リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

自衛隊の戦闘機が、撃たれる前に撃つ日

航空自衛隊の領空警備で「任務遂行のための武器使用権限」の付与と自衛隊法の改正が検討されているそうです。「撃たれる前に、撃つ」が解禁となるかもしれません。

年末の防衛計画大綱改定に向け、政府・与党内で自衛隊法改正による領空警備の見直しが浮上していることが5日、分かった。  武器使用を正当防衛、緊急避難に限定したままでは実効ある対応が難しいため「任務遂行のための武器使用権限」の付与を検討する。米中枢同時テロのような旅客機ハイジャック対応も盛り込まれる公算が大きい。
(中略)
武器使用(危害射撃)は正当防衛、緊急避難に限られ、相手が攻撃の意思を示さず挑発的な飛行を繰り返すだけでは「武器使用が困難で強制的に排除する手だてがない」(航空自衛隊幹部)のが実情だ。

WEB魚拓

元ソース
そこで任務遂行のためならこちらから発砲できる権限が検討されるそうです。「相手が撃ってないのに、日本の側から撃つ」なんていうと、おいおい、それは変じゃね? という気がするかもしれません。ですがこれは必要なことだと私は思います。

これまでの悲惨な経緯をみれば、なるほど、と思う方もいるのではないでしょうか。少し紹介します。

年300回の緊急発進

「スクランブル」という言葉を聴いたことがあるでしょうか。領空侵犯などに対処するため、航空自衛隊機が緊急発進することをスクランブルといいます。領空侵犯とは日本領空に対し、外国機が無許可で侵入することです。これを防ぐため、領空に接近する未確認機があれば空自はすぐに戦闘機を向かわせます。このために常にミサイルを搭載した戦闘機が日本中の基地に待機し、24時間いつでも上がれるように備えています。

このような緊急発進が、1年に約300回おこなわれています。未確認機の領空接近が、2日に1回以上も起こっているのです。*1未確認機にはロシア、中国らの空軍が持っている軍用機が多く、それらは偵察等を目的として日本に接近してきます。


航空自衛隊公式サイトより)

スクランブル発進した日本の戦闘機は、未確認機に近づき、無線を送ります。このままだと領空侵犯になることを告げ、日本領空に入る前にコースを変えて退去するよう警告します。ほとんどの場合、未確認機はそのうち警告を容れて退去します。

領空侵犯の際の権限は、自衛隊法に書いてない

自衛隊法は第6章で、「未確認の飛行機が侵入してきたら、これを着陸させるか、退去させるため、必要な措置をしてよい」と書いてあります(第八十四条)。なお、着陸か退去かならさせてヨシ、ということは、撃墜はしてはいけない、という意味です。だから自衛隊機は警告によって未確認機が自発的に立ち去るよう促します。

ですが、何度も何度も警告しても、未確認機が無視したら、どうするのでしょうか? これが泥棒を追いかける警官なら「止まれ、止まらないと撃つぞ」と言うところです。ところが自衛隊の場合、これがはっきりしません。

自衛隊の権限を定めた自衛隊法7章(参照)には、防衛出動の場合はこう、弾道ミサイル防衛の時はこう、とケースごとに規定があるのですが、領空警備の場合には明確な法がありません。よって、特別な命令が出ていない場合の武器使用規定が適用される、と考える他はない。

つまり、領空警備での武器使用は正当防衛または緊急避難の場合に限る、言い換えれば「向こうが撃ってくるまで、こちらから撃ってはいけない」ということです。

「こちらから先に撃ってはいけない」というのは何だか自然な気がするかもしれません。しかし、実はこれは恐ろしいことを意味します。相手から撃ってきた場合にも、相手が撃ってこない場合にも、いずれにせよろくでもないことになるのです。

相手が撃って来ない場合、領空侵犯を防げない  12.9警告射撃事件

相手が撃たない限り、警告以外してはならない。自衛隊がそう決められていることを、相手は当然、知っています。つまり「撃たない限りは何もされない」と相手が腹をくくって侵入してきたら、どうしようもない、といえます。

1987年12月9日に実際にあった話です。その日、ソ連軍の偵察機TU16が沖縄領空に接近してきました。

それに対応して、航空自衛隊はF4EJ戦闘機を向かわせました。そしてTu16に接近し、機種を確認、写真を撮影して、警告を発します。


ふつう、自衛隊のスクランブル機が接近し警告すれば、相手は針路を変えて帰っていきます。

ところがこの時、どれほど警告を発しても、1機のソ連機は全く針路を変えませんでした。無線での通告、さらに無電での警告、そして機体信号、何度警告を繰り返しても、一切を無視して日本に近づいてきました。

この時、パイロットの正岡氏はその時の心境についてこう述べています。

「そのぐらいになったら爆弾倉とか、機銃とかに、気をつけています。日本の領土の上にきて、爆弾倉が開いてごろごろっと爆弾が落ちたら大変なことになりますよね。あとは機銃がすっとこっち向いてきたら、それなりの対応をとらなければならない。だから、どういう意図があるかを懸命に読み取ろうとしていたんです
p185  「自衛隊指揮官」 瀧野隆浩 講談社+α文庫

そして二度、三度とソ連機の目の前を横切って警告したそうです。しかしそれでも相手は無視して進んできました。機上から下を見れば、雲の切れ目に米軍の嘉手納基地が見えたそうです。明らかに、偵察のために飛んできた確信犯です。

パイロットは司令部の許可を得て、警告射撃を実施しました。これは航空自衛隊史上、初めての警告射撃でした。それを受けてソ連機は向きを変え、日本から離れました。歴史的な発砲でしたが、正岡氏はそんなことを意識しなかった、と言います。

「はじめてなんていう意識はないんですね。次はどうすればいいのか。ふたたびやってくるかもしれない。ならば、何かほかにやれることはないか。領空に入られたくない。やってやってやってやり尽くそう、と。そう必死で考えていました
p192  「自衛隊指揮官」 瀧野隆浩 講談社+α文庫

一旦離れたソ連機でしたが、しかし再び転進。もう一度領空に侵入してきました。ついに沖縄本島の北、沖永良部島と徳之島を通過し、北に抜けていきました。この際、日本側は二度目の警告射撃を実施しました。ソ連機は眼下に奄美諸島や沖縄島がしっかりと捉え、北に去って行きました。自衛隊機も機首を返します。

帰りのその機内はシンと静まり返っていたそうです。正岡氏はインタビューにこう答えています。

「もう、これ以上はないようなぁ。あと、やれることといったら落とす(撃墜する)ことぐらいだろうなぁ、と。やれるだけやったよな、でも、入られちゃったよな、と。……帰りながら、しーんとしちゃって

―そういうもんなんですか。だって、定められたことはきちんとやったんですうよね。別に正岡さんには責任はないんですよね。

「はい。でも、我々の仕事というのは結果ですから。領空侵犯された、というのは事実なんです。日本の国が侵犯されてしまった、ということですから

「何もなくてよかったな、というのは、もちろんありますよ。爆弾を落とされたりしなかったということではね。ただ、国の威信とかそういう部分とかはね、これから先、問題になるだろうな、という感じでしたね。自衛隊は何もしなかったというか、何もできなかったのですから。ほかの国の飛行機が空の上に飛んできても撃ち落とされないよということですから…
p195-196  「自衛隊指揮官」 瀧野隆浩 講談社+α文庫

幸い、警告射撃まで必要になる事態は、これ以降まだ再発していません。向こうが撃たない限りは警告射撃しかできない、そう相手国が判断すれば、今後また同じことが起こらないとは誰にもいえません。

新聞記事にある、相手が攻撃の意思を示さず挑発的な飛行を繰り返すだけでは「武器使用が困難で強制的に排除する手だてがない」(航空自衛隊幹部)とは、こういうことを言います。

「向こうが撃ってくるまで撃たない」とはどういうことか

87年の侵犯機は偵察が目的でした。しかし、もし日本を奇襲攻撃するための領空侵犯で、自衛隊機にも攻撃をしかけてきたら、どういうことになるのでしょう。

自衛隊法は言います。相手が撃つまで、撃ってはいけない、と。しかし現代戦、まして空戦で、先に撃たれることは決定的に不利です。まして領空侵犯対処の場合、自衛隊機は侵犯機のそばまで接近しているのです。「正当防衛、緊急避難でないと撃ってはならない」という縛りは「もし相手が本気だったら、最初にスクランブルに上がったパイロットは殉職する」ということに限りなく近い、といえます。

現在よりもさらに自衛隊の武器使用が難しかった時代、故・栗栖もと統幕議長(自衛隊のトップ)は、冷戦期、パイロットたちと、この問題について話し合ったといいます。

私は、パイロットたちに、
「緊急発進してソ連機のそばにいったことがあるのだろう」
と聞くと、みんな、
「ある」
という。その時、どんな気がするのかと尋ねたら、
「悲壮な感じになる」
という。ソ連機が弾丸を撃ってこなければいいが、撃たれた時はどうするのかと聞くと、

「われわれは弾丸を撃ってはいけないことになっている」
という答えが返ってきた。確かにその通りなのである。そこで、私はなおも話を続けた。

「しかし、現実にソ連機が撃ってこようとしたり、撃ってきたらどうするのか」
この私の質問に対して、第一線の日本の防衛を担っている彼らは、一言こういった。

「もう覚悟はしております。弾丸を撃っていけないのなら、ソ連機に体当りする以外にないと考えます」
p210-211 「仮想敵国ソ連 われらこう迎え撃つ」 栗栖弘臣 講談社 

また、仮に敵機が先に撃ち、自衛隊機がからくもそれを避けたとします。やっと「正当防衛」ということで反撃できるのですが、ここにもまた問題があります。その反撃は、彼または彼女*2の、あくまでも個人的な正当防衛として行われます。国として、侵略に対して反撃するのではないのです。*3そのためこの行為には、場合によっては職権濫用として後で刑事訴追されるリスクが伴います。*4

緊急発進を命令する指揮官や統制官の悩みも大きい。指揮官は、たとえ危険が迫ってもパイロットたちに”敵機を攻撃しろ”という命令を出すことはできない。また、指揮官がそういっても、正当な命令とは言えないから、パイロットはそれに従ってはいけないと法律に書いてある。
そこで、
「しかるべく、やれ」
という。おまえたちは、わかっているだろうという意味である。パイロットは、もちろん攻撃することを決意している。以心伝心というものであろう。これと同じような場面が、第二次大戦の特攻隊の出撃である。
p212 「仮想敵国ソ連 われらこう迎え撃つ」 栗栖弘臣 講談社

スクランブル発進はほとんど毎日のように起こってきました。その度、このような矛盾を持ちながら、日本の戦闘機は発進していきました。日本の空の守りは、ある意味でパイロットたちのごく個人的な覚悟と責任に託されてきたのでした。

大綱と自衛隊法をどう変えるか

ニュースによれば防衛大綱の改定にあわせ、「任務遂行のための武器使用権限」が検討されているそうです。これには自衛隊法の改訂を伴います。

領空侵犯への対処任務を規定している第84条に対応して、自衛隊法7章の中に「第84条の規定により必要な措置を命ぜられた自衛隊の部隊は、任務遂行のため、必要な武器を使用することができる」というような一文を追加することになるでしょう。

また、併せて厳密な交戦規定が設けられることになるはずです。「無線での警告、機体信号、威嚇射撃を経て、なお転進も応答もみられない場合に、侵犯機の機体を射撃できる」というような。

このような法整備がなされれば、ようやく領空警備は実効性を挙げることになるはずです。12.9事件のように、法の未整備の足元をみるような事件は二度と起こらないでしょう。また、冷戦期のパイロットたちのように悲壮な覚悟で、個人の責任において正当防衛するのではなく、日本の意志として空を守ることができるようになります。また、その際の発砲は、現場パイロットの個人的な判断にではなく、あくまでも事前に規定された法と規則に委ねられます。

「正当防衛、緊急避難以外でも撃てるようになる」と聞くと何だか危険な気がしますが、その実はこういうことです。*5

もう、現場に矛盾を押し付けるのはやめよう

これがまともなシビリアンコントロールというものです。政府と国民の側がきちんと法をつくり、現実にあった権限を与え、やっていいこと、いけないことを明確に提示すること。

さもないと、従来と同じように国家の矛盾が現場の自衛官個々人へ押し付けられてしまいます。国の安全を守るよう育成されながら、それに必要な権限を与えられない。国家と国民の番犬として期待されながら、しかし同時に「必要でも牙を剥くな」とも命令される。そこにあるのはジレンマです。

12.9事件で警告射撃を行った正岡氏は、こうも述べています。

「次にまた同じようなケースがあったら、また、そのとおりのことをするんでしょうね。何もできないんでしょう。

でも、考えてしまうんです。家で飼ってる番犬が、目の前を泥棒が通るのに何もしなかったら、それはもう番犬じゃないでしょう? たとえ、その泥棒が家の中に入ったんだけど、盗るものがなかったからそのまま出ていったとしても。番犬はそうじゃなくって、何も盗らなくっても吠えなきゃならんでしょう? 吠えて、吠えて、泥棒を玄関で追い返さなきゃならないでしょう。そういうことなんですよ
p200 「自衛隊指揮官」 瀧野隆浩 講談社+α文庫

*1:頂いたご指摘によれば、一回の領空接近にも2箇所以上の基地からスクランブルする場合があるため、緊急発進の回数と領空接近の回数はイコールではない、とのことです。ご指摘ありがとうございました!

*2:自衛隊に女性の戦闘機乗りはまだ誕生していませんが

*3:第一撃の時点で既に防衛出動が発令されている可能性は極めて低いため

*4:特に、警官の発砲にさえ国民が厳しかった時代、これはかなり現実的な問題だったそうです。犯人に対して発砲した警官が人権派弁護士によって告訴された実例がありますから

*5:ニュースを見る限り、911テロのような民間機乗っ取りのケースも想定されるようですが、それについて書くとさらに長くなるので割愛しました