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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

「空軍だけでは戦争に勝てない理由」 ヨムキプル戦争3

 十月戦争(第四次中東戦争)はエジプト・シリアとイスラエルの戦争です。この戦争を題材に、一部は日本の防衛にも通じる教訓をとりだしていくのがこのシリーズです。

空軍万能論?

 「空軍万能」のイメージがたまに見受けられます。制空権をとった側が絶対有利で、戦争は空爆で決まる、いまどき陸戦なんて無意味だ、みたいな捉え方です。

 これを延長すると「陸戦になるのは、味方の戦闘機が全滅したときだけだ。だから陸軍になんか金を使わないで、戦闘機だけたっぷり揃えておけばいいんだ」みたいな話になります。陸上戦力不要論です。

 たしかに湾岸戦争やイラク戦争をみると、精密な空爆が勝敗を決めているように見えます。こんなに空軍が強い現代では、陸戦なんてほとんどいらない気もします。敵味方どちらかの戦闘機が全滅した後、陸軍はその後始末だけをすればいいのじゃないでしょうか?

 しかし十月戦争では戦車部隊が呼べども待てども、イスラエル空軍(IAF)の戦闘機は陸軍を助けに来てくれませんでした。ではこの時IAFの戦闘機は、すでに全滅していたのでしょうか? いいえ、全滅どころか、IAFは優勢に戦闘を進めていました。

 それなのに何故、陸戦を満足に支援してくれなかったのでしょう? 今回はこれをテーマにしつつ、戦闘機を中心とする「空軍の限界」について解説していきます。

「十月戦争」これまでのまとめ

 その1「なぜ戦争に気づかなかったか」では、イスラエルが「こちらの戦力の方が優っているのだから、敵が戦争なんか仕掛けてくるわけがない」と思い込んでいたため、明白な兆候を見逃して奇襲を受けたことを取り上げました。

 その2「戦車の限界」では開戦後3日間の陸戦をとりあげました。イスラエルは戦車を次々に撃破されました。歩兵と砲兵の支援をつけずに戦車を突っ込ませたため、対戦車兵器の餌食でした。

 イスラエルのもともとの予定では「味方空軍が制空権をとって敵を爆撃してくれるのだから、砲兵や歩兵が少なくても大丈夫だ」と考えられていました。しかしその空軍が来なかったのです。

イスラエル空軍は優勢だった

 イスラエル空軍(IAF)はエジプト・シリアの空軍を圧倒していました。開戦前にもイスラエル軍は「アラブが…イスラエル空軍と対等に戦える航空戦力を整備しない限り…戦争の勃発はあり得ない(p175 アダン上巻)」と考えていたほどです。実際、十月戦争においてIAFはエジプト・シリアの戦闘機を圧倒してみせました。

幸い、イスラエル空軍がシナイの空を支配した。……シナイ上空を飛ぶエジプト機はごく少数となり、我方の航空機がシナイ上空を制した。(砂漠の戦車戦 p63)

 IAFが優勢だったのは、シナイ上空だけではありません。空軍総司令官のペレド少将は「空軍がシリアとエジプト上空の制空権を握っている」と言いました。自国領空だけではなく、敵国の空までも制していたのです。

 この戦争全体を通して、空中戦によるアラブ側の損害総計は334機なのに対し、イスラエル側の損失はわずか六機でした(p200 ハイム)。なんとも圧倒的な強さです。(ただし米軍の推定によれば十機余りが空戦で撃墜されたとされていますが、それにしてもIAFは圧倒的です。)

エジプト軍の「ミサイルの傘」

 そんなイスラエル空軍へ対抗するため、エジプトは「ミサイルの傘」を用意していました。スエズ運河西岸に多数の対空ミサイル陣地をつくります。これでスエズ両岸の空域を射程に収めて、イスラエル空軍の侵入を拒否する作戦です。

 ミサイルの傘を展開した上で、エジプト軍はスエズ運河を越え、東岸のイスラエル領になだれ込みます。この様子を再現したイメージ映像が以下です(0分20秒〜最後まで)。



 このミサイルの傘によってイスラエル空軍は次々に戦闘機を失います。空中戦では向かうところ敵なしのイスラエル空軍も、対空ミサイルとは相性が悪かったのです。

 あまりに短時間で大被害をだしたので、開戦初日の午後5時、「別名あるまでは、全航空機はスエズ運河および「パープルライン(ゴラン高原における第三次中東戦争の停戦ライン)から十五キロ以内の空域に入らぬようにせよ」と空軍司令官から命令が出されました。傘には近寄らないようにしたのです。

 不利な空域に突っ込んで消耗する愚を避け、一時的に前線の空を放棄する方を選んだのです。

空の戦いは流動的

ここからは3つのことが分かります。

  1. 全般的に優勢でも局地的・一時的には航空優勢を失うこともある
  2. 一時的に限られた空域を失ったからといって、それは空軍の全滅を意味しない
  3. 従って、一時失った空域を後から取り返すこともありえる

 考えてみればあたり前のことではありますが、たまに勘違いされていたりすることです。

 ある国の空軍が、ある空域から敵機を追い出して、自由に使えるようにしたことを「制空権をとる」と言います。しかし現代では”制空権(air supremacy)”という言葉はあまり使われません。その代わりに「航空優勢(air superiority)」と言います。

 なぜ言葉が変わってきたかというと、空の支配は「こちらが制空権をとった」なんてハッキリ白黒つくものではなくて、もっと相対的、流動的なものだと分かったからです。

 防衛大学校が出している教科書「軍事学入門」にはこうあります。

エアーパワーは……地域を継続的に確保する占有性に欠けるため、航空優勢は絶対的ではなく、流動的かつ相対的であり、その作戦は広範長期にわたる。(p198 「軍事学入門」 防衛大学校・防衛学研究会)

 こういうわけで航空兵力による空の支配は、必ずしも確固としたものではなく、万能でもないのです。湾岸戦争の時の多国籍軍のようにほぼ完全に空を支配し、絶対的航空優勢を得られるのは、極めて稀なケースです。

空軍はなぜ来られなかったのか?

 十月戦争のイスラエルは、全般的に見れば航空優勢を得ていました。しかし優勢な空軍だからといって、全ての空域を常に支配できるわけではありません。

空軍が成果をあげなかったわけではない。エジプト、シリアの両空軍基地を執拗に攻撃したため、両空軍は領空防衛に必死で、他の任務ができなかった。…イスラエルの領空はほとんど敵の機影を見ず、安全であった。空中戦では敵機をばたばたと多量に落としつつあった。


しかしながら、この空軍の活躍は、地上で苦戦中の陸軍部隊にとって、大した意味を持たなかった。「空軍はどこだ。何をしている」と天を仰いでいる将兵にとって、対地支援は切実な問題であった。


ペレド少将は、空軍がシリアとエジプト上空の制空権を握っている、と言った。その通りである。空軍機の向かうところ敵なし、ミサイルが支配する二箇所の細い地帯を除けばである。しかもそこが、ヨムキプール戦争の雌雄を決するところとなる。(P185 「ヨムキプール戦争全史」)

 前述のように、地上部隊が各所で苦戦したため、空軍はあちこちに分散してしまいました。しかも航空優勢をとるための戦闘に忙殺され、地上を支援する余裕はもとからあまりなかったのです。そしてもっとも肝心な空域では対空ミサイルに妨害され、自由に動けませんでした。

 イスラエル空軍が健在であり、しかも敵空軍を圧倒し、全般的には航空優勢をとっていながら、肝心な地域で陸軍を助けられなかったのは、こういうわけです。

空軍だけで戦争に勝つことはできない

 この時のイスラエルに限らず、空軍だけで戦争の勝敗を決することはできません。湾岸戦争やイラク戦争では空爆がすべてを決めたように思われがちですが、それらの時でさえ、最終的には陸軍が前進して敵を破るプロセスが必要でした。「21世紀のエアパワー」ではこう論じられています。

イギリス空軍のトニー・メーソン退役空軍少将は、エア・パワーは……多くの状況において地上戦闘の必要性を除去することにも成功を収めていないと論じている(p227 「21世紀のエアパワー」 石津朋之/ウィリアム・マーレー)


 エアパワーは「陸上部隊による仕上げの軍事攻勢をできる限り楽に遂行し易くする役割(p217 石津・マーレー)」を果たし、勝敗を大きく左右します。しかし、だからといって万能ではない、ということです。

エア・パワーは、これから発生するいかなる戦争においても成功の鍵を握る要素であり続けることはほとんど間違いないのだが、とはいえ、そのような戦争が、「砂漠の嵐作戦」のように…比較的贅沢な環境のもとで戦われることはないであろう。


…もし朝鮮半島で全面戦争が勃発すれば、エア・パワーが連合軍のために北朝鮮の上空で制空権を確立するという予測は、全くその通りであろう。……しかしながら、疑いなく、エア・パワーだけで北朝鮮軍の機甲・機械化された...侵略を食いとめることはできない。(p230-231 石津・マーレー)


 未来戦においては、高速のステルス爆撃機だけで敵国をマヒさせ、戦争を終わらせられるという議論もあります。しかし現代においては、空軍はいかに優勢でも、多くのケースにおいて、単独で戦争に勝利することはできません。

 なぜならば「陸上戦力が支配している相手の土地は、陸上戦力で占領・支配しなければならず、爆撃だけで奪い取ることも屈服させることもできない(p153 防衛学研究会)」からです。歩兵は空を飛ぶことができないし、戦闘機は地面を占有することができません。両方が協力し合う必要があるのです。

「師団は小さかったが、戦う準備はできていた」

 あてにしていた空軍の支援を欠いた陸軍は、歩兵と砲兵が少ないという弱みを露呈しました。敵の対戦車兵器に対抗できず、戦車を次々に失います。

 攻撃の主力をになったアダン師団は半日で50両以上もの戦車を失い、大敗しました。師団はほとんど全滅していました。しかしそんな苦しい状況にありながら、部隊が規律を失わないのを見て、アダン少将は救われた思いがした、といいます。

一〇月八日朝、我々は戦車一七〇輌で攻撃を開始し、攻撃が終ったとき手持ち戦車は一〇〇輌となっていた。…戦場に倒れた戦友たちを思えば心が痛んだ。生き残った者も手ひどい打撃で意気消沈し、そしてまた疲労困憊していた。

しかし我々は決意を新たにして作業に取り掛かったのである。…師団は小さかったが、戦う準備はできていた。(p226 アダン)


 この戦局を覆すには、戦術を改良する必要がありました。イスラエル自慢の戦車と戦闘機を封じてしまったエジプトの戦術、それへの対抗策を、ただちに編み出さねばならないのです。

 次回はイスラエルの対抗策と反撃作戦をとりあげ、そこから陸戦と防衛戦略について考えてみたいと思います。


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図解 中東戦争―イスラエル建国からレバノン進攻まで
砂漠の戦車戦―第4次中東戦争〈上〉
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