リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

北朝鮮による砲撃、または「若将軍」のバクチ

 北朝鮮による砲撃事件についてです。

 この事件については「離島の民間人への砲撃」という行動から、2つの意味が汲み取れます。「去年のお返しだ」ということと「わが国を邪魔するとソウルも、こうしてやる」ということです。そういったメッセージを北朝鮮が発信するのは、金正恩の権力継承期という背景のもと、来年2011〜12年が重要な年になるので、早々に軍事的成果をあげる必要があるためではないかと考えられます。

「離島の民間人への砲撃」は何を意味するか?

 今回の砲撃は民間人が居住する島をめがけて行われました。民間人そのものを標的とした攻撃は国際人道法で禁じられています。たとえ軍事施設を目標とする攻撃であっても、明らかに多数の民間人を巻き添えにすると明白な場合も同様です。しかし自国民の人権も平然と踏みにじる社会主義国が、まして北朝鮮は、もとより他国民の人権だの国際法だのはあまり気にしないのでした。

 ここからは少なくとも2つの意味を汲み取れます。1つには「前回のお返しだ」ということ。もう1つは「次はソウルかもしれないぞ」という脅迫です。

去年の11月、北朝鮮は韓国にボロ負けした

 「前回のお返しだ」とは、今から1年前の09年11月10日にあった「大青海戦」の正式な報復のことです。大青海戦では北朝鮮と韓国の警備艇が交戦しました。その結果はハイテク化が進んでいる韓国側の圧勝。北朝鮮は大きな屈辱を受けました。この敗北が重大に受け止められたようです。このせいで、金正日キム・ジョンイル)の側近であり軍の作戦を担当している金明国(キム・ミョングク)が、一階級を降格されたらしいほどです(1/22 AFP)。

 もともと朝鮮半島の西岸沿海は、南北で小競り合いがおき易い海です。なぜならカニの好漁場であり、しかも南北境界線が未確定だから。北朝鮮が主張する境界線は、韓国をふくむ国連軍の定めた線よりも南寄りにあります。南北両朝鮮が主張する海上の境界線が一致せず、双方ともに「ここはウチだ」と主張する海域があるわけです。

 2つの境界線の間で起こったのが、去年11月の青海海戦における北朝鮮のボロ負けであり、10年3月の天安撃沈事件であり、そしていま今年11月の延坪(ヨンビョン)島への砲撃事件です。天安撃沈のときは犯行を否認した北朝鮮ですが、今回は堂々と砲撃してきました。事件の場所と時期からして、1年前のボロ負けの恥を雪ぐ報復の意味が汲み取れます。

「市街地への砲撃」がアリなら、エスカレートすればソウル

 もうひとつの意味「次はソウルかもしれないぞ」とは、今回の攻撃手段である「民間の暮らす地域への砲撃」という手段から見て取れます。今回は砲撃目標は離島でした。しかし、北朝鮮の砲兵が最大の力をもって狙っている目標は離島などではなく、韓国の首都ソウルの北辺です。

 ソウル特別市は南北境界線から約50キロの位置にあります。北朝鮮は境界線付近に、射程50キロ程度の大砲を1000門ほども備えているといわれます。北朝鮮が昔から使う脅し文句の「ソウルを火の海にしてやる」とは、これです。もっとも中心部には届かないので火の海とはいかないでしょうが、大打撃には違いありません。

 今回の砲撃決行で「民間人の居住地を砲撃することもためらわない」と示したことで、もし事態がとめどなくエスカレートすればソウル市北辺も狙われかねない、という心配を韓国政府はせざるをえないでしょう。だからこの砲撃は「わが北朝鮮を怒らせるな。変な邪魔をしたら、お前の首都も、ほれ、このようにしてやれるのだぞ」と見せ付ける誇示とも脅迫とも解釈可能です。

 韓国軍が最近行っている大規模な訓練への制裁とも解釈できる砲撃ですが、あわせてウラン濃縮が伝えられていることから、より大きな成果を求めての最初の脅しとみた方がよいと思います。直近の訓練はきっかけと口実に過ぎないでしょう。

 ではそのような報復を、あるいは脅迫を、なぜ北朝鮮は敢えて行う必要があったのでしょう。

独裁国が暴発する条件

 北朝鮮に限らず、独裁国家が軍事行動にでるときは、十中八九、外交ではなく内政の問題です。国内で何らかの抗争があり、それに勝利するため、あるいは棚上げするために、外国を攻撃する、というパターンに相場が決まっています。

 外国を攻撃して臨戦状態を演出することでナショナリズムを高揚させ、また「敵はあいつらだ」として国内を統一します。さらには外国を攻撃して成果をあげ、現体制の「手柄」にします。いまの政府は、党は、独裁者は、こんなにも偉大なのだと国内へ見せ付けるわけです。こういうとき、外国からみた合理的期待はあまり通じません。

 余談ながら中国が台湾を攻撃すると警戒されているのも多分にこれです。人民が共産党への不満を危険なほど高めたり、あるいは政治抗争によって現指導層が追い込まれたとき、台湾侵攻に逃げ道を見出す、という可能性です。そういうケースでは「戦争をしても損をするのは中国だから、合理的に考えてそんな暴挙には出ないだろう」という期待は通用しない恐れがあります。国際協調ではなく、国内抗争の論理で動くからです。

 今回、北朝鮮がした砲撃についても、外交の論理でみて「ウラン濃縮についてアメリカとの協議を優位に運ぶためだ」と解釈することも可能でき、副次的にはそういう要素もあるでしょうが、どちらかといえば国内抗争の筋でみた方がよいのではないでしょうか。

 この場合、国内抗争とは金正恩キム・ジョンウン)による権力継承をさします。これを背景とし、そのために彼は軍部を抑えねばならないという事情が加わり、そのキーマンとなる人物が砲撃戦を専門にしているという事情、そして金正恩にとって来年2011年は勝負の年になることを併せて考えるべきではないかと思います。

「若将軍」は軍部を掌握せねばならない

 金正恩金正日の息子で、さきごろ後継者に指定されました。金体制は「金王朝」とも揶揄される世襲独裁です。老い先短い殿様が、自分の若い息子を世継ぎの「若殿」に指名したかっこうです。金正日は「将軍様」とも呼ばれるから、さしずめ「若将軍」といったところでしょうか。

 しかし父親の指名だけで正恩が次の独裁者になれるわけではありません。軍を掌握する必要があります。なぜなら北朝鮮に限らず、社会主義の独裁体制においては、軍部を掌握することが独裁者の条件だからです。金正日は「私の力は、軍力から生まれる」と言っています。

 おりしも今月、軍事のナンバー2だった趙次帥が死亡しました(なおナンバー1は金正日)。軍事の最高意思決定機関である「国防委員会」の次席が空席となりました。ナンバー2のその位置を正恩が占め、やがてナンバー1の委員長に進めるか否かが問題です。

 趙が死亡したとはいえ、国防委員会は高齢の要人たちがまだ多数居座っています。委員の平均年齢は金正恩より50歳も上です。(参照)委員のほとんどは70代、80代ですが、今なお元気にさまざまな事業の責任者として活動していると報道は伝えます。

 北朝鮮の後継者に指名された金正恩は、こういう化け物のような老功臣たちの巣窟を仕切って、国防委員会を指導し、軍事の実権を手にいれなければなりません。しかし問題があります。金正恩は今の独裁者の子というだけで、何の実績もありません。いわば血筋だけで選ばれた「若将軍」。70、80の「家老」たちが居並んでいる国防委員会へ、ハタチそこそこの「若将軍」正恩が出て行って、にわかに指導力を発揮できるはずがありません。

 もし軍部に見放されれば、若将軍はお家を継げないでしょう。いまは大殿、現独裁者の金正日が生存している(はず)だからいいでしょう。しかし数年を経ずして金正日が死ねば、残された若殿は針のムシロです。

後見する「じい」が重要

 そこで重要になるのが若将軍の守役。実力があり、しかも若に忠誠を尽くす「じい」の存在です。経験不足な若さまでも「じい、じい」と守役に相談すれば方策を決定でき、また家中に重きを成すじいが若を立ててくれることによって、若将軍も家中を率いることができるでしょう。

 じいと協力して若将軍が何か政策をうち、有無を言わさぬ成果を挙げてみせれば、それがやっと若の実績となります。じいが年を取って引退するまでにそういう実績を重ねれば、若も成長し、周囲も彼に信服するようになって、お家は安泰となるでしょう。

「じい」は砲撃が得意

 「じい」役に選ばれたと見られるのが、人民軍参謀長の李英鎬(リヨンホ)。今年に入ってから突如、抜擢された軍人です。

 平壌のクムスサン記念宮殿広場で撮影された記念写真においては、李英鎬(リヨンホ)は金日正と正恩の間の席に座りました。ソ連以来、社会主義の国では集合写真のときに要人たちが座る席次が極めて重要。李英鎬(リヨンホ)がいかに重用されつつあるかが分かります。また朝鮮日報によれば、リヨンホの専門は砲戦にあるそうです。(「後継者問題:人民軍最高実力者に李英鎬氏」朝鮮日報2010/09/29)

 政府の消息筋は、「最近、元北朝鮮軍幹部の脱北者李英鎬氏について、『各種の砲に通じ、砲射撃に優れた指揮官』と評価した。


今年1月に起きた北朝鮮の海岸砲による挑発も、各種の武力使用を総括する総参謀長の李英鎬氏が主導した可能性が高い」と述べた。


特に、北朝鮮に詳しい消息筋によると、後継者として公式に登場した、金正日キム・ジョンイル)総書記の三男ジョンウン氏も、金日成(キム・イルソン)軍事総合大学で軍事学を学んだ際、「砲射撃」について関心が高かったという。

Chosun Online | 朝鮮日報

 この「じい」の得意を活かし、かつまた後段の理由から大急ぎで正恩の実績づくりをするための一手が、今回の砲撃であったのではないかと思われます。

「若将軍」には、もう時間がない

 金正恩が安泰でいられるのは、父・正日が生きている間だけです。父の生存中に、なんとしても自らの権力基盤を固めておかねばなりません。彼の父・正日が中央委員になってから、祖父・日成の死まで約20年の準備時間がありました。しかし正恩に残された時間(父の寿命)は、2年あるかどうかも怪しいものです。

 もと外交官の茂田氏によれば、ここで正恩には2つの選択肢があります。

金正恩には権威確立のための実績もない。実績作りのために、米韓との緊張を演出し、イメージアップにつなげる方向と、国際環境を改善し経済改革を断行し国民生活の改善を図る方向との二つの異なる方向性の政策が考えられるが、両方とも危険に満ちている。後者の路線は軍との間の軋轢につながるだろう。

金正日と金正恩の後継者への道 - 国際情報センター - Yahoo!ブログ
  1. アメリカ・韓国との臨戦状態を演出する
  2. 思い切った国際協調外交をおこない、経済成長をめざす

の二択で、後者はいまだ実権を持たない身では困難な大改革です。となれば前者――となったのでしょう。

 今回の砲撃には「去年の報復」と「ソウルもこうだ、という脅迫」の2つの意味が汲み取れる、とは前述のとおりです。去年の海戦で負けた恥をみごとに雪いでみせれば、正恩と李英鎬(リヨンホ)の実績になるでしょう。また「邪魔すると、ソウルもこうだぞ」と脅迫しておいて、来たる2011年に核兵器外交で成果を出せれば、さらなる大功績です。

来たる「主体100年」と「生誕100周年」

 北朝鮮のカレンダーは「主体暦」です。金日成(キム・イルソン)がつくったイデオロギー「主体思想」の名を冠し、イルソンが生まれた1912年を「主体1年」と数えます。それによれば今年2010年は主体99年。ということは、金日成の誕生から99年目の2011年こそは、記念すべき主体100年となり、北朝鮮にとって極めて重要な年です。

 記念年ということで、その孫である金正恩が後継者の地位を確立するのに、これほど相応しい年はそうそうないでしょう。今年から来年前半にかけて「さすが、偉大なる金日成さまの孫!」といわれるような目覚しい軍功をたてたいところです。その功績への褒賞として、イルソンの誕生日である4月15日か、あるいは他にしかるべき日をもって、いっそう高い地位に晴れがましく任命されたならば、金正恩の正当性は大いに確固たるものになるでしょう。

 そして再来年の2012年(主体101年)は、建国者・金日成の生誕100周年記念です。(なお2012年は金日成の100周年のみならず、米ロの大統領選、中国の共産党党大会までが重なり、世界情勢が大きく動く年です)

 こういうわけで、父・正日が死ぬまでのあと数年間のうちに軍部を掌握し、権力基盤をかためねばならない正恩としては、2011年または12年までに何らかの軍事的成果を叩き出すことが極めて重要になります。今回の砲撃はその第一手でしょう。

まとめ

 権力継承のために実績が必要だが、もう時間がない、とくに来年の主体100年と再来年の100周年が大事であり、早々に軍事的成果をあげねばならない、というのが事件の背景とみます。こういった状況にあって、旧軍事指導部の汚点となった青海海戦の恥を雪いで金正恩の偉大さを知らしめ、また来年にかけて核武装・核外交で成果をあげるため「邪魔すると、ソウルがこうだぞ」と先にクギを刺してみせたのが、今回の砲撃事件ではないかと考えられます。

 もう時間がない若将軍とそのじいが、手柄を焦って決行したバクチ、その最初の一手、という解釈です。これから2012年にかけて、北朝鮮は軍事的な成果を追い求め、核戦力の強化を軸として強硬姿勢を続けるのではないでしょうか。

 そんなお家騒動で殺された韓国人は悲惨というほか無く、またそういう国を近くにもった日本も不運というほかありません。しかし国内の都合で核武装、ミサイル発射、砲撃と何でもする北朝鮮という国が、現にそばにあるのだから、対処するほかありません。朝鮮半島で戦争が勃発した際や、日本が北朝鮮の攻撃対象となるケースに備え、よくよく防衛体制を堅固にしておかねばならないでしょう。有事の際にまったく被害なしとはいかずとも、敵の攻撃に早期の歯止めをかけ、被害を限定するためです。

 いま燃えているのは韓国領ですが、いつか日本領がミサイルやテロ攻撃で同様の目に合わない保障は、どこにもないのですから。特にこれから来年、再来年にかけて北朝鮮情勢は不穏が続きそうです。

お勧め文献


2002年の小泉訪朝とそれ以降の北朝鮮をめぐる多国間外交を検証した、たいへんな労作です。著者は「同盟漂流」他でご高名な船橋洋一氏。
こういうものを書いてくれるジャーナリストがいるのはありがたいことです。