リアリズムと防衛を学ぶ

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日本は島国なのになぜ戦車が必要なのか? part1


f:id:zyesuta:20041031121036j:image陸自の90式戦車(朝霞広報センター)

「戦車不要論」というものがあります。「陸上自衛隊が戦車なんか保有するのはムダだ」というような意見です。結論から言えば、これは余りに無茶な考えです。

ですがこれを批判するのはなかなか大変です。「なぜ1+1=2なの?」というような単純な疑問ほど、きちんと答えようとすると難しいのと同じです。「なぜ日本に戦車が必要なの?」もあまりに素朴な疑問すぎて、本気で答えようとすると大変です。

ですが逆に考えればこれはメリットです。「なぜ日本に戦車が必要なの?」という単純素朴な問いに答えることで、日本の防衛戦略といった大局から、戦車の特徴といった細かい点まで、通して説明することができるからです。いささか大変ではありますが、これから数回の連載を通してこれにチャレンジしてみたく思います。

part1の今回は戦車不要論の概説と、「そもそも戦車って何じゃ?」という点についてです。

戦車不要論はこんな感じ

日本に戦車なんかムダだ、という意見は、例えばこんな感じです。


日本の一体どこで戦車戦が展開されるのでしょう? ヨーロッパのような丘陵・平原地帯や、中東のような砂漠地帯とは違います。山や市街地で戦車が何の役に立つというのでしょう。歩兵戦の方がずっと重要になるでしょう。それなのに自衛隊が戦車なんか持っているのは、彼らの頭が古くて、戦争ゲーム感覚でカッコイイ兵器を持ちたいだけなのです。

こんな感じの論理展開で、戦車なんか削って歩兵やヘリコプターを増やせ、と結論づけられるのがよくある戦車不要論のパターンです。応用例としては「そもそも日本に敵陸軍に上陸されるようなら敗北確定。戦車というか陸戦に備えること自体がムダ。それより戦闘機や護衛艦を増やせ」という陸上戦力不要論があります。

何も考えずに読むと、なかなか説得力がありそうな気もしてきますね。これのどこがデタラメなのかを考える前に、まず基礎知識を押さえましょう。そもそも戦車とは何でしょうか?

そもそも戦車とは何か? 3つの特徴

戦車(tank)の始まりは第一次世界大戦まで遡りますが、ここでは現代の主力戦車(MBT:Main Battle Tank)に話を限りましょう。現代の先進国で”戦車”といえば、ふつうは主力戦車(MBT)のことを指します。日本が保有している90式、74式ももちろんこれです。以降、ただ”戦車”と書くときは主力戦車のことを指すと思ってください。

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戦車には3つの特徴があります。攻撃力、防御力、機動力です。

大砲による攻撃力

戦車は大砲を積み、高い攻撃力をもっています。どれくらい強いかというと、ゴジラを倒せるくらいだと思っていただけでば、だいたいあってます*1。もう少しまじめに申しますと、戦車砲で戦車以外の装甲車を撃ち、当たったなら、まず撃破可能です。

装甲による防御力

戦車は頑丈な装甲で覆われています。どれくらい頑丈かというと、戦車砲で撃たれても(正面からなら)わりと大丈夫なくらいです。攻撃力だけでなく、防御力も高いのです。陸軍の装甲車両のなかで最高の防御力をもっています。

履帯による機動力

戦車はよく知られているように、キャタピラ式です。ちなみにあれをキャタピラと呼ぶのは厳密には間違い*2で、日本語では履帯(りたい)と呼びます。

履帯はタイヤと違い、でこぼこした地形でもストップしたり、転倒したりせずに走れます。つまりタイヤ式の車両に比べて機動力*3が優れているのです。

戦車とは戦場のイチロー

イチローイズム―僕が考えたこと、感じたこと、信じること (集英社文庫)

つまり戦車は攻めてよし、守ってよし、走ってよし。野球ならば走攻守を高いレベルで兼ね備えた、イチロー選手のように非常に頼りになる存在です。

対戦車兵器が発達しても戦車がなくならないワケ

ところが現代では、各種の対戦車兵器を使うことで歩兵でも戦車を撃破可能です。例えば先年の第二次レバノン紛争ではイスラエルの戦車が50両余りが損害を受けています。ヒズボラの兵士が対戦車ミサイルや対戦車ロケットを数多く装備していたためです。

このように戦車に勝てる兵器はあるのですが、かといって戦車が役立たずになったわけではありません。

ジャンケンで考えるとよくわかる

歩兵、対戦車部隊、そして戦車は互いに補完関係にあります。単純化していえば、ジャンケンのグー・チョキ・パーのようなものです。ジャンケンは、グーはパーに負け、パーはチョキに負けるという風に、互いに得手と不得手がありますよね。戦車らも同様に

f:id:zyesuta:20091016204859j:image戦車(グー)

f:id:zyesuta:20091020131038j:image対戦車兵器(パー)

f:id:zyesuta:20091020134950j:image歩兵(チョキ)

となります。対戦車兵器を装備した部隊は戦車を倒せます。ですが重たい対戦車兵器をかついでいたのでは、小銃ひとつの身軽な歩兵には負けてしまいます。でも歩兵の小銃では戦車は倒せません。だから歩兵だけでは戦車に突破されてしまいます。

これは多少単純化した説明ですが、つまりは兵科によって得手不得手がある、ということです。ですから戦車・対戦車兵器・歩兵はそれぞれ補いあい、協同して戦います。例えば戦車に歩兵が随伴してお互いを守りあう、歩兵のチームには必ず対戦車兵を入れておく、等という風にします。互いの弱点をカバーし、長所を生かすのです。

戦車ナシで戦うのは「自分だけグー禁止」のジャンケン

よって戦車ナシ、歩兵と対戦車部隊のみで戦うすれば、ジャンケンに例えると「パーとチョキしか使わない」ようなもの。相手は三種類全て使ってきますから、著しく不利になります。

たとえジャンケンの奥義を極めたという「ジャンケン必勝ママ」であっても、自分だけグーを禁止されたら負けてしまうでしょう。なお戦車ナシで戦って大敗した実例はpart2で紹介します。

対戦車兵器は防御、戦車は攻撃の役割分担

他、対戦車兵器は防御的な兵器なので攻勢局面では使いにくい、という問題があります。

対戦車兵器は高い攻撃力をもっていますが、防御力と機動力がありません。なにせ撃っているのは何の装甲にも守られてない、生身の兵士です。しかも撃つ間は無防備です。また重くかさばるため俊敏な移動のさまたげになります。よって陣地や建物などに隠れた状態でなければ対戦車兵器は使いづらいといえます。

それでも味方陣地内で防御するときならばそれでもあまり問題にはなりません。ですが陣地を出て、攻撃に移るときには困ります。よって攻撃時には攻・防・機動を兼ね備えた戦車が頼りとなります。

f:id:zyesuta:20091020133415j:image戦車と随伴歩兵

攻撃時の戦車は先頭にたち、敵の火力をひきつけるとともに、敵陣地を突破する役割をにないます。歩兵は戦車に守られ、同時に戦車を敵の対戦車部隊から守って進みます。そして戦車が突破したところから歩兵が敵陣地に入って占領します。

この戦車の役割は、防御力に欠ける対戦車兵器やヘリコプターでは担えないものです。それらは戦車を撃破可能ですが、戦車の代替になることはできないのです。この意味からも戦車抜きで戦うのは著しく不利といえます。やはり戦車、歩兵、対戦車部隊はすべて揃え、協同する必要があるのです。

なお戦車は防御局面でも使うことができ、それを極めたのが陸上自衛隊なのですが、それについてはpart2で書きます。

ヘリコプターも同様

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なお対戦車ヘリコプターも戦車を撃破可能ですが、ヘリは一箇所に留まって歩兵を守るという役割が果たせません。燃料補給に帰らねばならないからです。また敵の火力をひきつけることもできないため、やはり戦車の代替になることはできません。

かといって対戦車ヘリが要らないというのではありません。対戦車ヘリ部隊を含め、あらゆる兵科には長所と短所があるので、協同して戦うべきものなのです。

ジャンケンの全部出しが最強

このように色々な兵科が協同して戦うことを「諸兵科連合」といいます。自衛隊では「諸職種連合」というそうです。いわばジャンケンのグー・チョキ・パー、全てを同時に出すようなものです。

普通の陸軍はこの「全部出し=諸兵科連合」で戦います。よって主要な兵科が欠けると著しく不利となります。戦車は諸兵科連合の中で重要な役割を担っています。歩兵を守り、敵陣地を突破するという役目です。これを代替できる兵器は今のところありません。そのため戦車は陸戦に必須の存在なのです。

ここまでを第一回とします。今回は一般論だけでした。次回はいよいよ日本の地形における戦車の話にうつります。日本は平野が少なく、国土の七割が山地です。また都市化が進んでいるため、市街戦も多く想定されます。そんな状況で本当に戦車が役に立つのか、がpart2のテーマとなります

続き

なぜ日本に戦車が必要か?part2 日本の地形と戦車 - リアリズムと防衛を学ぶ

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あかぎ ひろゆき
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多少マニア向けではありますが、読みやすくまとまった本です。


*1:ゴジラ映画では潰されるのがお定まりの戦車ですが、もし本当にゴジラが表れたらたぶん勝てるでしょう

*2:キャタピラは米キャタピラー社の登録商標。クロネコヤマトの”宅急便”みたいなもの

*3:戦闘機動と戦術機動を指す。戦略機動においては装輪式の方が優れているが、ここでは話を分かり易くするため分けずに機動力と表記した。戦略機動における装輪の優越についてはまた別途論じるかもしれない