リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「韓国軍が自衛隊に勝った!」というニュースが別にどうでもいいワケ


 陸上自衛隊が韓国陸軍に敗北したというので、いくらかニュースになっているようです。といっても日韓のあいだで紛争が起こったのではありません。


日本の陸上自衛隊初級将校たちが陸軍のサバイバル訓練場で韓国軍将兵たちと実戦的なゲームをした。……自衛隊初級将校12人の相手は、KCTC所属の「サソリ大隊」兵士12人だった。サソリ大隊はサバイバルゲーム専門部隊だ。戦闘は実際の戦場とそっくりに作られているKCTCサバイバル訓練場で約30分間行われた。結果は自衛隊将校11人がレーザービームに当たって戦死処理された。一方、サソリ大隊兵士らは全員無事だった。

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 この件について、他によほどニュースが無いのか、一部メディアが妙に大きく報じました。なので、この件をもってして陸上自衛隊そのものの実力が韓国陸軍に大きく劣るかのように勘違いなさった方々が日韓両国にいらっしゃるようです。

 しかし報道というのは現象の一部だけを切り取って為されるものですす。一部だけ切り取られたところを見ると、本来の現象とはまるで印象や意味が異なったりします。切り取られた一部だけの印象でニュースを解釈すべきではありません。本来の文脈を捜査し、あるいは推測した上で判断すると良いと思います。



異質なサンプルでは比較ができない

 例えばこの件です。「陸自の12名が韓国陸軍の12名と対戦した。陸自は1名を除いて全員戦死判定。一方で韓国側は全員生存」とだけ聞いたとします。すると、なにやら衝撃的なニュースのような、いかにも韓国が強く自衛隊が弱いような気がします。しかし欠けているところを補うと、意味が変わってまいります。

 例えば陸自と韓国軍、人数はどちらも12名で同数だけれども、中身は同質ではない、という点です。もし両陣営ともが最精鋭の歩兵(普通科)部隊同士で対抗戦をやったのならば、比較として意味があります。しかし実際には、韓国側は訓練所に所属している部隊の兵士、陸自の12名は全員が初級幹部の寄せ集めなので部隊ですらありません。質が違うメンバーなので、比較対象にできません。

 自衛隊の「幹部」というのは、会社でいうならば管理職です。小部隊を指揮する隊長をイメージしてください。それぞれ部隊を率いている管理職を集めた12名です。個人的な戦闘能力が強く求められる階級でもなければ、日ごろからチームとして戦闘訓練をしている”部隊”ではありません。一方で韓国側は常日頃からチームとして訓練している同じ隊の兵士です。

 他にも、韓国側はこの訓練場を日ごろから使ってるのだから地形を熟知しているとか、そもそも自衛隊の幹部は普通科(歩兵)とは限らないとか、使用した装備は韓国のものなので使い慣れてないとか、いろいろ要因があります。

 いずれにせよ、この対戦で自衛隊側がもし勝てたとしたら、それは明らかに異常でしょう。もしそうであれば、韓国軍には何か致命的な欠陥があることになってしまいます。

なお自衛隊と韓国軍が実戦を行う場合、両方とも"部隊"で戦います。指揮官は指揮官として部下を率いる立場となります。個人的な戦闘能力を発揮するのは、曹や士、いわゆる下士官と兵隊の役割です。なので実戦における日韓の実力を推定するには、部隊同士をぶつける対抗戦でなければなりません。



監督オールスターズの戦い

 多少ズレた例えなのですが、プロ野球の日韓戦でイメージしてみましょう。日本プロ野球の監督たちが、韓国野球の視察・親善のために訪韓します。そこで韓国のハイテク練習場を見学したのです。それで「どうです一つ体験してみませんか」という話になりました。

 そこで日本野球界の訪問団は、これは一興と思って、臨時にチームを作ります。セカンドはジャイアンツの原監督、サードはタイガースの真弓監督…といった具合。全プレーヤーが監督によって構成された、監督オールスターズです(これはこれでちょっと見てみたいですね)。対する韓国側は球団のふつうのメンバーです。

 これで日韓戦をやって、韓国チームが圧勝、日本側の監督オールスターズが負けたとして、これは何か変でしょうか。その勝敗をもって、韓国野球は日本野球より圧倒的に優れているのだ、と主張できる人は誰かいるでしょうか? いいえ、両国野球の実力を試験するなら、例えばある年の優勝チーム同士をぶつける、ということをしないと比較の意味をなしません。それに敗北した監督オールスターズは、だからといって野球の能力が劣っているとはいえません。監督の仕事は指揮であって、自らボールを追っかけるところにはないからです。

 もっとも初級幹部の場合、必ずしも野球監督ほど年がいっているわけではありません。また「指揮」が本業ではあるけれど、個人的な戦闘能力もある程度は無いと困ります。

 ですがそれにしても、これで韓国側が勝ったからといって何か軍事的に意味があるニュースではありません。これは、ただの”ほのぼのニュース”です。



軍隊に「強い、弱い」なんて無い

 ですからこのニュース自体は別にどうでもよい話なのですが、この件で話題にのぼった軍隊の強さというテーマについては、色々と考察の余地があります。自衛隊や軍隊には、一般に思われているような意味では、「強い、弱い」というものはありません。例えば「自衛隊と韓国軍はどちらが強いの?」という質問には答えが無いのです。もう少し正確に言うと「阪神タイガースと読売ジャイアンツのどちらが強いか?」というのと同じように、自衛隊と韓国軍、あるいは北朝鮮軍やアメリカ軍でもいいですが、普遍的な強弱を論じることは無意味です。

 なぜならば、各国の軍隊または自衛隊は、それぞれ、仕事が違うからです。自衛隊は日本を防衛するのが仕事であり、韓国軍は韓国を守るのが仕事です。この2つの仕事のあいだには、非常に大きな差があります。そのために保有している能力も、質に大差があります。

 よって「自衛隊と韓国軍はどっちが強いの?」という質問は、「阪神タイガース(野球)と鹿島アントラーズ(サッカー)はどちらが強いの?」と聞くようなものです。プレイしている競技の内容が違うのだから、強いも弱いも、比較できません。野球をやるなら阪神が勝つだろうし、サッカーをやるなら鹿島が勝つんじゃないですか、としか答えられません。

 あるいは、バッティング能力ならタイガースが優れ、脚力ならアントラーズが優れている、という風に個々の能力を比較することならできます。が、それにしてもさしたる意味はありません。



アメリカに勝利した北ベトナム軍は世界最強?

 いま少し具体例を挙げるならば、ベトナム戦争です。この戦いにおいて、アメリカ軍は北ベトナム軍に敗北しました。アメリカ軍はいってみれば”世界最強”の軍隊ですが、それでも北ベトナムに勝てませんでした。

 では勝利した北ベトナム軍は、アメリカ軍より強いのだから世界の覇権を握れるでしょうか? もちろんそんなことは不可能です。

 同様に、自衛隊にも演習その他で米軍の上をいった話はいくらでもあります。しかしだからといって「自衛隊最強」というわけではないのです。

 このように、軍隊の「どっちが強い」というのは難しい問題です。



すべては状況次第

 ここで自衛隊と韓国軍の比較に話を戻しましょう。これについても、強弱を論じたいなら状況を限定する必要があります。

 例えば対馬を取り合って韓国側が対馬上陸を試みたら場合にはどうか、あるいは自衛隊側が何を間違ったか釜山を占領しようとするならば、という風に話を限ります。その上で陸海空の戦力などを総合的にみれば「たぶんこっちが有利だろう」ということは言えます。対馬を取り合うなら韓国にはまず勝ち目がないでしょうが、かといって自衛隊が釜山を占領し続けることも不可能、という風に。

 ですが状況を考えず、どっちが強い、弱い、と論じることは、与太話以上の意味をもちません。ましてや一部の人員のみを比較してそれを考えるなどとは。野球という共通のゲームをプレーする阪神と巨人の強弱を論じるのとは違います。

 各国の軍隊はそれぞれ任務が異なります。普遍的に強い軍隊や弱い軍隊は無いのです。限定した個々の状況や能力において、勝つ軍隊と負ける軍隊が有るだけです。



 軍隊の強弱については他にもいろいろな事情や誤解があり、さらに詳しく語るべき問題です。また回を改めて書きたいと思います。

 これについて詳しくお知りになりたい方は、故江畑謙介氏が「強い軍隊、弱い軍隊」というそのものズバリな本があります。これが実にいい本なので、お勧めしておきます。



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