リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

ビデオ流出の法的な取り扱いについて整理

 ひきつづきビデオ流出事件についてです。この件については過去の記事で2度言及しました。「ビデオ流出による3つの問題」で「非公開とした政府」、「流出による海保の統制」、「今回の件に限らない日本の情報保全体制」の3つの論点があることを指摘しました。続いて「流出犯の自白と、2つの事件の混同」ではビデオ流出事件の容疑者については引き続き法に則って対処されるべきだが、併せて政府と地検は漁船衝突事件において法手続きを曲げたことについて説明と責任を改めて明確にすべきことを述べました。防衛関係の事案ではないのであまりうちのブログで取り上げていても何だかなあとは思いますが、さらに1点だけ整理しておきます。

 海上保安官が衝突事件のビデオをYoutubeに流出させたことについて、法的な取り扱いがどうなりそうか、についてです。

「内部告発」とみなすのは困難

 組織内の人間が、その組織の中の情報を流出させた場合でも、内部告発として保護の対象になる場合があります。組織内で汚職などの違法行為があって、職員がそれを知ったとします。同僚や上司の違法行為を見過ごせず、それを正す目的で証拠品を報道機関などに流出させたとすれば、これは情報流出ではあるけれども正しいことだ、と看做され得るそうです。こういった内部告発者が厳しく罰せられるようであれば、わが身の不利を省みずに組織の違法行為を訴え出る人がいなくなってしまうでしょう。

 ですが今回のビデオ流出事件については、保護の対象になる内部告発とは看做しがたいようです。なぜならばビデオの内容は所属組織の違法行為を暴露するものではないからです。今回流出させられたビデオに映っているのは中国船の違法行為ではあっても、航海士が所属している組織である海上保安庁の違法行為ではありません。よって、内部告発にはならない、といいます。

今回のケースについて、専門家は一致して「公益通報者保護法保護対象にはならない」と言い切る。  


公益通報者保護法では、「労務提供先」、つまり勤務先に「犯罪行為等」の通報対象事実があったときに、労働者がそれらの是正につながる相手にそれらを通報することを「公益通報」と定義している。  


中国船に犯罪行為があったのだとしても、海保職員にとって、中国船は労務提供先ではない。所属する組織の不正を内部から告発するのが内部告発だ。……国民に公開すべきビデオを秘密扱いとし、衝突の状況をいわば隠蔽しようとした日本政府の不当性を告発しようとしたというふうにとらえれば、労務提供先の不当行為の告発ということになるが、その告発の内容は公益通報者保護法が対象とする「犯罪行為等」には当たらない。

尖閣沖衝突ビデオは秘密? その投稿は公益通報? - 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary

 詳しくは上記の引用元を参照して頂きたいのですが、公益通報者保護法のみならず、一般法理における告発者保護についても、今回の場合には保護対象とはなり難いのではないか、という議論が展開されています。実際にどうなるかは裁判をやってみないと分からないことではありますが、リンク先の議論にあるように判断されれば、ビデオを流出させた海上保安官が内部告発者として処罰・処分を免ぜられる、ということはないでしょう。

「守秘義務違反」とみなすのも困難

 上記のように「内部告発」と見なすのはなかなかに難しそうですが、しかしその一方で「守秘義務違反」と見なすのも難しい、ということのようです。海上保安庁が行った刑事告発は「国家公務員法(守秘義務)違反と不正アクセス禁止法違反などの容疑」を挙げています(読売11/8「海保が刑事告発」)。

 公務員が職務上知りえた秘密を外に漏らすことは、当然のことですが、禁じられています。これに反すれば守秘義務違反ということで犯罪とみなされ得ます。しかし流出ビデオが国家公務員法第一〇〇条でいう「秘密」にあたると判断するのは難しそうです。最高裁判所の判例では、国家公務員法でいう「秘密」の条件は下記のように述べられています。

国家公務員法一〇〇条一項の文言及び趣旨を考慮すると、同条項にいう「秘密」であるためには、


国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りず、


右「秘密」とは、非公知の事項であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいうと解すべき

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115840703030.pdf

 今回のビデオの場合、一般には非公開とされたビデオではあっても「実質的にもそれを秘密として保護するに価する」か微妙なところです。そもそも海上保安庁は広報目的のためにさまざまなビデオを方針として公開しています。北朝鮮不審船との交戦の模様がテレビで公開された例が印象的です。であれば今回のビデオも「秘密」に価しないのではないか、したがって国家公務員法違反にはならないのではないか、ということです。


 かつまた、公開・非公開が議論となってビデオの取り扱いが厳重になったのは10月18日以降であって、それ以前には海上保安官の研修用に内部でひろく閲覧可能であったと報道されています。

海保関係者によると、各地の海保で撮影した映像や画像は、ほかの地域の海保職員らと情報を共有するため、海保ネット内からアクセスし、コピーなどで入手できるようパソコンの「共有フォルダー」に保存。パスワードなどを入力すれば閲覧できたという。

海保、情報共有で閲覧が慣例化 衝突映像流出事件 - 47NEWS(よんななニュース)

 漁船衝突事件の教訓を海保内で共有し、今後に備えるという意味で、こういった情報共有は自然なことです。10月18日以降は、国土交通大臣の指示によってビデオ取り扱いが厳重化されました。しかしそれ以前にこのビデオにアクセスすることは何ら障害がなかったのであって、ビデオの入手時期によっては不正アクセス禁止法違反に問えるか否かも難しいところです。

 こういった次第で、今回のビデオ流出は保護対象になる「内部告発」とみなすのは難しいけれども、国家公務員法不正アクセス禁止法違反で起訴するのも難しそうだ、ということです。

「処罰」ではなく海保内の「処分」?

 逮捕・起訴が可能であるか否かは取調べの進捗により、また仮に起訴された場合に本当に内部告発とみなされないかは裁判が終わってみないとわかりません。とはいえ上記のようなことからみて、起訴されても裁判で無罪になるか、あるいはそもそも起訴猶予となるかもしれません。その場合は刑事事件としての処罰ではなく、海上保安庁の内規によって処分されることになるでしょう。内部告発として保護されるのであれば処分も難しいが、前述のようにそれは困難であることから、命令不服従か何かのかどで懲戒処分が下されるのではないでしょうか。

 ビデオを流出させたことが刑事事件として罪に問えないとしても、海保の組織統制を維持するため、しかるべき処分は必須です。政府の意見に反対だからといって内部から一々造反者がでているようでは組織が機能せず、治安維持と国境警備の役割を果たせません。また日本政府が自分のコースト・ガードすら統制できないようで外国から信用を得られるわけがありません。対中関係の悪化などという一事の問題ではなく、全方位の外交においてダメージとなるでしょう。

 政府の指示がたとえ誤ったものであっても、それが法律や人権を侵していない限り、海保は忠実に従わねばなりません。政府が誤っていたならば国会の議論において追求し、あるいは選挙で審判を下せばよく、違法性があれば裁判所において理非を糾せばよいのであって、それらがいかに迂遠なように思えても、一公務員が私見をもって独走してよいということにはならないでしょう。下記のような意見が、当を得ているように思います。

漁船衝突事件に対応した石垣海上保安部(沖縄県石垣市)では、職員が硬い表情。停泊中の船から下りてきた男性職員は「情報を勝手に漏らしたことに憤りを覚える」と強い口調。「我々は海保という組織の人間。組織のルールを守らなかったことは残念」と吐き捨てた。……東日本の海上保安幹部は「海保内部で情報をやり取りする際も疑心暗鬼になりかねない」と組織内に”亀裂”が入ることを懸念した。

:日本経済新聞

流出の直後の、朝の電話で、海上保安庁の高級幹部は、その、彼は非常に良心的な人なんで、責任を持って、あれは、あれは、つまりこれはウチしかないと。だからその、ウチの内部だろうと。


で、その時に僕が、心情分かりますかと聞いたら、いや、分かりません!とおっしゃいました。


これは海上保安庁をむしろ破壊してしまうと、こんなことはやってはいけないと、
私たちは海の警察だから、警察官はこんなことはしてはいけないと、血の涙が出ますと、言われました。

ぼやきくっくり | 「アンカー」尖閣ビデオ神戸海保職員流出告白 裁かれるべきは誰?