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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

なぜ自衛隊は街中でも迷彩服を着てるのか?

自衛隊


自衛隊の服装についてのトリビア。

自衛隊が病院の引越しを手伝う。

先日、自衛隊が長崎で入院患者の移送を手伝った件で記事を書きました。

このような作業は「民生支援」といって自衛隊の活動の一つです。他にも防災のための工事や、自治体主催の大規模イベントの手伝い(札幌雪祭りなど、各地の祭事や競技会など)を自衛隊はやっています。

この場合は入院患者の移送ということで、輸送と医療のノウハウを併せ持った自衛隊が長崎市から依頼を受けたのでしょう。詳しくはこちらの記事をどうぞ。

自衛隊の意外な活動1 注射器や包帯で戦う自衛官 - リアリズムと防衛を学ぶ

自衛隊は街中でも緑の迷彩なので、かえって目立つ

f:id:zyesuta:20090802035525j:image(読売新聞サイトより引用)

この時の写真に写っている自衛官の皆さん、みんな緑色の迷彩服ですよね。

これをご覧になって「街中なのに、なんで迷彩?」 と不思議に思われた方が多いようです。緑の迷彩服は野山の自然に溶け込み、敵に見つからないための服です。そういえば「メタル・ギア・ソリッド3」というゲームでも「迷彩服でまわりの地形に溶け込む」という要素が導入されておりましたね。

ところがこの場合、逆に目立っています。長崎市の街中で動いてるのに、緑の迷彩だからです。

迷彩服着用についてのはてなーの意見

f:id:zyesuta:20090808234134j:image

はてブのコメント欄ではこの点について意見がいくつか見られました。

まずは、街中を迷彩服で大勢動くのはどうか、という意見。


niceniko 社会, 医療 いいことだが、迷彩服が物々しい。知らない人が見たら何か起きたのかと思うだろうな。

はてなブックマーク - 長崎の病院引っ越しに自衛隊…2時間で作戦終了 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

しかし(たぶん)長崎に居住された経験をお持ちらしい方に言わせると、そうでもないようです。


tar-xvzf 自衛隊 長崎は普通に迷彩服でスーパーで買い物してたりするぞ/住民も迷彩服慣れしていてこのくらいじゃ驚かない

はてなブックマーク - 長崎の病院引っ越しに自衛隊…2時間で作戦終了 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

そして、これはとても自然な疑問だと思います。


迷彩服はジャングル用の擬態服なんだから都市にあったファッションにすべきだと思う。却って目立つよ。

はてなブックマーク - 長崎の病院引っ越しに自衛隊…2時間で作戦終了 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

同じく「なぜ迷彩?」と思った人は多いようです。


luliazur 自衛隊って迷彩服しか着るものないのかな?

はてなブックマーク - 長崎の病院引っ越しに自衛隊…2時間で作戦終了 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

実は、これ、正解。こういう場合、迷彩服しか着るものがないのです。

「迷彩服」は陸上自衛隊の「作業服」

f:id:zyesuta:20090808235056j:image(新潟県中越沖地震の際、被災者への給水活動。第九師団WEBサイトより)

陸上自衛隊では戦闘訓練以外のときも迷彩柄の服を使っています。「作業服」と呼ばれているそうです。*1

昔はOD色((オリーブドラブ:彩度が低く、濃い緑灰色))単色の作業服もありました。阪神淡路大震災のときに出動した自衛隊員にはこの単色の作業服を着ている写真が見られます。でもその後に新型ができたので、いまでは作業服も迷彩です。*2

迷彩以外の服となると、事務作業用の背広にネクタイの服装とか、無地OD色の外被やレインコート等があります。でも、どれも夏の晴天時に力仕事をするには向きませんね。

陸自隊員が駐屯地内でする軽作業のときは 上:作業服(迷彩) 下:ジャージ 足元:運動靴 の組み合わせ。駐屯地の外で作業をするときは 上下:作業服(迷彩) 足元:ブーツ(半長靴)のセットだそうです。

民生支援は駐屯地の外で行う作業ですから、着るべきものは作業服。すなわち迷彩です。よって「自衛隊って迷彩服しか着るものないのかな?」は、陸自については、正解です。陸上自衛隊が外で作業をする場合の正式な格好は迷彩しかないからです。

民生支援をするのに、隠れる必要はない

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(民生支援で国体のスキー会場整備を手伝う陸自。第九師団WEBサイトより)

上記のように日本国内で民生支援や災害派遣をするとき、迷彩を使って隠れる必要はありません。姿を隠すべき敵がいないからです。まわりにいる人の多くは日本国民、つまりは公僕たる自衛隊のオーナーです。しもべが主人の命令を受けて、主人のために働いている。なぜコソコソと隠れる必要があるでしょうか?

確かに見慣れない人はちょっとビックリするかもしれません。でも、例えばチカチカして視力を下げるとか、明らかに万人に不快感を与えるといった実害のある服装ではありません。上に引用したコメントの方のように、見慣れてしまえばそれまでのことです。ですから、別にかまわないのではないでしょうか。

自衛隊が隠れるべき時には、そのための服装があります。緑の迷彩しか無い、というわけじゃありません。都市部で『戦闘』をする場合には、コンクリートに溶け込むための黒っぽい迷彩戦闘服は別に用意してあります。市街戦を想定している特殊作戦群に支給されているそうです。*3

でも、民生支援や災害派遣で『作業』にいく時には、遠目にも「あ、あれは自衛隊だな」と分かり易い緑迷彩で作業した方が合理的ではないでしょうか。「皆さんの税金で、きちんと働いているか見てください」というアピールをし、チェックを受ける意味があります。また一目瞭然に自衛隊と分かる格好の方が、助けを求める市民にとって識別し易くてよいのではないでしょうか。そのような意味で、陸自がいかにも自衛隊っぽい緑の迷彩で作業するのは、間違ったことではないでしょう。

むしろ敢えて目立つ、という選択をしたイラクの陸上自衛隊

f:id:zyesuta:20090809000400j:image(イラクのサマーワでの人道支援 防衛省サイトより)

先に書いたように、迷彩服は目立たないよう風景に溶け込むために作られました。ですが陸上自衛隊は「むしろ目立つ迷彩を着る」という決断をしたことがあります。イラク派遣の時のことです。

米英軍に占領されたイラクではテロが横行し、治安は著しく悪化していました。米英軍と違い、戦後になって復興支援ために送られた有志連合の軍隊はもとより、赤十字やNPOといった非軍事組織すらもテロの対象になりました。

イラクに展開する各国軍隊は茶色の砂漠用迷彩を仕立て、着用しました。これならイラクの土や壁の色にまぎれてます。遠くから狙撃されそうになっても狙いが定めにくいでしょう。

自衛隊もイラク派遣にあたり、専用の迷彩服を特注しました。ですがその迷彩は緑色でした。この時は他に服がなかったのじゃありません。敢えて目立つ色を選んだのです。さらには日の丸を服の各所にデカデカと貼り付けました。めちゃくちゃ目立つ格好です。

これは他国の軍隊からは異様に見えた、といいます。


この自衛隊のやり方を多国籍軍側はまるで理解できなかったようだ。

「日の丸はまるで射撃の的のようなデザイン。これでは『撃ってくれ』といわんばかり。早くやめろ。お前らはどうかしている」

ことあるごとに強く忠告してきた。彼らの言い分はある意味で正しい。自衛隊のやり方は、軍事常識から明らかに逸脱していたからだ。だが、そこを敢えて踏み越えた。

p186 武士道の国から来た自衛隊

これは自衛隊の果敢な戦略でした。遠目にも「あ、あれは日本の兵隊だな」と区別できる服を着て働くことで、信頼を築き、そもそも撃たれないようにする考えです。そのためにはよく目立ち、しかもアラブ圏で神聖な色とされている緑色*4が最も適切なものでした。

f:id:zyesuta:20090809003403j:image

そのような努力の甲斐もあってか、サマーワの市民100人規模による「日本の宿営地を守ろう」というデモ行進が行われました。


衝撃を受けたオランダ、アメリカ、イギリスの三軍から「いったい自衛隊は何を工作したのだ」と矢継ぎ早に問い合わせがあった。

p179前掲書

ということです。ですが実際に自衛隊がやったことは工作どころか「堂々とした格好で、イラク人と共に額に汗して働き、信頼されよう」という地道な努力でした。

f:id:zyesuta:20090809003438j:image

結果的に、最も懸念された自衛官の死者はありませんでした。無事に損害ゼロで任務を終え、日本に帰ってこられました。また、陸自による人道支援は人数その他の限界から、決して完璧ではなかったでしょうが、少なからぬ成果を挙げています。36校の学校、80キロの道路が修復され、サマーワ母子病院では分娩直後の新生児死亡率が約3分の1に減ったそうです(H21年国会提出の報告書より)。

イラク派遣には日本国内でも色々な意見がありました。アメリカの無理筋な戦争の後始末であること、憲法との整合性、駆けつけ支援の問題。さらには派遣されたわずか数百名の部隊で広いサマーワ全域をカバーすることの困難から、恩恵を十分に受けられなかった市民もいたようです。とはいえ、派遣された陸自部隊が可能な範囲内で全力を尽くしたことだけは、否定しがたいのではないでしょうか。

そしてその方法は、隠れて身を守るのではなく、現地市民との間に信頼を築く正攻法でした。目立つ日の丸マークをつけた緑の迷彩という服装はその宣伝手段であり、象徴だったといえるでしょう。

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補足

ちょっと語弊があったかもしれないので1点補足。

ブコメ欄などで「目立ちたいならもっと派手な服とかにしたら?」という意見が散見されます。これは私の書き方に落ち度があったかもしれません。民生支援やイラク派遣で自衛隊が重視しているのはどちらかといえば「識別し易いこと」です。

仮に物凄く目立つ服を着たとしても、それが「自衛隊には見えない」服であれば意味がありません。国内での作業においては市民や警察消防・自治体の職員から識別に困難をきたしてしまいます。

海外においてはなおさらです。自衛隊は海外では軍隊と見なされますが、軍人が働くときは軍服を着用していないと国際法違反です。軍人が軍服(制服)を着用せず、軍人には見えない服装で活動してもOKということになると、民間人との区別が難しくなり、民間人が誤って攻撃される危険性が高まるからです。

よって自衛隊が海外や国内で「日本の自衛隊だと識別しやすい」制服を使うとしても、その制服は「自衛隊(軍隊)だと一目で分かる」デザインである必要があります。

あと、メタブックマークでの良い議論が展開されているので紹介しておきます。

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*1:戦闘訓練用の戦闘服は別にある

*2:なお海・空自は迷彩でない、単色の作業服です

*3:素人考えには一般の部隊にも広く支給すべきな気がしますが。自衛隊が市外戦を長く軽視してきたのは江畑謙介氏、志方もと陸将らが批判しておられるところです。

*4:砂漠地帯のアラブでは緑が貴重で良い色。アラブ圏の国旗に緑色が多いのはこれが理由だそうです。緑一色のリビアは有名ですね