リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「中立国の戦い スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標」


「中立国の戦い」は3つの中立国の歴史に焦点をあてた本です。3国とは、スペイン、スウェーデン、そして永世中立国として有名なスイスです。他にも中立国は多いのに、なぜこの3国なのでしょう? それはこれらの国が、あの第二次世界大戦のさなかすら中立政策を貫き、成功した国だからです。

そこにはいったいどんな秘密が、そして苦労があったのでしょうか。

中立政策の義務

f:id:zyesuta:20090929202147p:imageスイス国旗。色を反転させると赤十字の旗になる。

中立といっても色々ありますが、本書で問題にしているのは戦時中立です。戦時中立とは戦争をしている両陣営のどちらにも味方せず、公平に接することです。中立国は以下の義務を果たさねばいけません。


中立国は戦争に参加してはならず、また交戦当事国のいずれにも援助を行ってはならず、平等に接しなければならない義務を負う。一般に、次の3種に分類される。



回避の義務 中立国は直接、間接を問わず交戦当事国に援助を行わない義務を負う。



防止の義務 中立国は自国の領域を交戦国に利用させない義務を負う。



黙認の義務 中立国は交戦国が行う戦争遂行の過程において、ある一定の範囲で不利益を被っても黙認する義務がある。この点について外交的保護権を行使することはできない。

戦時国際法 - Wikipedia

これらの義務を果たすには「わが国は中立政策をとります」と宣言するだけではダメです。特に「交戦国に自国の領域を利用させない」という義務を果たすには一定の実力が必要です。この分かり易い具体例が軍板常見問題に出ています。


黙認義務の方はともかく,公平義務の方は,ある程度の実力がないと果たせません.

交戦国の一方が,「お前の国の港を自由に使わせろ,さもなければ武力占領する」などと言い出したときに,それを跳ね返すのは(実力が無いと)困難ですから.

International Law FAQ |軍事板常見問題&良レス回収機構

カッコ内は私による補記です。

中立には実力の裏づけがないと困難なのですね。中立の難しさは他にもあります。

「中立を保つことは、あまり有効な選択肢ではない」

f:id:zyesuta:20090929201440j:image中立政策を批判したマキャベリ

中立国はどちらの陣営にも公平に接さなければいけません。誰の味方にもならない、ということです。公平と言えば聞こえはいいですが、そのために恨みを買う可能性があります。

中立国スウェーデンの例を見てみましょう。

プロイセンがデンマークに侵攻したときのことです。スウェーデンにとって、デンマークは大事な友好国でした。そのデンマークが攻められるのをスウェーデンは中立を保つ…つまり、手助けせず、見捨てるほかありませんでした。*1


当然、大敗を喫したデンマークのスウェーデンに対する失望、落胆は大きかった。「中立であること」は戦乱への介入の拒否でもあるが、友好関係にある周辺国の無支援、不介入(見殺し)にもなりかねないこともわかってきた。

p50

このようなデメリットを指して、マキャベリは中立政策を批判しています。


中立を保つことは、あまり有効な選択肢ではない。 特に、仮想にしろ現実にしろ敵が存在し、敵よりも自分が弱体である場合は、効果がないどころか有害である。 中立でいると、勝者にとっては「敵」になるだけであり、 敗者にとっても「助けてくれなかった」ということで敵視されるのがオチなのだ。

マキャベリ

実際、本書「中立国の戦い」では中立国が勝者に狙われ、敗者に恨まれて苦労する様が多くでてきます。そこで、両陣営の間をうまく泳ぎまわる外交力が必要となります。

中立宣言をしても攻め込まれたケース

f:id:zyesuta:20090910164545p:image低地諸国は2回の世界大戦で攻め込まれた

中立国は自ら戦争に介入し、他国に攻め込むことはありません。しかし他国の側から中立国に攻めてくる、ということは有り得ます。


事実、第一次、第二次世界大戦においては中立を宣言した国々も交戦国からの軍事行動を受けて、戦禍が免れない事態に陥ることになる。

p53

第二次大戦時、ドイツは中立国のノルウェー・デンマークを侵略し、占領しています。その時の言い分はこうです。


ドイツのリッペントロップ外相は「中立国のノルウェー、デンマークを英仏の侵攻から守るために『保護占領』を行う」旨、発表した。北欧侵攻「ヴェーゼル川演習」の実施である。以後、中立宣言国にたいする武力侵攻の際には、洋の東西を問わずこの便利でこぎれいな偽りの用語が使われることになる。

p78

またドイツは厳正中立を貫いた低地諸国にも侵略しています。オランダとベルギーです。両国は中立国として、ドイツ側にもイギリス側にも味方しませんでした。双方に対して領空侵犯対処を行ない、厳正な中立を守ってました。しかし一九四〇年冬、ドイツ軍が電撃のような勢いで両国に攻め込み、占領しました。

両国は中立政策のため、国力に応じた軍隊を保有していました。特にはベルギー*2ドイツの侵攻に備えて「エバン・エマール要塞」という難攻不落の防御施設をつくっていました。しかし所詮は小国の軍事力に過ぎません。大国ドイツの国防軍には到底かなわず、あっという間に敗北してしまいます。

このように世界大戦では、多くの中立国が中立宣言などお構いなしに蹂躙・占領されました。


もとより中立宣言は、関係各国(特に有事の際の交戦国)から中立的立場を尊重してもらわなければならないうえ、宣言した側も外交に偏りがあっては反対側からの非難(悪くすると軍事制裁)が免れない。

p48

なお第二次世界大戦の終結後、オランダ・ベルギーは中立政策を放棄します。

このような過酷な状況で、よりによってドイツに隣接していたのに中立に成功したのがスイスです。そこにはどんな成功要因があったのでしょうか。

「自らの運命を手放すことなく」 リュトリの誓い 

f:id:zyesuta:20090929201602j:imageアンリ・ギザン将軍

ドイツの脅威はスイスにも迫ります。そんな1940年の夏、スイス軍の幹部がリュトリ草原に集められました。リュトリはかつてスイス建国の盟約が行われた誓いの地です。彼らを招集したのは、スイス全軍の指揮をとるアンリ・ギザン将軍でした。そこでギザン将軍は各員に断固たる決意を伝えます。


「国境の向こう側には歴史的にも稀なほどの強力で優秀な軍隊が迫っており、以降数週間のうちに予想もしなかった事態に直面しないとも限らない状況にある。

スイス軍は全正面からの攻撃から防御可能な陣地に着く…これにより、国土防衛という歴史的使命を達成するつもりである…。

今、造営している新陣地が真価を発揮するなら、我々は自分たちの運命を手放すことなく、掌中にしていられるであろう。敗北主義の流言に惑わされることなく、自らの力を信じて鉄の意志を持てるならば、精強な外敵に対する抵抗も成し遂げられるであろう」

p120

ギザン将軍の戦略は、山がちなスイスの地形を生かした防御陣地に立てこもることです。ドイツ軍に数でも質でも劣るスイス軍が対抗する、それが唯一の手段でした。将軍はその戦法を説明するとともに、いざとなれば徹底抗戦する覚悟を示し、軍を鼓舞したのです。

スイスは防衛努力によって、ドイツによるスイス侵略を、不可能ではないにしても、コストが高くつくようにしました。わが国に攻め込むと、最終的に勝てたとしても、痛い目を見るぞ、というメッセージを示したのです。

いざとなればトンネルを爆破する

このスイス軍の防衛努力に加え、スイスのもう一つの決意がドイツに侵略をためらわせます。もしドイツに攻められ、占領されそうになれば、スイスの大事なトンネルを自ら爆破する、というのです。

ドイツがスイスを占領するメリットは交通路として使うためです。なのに占領前にトンネルが爆破されたのでは、「スイス占領の目的の根幹に関わる*3」大問題です。

これを受けて、スイス占領を計画していたドイツ軍は「武力侵攻すれば占領は困難ではないだろうが、…輸送路、鉄道の喪失は避けられそうにない*4」と見積もりました。

スイスは鉄道爆破の予告により、ドイツによる侵略のメリットを減らしました。わが国に攻め込んでもウマ味は少ないぞ、と示したのです。

「スイス侵攻は得られる成果が見合わないだろう」

f:id:zyesuta:20070424083558j:imageスイスの山々。スイス軍は山を砦として立て籠もるつもりだった。

これらの努力によってドイツはスイス侵攻を一度は思いとどまりました。しかしアメリカ・ソ連らの連合国がドイツ軍を破り、ドイツが本土の守りに入ると、またしてもスイスに危険が訪れます。劣勢になったドイツはスイスを連合国よりも早く「予防占領」して、防衛線を敷くことを計画しました。

スイスの山々を生かして連合軍を押しとどめ、「一気に挽回できるはずの原子爆弾が完成するまで要塞戦を続けようといいう計画*5」だったそうです。

ですがこの計画も撤回され、スイスは国土を守りきります。


スイス侵攻作戦を踏みとどまらせたのは、やはりギザン将軍が敷いたスイスの国防軍の防衛体制だった。駐スイス・ドイツ公使のキュッヘルは、本国からスイスの抵抗能力について尋ねられても、スイス占領を希望する戦争指導者が望むような返答はできなかった。

「損害は予想外に拡大し、長期戦への突入と戦争継続能力に響く消耗は避けられない…スイス侵攻は得られる成果が見合わないであろう。

p140

侵攻側のコストを上げ、メリットを減らすというスイスの防衛努力が実った結果でした。スイスの軍事力はドイツに比べれば弱小です。ですが弱小なスイスの軍事力でも力を尽くすことで、ドイツの侵略を抑止し、国を守ることができたのです。

スイスは「拒否的抑止」に成功した

このように軍事力をもって、相手に侵攻を思いとどまらせることを「抑止」といいます。

ドイツの軍事力はスイスを占領可能なものでした。ですが、たとえ侵略側より弱い軍事力しか持たなくとも、戦争を抑止する術はあります。たとえ勝てないにしても、相手が許容できないほど損害を与えられるだけの軍事力があれば、抑止効果が期待できます。相手にとって

侵略のメリット < 戦争のコスト(損害)

であれば、相手は勝てるにしても侵略をためらいます。勝てたとしても損害が大きく、トンネルが使えないのでは戦争目的を達成できません。よって侵略を思いとどまることが期待できます。

これを「拒否的抑止」といいます。侵略側の戦争目的を拒否する力(拒否能力)をもつことで侵略を抑止するのです。これに対して、相手に報復できる戦力をもって戦争を防ぐのが「懲罰的抑止」です。「もし攻めてきたら、逆襲するぞ」というやり方です。

スイスは鉄道爆破予告で侵略メリットを減らし、防衛努力で侵略コストを上げました。その結果、「スイス侵攻は得られる成果が見合わない」とドイツに判断させました。本書に記述されているこのような事実を抑止論の言葉で説明すると、拒否的抑止に成功した、といってよいでしょう。

ナチズムへの協力

f:id:zyesuta:20090929202555j:image収容所で痩せこけたユダヤ人

スイスはこのような堂々たる努力だけではなく、恥ずべき努力も行っています。

当時、ドイツはユダヤ人への差別、迫害、そして虐殺政策をとっていました。スイスはそこまではしなかったものの、ドイツから逃れるユダヤ難民に冷淡な態度をとっています。

38年9月から、逃げてきたユダヤ人入国者のビザに赤いJマークを刻印するとともに、入国制限を強めました。


これはナチスのユダヤ人摘発に供する以外何ものでもなく、赤いJマーク付き旅券所持者はスイス国外に出て行っても、ナチスの摘発から逃れられなくなっていった。

p106

なぜナチス協力にも類するようなことが行われたのでしょう。その最大の理由として著者が挙げているのは「ドイツとの貿易関係の維持が中立の継続にも直結したということ*6」です。

スイスが自国を防衛するために必要な物資、さらには新鋭の兵器はドイツから買ったものでした。ゆえにドイツとの関係が悪化して輸入が止まれば、中立を守るための防衛力が弱まっていってしまいます。よって人道に背を向けても、ナチスよりの政策をとったようです。

スウェーデンもスイスと同様、主要な物資をドイツからの輸入に頼っていました。そこでさまざまな面でドイツよりの態度をとったため、中立義務違反を問われて連合国側から非難されています。

このように中立政策を保つには、時に危険な外交が必要になります。中立義務違反すれすれのところで一方に肩入れしなければ、中立政策を保てない、というケースです。スイスの行為は人道の観点から批判を免れえませんが、一方でそこまでせねば危ない、と思わせる難しさがあったのでしょう。

中立政策は茨の道

f:id:zyesuta:20090929201950j:image誓いの地リュトリに翻るスイス国旗。

このように中立は簡単な政策ではありません。ある一時だけの中立ならともかく、ずっと中立を国是として貫くのは至難といってもよいでしょう。

中立国は戦争に勝手に巻き込まれることもない代わりに、他国に守ってもらうこともできません。時には友好国を見捨てることになり、恨みを買います。同盟国を持たないため、単独で国防をせねばなりません。自主防衛どころか、これでは孤立防衛です。


中立を守るには、マキャベリズムの「狐の知恵と獅子の勇気」にとどまらず、そのうえさらに「貝の辛抱」が求められた。…別の言い方によると「(中立政策とは)氷のように冷血で、利己的、かつ生存のための可能性の政策」とされる。

p152

知恵と勇気と辛抱をもって努力しても、低地諸国のように国土の地勢が不利ではたちまち侵略にあってしまいます。低地諸国はスイスのような山岳を持たず、かつドイツにとって重要な交通路にあたりました。そのため厳正な中立政策をとったのに、あえなく蹂躙されました。


中立政策は維持することも至難だが、運にも国土の地勢にも恵まれていなければ守れないということになるだろう。

p290

中立がうまくいく条件

中立政策はこのように困難で、苦労が多い道のように見えます。いったいどうすれば中立政策がうまくいくのでしょうか。本書からは、5つの条件が引き出せるでしょう。

  1. 抑止に成功するだけの軍事力
  2. 「あの国の中立が、地域全体の利益にかなう」と諸国に判断させる国家戦略
  3. 対立する陣営の間でバランスをとる外交力
  4. 以上3つを実現可能な国土(位置、人口、地形等)
  5. 幸運

中立政策に成功した国々はいずれもこれらの要素を兼ね備えているように見受けられます。地形などは元からそうだったとしかいえませんが、外交と防衛は意図的な努力のたまものです。大戦中のスウェーデン首相はこう述べているそうです。


将来に向けても厳正中立を貫く決意を有する…中立を維持するためならば、必要な戦いも辞さない」

(スウェーデン ハンソン首相)

それだけの覚悟、力、知恵があって、はじめて中立国として「自らの運命を手放さず」にいることができるのですね。

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今回は中立の話題でした。次回は「非武装」について取り上げたいと思います。


*1:第一次シュレスウィヒ戦争の時ならば、スウェーデンはデンマークへ義勇兵を派遣しています。ですがこの際はたとえ義勇兵という名目でも、スウェーデンだけがデンマーク側に立って介入することはできませんでした。プロイセンのビスマルクの外交手腕により、国際社会が傍観を決めたためです。

*2:オランダ、と書いてありましたが正しくはベルギーです。はてブにてのご指摘ありがとうございます。

*3:p121

*4:p127

*5:p137

*6:p106