともに中国の領海・領空侵犯、海洋海軍化)を無視しないこと
・もっとも重要なのは、日本民族が関心を高め、理解に努め、その上で、なお必要とされる負担があるならば、それは頭を下げ、お願いし、理解してもらうこと

 私は不勉強で、先島・奄美はもとより沖縄本島の歴史や事情にも暗く、それらを踏まえてこの問題を語ることができません。ですからこの複雑・重層的な問題について、書くことを避けてきました。ですがこの程、あんとに庵さんから引用とトラックバックを頂きましたし、ここ数ヶ月ずっと話題になっていることですから、これを機に少しだけ書いてみようと思います。

なぜ普天間基地を移設するのか?

 普天間基地にはアメリカ軍海兵隊が駐屯しています。この部隊はむかし日本の本州にありました。日本が主権を回復したあと、当時はまだアメリカが施政権をもっていた沖縄に移動しました。

 基地ができたころ、普天間は畑ばかりの土地でした。しかし基地ができたことと、時代の流れによって基地周辺は発展し、市街地にかわりました。すると基地というのはなかなかに迷惑なものです。飛行場があるのだから、騒音があります。それに飛行中のヘリが誤って物を落としてしまったり、あるいは故障して墜落したりすると、下は市街地だからとても危険です。

 危なくてしょうがないので、もうこの基地をよそへ移そう、という話になりました。そこでここ十年くらい、引越し先を色々検討して、沖縄本島の「辺野古」というところに決まりました。日本政府、米軍、沖縄県、辺野古でどうにか合意がとれました。あとは細かい現地調査が終わったらいよいよ引越し準備をはじめようか、といったところで政権交代です。

 自公政権をひっくり返して出来上がった鳩山政権が、じゃあこの辺野古案もひっくり返してゼロベースで再検討するよ、と言い出したのが去年のこと。日本国外や沖縄県外へ移設して「沖縄の負担を軽減したいね」といいながら再検討がはじまります。この案はどうかな、あそこがいいんじゃない、と色々みてみたところ、やっぱり沖縄周辺しか無いよね、という元の木阿弥な話に落ち着きつつある今日この頃です。

引越し先の選びかた

 個人や企業の引越しでもそうですが、引越し先がえらく不都合なところで、仕事に差し支えたら困ります。取引先が都内にしかない企業が、なぜか島根に引っ越したりしますと、営業が訪問するのも一苦労で、何とも具合が悪いでしょう。軍事基地もおんなじです。

 普天間基地の引越し先を考えるのに必要なのは、普天間基地が何の仕事をしているのか、引越し先でもその仕事は果たせるか、です。じゃあ普天間は何の仕事してるのよ? という話は「週刊オブイェクト」で詳しくとりあげられています。要すれば、台湾紛争に火がついたときに素早く飛んで駆けつけて、事態の火消しをやることです。そして「もしもの時はすぐ駆けつけます」という事実によって紛争の発生を未然に防ぐ(抑止する)ことです。

普天間基地の機能

 もっとも台湾有事だけではなくて、ほかにもお仕事はあります。普天間を含む在沖縄米軍という大枠でみれば、ユーラシア大陸包囲の一翼として機能しているともいえるでしょう。北東アジアに限ってみても、沖縄のアメリカ軍は台湾と朝鮮の両にらみです。だから台湾だけではなく、韓国の安全にもかかわってきます。韓国紙の中央日報はこう報じています。

沖縄米軍基地、すなわち普天間海兵航空基地をめぐる日米の葛藤は他人事ではない。 韓半島の安保を脅かす新しい要因に浮上する可能性がある。 普天間の4大任務の一つは国連司令部の後方基地の役割だ。 韓国戦争当時、米国のB−29爆撃機はここから発進した。
【社説】韓国安保の暗雲、不安な日米同盟 | Joongang Ilbo | 中央日報

 とはいえ、目先、普天間基地に話を限り、かつ今いちばん大事なのは台湾有事の際、まっさきに飛んでいけることです。じゃあまっさきに飛んでいくためには何が大事か? それは距離です。なのでヘリで台湾までいける距離じゃないと仕事にならないよ、と書いたのがオブイェクトさんの記事です。

・参考 なぜ普天間基地移設先は沖縄県内でなければならないのか : 週刊オブイェクト

 移設先について、当のアメリカ軍からは「海兵隊の地上部隊とヘリの駐留場所は、65カイリ以内じゃないと困るよ」という話がでました。(4/22朝日)これもお仕事の都合です。普天間基地の仕事を消防活動にたとえてみましょう。台湾で紛争の火の手があがったとき、すぐ駆けつけて消すため消防です。海兵隊の地上部隊は消防士、ヘリは消防車です。火災現場にすぐ駆けつけるには、消防士と消防車は近くにないと困ります。これが遠く離れてあると

「こちら普天間消防署。火事の通報があった。急いで消防車をよこしてくれ」
「こちら消防車。わかった。すぐ行く。明後日の昼まで待ってくれ」

 という漫才のようなことになって、そんなことを言ってるうちに消せるボヤも大火事となり、家ならば丸焼け、紛争ならば拡大し、斬首戦略なら完了してしまいかねません。

じゃあ台湾に移設するのはどうなの?

 こういう話をしますと「じゃあ最初からその米軍基地、台湾に置いておけば話が早いんじゃないの」と思われるかもしれません。しかしそうはいかない事情があります。それをやろうとすると、戦争になるからです。

 中華人民共和国、略して中国は台湾を自国の一部だと考えています。この考えを「一つの中国」といいます。でも台湾政府は実質的には独立しています。それなのに中国がそれを認めないのは、台湾政府の正式名称が「中華民国」といい、こっちも中国だからなのですが、これを説明すると長くなるので省略します。ともかく、中国は「台湾は中国領の一部だ」と固く信じてる、国民にもそう信じさせている、ってことが重要です。

 アメリカにとって台湾は昔から事実上の同盟国です。しかしアメリカは台湾を国として認めてはいません。昔は認めてたのですが、中国が「私か台湾か、どっちかハッキリ選んでくれないと、あなたと付き合うなんてヤだ」と言うからです。だから建前上は中国の主張を理解しつつ、実際には台湾との付き合いをもってるし、台湾が中国に攻められれば救援する用意があります。建前と本音でズレがある、というのがポイントです。

 もしアメリカが台湾に海兵隊の地上部隊の基地を作るとしたら、それはこの建前をかなぐり捨てるということです。これは中国の目にはどう映るでしょうか?

 完全な侵略です。自らの正当な領土に他国が軍隊を送り込んでくるのです。まして死ぬほど大事に思っている台湾へ。自らの正当な領土(と信じている)台湾を、(主観的には)守るために、侵略者と戦わねばなりません。

 実のところ現在でも台湾にアメリカ軍の要員は存在するらしいのですが、これはあくまでも情報部隊です。しかし実戦部隊を送り、基地をおくとなると、これは中国にとって絶対に許せないでしょう。台湾を併合できる可能性がほぼ永久に消滅するからです。

 また、中国内部の事情もそれを許しません。中国は「一つの中国」というアイデアに命を賭けており、常々そうアピールし、国民に信じさせてきました。これをアメリカに堂々と踏みにじられて、黙ってみていたら、中国政府は恐らく潰れます。主席や首相の権威はたちまち消滅して、別の人に取って代わられるか、あるいは軍がクーデターを起こすかです。

 そこで中国政府としては究極の選択を強いられます。もしアメリカ軍が到着する前に台湾全土を占領できれば、アメリカは諦めるかもしれない…そこに賭けて、イチかバチか戦争に打って出るか、さもなくば座して崩壊するかです。

 ちょっとキューバ危機に似ているかもしれません。あのきっかけはアメリカのすぐそばのキューバに、ソ連が核ミサイルを配備しようとしたことです。アメリカにとって絶対に容認できないことだったので、戦争をも覚悟したギリギリの交渉がなされました。結局はソ連がキューバへの配備を取りやめることになったから良かったのですが、一歩間違えれば核戦争でした。

 台湾にアメリカ軍が実戦部隊の基地をつくるというのは、中国にとってそれくらいの重大事です。絶対に容認できないことなので、戦争をしてでも止めようとするでしょう。こういう事情ですから、普天間基地を台湾に移設する、なんていうのはありえない選択です。

もしも沖縄以外に移動したら?

 
 こういう事情ですから、普天間の移設先はどう考えても沖縄県内になります。自民党時代に10年くらい検討して沖縄本島の辺野古に落ち着きました。鳩山政権が去年から半年くらい再検討しても、やっぱり沖縄またはそのごく近くに落ち着きつつあります。

 でも、本当に沖縄以外はぜったいダメなのでしょうか? id:antonianさんはこう仰っています。

★基地は沖縄にないとダメなんだ!!!
軍事に疎いんでよく判りませんが、ほんとなんでしょうか?・・と、そういう議論があまり為されてないよな。
普天間移設に関して絶賛妄想中 徳之島問題で出て来る批判、まとめ。(追記あり) - あんとに庵◆備忘録

 私も作戦には疎いので確たることは申し上げられないのですけれども、お答えを試みてみます。もし普天間基地が果たしている機能を残そうとするならば、沖縄以外はあり得ないでしょう。しかし、代償を払うのならば話は別です。「今の普天間が果たしている機能を捨ててもいい」というのであれば、沖縄以外でもいいでしょう。

 すれば台湾有事への備えはどうなるでしょうか? 次善なのは、平時は沖縄にはいないけれど、台湾海峡で緊張が高まったときに沖縄に前進する、という形ではないでしょうか。つまり普天間の部隊は大部分が移転するけれど、基地はそのまま維持しておいて、必要なときだけ部隊を戻す、という形です。あるいは普天間以外の基地でもいいですが、とにかく情勢不穏となった時にだけ沖縄へ移動する形です。

 ただこれには問題があります。情勢が緊張した時には、部隊を沖縄に移動させるという行為、それ自体がさらに緊張度を高めてしまいます。だから下手をすれば「まずい、沖縄に部隊が帰ってきたら手が出しにくくなる。じゃあその前にイチかバチか」と中国に決意させてしまうかもしれません。そういう可能性があるため、緊張度が上がってから部隊を戻すというのは難しい決断になります。それに加え、緊張度の上昇をアメリカが認識する前に奇襲がおこなわれたとき、沖縄以遠からではタイムラグがあって間に合わない恐れがあります。

軍事の論理と、政治の仕事

 と、こんな風に書くと、普天間の機能をなくしたら絶対いけない、沖縄以外はありえないと言っているように思えるかもしれません。しかし、軍事的にはそうでも、普天間の移設問題は、軍事的な都合だけを見て決められる話ではありません。軍事の論理は重要ではありますが、政治とは常に軍事の都合だけで決めていいものでもありません。

 例えば日本政府が「沖縄の負担軽減」を絶対にやるんだと、普天間の機能はどこにも移さず、無くなっていいんだ決意したとします。そして「そういうわけだから撤収よろしく」とアメリカに断固として言えば、日本は主権国家だし普天間は日本の領土なんだから、アメリカとしても最後は聞くしかありません。

 軍事は政治の道具なのです。時には軍事の論理より、他のものを優先させる政治決断があっても、それはそれで当然のことです。ただしその結果は、道具の主人たる政治に、ひいては政治に最終的な責任を負っている国民に帰っていきます。生じる軍事的な結果を覚悟のうえなら、普天間基地の機能どころか、たとえ在沖縄米軍の全部隊であったとしても、無くしてしまって構わないでしょう。

 実際、普天間基地ひとつを撤収すれば台湾が今すぐ中国に併合されるということもまずないでしょう。単に抑止力が低下し、日米関係が悪化し、日本の南西諸島の防衛や尖閣諸島の領有権が少しく危うくなること。中台へ誤った外交メッセージが送られ、将来において海峡で緊張度が高まったときの戦争の歯止めがあらかじめ一つ減り、そして中台で紛争が起これば米軍基地があろうが無かろうが日本は必ず害をこうむるということ。せいぜい、それくらいのものです。そういったものを引き受けるならば、普天間基地の移設先はべつに沖縄でなくてもいいでしょう。

 例えばフィリピンは、米軍基地をなくし、米軍を撤収させました。議会で議決して、94年に米軍のスービック海軍基地を返還させたのです。それはそれでフィリピン国民の決断です。たとえ軍事的にどれほど不合理であっても、フィリピン軍やアメリカがどうこう言う問題ではありません。たとえそのために、米軍撤退の直後から活動を活発化させた中国によって、フィリピンが領有権を主張していたスプラトリー諸島のミスチーフ礁らが占領され、実効支配を敷かれ奪われてしまったといっても、それは一つの結果です。誰のせいにもできません。

 逆に普天間基地の機能を残すなら、県内のいずれかに移設先を求めることになるでしょう。それは軍事の論理をほかよりも優先するということで、従ってほかの論理、視点にしわ寄せがいきます。それで迷惑を被る人たちに対しては、札束で顔をひっぱたくのではなくて、あらかじめ閣僚なり何なりが現地で膝をつめて話をするなりして、納得はできないとしても堪忍してもいいと思って頂けるまで、礼を尽くしてお願いするしかないでしょう。それもまた政治の仕事です。

軍事問題を政治的に論じるときの3つの誤り

 軍事問題を考え、議論するときに犯しがちな誤りは3つあります。

 第一の誤りは軍事の論理だけで議論して他の観点を無視することです。軍事的に正しいことが、他の論理でも正しいとは限りません。また、軍事の論理が必ずしも常に優先されていいわけではないのです。

 第二の誤りは他の観点だけで考え、軍事の論理をあたかも無いもののように扱うことです。たとえその時は無視したとしても、決断から生じる軍事的な結果は、あとで必ず受け取らなければなりません。

 第三の誤りは、軍事以外の論理ででてきた結論を正当化するために、軍事の論理を都合よく曲解して「これは軍事的にも合理的なんだ」と自分や他人をダマすことです。

 以上の誤りを排するには、軍事をふくめ色々な論理を比較考慮し、生じるかもしれない結果、特にそのデメリットを理解し覚悟した上で、どうするのか決めること。それによって生じた責任はとれるだけとること。それが軍事問題を政治的に決断するということであり、「軍事は政治の道具だ」という言葉の意味なのではないでしょうか。

追記

この問題に関連し、あんとに庵さんのつぶやきをまとめさせていただきました。
たいへん重要な声だと思います。
普天間移設と沖縄の気持ちについてantonianさんのお話し - Togetter

あわせてブログのエントリーの方でも、この問題について幅広くまとめてくださってますので、強くお勧めいたします。
普天間移設に関して絶賛妄想中 徳之島問題で出て来る批判、まとめ。(追記あり) - あんとに庵◆備忘録

お勧め文献

中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか?

中国艦隊は沖縄を突っ切って沖ノ鳥島へむかった

(イメージ)
 10隻の中国艦隊が沖縄と宮古島のあいだを通過し、東シナ海に抜けました(4/13読売)。防衛省の発表によれば、中国艦隊は現在も日本領沖の鳥島の近海で活動中とのことです(4/20産経)。中国海軍はこれを長期間の外洋演習としています。

 沖縄と宮古島はいずれも日本領ですが、そのあいだは公海ですから軍艦の通行は自由です。しかしながらこういった航路を艦隊で進み、東シナ海に抜け、沖の鳥島付近をうろついてみせるのは、単なる訓練という以上のものを含んでいます。

 艦隊は戦争のときに使われるのみならず、平時にも暗に外交上のアピールとして機能します。これを念頭において考えると、中国艦隊のこれみよがしな動きが意味するところが見えてきます。

中国艦隊の威嚇行為

 この艦隊の詳細はすでに自衛隊が発表しています。(参照「中国海軍艦艇の動向について(pdf)」)また、自衛隊は護衛艦をだしてこの艦隊の動きを警戒しているのですが、その際に中国艦隊から威嚇を受けたそうです。

 中国艦隊から飛び立ったヘリが自衛隊の護衛艦に接近し、水平距離90メートルのところまで近寄ってみせました。危険なふるまいです。この件について中国のネット上では「よくやった」という賞賛の声があがっているようです。

同記事を掲載した環球網には、自国軍の行為を称賛し、日本を非難する書き込みが相次いだ。開戦すべしという、極端な意見もある。


ヘリコプターを日本艦隊に異常なまでに接近させたことへの疑問視はみられない。操縦士をたたえたり、中国艦隊を追跡・監視していた日本側の責任とする意見も目立つ。

解放軍ヘリが日本自衛艦に異常接近、中国では「よくやった!」多数 2010/04/14(水) 15:33:40 [サーチナ]

 さらにその後、東シナ海にでた中国艦隊を自衛隊の哨戒機が見張っていたところ、中国艦は艦砲の照準をあわせて威嚇してきた、と報道されています(4/20時事通信)。

こうした行動は冷戦時代の旧ソ連も、自衛隊機や自衛艦に対して取ったことがないといい、政府は外交ルートを通じ、中国に対し事実関係の確認を申し入れている。


関係筋によると、中国海軍の駆逐艦が海自のP3C哨戒機に速射砲の照準を向けたのは、13日午後3時半ごろ。2種類の速射砲の照準を向け、いつでも撃墜できることを示した。


P3Cは国際法にのっとった通常の哨戒飛行を行っていた。

時事ドットコム


 領海に近寄ってきた外国の軍艦を偵察し、写真を撮ったりするのはどこの国でもやっていることで、まあ挨拶のようなものです。それに対してヘリを異常接近させたり、砲を向けて”お返事”をするのも、まったく無いことでは無いです。とはいえ決して穏当な対応とはいえません。友好親善のための航海ならばそんな物騒なお返事はしないでしょう。

地図を回して考えてみる

 読売新聞では中国艦隊のおおまかな航路を地図で示しています(参照)。しかしこの地図には問題があります。地図の中心が沖縄になっていることです。これでは「日本領のあいだをすり抜けた」航路だというだけで、より本質的な意味がくみとれません。

 今回の中国艦隊の航路を考えるには、台湾をもっと中心に寄せた地図で見るべきです。そこでグーグルマップを使った簡単なものでお恥ずかしいのですが、つくってみました。「A」とあるのが宮古島です。中国艦隊は宮古海峡を南南西に抜けたあと、20日現在はこの地図の矢印から東に曲がって沖の鳥島近くにいると報道されています。

 私たち日本人はついつい日本中心に地図をみてしまいますけれども、ここは台湾人になったつもりで、台湾からこの航路を見直してみましょう。中国と対面に向かい合っている台湾の意識になるため、地図を90度まわしてみます。ついでに白矢印で横須賀、グアムから台湾に行くとしたルートをおおまかに示してみます。

 中国艦隊が沖縄を抜けて東シナ海にでる、これを台湾からみれば側面を抜けて後方を遮断されるルートです。

 卒然と見るに、あたかも有事の際に沖縄、横須賀、あるいはグアムから台湾海峡にかけつけるアメリカ軍の進路上に中国海軍が立ちはだかるが如しです。これは中国海軍の近年の構想そのものです。

中国海軍の「anti-access(接近阻止)」戦略


 最近の中国海軍が考えていることは、台湾海峡で紛争がおこったとき、アメリカ海軍の救援を通せんぼすることです。アメリカの空母が台湾海峡に近寄ってしまうと、中国は制海制空の両権を奪われ、台湾に手出しできなくなります。そこでアメリカ艦隊が救援のため台湾に近寄るのを妨害します。それには潜水艦、水上艦隊、対艦弾道ミサイルなどのさまざまな兵器が使われます。これをアメリカ側は「Anti-access(接近阻止)」と呼んでいます。もし接近を許したとしても、その活動を妨害する「領域拒否(area-denial)」が行われると考えられています。
 
 これは読売の報道でも解説されています。

中国は台湾海峡有事の際に米空母などの展開を阻む「接近拒否戦略」を進めており、政府内では「艦船の訓練海域を広げ、海軍の能力向上を誇示した」との見方が強い。海洋政策研究財団の小谷哲男研究員は「中国が目指す近海防衛戦略がかなり実行されてきたことを示している」と分析した。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 このような構想が背景にあることを考えれば、今回の航路も台湾有事を暗に念頭におきつつ、「有事の際にもここいらまで艦隊を出せるんだぞ」「ここらの海は自由にはさせないぞ」という無言のデモンストレーションと見るべきでしょう。

 また日中間には尖閣諸島の領有権問題があり、さらには中国は沖の鳥島は岩だと主張しています。中国海軍が東シナ海での軍事的存在感を高めれば、その海に関する発言力も強まることから、そのような中国の主張を間接的に後押しすることにもつながっていくでしょう。中国艦隊は沖ノ鳥島周辺の公海をぐるりと一周したと報道されています。

日本が棒に振った艦隊活用のチャンス


 艦隊は自由に公海上を移動できるために、こういったアピールを通して外交の後押しをすることができます。他国の港に盛んに入港すれば友好親善となり、演習の名目で係争地域をうろついてみせれば威嚇恫喝となります。海軍は外交上のアピールの道具として活用できるのです。

 これは中国の専売特許ではなく、日本にだって可能なことです。実はかつて、中国の海洋進出に日本が対抗する機会がありました。元外交官の岡崎久彦氏が、タイへ大使として赴任していたときの話として、シンポジウムで語っています。

私は、タイの大使をしているときに、チャイチャイ総理が、最近、中国が南シナ海に出てきてしょうがないと。ひとつ日タイ両方で南シナ海で海軍演習をやろうじゃないか。これは、80年代の終わりごろです。


これは、当然日本に伝えました。皆さんご想像のとおり、日本はうんともすんとも言いません。そういうチャンスが2回ありまして、二遍言ってだめならあきらめますね。やはり中国のほうになびきます。ちょっとフィンライダイゼーションと言っては強すぎますけれどもそうなった。


こういう形で、日本は今までどれだけチャンスをミスしているかわからない。もし、日本があのときぐっと入っていれば、日本が戦後50年営々として築いた東南アジアとの経済関係、これにははっきりもう1つの筋が入って、揺るぎのないものになったんです。


(p93-94 「海洋国家日本:文明とその戦略 : 日本国際フォーラム設立15周年記念「海洋国家セミナー」総括シンポジウム 」日本国際フォーラム 2002)


 ここでいう「フィンライダイゼーション(フィンランド化)」とは、ある国が近くの大国になびき、従属するようになることです。冷戦中のフィンランドが中立を標榜しながら、実際にはソ連に従属的になったことから、こう言います(ただフィンランドに対しては失礼な言い方なので注意が必要です)。

 ともあれ、このときタイからあった「中国に対抗して日本も艦隊を出してくれ。南シナ海で日タイ合同演習をやろう」という打診も、艦隊が発揮する政治的効果に期待したものです。別に日タイで同盟を組んで中国と戦争しようというのではなくて、外交で中国の進出を抑制するための援護射撃としてデモンストレーションをやらないか、という話です。

 ただし、このときタイの打診に完全に答えることは、南シナ海のスプラトリー諸島の帰属問題に日本が口を挟むことにつながりますから、難しい問題です。ですから、この時に全力で快諾すべきだったかどうかはちょっと留保が必要です。とはいえ一つの機会であったことは確かです。

 例えばこのように、艦隊を外交的アピールの道具につかうのは日本にもできることです。侵略的な脅威を与えるのではなくて、地域のバランスを保ち安定化させるアピールとしてやるのならば、外国から頼まれることすらあります。日本の外交も、そろそろこういった手段を外交カードの一つとしてもっと活用していい頃ではないでしょうか。さもなければ言ったもの勝ち、やったもの勝ちとなって、不利を強いられることになりかねないのですから。

オススメ文献

中国の戦略的海洋進出
平松 茂雄
勁草書房
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中国の海洋進出については、平松先生の一連のシリーズに詳細に書かれています。たとえばこの本です。

台湾海峡の現在と、有事のシナリオ

 今回は台湾海峡有事に関するメモ的な更新です。

台湾有事、4つのシナリオ

台湾海峡有事で起こりうるシナリオについて、アメリカ国防総省のシファー氏がこう述べました。(時事通信2010/03/19)

中国軍拡の主たる目的の一つは、台湾海峡有事に備えたものであるとし、有事の際に想定される中国による海上封鎖や台湾への上陸侵攻などのシナリオを示した。


 中国が台湾に対する軍事力行使を選択した場合、考えられる中国軍の行動として

(1)台湾海峡の封鎖
(2)弾道ミサイルによる台湾の防空システムへの限定的な攻撃
(3)台湾が実効支配する南シナ海の東沙諸島の東沙島や、南沙(スプラトリー)諸島の太平島への上陸
(4)台湾への上陸侵攻、占領−を挙げた。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010031900538

4の台湾本土上陸のほかにも、1海峡封鎖、2弾道ミサイルのみでの攻撃、3島嶼への上陸が考えられる、とされています。

 3の離島上陸については、1949年に先例があります。福建省アモイ沖の離島、金門島に中国軍が上陸して、台湾軍と激戦を繰り広げました。この際、台湾軍は数でかなり劣勢であったのに、果敢に水際迎撃を行って中国軍を撃退しました。この際の台湾軍の訓練や指揮には、蒋介石に招聘されて密かに台湾にわたっていた旧日本軍人の軍事顧問団「白団」の指導が大きく貢献したといわれています。この紛争から60年目にあたる09年10月25日、台湾の馬総統は金門島で演説し「戦役がなければ、今日の台湾の成功はなかった。今後も台湾を防衛する決意に変わりはない」と強調しました。(時事通信)


 4の本土上陸については、全土占領をめざす大規模上陸のほか、少数の部隊を浸透させて政治経済の中枢だけを占拠する「斬首戦略」が考えられるといわれています。(参考:中国の斬首戦略と台湾侵攻シナリオ : 週刊オブイェクト

 現在、中台関係は小康状態にあります。しかし戦争の可能性が解消されたわけでは決してありません。

「融和の裏の攻防」

 毎日新聞の特集「台湾海峡・最前線:融和の裏の攻防」は、最近の中台の情勢をうまくまとめています。この特集では中国軍の「潜水艦」「サイバー戦」そして「斬首戦略」について書いています。

潜水艦の脅威

 中国の潜水艦は、先ほどあげた4シナリオのすべてにおいて重要な役割をにないます。海峡封鎖シナリオにおいては言うに及ばず、本土上陸シナリオにおいても、救援に来るアメリカ軍空母を足止めする役割を果たすと考えられています。それに対し台湾の対潜水艦能力は不足している、といわれています。

中国は圧倒的な優位を誇る米国の海軍力を意識し、この10年で潜水艦の戦力を増強させてきた。静音性に優れた最新鋭の元級潜水艦をはじめ原潜とディーゼル潜水艦を計60隻以上保有している。

 これに対し台湾海軍は、機齢40年を超えた対潜哨戒機S2T20機と、水域警戒範囲に限界がある対潜哨戒ヘリS70C18機を保有しているだけで、対潜能力の低さは明らかだ。米国では台湾売却用として、中国の元級潜水艦にも対応可能とされる新電子装置などでグレードアップしたP3C哨戒機12機を製造中で、3年以内に実戦配備される見通しだ。

http://mainichi.jp/select/world/news/20100223ddm007030094000c.html
サイバー戦

 サイバー戦については、最近とくに注目されだした要素です。敵国のコンピュータに進入して機密情報を盗み出したり、機能を妨害したりする攻防のことです。自衛隊においても、これに対処するため、指揮通信システム隊の下に「サイバー空間防衛隊」を設立して防衛につとめる予定です。中国はこれに力をいれ、すでに専門の部隊をおいています。

台湾を警戒させるのは、中国の「網軍(ネット軍)」の存在だ。台湾国防部によると、網軍は情報戦に対応する組織で99年に設立され、コンピューターウイルスや戦術・戦法の研究開発も行っている。その存在が「評価」され、本格的に組織化されたのは、01年に中国・海南島沖の南シナ海上空で米中の軍用機が接触した事件がきっかけだ。中国の複数のハッカーが米軍のサイトにサイバー攻撃を仕掛け、中国旗の掲載を成功させたとされる。


 台湾国防部は「網軍は軍民一体で資源と人材を集結させ、巨大なサイバー攻撃の能力を持つ」と分析。規模は数十万人とも言われる。台湾の軍事関係者は「網軍にはコンピューターを専門とする米国留学組もスカウトされており、給料は日本の自衛隊や台湾の軍よりも高い」と話す。

http://mainichi.jp/select/world/news/20100224ddm007030015000c.html
斬首戦略と武警

 斬首戦略は、前述のように、少数の部隊による奇襲で台湾政府の中枢をおさえてしまうシナリオのことです。こういう任務には普通、陸軍の特殊部隊や海兵隊が用いられますが、中国の場合は武装警察を使うという手も考えられるそうです。

「斬首(ざんしゅ)戦」。陳水扁前政権下の台湾で、こんな言葉がメディアをにぎわせた。「中国軍に代わって武装警察がパラシュートで台湾に上陸し、陳総統の首を取りに来る」とまことしやかに語られ、軍事演習でも斬首戦に対応する訓練が行われた。


 中国国内の治安維持や国境防衛などを担う武装警察(武警)は暴動鎮圧用の盾やこん棒、催涙弾のほか、テロ制圧のための火器や装甲車といった陸軍並みの装備を持つ。中国のチベット自治区新疆ウイグル自治区の暴動鎮圧にも出動した。


 ……昨年10月に発表された国防報告書(白書)で初めて、武警に中国軍の対台湾作戦に組み込まれた部隊が存在すると指摘した。この部隊が加わった演習や軍事行動計画などが確認されているという。軍事専門家は「台湾を国内問題として処理するため」と中国の意図を分析する。

http://mainichi.jp/select/world/news/20100225ddm007030110000c.html

 どのような部隊を用いるかはともかく、この類の奇襲によって、台湾軍がろくに機能しないまま政府だけを押えられると困ったことになります。台湾の防衛は、上陸してくる中国軍に対して、台湾軍が防御戦闘をやって時間を稼ぎ、アメリカ軍の来援を待つ、という形です。しかし奇襲によって一気に事が決してしまうと、アメリカによる援軍が間に合わない可能性があります。米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしまうと、それでも介入するのかどうかは難しい問題です。

 なお、少数による奇襲ではない、大規模上陸作戦についても、もちろん中国軍は用意しています。海軍には大小多数の揚陸艦を、陸軍においても上陸作戦に使用可能な水陸両用戦車など、空軍には台湾に対抗可能な新鋭機を多数そろえてきました。ペキンにある「中国人民革命軍事博物館」の壁面には、どうみても台湾上陸を想定して書いたとしか思えない絵図が描かれているそうです(参照)。

追記

上の「参照」のリンクを張り間違えていたので、修正しました。ご指摘ありがとうございました。