リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

期待を裏切る戦争、予想を裏切る平和

未来を見ることは誰にもできません。今日は平和でも明日には戦争が起こるかもしれないし、逆に戦争が起きるかもと恐れていたら意外に平和が続いたりします。ですから「きっとこのまま平和が続くだろう」と楽観するのは危険だし、逆に「戦争が起きるに違いない」と悲観して平和維持のための努力を放棄するのも誤りです。

恥ずかしいほど予想を外した人たち

偉大な政治的指導者たちでさえ、時に未来予測を大きく誤っています。

これは二大政党制の礎を築いたイギリス首相ウィリアム・ピットです。
彼は1792年2月、軍事費の削減を思い切って削減する軍縮政策を打ち出しました。その根拠として、このように断言してみせました。

「ヨーロッパの状況からみて、現時点ほど、これから十五年間の平和を合理的に期待できる時期は、この国の歴史上かつてなかった」

しかし、ピットの平和宣言はわずか2ヶ月で破れます。その年の4月、オーストリアが革命フランスに宣戦を布告したのです。ピットが平和だから軍縮しようと言い出してからイギリスが参戦するまで、1年とかかりませんでした。しかもその戦争はナポレオンの登場によって激化、長期化し、およそ四分の一世紀にわたって続きました。

後世、ピットは「平和を期待して軍縮を断行した政治家」としてではなく、「大同盟を結成してフランスと戦った政治家」として憶えられることになります。幸いにしてイギリスがフランスに勝てたからです。もし負けていれば、ピットは「わずか2ヶ月先の戦争を予測できず、致命的な時期に軍縮をして祖国を亡ぼした愚か者」と記憶されたかもしれません。

グランヴィル卿が1870年にイギリスの外務大臣になったとき、彼は当時の事務次官から次のようにいわれたそうです。

自分の長い経験の中でも、対外事象においてこれほどの小康状態はみられなかった。自分は、あなたが扱わなければならない、どんな重要問題もないと考えます」

まさにその当日、ホーエンツォレルン=ジクマリンゲンのレオポルド皇太子がスペインの王位を継承することを承諾しました。それから三週間後、この事件がきっかけとなって普仏戦争が起こりました。

過去の経験はあてにならない

グランヴィル外務大臣の事務次官は「自分の長い経験から考えて」このまま平和が続くだろう、と予想しました。しかし人間個人の経験など、せいぜい数十年です。数十年の平和が1年で破れることもあれば、四半世紀続いた戦争の後に長い長い平和がやってくることもあります。

1801年、19世紀初頭のヨーロッパで「次の100年、ヨーロッパは平和だろうか。それとも戦争ばかりだろうか」と考えた人がいたとします。彼はフランス革命に端を発した戦争を体験しています。戦争の元凶である革命フランスはまだまだ混乱しており、さらなる戦争が予想されます。であれば彼は「19世紀は、このまま戦争が続く世紀になるだろう」と思ったかもしれません。

もしそうであれば、彼の予想は15年後に外れます。ナポレオン戦争が終結後、時代は「パックス・ブリタニカ」と呼ばれる平和を迎えます。少なくともヨーロッパの内側に限っては、過去数十年続いたの泥沼の戦争が嘘のように、比較的平和で安定した一世紀が到来します。

では1901年、20初頭のヨーロッパで、同じことを考えた人がいたらどうでしょう。過去数十年のヨーロッパは比較的平和を保ってきました。ドイツ帝国の成立に前後して、プロシアを中心に何度か戦争は起こりました。しかしドイツ帝国はフランスと力を均衡させるため、かえって喜ばしいという見方もありました。ましてイギリス帝国はいまだ世界一の経済力と海軍力を持ち、世界の秩序を保っています。ナポレオン戦争のような泥沼の大戦争なんて100年近く昔の話だ、と彼が考え思い込んでいたとしても、決して不思議ではありません。

しかしその15年後のヨーロッパは、人類史上最悪の大戦争、その渦中にありました。第一次世界大戦です。この戦争がヨーロッパにどれほどのトラウマとなったかは、その時代に世にでた文学作品を一見すればわかります。どの国の文学にも、判で押したように大戦の影響があるのです。約1900万人が死亡したこの悪夢は4年の間続きました。しかも、終結後に次の火種を残してしまい、第二次世界大戦でさらに約7000万人が死亡します。

賢者は歴史に学ぶ

このように、自分が生きてきたわずか数十年の経験をもとに、未来もこうだろう、と予測することはできません。たとえば今、2009年に生きている日本人に、世界大戦を経験している人は少なくなっています。大戦どころか普通の戦争でさえ、当事者として経験している人はほとんどいません。

であれば、「戦争なんて昔のこと」「少なくとも日本は大丈夫」と思ってしまってもムリはありません。ですが、それは過去のわずか60年間の経験に過ぎません。

過去、平和への期待を裏切って多くの戦争が起こってきました。また、戦争の予想を裏切って平和が続いたこともあります。後者ならば「あー、心配して損した!」で済みます。ですが前者では目も当てられない結果になります。

「私は最も正しい戦争よりも、最も不正な平和を選ぶ」とキケロが言ってから、もう2000年が経ちます。未だに戦争は無くなりません。であれば、私たちが生きている間に地上から戦争が無くなる可能性は極めて低いでしょう。そうであるからには、戦争が他人事ではないことを忘れず、平和が努力の賜物であることを自覚し、現実的な努力を行っていくことが重要です。

敵が攻めてこないことをあてにするのではなく、
攻めて来られないように備えることが、
敵に攻め込まれないために重要なのだ
孫子