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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

「強い軍隊、弱い軍隊 抑止力としての軍備」 江畑謙介著

江畑謙介 読書記録

強い軍隊、弱い軍隊
強い軍隊、弱い軍隊
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江畑 謙介
並木書房
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 「強い軍隊、弱い軍隊」は、「抑止力」という観点から日本の防衛力を解説した良書です。作者は去年亡くなられたあの江畑謙介氏です。たいへん良い本ですので、今日はこの本をご紹介します。

自衛隊は強いのか、弱いのか、という関心

 先日、「韓国軍と自衛隊が演習をやって、自衛隊が完敗した」というニュースがありました。これは韓国のマスコミによるミスリードを、日本のマスコミがよく考えもせずに流したものです。特に軍事的に意味がないできごとなのに大騒ぎとなり、当の韓国軍が呆れてマスコミをたしなめねばなりませんでした。これについては下記の記事でふれたので、ここでは繰り返しません。
「韓国軍が自衛隊に勝った!」というニュースが別にどうでもいいワケ - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 こんなどうでもいいニュースが妙に話題になった、という現象は興味ぶかいです。この原因の一つは、軍隊や自衛隊を、あたかもオリンピックの代表選手や、ワールドカップ日本代表チームのように捉え、ナショナリズムを託す感情です。これは古今東西を問わずによく見られることですが、対象はスポーツに留めておいた方がいいでしょう。

 他方には、「自衛隊(韓国軍)って大丈夫なの? ちゃんと強いの、それとも弱いの?」という自然な関心が、このニュースに多くの人をひきつけたのではないでしょうか。自衛隊や国軍は、自分たちの国を、ひいては自分の命を、万一の時に守ってくれる存在です。その能力がちゃんとしてるのか、関心をもつのは自然なことでしょう。

 ところが本屋さんの軍事本の棚をみると、そこには両極端の意見が並んでいます。「自衛隊は実はこんなに強い」という本もあれば「こんな弱い自衛隊では国を守れない、張子の虎だ」と主張する本もあります。たいてい最強か最弱かの両極端で、何だかよくわかりません。

「江畑さん、自衛隊はどのくらい強いのですか?」 「わかりません」

 そこで日本最高の軍事アナリスト、冷静にして客観的な分析に定評のある江畑氏のご意見を聞いてみましょう。

著者は仕事柄、「自衛隊はどのくらい強いのですか」という質問をされる場合が多い。非常に漠然とした質問であるが、また日本国民として誰もが知りたいことであろう。


しかし、この質問をされると非常に困る。正直に「私にも分かりません」と答えるようにしている……この質問にはおそらく誰も答えられないはずである。


……だいたい、「強い」の定義が不明確である。戦い(戦争)をして敵に勝つのが強いという定義なら、その場合の答えは簡単である。


「実際にやってみなければわからない」


(p11 「強い軍隊、弱い軍隊」江畑謙介)

 「江畑氏でさえも、自衛隊がどのくらい強いか分からないのか」と驚いてしまいます。しかし考えてみれば「実際にやってみないと分かりません」というのは、最も知的誠実な答えです。強さを「戦争の勝敗」と捉えるなら、「こっちが絶対強い」とは誰にも言い切れません。誰もが勝つ思った軍が意外にも負けたことは、日露戦争のロシア、ベトナム戦争のアメリカなど、歴史上に珍しくないからです。

 戦争の勝敗は、恐ろしくたくさんの要因に左右されるので、容易に予測できません。ちまたの「自衛隊は強い、いや弱い」という本は、たいていその一部だけを取り上げて「優れた装備があるから強い」「いや法律が未整備だし弱い」などと書いています。しかしそういった部分部分をとりあげて「だから強い、いや弱い」と言い切るのは正確な論証とはいえません。

 そこへ行くと、さすが江畑氏は知的誠実な方です。客観的に論証できないことは仰らず「分からないことは分からない」と正直に書いてらっしゃいます。最強か最弱かという極端論はいずれも論拠薄弱なので退けておいた方がよいでしょう。

抑止力としての軍備

 いまの時代、多くの国において、軍隊や自衛隊の最大の任務は「抑止」にあります。このブログでは度々「抑止」についてとりあげてきました。以下のシリーズです。

シリーズ「抑止」ってなんだ?

「抑止」ってなんだ? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ
のび太がジャイアンを「抑止」するには? 抑止の種類 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ
続・のび太がジャイアンを抑止するには? 抑止の発展 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 抑止が成功するならば、戦争は起こりません。抑止が成功するためには他国から見て「これは攻め込んでも勝てないな」と思うくらい、自国の軍隊が「強そう」に見える必要があります。しかし抑止がうまくいけば戦争は起こらないわけですから、果たしてその軍隊が本当に「強い」のかどうかは、確かなことは結局分からないままです。

一方、この抑止力という観点から見るなら、戦いが起こらない限り、その役割、任務は立派に遂行されていることになる。……それは「強い」と評価した結果に他ならない。


人命と財産、物質の損失が生じる戦い(戦闘)が現実に起こらずに目的が達成されるのが最上である事実に疑いはない。


 これまでの結果で見るなら、自衛隊は実際に戦いを交えることなく、一応、日本の国民の生命と財産、そして日本国家としての利権を保ってきたのだから、立派にその第一の役割を果たしてきたと言える。(p12 同書)


 このようなことを考えると、自国の軍隊や自衛隊が「強いのか、それとも弱いのか」という視点で考えるよりも、「抑止に成功してきたか、今後とも成功しそうか」という視点に切り替えた方が実際的なようです。

 自衛隊が実際に戦争をやって勝利し「ほら、やっぱり強かった」と証明されることよりも、そんな機会が訪れないことの方が、多くの日本人にとって喜ばしいことでしょう。

 そのためには、実際に強いのかどうかは分からないにしても、他国の軍事的野心をあきらめさせる程度には「機能しそう」と見られる自衛隊であってもらわねばなりません。先に「強いかどうかはやってみないと分からない」と書いたことと矛盾するようですが、相手が軍事行動を考えるとき、完璧に正確な評価ではないと分かりつつも相手国の軍事力を評価して判断するからです。


 では実際に自衛隊が抑止力として十分に機能するのか、これまでは機能してきたとしてもこれからはどうなのでしょう。そこには色々と複雑な要素がからんで、とても一概には言えないものがあります。

 それを考える材料として、江畑氏はこの本「強い軍隊、弱い軍隊」においてさまざまな分析を提供してくださっています。

 最後に本書の目次をみてみましょう。
 

目次
第1章 「抑止力」の概念を放棄した日本
第2章 戦争をしない軍隊は強くないという矛盾
第3章 防衛的な兵器など存在しない
第4章 日本の軍事力
第5章 日本の防衛力整備
第6章 日本の安全保障と情報

 
 各章では具体的な兵器、法律、できごとなどを指摘して、日本の防衛について批判的に検証、解説が加えられています。かなりボリュームがあり、内容は多岐にわたり、勉強になる本です。

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