リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

海上自衛隊はタンカーを守れるか?

少し前の話になりますが、日本郵船の原油タンカー「高山」(15万53トン、岡村秀朗船長)がイエメン沖で海賊に襲撃されました。

襲撃されたタンカー高山
(タンカー「高山」 こういう船が多数行き来して、日本経済を支えている 毎日新聞より)

日本にとって石油は血液と同じように欠かせないものです。その石油が運ばれるペルシャ湾から日本にいたる海上交通路は大動脈のように大事なラインです。となればその道筋に跳梁する海賊は大動脈に刺さろうとする針のようなものといえましょう。小さいいえども、決して見過ごせない存在です。

果たして日本はこの海上交通路を平時において防衛できるのでしょうか?


日本も海上自衛隊を送れ、という声

海賊は国際問題です。海洋が自由に、安全に使えることは世界の公共財だからです。

ですから多国間の枠組みで軍艦を派遣して海賊対策を行うべきだ、という声があります。

2008年5月、スペインのサパテロ首相はソマリアの海賊対策に国連が積極的に関与し、中国、日本、韓国、フランスなど同海域で漁業を実施している国も軍艦を派遣するべきだと発言した。

 ヤフーニュース:recordChina08/5/3

また、国際社会の問題だからというだけではなく、日本自身の繁栄と、それを支えている日本人船員の安全のためにも海賊対策は大事なことです。

イエメン沖の海賊事件について、東海大学海洋学部の山田準教授は以下のように述べています。

日本郵船の船は煙突のマークが特徴的ですぐに日本の船舶とわかる。西側諸国で一番おとなしい日本を標的にした可能性もある。海賊に対する国連の動きを牽制(けんせい)する警告の意味も込められていたのではないか」(ヤフーニュース:産経新聞08/4/22その他、この事件についてのニュース (


このような考えにもとづけば、日本自身のためにも「西側で一番おとなしい」いう評価に甘んぜず、自衛のために実力を用いるべきではないか、とも考えられます。

佐藤守空将は以下のように書いておられます。

 日本郵船の大型原油タンカー「高山」が、イエメン沖で海賊?の発砲を受けた。幸い乗組員に被害はなかったようだが、独立国であれば、直ちに海軍艦艇が駆けつけて自国船舶を自衛する。首相、もしくは防衛大臣は、インド洋で「給油」活動中の海上自衛隊の「護衛艦」を直ちに現場に急行させるべきなのだが、果たしてどうなのか?「自衛」とは何から何を自衛することなのだろう?

しかし、それは可能なことなのでしょうか。海賊対策のため、あるいは日本の船が公海上で外国から攻撃された時に、海上自衛隊を中東近海に派遣する、というようなことは果たして法的、現実的に可能なのでしょうか? 例えば憲法九条との関係は大丈夫なのでしょうか。

タンカーの襲撃地点
(事件があった場所。日本からはるか離れた地点。毎日新聞より)


日本船の護衛のための海外派遣は合憲か?

 国際社会の常識は、公海上を航行する船舶の護衛も自衛権の範囲として認めています。国連憲章第五十一条は武力攻撃に対する個別的または集団的自衛権を各国に許しています。そしてここでいう「武力攻撃」は公海上の自国船に対する攻撃も含みます。(p204 田岡良一著 「国際法上の自衛権」 頸草書房 1964)だから公海上で自国船が攻撃されたときに、それを防ぐために護衛や反撃を行うのは間違いなく自衛権の範囲内だといえます。


 日本政府の見解でも、船舶護衛のための海外派遣は自衛だから合憲、とされています。


 昭和55年11月10日の衆議院安全保障特別委員会で、鈴木首相(当時)は以下のように述べています。

自衛隊の任務は、憲法上の枠組みを考えても専守防衛に徹する。領土、領空、さらに能力の問題はあるが、わが国に危険があるときには公海上でも守る。

 さらに別の政府答弁でも、船舶護衛のための海外派遣が合憲であることは確認されています。


自衛隊は…わが国に対し外部から武力攻撃がある場合には、わが国の防衛に必要な限度において…周辺の公海、公空においてこれに対処する場合であっても、このことは自衛権の限度を越えるものではなく、憲法の禁止するところとは考えられない。(昭和44年12月19日 春日正一参議院議員宛の政府答弁)

つまり憲法上、自衛隊が日本の船を守るための遠くの公海で作戦したとしても何ら問題はありません。


能力的、法的課題

 したがって憲法上の問題はないのですが、それ以外に「3つの問題」があるので、船舶護衛のための海外派遣は実際には困難といえます。


〇第一の問題 能力の限界

 先に引用した鈴木首相(当時)の答弁には以下のような続きがあります。

(船舶護衛のための海外派遣は合憲)…ただ、能力の限界があるのでインド洋、ペルシャ湾で(行動)できるわけがない。

 この答弁は今から数十年前のものですが、現在も同様の問題があります。

 現在の海上自衛隊を当時と比べれば、質的には飛躍的に強化されています。(80年代以降の汎用護衛艦の就役、90年代のイージス艦就役、補給艦と輸送艦の大型化など)

 しかし”量”の面では海上自衛隊は当時に比べて必ずしも大きく強化されたとはいえません。前記の答弁がなされた70年代、海上自衛隊は第4次防衛力整備計画の時点で4個護衛隊軍、11個地方隊の建設を予定していました。しかしその後の艦隊の増勢は難航し、冷戦崩壊と財政急迫による防衛費削減のせいで、現在の艦隊は4個護衛隊群、5個地方隊です。

 艦の数が増えないのでは、遠洋に艦を貼り付けるという作業は大きい負担となります。数年前から続いているインド洋派遣(補給艦と護衛艦を一度に合計数隻)は小規模なものですが、それでさえ艦隊のローテーションを著しく圧迫しているそうです。

 また、海上自衛隊は対潜、対空などの戦闘訓練には非常に習熟しているといわれていますが、臨検・封鎖・船団護衛などの特殊な任務にはまだまだ対応準備ができていません。臨検のための警務隊にしてからが、つい先年になって設立されたほどです。平時における軍事活動(MOOTW)を軽視してきた、というかそんな余裕がこれまで全く無かったからです。

 したがって外洋で護衛作戦を行うことは、まったく不可能ではないにしても、能力的限界のことを考えねばならないといえます。


〇第二の問題 法律が未整備(特に武器使用に関して)

自衛隊が武器を適切に使用できるのは「防衛出動」が発令された後のみです。(それにしても色々な文言)それ以外の武器使用には大きな制限が課せられています。

それ自体は当然のことですが、問題なのは制限が適度ではないことです。


例えば治安出動での使用規定は、警察官職務執行法第七条が、海上警備行動の場合はそれに加えて海上保安庁法第二十条2項の規定が準用されています。自衛隊の武器使用の規定なのに警察のルールでやらねばならないというのがまずおかしいですし、その規定内容はさらに不合理です。

 この規定によれば、武器使用は以下の場合に限られます。

・犯人の逮捕ないしは逃走防止
・自己もしくは他人に対する防護
・公務執行に対する抵抗の抑止の場合
警察官職務執行法

・船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜず、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないときに
海上保安庁法

 そして使用してよい武器の程度も、警察基準なので、おおむね犯人と同程度の武器しか認めれません。(警察比例の原則)


 日本の民間船が海賊に襲撃を受け、それを防護する場合となると、法的には防衛出動も可能なはずですが、政治的に考えればその場合の防衛出動発令は至難でしょう。

 現実的には、仮に今すぐ海賊対策の護衛任務をやらねばならなくなったとしたら、よくても治安出動・海上警備行動並み、あるいはイラク特措法のようにそれを若干緩和した形での特別法によって対処されることになるでしょう。そうなると、やはり武器使用は自己、および自己の保護下に入った対象のための正当防衛が基本となる公算が高いと考えられます。実際、最近のインド洋派遣の場合の武器使用規定(参照)も、護衛任務でないとはいえ警察官職務執行法に準じています。

 それでは逃走ないし抵抗しようとする”犯人”を制圧することはできても、先手必勝とばかりに襲撃を試みる”敵”から自己や民間船を守るには不十分です。

 警察官の正当防衛規定と警察比例の原則を越えて、できるだけ襲撃船との距離が遠い段階で十分な威力を持った兵器、例えば艦砲の使用が許されるようでなければ危険が大きいといえます。なにしろ最近は海賊船でさえ携帯ミサイルや携帯無反動砲程度の火器を持っていても不思議がないため、一定の距離に近づけてそれらの火器の先制使用を許してしまったら、護衛艦といえどもかなりの被害を受けてしまうからです。

このような法律の未整備が解消されない限り、外洋で護衛作戦を行うのは難しいのではないでしょうか。


〇第三の問題 集団的自衛権

 最後の大きな問題は集団的自衛権の行使が認められていないことです。国連憲章によれば全ての国は集団的自衛権を行使できるのですが、日本政府はその権利を持っているけど行使できない、という憲法解釈をとっています。

 そのため、前述のように「公海上におけるわが国の船舶に対する武力攻撃を阻止する」という行為は合憲なのですが、「公海上において他国の艦艇、船舶に加えられた武力攻撃の阻止を目的とする国際共同行為への参加」は、集団的自衛権の行使になる恐れが強いので、できません。

 つまり海上自衛隊が外洋で護衛作戦を行うとしたら、あくまでも日本単独で行い、しかも日本の船しか守らない、という規制を課せられます。

 しかし一国だけでできることには限界がありますし、海賊は国際問題ですから多国間共同で行うのが常道です。

 にも関わらず、「いや、国際共同は無理です。日本単独でやります」というのは明らかに不合理だし、国際協調体制の構築を妨げる行為です。

 さらに実際的に考えれば、他国の船が海賊に襲われ「助けてくれ!」と救援を求めてきた時に、海上自衛隊が近くの海で護衛作戦を行っていたとして「申し訳ありませんが、わが艦は日本船籍の船を助けるためにしか戦えません」などといって救援を拒否したら、それは他国の船を見捨てることになります。かえって国際問題を生じてしまうことはまちがいないでしょう。

 海上自衛隊がインド洋でのOEF(不朽の自由作戦)で、補給艦による後方支援活動しか行っていないのも、この辺りの理由によるところが大きいです。
 
 日本船舶の護衛は多くの場合、外国船をも対象とした多国間共同での護衛作戦を前提とします。「集団的安全保障なしには、個別的自衛措置は成り立たない」のです。



 このように考えると、国際共同の海賊対策のために、海上自衛隊を遠洋に出して商船護衛をさせるのは、憲法上は可能でも実際には非常に難しいといえるでしょう。


〇関連する過去記事〇
前原発言における「シーレーン防衛」
前原発言における「シーレーン防衛」その2

〇関連リンク〇
シーレーン防衛(Shu's blog雌伏編)

〇参考文献〇
教科書・日本の防衛政策