リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

陸上総隊はイゼルローン要塞にはならない

しばらく前、陸幕*1が陸上自衛隊の改革案をまとめました。陸上総隊の発足と、方面隊の存続を提案しています。

この改革には2つの意味があります。第一には指揮系統を整理して機能性を高めること*2。そして第二に、海空自衛隊とのコンビネーションをよくする「統合運用」を進めることです。このことは先日のエントリーで書きました。
自衛隊のチームプレーが良くなる、陸上総隊の設立 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

この改革のメインは、防衛大臣と方面隊のあいだに「陸上総隊」という司令部を置くことです。

陸上総隊の設置で命令系統が混乱する?

改革案
この改革は自衛隊の機能性を高める効果が期待できます。ですが産経新聞報道には、この改革について疑問符がつけられています。

陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務めるとみられ、海・空自には「ポスト維持に固執しており、総隊司令官から方面総監への命令系統が混乱する恐れがある」(自衛隊幹部)との指摘もある。(半沢尚久)

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

陸上総隊司令官は方面総監を隷下におきます。それなのにこの2つのポストに同格の陸将が任命されるのでは、命令系統が混乱する、というのです。この報道は果たして妥当なのでしょうか。

イゼルローン要塞の失敗


この点について、こんなはてブコメントが付けられていました。

rajendra イゼルローン要塞を思い出してしまう。
>陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務めるとみられ、
>海・空自には「ポスト維持に固執しており、総隊司令官から方面総監への命令系統が混乱する恐れがある」

はてなブックマーク - 陸上総隊か方面隊か…陸自の新編成は折衷型に - MSN産経ニュース

他なら知らず、「イゼルローン要塞」と聞いては捨て置けませんね。 

rajendraさん(察するにシンドゥラ方面からお越しの方ではないかと思うのですが)の仰る「イゼルローン要塞を思い出してしまう」とはこういうことです。

イゼルローン要塞とは田中芳樹著「銀河英雄伝説」にでてくる要塞です。この要塞には2人の同格の司令官がいました。一人は駐留艦隊の司令官、もう一人は要塞防衛司令官です。この二人は同格で、いがみあっている、という設定です。

この対立が原因の一つとなり、この要塞は陥落してしまいます。陸上総隊と方面隊も似たようなことになってしまい、機能不全を起こす恐れがあるでしょうか?

総隊司令官と方面総監はどちらも5号俸の陸将

報道によれば、命令系統が混乱する根拠は「陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務める」ということです。確かに今の方面総監は陸将があてられています。陸上総隊が設置されればその司令官も陸将になるでしょう。

陸将の中での「同ランク」というのはどういうことでしょう?

自衛隊では同じ階級でもランクが分かれています。いまの方面総監は空自の航空総隊司令官と同格。俸給表でいえば5号です。陸上総隊司令官を方面総監より上の6号や7号にしてしまうと、カウンターパートの航空総隊司令官より偉くなってしまいます。これでは統合運用の上でうまくないし、陸海空の中で陸の総隊司令官だけ突出してエライというのは不合理です。よって陸上総隊司令官は5号俸となり、指揮下におく方面総監と同ランクになるだろう、というわけです。

このことは命令系統の混乱につながるのでしょうか?

同ランクであれ、自衛官には序列の上下が決まっている


ですが、これが原因で命令系統が混乱する、というのはあり得ない話です。志方もと陸将によれば、自衛隊や軍隊において、特に幹部((士官、将校のこと。要するに管理職))ならば同階級・同ランクであろうと序列(要するにどっちがエライか)がビシッと決まっているからです。

たとえ同じ階級でもその階級に任じられた日によって上下か決まっている。…これを序列という。

さらに、同じ日に任じられたとしても、ハンモックナンバーというのがあり、これによって序列が決まっている。このハンモックナンバーは勤務評定の優秀な人ほどいいナンバーがもらえる。

…どちらが指揮官をやるかということになれば、序列が高いほうが指揮官となる。一般の人たちにしてみると、そこまで厳格に上下を決めなくてもよさそうに思えるかもしれない。しかし、そういう厳格な序列がないと軍事組織は成り立たないのだ。
p53-54 「自衛隊に誇りを」 志方俊之 小学館文庫

なぜ「誰がエライか」を厳密に決めておくのでしょう? その大きな理由は、指揮官が戦死した場合に備えるためです。自衛隊は有事に備える組織です。つまりは誰かが戦死することを想定して、組織を作っています。

「敵将うちとったり!」では現代の軍隊は止まらない

今川義元。優れた大名だったが、田楽狭間にて戦死。

戦国時代の軍隊ならば、指揮官が死ねば部下は撤退しました。有名なのが桶狭間の戦いです。大将の今川義元が織田信長に討ち取られました。すると家来たちは撤退していきました。

しかし現代戦ではそうはいきません。指揮官が戦死したからといって、ただちに組織が機能停止するようでは戦争に勝てません。

よって現代の軍隊で指揮官が死ねば、速やかに次席がかわって指揮をとります。次席も戦死すればさらにその次席がかわります。こうやって速やかに指揮権を引き継げなければいけません。さもないと指揮が混乱し、部隊は統制を失い、戦えなくなります。

同ランクの陸将にも序列によって上下関係がある

このようなわけで、現代の軍隊は厳格な階級や序列を作っているのです。自衛隊でも同様です。

同ランクの陸将にも序列があって、エライ順番が決められています。陸上総隊司令官には恐らく方面総監の経験者、つまりより序列の高い者があてられるでしょう。それなのに陸上総隊司令官から方面総監への命令が、同ランクゆえに通らない、というのは考えがたいことです。

まして総隊司令官と方面総監のあいだには正式な命令系統が通ります。これで上から達せられた命令が行われないわけがありません。これらのことから考えて、同ランクの陸相があてられるゆえに指揮系統が混乱する、というのは考えがたい話です。

産経の報道への疑問

このよう考えると、この産経の報道は少々疑問を憶えます。

陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務めるとみられ、海・空自には「ポスト維持に固執しており、総隊司令官から方面総監への命令系統が混乱する恐れがある」(自衛隊幹部)との指摘もある。

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

推測ですが、恐らくこの「同ランクが務める」「ポスト維持に固執している」と「命令系統が混乱する恐れがある」は、本来別の話です。もしそうだとすれば、筋が通ります。

陸上総隊司令官と方面総監が同ランクの陸将になる見通しだとすれば、海空からみれば「ウチの方面隊司令官(総監)は、陸の総監より一つ格下扱いなのに」という不満が残るでしょう。そのような見方をとれば陸が方面総監を格下げしないことをして「ポスト維持に固執している」と見ることもできるかもしれません。

また、それとは何ら関係のない話として、陸上総隊という新しい司令部ができることで命令系統が冗長になる、という懸念は当然あるでしょう。命令の結節が一つ増えるからです。このデメリットは陸幕、陸上総隊、そして方面隊の役を整理して、幕と方面隊をスリム化することである程度抑制できるでしょうが、うまくいくかどうかは今後の工夫次第です。そのような意味であれば「命令系統が混乱する恐れがある」という懸念はもっともです。

このようなわけで、産経の報道はもともと別々の懸念をひとつに混同してしまったものではないかと考えられます。

とまれ、記事で書いてあるような「同ランクゆえに指揮系統が混乱」という小説の中の軍隊みたいな心配は、この場合は杞憂に過ぎないといって良いでしょう。

*1:部隊整備を行う陸自の中枢。企業でいえば経営企画部みたいな感じ。

*2:大臣からの指揮系統が一本化される。また、総隊司令官が方面隊の上にくることで方面隊をまたぐ増援等がやりやすくなると考えられる