リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

いかにして自衛官は引越しのエキスパートと化すのか


先日は自衛隊が入院患者の移送を手伝った件をとりあげました。

自衛隊の意外な活動1 注射器や包帯で戦う自衛官 - リアリズムと防衛を学ぶ

読売新聞はこの民生支援活動を「引越し作戦」と書いています。

それで思い出したのですが、自衛隊と「引越し」には切っても切れない関係があります。

幹部自衛官は高い頻度で全国を異動する

自衛隊には転勤が多いのです。特に幹部は全国のいたるところへ数年おきに転勤します。新しい任地に着いて、早ければ2年、遅くとも5~6年たつとまた転勤です。これがずっと続きます。

従って自衛官はもの凄い回数の引越しを経験することになります。陸上自衛隊で人事部に勤めている3人の幹部自衛官にインタビューした記事をみてみましょう。


幹部は異動が多いと聞きますが。

田邊 一般的に転勤というイメージの、転居を伴う異動は今までに6回経験しています。熊本、神戸、ひたちなか、東京、富山などですね。

光永 私も9回ほどですか、転勤を経験しています。だいたい西方から東方、そして北方にいったらまた東方に戻る、という具合に動くのがパターンですね。…

山本 お二方に比べて若輩なのでまだ異動回数は少ないですが、陸幕勤務になる以前は、ほぼ2年に1度動いていました。熊本、横須賀、山梨、千葉、静岡、そして東京ですね。

セキュリタリアン p7 2002年 3月号

このように幹部自衛官(企業でいえば管理職コース)は全国各地をぐるぐると異動し続けます。幹部の中でも出世コースに乗った人は、中央の幕僚監部(本社の経営企画室)と地方を数年ごとに往復する形になるそうです。

頻繁に転勤することの良さ

頻繁な転勤はたいへんそうですが、良いことも色々とあるそうです。


田邊 転勤ということなら、全国各地を旅しているようなものですから、いろいろな土地の人とのふれあいや名産など、愉しみがたくさんありますよね。…

光永 …家族みんなで新天地に行くというのは、得がたい経験だと思います。私は熊本出身なんですが、たまに里帰りして同級生に会うと、未だに故郷から一歩も出ずに暮らしているのもいますからね。そういう仲間からは、羨ましがられますよ。子供にしても、小さい頃に北海道にいたことなんかを、今も覚えて懐かしがったりね。

p7 前掲書

また、頻繁な転勤は仕事に臨む態度にも影響します。


とにかく自分に与えられる期間は2~3年なので、その間にできることは、できれば着任する前ぐらいから考えておく必要があると思います。で、着任したらできるだけ早く新しい環境を掌握して、部隊の態勢に緩みがないようにしなければいけない。これは、幹部ならみんな考えていることだと思います。

p8 前掲書

幹部自衛官とその家族は引越しのエキスパートと化す

こうも転勤が多いとなると、引越しに熟練するのは当然です。


光永 …引越しに関しては、もう、エキスパートといっていいくらいです。荷物はだいたいコンテナ2個に、30分くらいで積み込み終わります。…

山本 …私個人は仕事のことに没頭していますが、どちらかというと女房の方が考えているみたいです。押入れを空けると、衣装ケースと言うんでしょうか、あれに全部ものが入っているんです。で、私が使うもののケースが決めてあったり、すぐ使うものは分けて入っていたりね。”あなた一人で赴任するなら、これだけ持っていけば大丈夫”という具合です(笑)

p9 前掲書

幹部自衛官は常に有事に備えていますが、あわせて引越しにも備えている、というわけですね。

運送会社から見た自衛隊の引越しの手際

幹部自衛官が引っ越すときは、荷物の輸送は引越し業者に頼むのですが、業者からみてもその手際は優れているそうです。

日本通運の営業部長が、こう答えています。


「みなさんいい意味で、引越し慣れしていらっしゃると思います。無駄なものがあまりないなぁと感じますね。箱詰めなど、整理整頓がとてもお上手。引越しの下見にうかがった段階で、すでに荷物が詰められていることも珍しくありません。見積もりをお出しした時点で、それじゃトラックの荷台に乗らないのではなどと、逆にアドバイスされたこともありますから(笑)」

p20 前掲書

自衛隊では整理整頓と時間厳守をビシッと教育しているらしく、引越しにもそれが表れているようです。


自衛隊員の方は、例えば午後一時半、という風に明確な時間を指定される場合がほとんどです。…弊社も予定が明確になりますので、とても助かります。

p20

官舎住まいの自衛官が引っ越すときは、同じ官舎に住んでいるに同僚がみんなで手伝ってくれるそうです。ある雪の日、日通の引越しトラックが向かうと、官舎住まいの隊員たちが総出で道路の雪かきをしていたこともあったとか。さすがの団結力ですね。

子どもが大きくなれば単身赴任

自衛隊で幹部として30年勤務すると平均10数回は転勤することになります。個人差はあれど、そのうち2、3回は単身赴任になるといいます。子どもが大きくなってくると、これは仕方がないことでしょう。

そこには寂しさもありますが、それはそれで面白いこともあるようです。期間限定で一人暮らしができるからです。埼玉から宮崎に単身赴任することになった航空自衛隊の某一佐(2002年当時)の手記をみてみましょう。


結婚以来45歳になるまで単身赴任の経験がありませんでした。今まで家族いっしょに暮らしていた私にとって、単身赴任は半分不安、半分期待の未知の世界でした。

不安の理由は自分の生活がちゃんと出来て行くだろうかということでした。…一方、期待の理由は、自由です。…飲みに行きたくなればプイと出かけ、ゴルフも何の気兼ねもなく自由にできる、こんなことは結婚以来ずっとなかったことでしたから。

p13 前掲書

この自由への期待感、男女とわず所帯持ちの方には分かるものなのかもしれません。彼の単身赴任生活は、意外にも完全に自由とはいかなかったようです。


最初、自由の嬉しさから毎晩のように飲みに出掛けていました。ところが毎晩のように女房から電話があったようなのです。…それが爆発したのが土曜日の夜更けでした。いい気分で帰って来てみると、真夜中の電話、受話器をとりあげた途端、女房の怒鳴り声です。「あんた! 毎晩、毎晩、一体誰とどこをほっつき歩いている?」

p14

お説教はそれから1時間続いたそうです。うん、これは仕方がない。

この単身赴任はそれから2年間続きました。その間、奥様は10回ほど飛行機で埼玉からお越しになり、そのうち2回は予告なし、不意打ちの”奇襲攻撃”だったそうです。奥様はそのためにせっせと500円貯金をして宮崎までの飛行機代を貯められたのだとか。

その後、数年して今度は静岡県浜松市への異動が決まったそうです。その時、お子さんたちは既に成人してらっしゃいました。また単身赴任できるかなと思って異動について話すと、こう言われたそうです。


すると息子が言いました。

「父ちゃん、地方に行くのなら母ちゃんを連れて行きなよ。俺たちばかりが叱られるのは割に合わないぜ。貰ったのは父ちゃんなんだから、最後まで責任とりなよ」

p15 前掲書

冗談めかしてはいますが、これはご子息の気遣いというものでしょう。結局、その時はめでたくご夫婦二人での赴任になったそうです。

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