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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

核兵器の”先制使用”と”先制核攻撃”の違い

今回は核兵器の「先制不使用」問題についてです。

いささか旧聞に属しますが、岡田外務大臣がアメリカに対して「核兵器の先制不使用」を宣言するよう求めました。

岡田氏は核の先制不使用宣言を米国側に求めるかどうかについて、「非人道的な兵器を先制使用するという考えが理解できない。同じ人が核の廃絶とか軍縮とか言うのは理解できない。事務当局の意見を聞き、議論をしたい」と述べた。

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これに対し、アメリカ側は色よい返事をしていません。

来日中の米軍制服組のトップ、マレン統合参謀本部議長(海軍大将)は…岡田克也外相が主張する米国による核兵器の先制不使用について、「受け入れられない」との考えを明らかにした。

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アメリカとしては核兵器を「先制使用」する権利と留保しておきたいようです。なぜそんなものが必要なのでしょう。

News Week での冷泉氏の議論

 この問題についてNewsweekで冷泉彰彦氏が興味深い議論を展開されています。「核はとにかくダメだ」というような気分だけの意見ではなくて、核兵器が使用されるケースを考えて具体的・実利的に考えている点で好感がもてます。

感情論を衝突させては立場の違いを浮きだたせるだけで、合意は遠のくばかりです。私は、改めてテクニカルな観点から「先制攻撃は不可能」という議論を深めていきたいと思うのです。

そもそも「先制核攻撃」は可能なのか? | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 ですがこの冷泉氏の議論には誤りがあります。話題となっていた「先制”使用”」を「先制”攻撃”」と混同なさっていることです。「核の先制使用とは先制核攻撃のことだ」という前提からスタートなさっているようです。

 実際には「核の先制使用」は「先制核攻撃」とは別の概念です。この違いがハッキリすれば、なぜアメリカが今日まで先制使用の権利を留保しているのか、そして日本が「核の先制不使用を宣言しなよ」と言ってもなかなかOKしないのかが分かってきます。

「核の先制使用」は負けそうなときに行う。「先制核攻撃」は開戦時に行う。

「核の先制使用」とは先に"核の敷居"を越えることです。この場合、戦争は既に始まっています。相手はまだ核兵器を使っておらず、通常兵器だけで戦争をしかけてきています。それに対してこちらが先に核の使用に踏み切ること。これを「先制使用(first use)」といいます。

なぜ相手より先に核兵器を使うかといえば、主な理由は、通常兵器戦で今にも負けそうな状態だからです。通常戦力で負けそうなので、核兵器を使って劣勢を挽回しようとするわけです。

 もっとも太平洋戦争でのアメリカは、優勢だったのに広島・長崎への核先制使用に踏み切りました。しかしこれは核を持っているのがアメリカだけだったという特殊な環境によります。相手から核反撃を受ける心配が全くない時代だったので、核使用の敷居が低かったのです。アメリカ以外の国が核兵器を持ち、その上、核兵器の非人道性が国際的に知られるようになると、優勢な側が核を先制使用するのは急速に困難になりました。

 これに対して「先制核攻撃(pre-emptive nuclear attack)」の方は、まだ戦争が始まってない状態で行われます。こちらから攻撃を仕掛けて戦争を開始する場合に、先制第一撃に核兵器を使うことです。

 この違いについては元外務省の佐藤行雄氏も指摘しています。

(NATO)諸国を中心に解釈が共通しており…『ファースト・ユース』とは『紛争の過程で初めて核兵器が使われること』であって、例えば、紛争が始まる前に…仕掛ける先制核攻撃(『ファースト・ストライク』)とは異なる*1

 先制核攻撃であっても先に核を使っているには違いないので、先制不使用を宣言した国は「先制使用はしないし、先制核攻撃もしないよ」という立場をとっています。ですがことさらに「先制使用」と言う場合、それは先制核攻撃とは区別されるべきです。

 冷泉氏の議論はこの2つを混同してしまっていますが、実際には別のものなのです。ではたびたび議論になる「先制使用(first use)」についてもう少し詳しくみてみましょう。

「核の先制使用」が必要とされたのは、ヨーロッパと韓国を守るため

 先制使用の舞台として考えられてきたのは、冷戦時代のヨーロッパと韓国です。特にヨーロッパが問題でした。NATO諸国はソ連軍の脅威にさらされており、もし戦争になれば負ける恐れが大きいといわれていました。

 「戦争になったら負ける」というのはかなり危険な状態です。緊張が激化したとき、相手側に戦争を開始するインセンティブになってしまうからです(だって戦ったら勝てるんだもの)。

「核の先制使用」に守られてきた同盟諸国

「パーシング2」ヨーロッパに配備された核搭載ミサイル(画像はwikipediaより引用)

 そこでヨーロッパのNATO諸国は、アメリカの核に依存する道をとりました。そのために必要だったのが「核の先制使用」です。

…米国の核抑止に依存することである。WTOの攻撃を受け通常戦力で追い詰められた時に、米国が核兵器の先制使用(ファースト・ユース ―いきなり敵に核攻撃をしかける先制攻撃とは異なる)の可能性、つまり核の敷居を越える可能性を放棄していなかったからこそ、NATO諸国は通常戦力比での劣勢を甘受できたのである。

なぜ核はなくならないのか―核兵器と国際関係 p71−72

 これをソ連の側からみれば「通常戦力だけなら勝てそうだが、勝ちそうになってもアメリカが核を使うだろうから、その先はどうなるかわからない」という不確定性が生まれます。それなら多少妥協してでも戦争を避ける方を考えるでしょう。

 このようなわけで、ヨーロッパが劣勢な通常戦力をもってソ連の通常戦力を抑止するため「NATO軍が負けそうになったら、アメリカが核を先制使用する」という条件が求められました*2。また韓国についても、北朝鮮の陸軍に対して劣勢だったため、アメリカの核兵器に依存してそれを補っていました。

冷戦後のロシアが「先制使用」を言い出した理由

 「今時の”核の先制使用”は通常戦力で負けそうな側がやること」と分かれば、冷戦後ロシアの核戦略変更も分かります。冷戦が終わり、ソ連が崩壊してロシアになると、先制使用についての姿勢が大きく変わっています。

ロシアが9年ぶりに見直す新軍事ドクトリンで、核兵器先制使用の条件を緩める方針であることを、パトルシェフ国家安全保障会議書記が14日付のイズベスチヤ紙で明らかにした。

これまで通常兵器による大規模侵略には先制使用を認めてきたが、新ドクトリンでは地域的・限定的な戦争でも先制使用を認めるほか、侵略計画者への予防的使用もありうるとしている。

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 ロシアは旧ソ連時代、82年から核の先制不使用を宣言していました。ところが冷戦後の93年以来、核の先制使用の条件を次々に緩和してきています。なぜでしょう? 先ほど書いたように、核の先制使用は「通常戦力で負けそうなときに行う」ものです。

 ソ連時代にはロシアの通常戦力がとても強かったので、先制不使用でもやっていけました。ところが冷戦後はロシア陸軍が弱体化してしまいました。通常戦力でNATOと全面戦争になったときに、勝てるかどうか怪しくなってきたので先制使用でそれを補う必要がでてきたと考えられます。

 さらに今年になって限定戦争(特定の政治目的を達成するための局地的な条件闘争)でも、核を先制使用するぞと言い出しました。これは恐らく、先のグルジア戦争と関わりがあるとみるべきでしょう。グルジア戦争はロシア軍の圧勝に終わりました。ですがその一方で、ロシア軍の装備がかなり老朽化していることもわかりました。もしかするとロシアは「核で補わないかぎり、いまのロシア軍では限定戦争を抑止することも難しい」という教訓を得たのかもしれません。

 私はロシア・ウォッチャーではないのでこの辺りは断言できかねますが、さはさりながら、現在「核の先制使用は弱者の処方」だということは確かです。

ちなみに中国やインドは先制不使用を宣言していますが、あれらの国は核戦力が(米露に比べて)著しく弱体であり、かつ核の傘で守るべき同盟諸国も持っていないため、米露と同列には比較できません。それらの国々の核戦略については別のエントリーで書きたいと思います。

アメリカの「核の先制使用」は同盟諸国を守るため

 軍事的強者であるアメリカがなぜ先制不使用を採っていないかといえば、あの国が自分を束縛することを嫌うという以上に、同盟諸国を守ってやらねばならないからです。

 前述のように、アメリカの核の先制使用はヨーロッパ(及び韓国)が全面戦争で負けそうなときのためです。そのとき間違いなく先制使用が行われるよう、ヨーロッパ諸国はいろいろに苦心してきました。アメリカが口で言うだけでは信用できないので、実際に核ミサイルをヨーロッパに配備させていました。また核兵器シェアリングを受け、自分で核のスイッチを押せるようにしました(これには別の理由もあるのですが*3)。

 アメリカの同盟諸国はそれによって通常兵器による大規模侵略を抑止し、自らを守ってきたのです。先に引用した冷泉氏の議論では、この部分がま逆になっています。氏は「既に通常兵器によって開戦した後に、戦況を有利にするために核を先制使用」という状況についてこう述べています。

私はないと思います。…実行したとなると…同盟国も離反する可能性が濃厚です。というのは、先制攻撃を行ったということを、同盟国が支持してしまうと、その同盟国も核による報復攻撃を受ける恐怖を感じることになるからです。従って先制攻撃は孤立した状態で行わざるを得ず、結果的にその国は国際社会を敵に回すことになるでしょう。

そもそも「先制核攻撃」は可能なのか? | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 これは妙な話で、もしアメリカが核の先制使用を行わないとすれば、困るのは同盟諸国です。それでは通常戦力の劣勢を補うことができないので、抑止を達成できません。だいたい実際に核が先制使用されるときの欧州諸国は「核による報復攻撃を受ける恐怖」を感じる以前に、今まさにロシアの大軍によって国が亡びかけている状況にあります。なのでそれを未然に防ぎ、戦争を抑止するため、核の先制使用が必要とされたのです。

 よってアメリカは核を先制使用したら「同盟国の支持を失い、国際社会を敵にまわす」という結論には首肯できません。むしろ先制使用をしない(と予想される)ことの方が、同盟諸国の離反につながります。アメリカが核の先制使用権を留保している恩恵を受けてきた韓国の新聞では、以下のように書いています(中央日報09/9/29)

「核先制使用の放棄」(NFU=No First Use)も最も敏感な問題の一つだ。 これは米国の韓国に対する「核の傘」提供と直結するもので、難航が予想される。 …米国は欧州と極東での在来兵器の劣勢による安全弁として有事の際の核先制使用戦略を堅持してきた。 したがって米国の核先制使用は同盟国に対する「核の傘」提供の核心内容と考えられてきたといえる。

【コラム】「グランドバーゲン」 北朝鮮も検討に値する | Joongang Ilbo | 中央日報

現代アメリカの「先制使用」は「不確実性を保障」するため

 現在では、前述のように、ロシア軍は弱体化しています。それなのにアメリカが核の先制使用を留保する必要性はあるのでしょうか? これは難しい問題です。

 NATOは冷戦後の戦略を決めた「新戦略概念」において、核兵器は「不確実性を保証」するために保持するとしています。「もしかしたら通常兵器戦でも、不利になれば核を使うかも」という不確実性を相手に感じさせることで、抑止力を維持する考え方です*4

 また、これまでの説明では省きましたが、「核の先制使用」には「核以外の大量破壊兵器を抑止する」という意味もあります。敵国が生物化学(BC)兵器(毒ガスや凶悪な病原菌)といった、核以外の大量破壊兵器を使用したケースです。これも「NATOBC兵器を使ったら、核兵器を先制使用して反撃される(かもしれない)」という不確実性を与えることで、BC兵器を抑止する効果があるとされます。

 もっともこれに対しては、相手が生物化学兵器を使ったとしても核反撃は政治的に難しいのではないか、核兵器以外での反撃でも抑止になるのではないか、という異論が考えられます。

アメリカの「核の先制不使用」は難しい問題

 一方で、先制使用の恩恵を受けてきた韓国については、ミョンジ大のキム教授がこう書いています(中央日報09/9/29)

しかし脱冷戦後、世界唯一の超強国である米国が対北朝鮮NFUを約束したからといって、韓半島の安保情勢が突然脆弱になることはないだろう。 核先制使用戦略は冷戦時代、米国の在来兵器の劣勢を補完する軍事戦略だったからだ。

【コラム】「グランドバーゲン」 北朝鮮も検討に値する | Joongang Ilbo | 中央日報

 北朝鮮軍は弱まり、米韓軍の通常戦力でも対抗可能になっている、という判断です。このように考えるならば、アメリカが先制不使用を宣言しても大丈夫だ、といえるでしょう。

 とはいえ、キム教授が韓国について論じているように、アメリカの先制使用/不使用は、アメリカの同盟国の安全に影響します。特に仮想敵国と地続きのヨーロッパと韓国に影響を与えます。同盟諸国全体の問題なのです。

 欧州においても、ロシア軍は弱体化しています。欧州に配備した核は撤去が進んでいます。冷戦中のように通常戦力にまでアメリカの核で抑止する必要はなくなったようにも思えます。とはいえ、将来においてはどうなるか分かりません。またグルジア戦争以来、欧州の一部では対ロシア警戒感が再燃しているのも確かです。

 このような状況を踏まえれば、岡田外相がいくら「核の先制不使用を宣言なさいよ」とアメリカに言っても、絶対にムリとは限らないにしても、すぐにイエスと言ってはもらえない理由がわかってきます。アメリカの核の先制不使用は、中国やインドなどの核の傘を提供していない国と違い、アメリカ一国ですぐに決められるような話ではないのです。

 なんとなれば、アメリカの「核の先制不使用」宣言は、時として「通常戦力で負けそうな同盟国は見捨てる」という意味を持ちかねないからです。

お勧め文献

なぜ核はなくならないのか―核兵器と国際関係
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本文中で引用した著作です。何人もの研究者による論文集です。
わけても同志社大村田晃嗣教授(当時は助教授)の論文「日米安保関係と核抑止」は一押しです。

*1:09年9月30日 読売新聞朝刊 「『先制使用』翻訳の誤解」 またこの記事で佐藤氏は「先制使用」は訳が悪いとして、「先行使用」と訳すべきだと論じてらっしゃいます。実際、1970〜80年代の著作をみたところ「先行使用」と訳している文献がありました。今からでも外務省と防衛省が旗を振れば訳語を変えられると思いますので、できればそうして欲しいものです

*2:ところが冷戦後期になると、核兵器を使ってさえソ連軍を止められない恐れがでてきます。ソ連軍の進撃が速すぎて、核の使用が間に合わないと懸念されたのです。そこで発明されたのがエアランドバトル(空地戦)ドクトリンなのですが、それはまた別のエントリーで扱います

*3:参照[http://obiekt.seesaa.net/article/111889270.html:title]

*4:以上に加え、ブッシュ政権下での戦略変更もあるのですけれども、より細かい話になるのでここでは割愛します