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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

なぜ中国はそんなに空母が欲しいのか?

海洋戦略 中国 江畑謙介 書評 人気の記事 読んだ本


「空母をつくってもおかしいことではない。昔は日本も持っていた」

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 中国政府と人民解放軍は、空母の保有に邁進しています。もと駐日大使をつとめた中国政府の武大偉氏は、加藤紘一氏との会談で、こう述べたそうです。


「(第二次世界大戦の当時)日本も8から9の空母を派遣した。当時は米国も日本も多くの空母を持っていた。中国は今も空母を持っていない。一つつくってもおかしいことではない。通常の武器だ。ほかの国も持っている」と語った。

「日本も空母持っていた。なぜ中国ばかり」中国高官反発 2010/1/13 asahi.com

 中国がいずれ空母を持つと決意したのは、1980年代の後半です。鄧小平によって抜擢された海軍司令員・劉華清提督をはじめとする海軍指導部が、「海軍発展戦略」と称する三段階のロードマップを打ち立てました。それによると第二段階の2001年~2020年の間に、何隻かの航空母艦を建造することになっています。

 その劉提督は2011年1月14日、享年94才で亡くなられました*1。彼は「中国の空母を目の前に見るまでは、目を閉じて死ぬことはない」と言ったとも伝えられています。それが数年中にも空母が進水しようかという時期に亡くなられるとは、天寿とはいえ、惜しむお気持ちがあったことでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

 とはいえ、劉提督以来の悲願である空母取得は、いまや軍のみならず、中国政府の予定表に入っています。09年に浜田防衛大臣(当時)が訪中した際、中国の梁光烈 国防相は、(聞かれてもいないのに)空母取得による海軍増強の正当性を主張しました。いわく、「世界の大国で空母を持っていないのは中国だけだ。永遠に空母を持たないわけにもいかない」のであり、「中国には広い海域があり、海を守る任務も重い。中国の海軍はまだ力が弱く、発展する必要がある」のだそうです*2。また09年時点で、公式文書の「中国海洋発展報告」に空母建造が明記されていたことが分かっています*3

 中国はなぜこれほど執念深く空母を求め、海軍を増強しようとするのでしょうか?



「中国が空母をもつ日 ―江畑謙介の戦争戦略論1」

中国が空母をもつ日 (江畑謙介の戦争戦略論)
江畑 謙介
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 江畑謙介著「中国が空母を持つ日」は、1994年に出版されました。中国、北朝鮮ら日本周辺の国々の軍事情勢を分析した本です。江畑氏の仕事だけあって、豊富な資料に裏づけられ、冷静で妥当な分析が展開されています。いまから17年前ではありますが、空母建造を含めて中国が海軍強化に突き進むことを明確に予測されていることから、今日でも読む価値のある本です。

 江畑氏は、94年時点で、このように論じていらっしゃいます。


どういう方向に中国が進もうとも……必ずや海軍力を整備して海洋に乗り出すことは間違いない。それが中国周辺諸国を警戒させる要因になっている。



 ここでいう「中国の海洋進出」とは、中国人が海に出てくるということではない。そんなことは太古の昔からやってきている。中国が強力な海軍力と洋上航空戦力を保有して、必要とあれば長駆洋上を進出して、その力をもって外国を海上封鎖し、通商路を破壊し、洋上から内陸に打撃を加え、ときには上陸作戦すら実施する能力を持つようになるということである。

 その意図の有無は問題ではない。力があれば、政権が必要と認めたときは、その力を行使できるようになることが問題なのである。そして今後の中国にはその必要が生ずることが、(それを容認するということではないが)客観的にも予想できる。

「中国が空母をもつ日」p93

 2011年現在、江畑氏の予測は着々と現実化しつつあります。陸上の空軍基地から飛び立つ戦闘機がカバーできない遠方の海域でも、空母があれば艦隊が活動可能になります。そうすれば、江畑氏が書いておられるような、洋上から内陸への打撃や上陸作戦(これらを「戦力投射」といいます)も可能になってきます。

 中国がこのように海軍力増強に走ることを、江畑氏はなぜ確信をもって予測したのでしょうか?



経済発展には商船隊が、商船隊には海軍が不可欠

 江畑氏はこのような中国の海軍増強を、経済発展の観点から説明しています。経済発展には貿易が必要であり、貿易には商船隊が必要であり、商船隊には海軍が必要である、という洞察です。

 中国がめざす経済発展には、海外から大量の財を輸入し、また多くの財を輸出する必要があります。輸出入には商船が必要です。ある国の商船を総称して「商船隊」と呼びます。商船隊は英訳すると「merchant fleet」で「商業艦隊」です。海軍の艦隊と合わせ、商船隊は国家にとって重要な「シーパワー」の一部を成しています。

 国家が外洋に出られる海軍を保有する主目的の1つは、商船隊の保護です。海軍の目的というと、敵の海軍と戦ってやっつけることのように思われがちかもしれません。それも目的の1つではありますが、商船隊の保護という点からみれば、敵海軍との交戦はそのための手段の1つに過ぎないともいえます。

 商船を保護するといっても、直接的に船団や航路帯を守るばかりではありません。 


商船を守るということは、護衛をしていくという意味ではない。その商船が外国勢力から脅かされないようにすることである。もしその商船を撃沈、拿捕、臨検、あるいはその他の公海における自由航行を妨害するような国がでても、たちどころに米海軍がその海域にやってきて、これらの国際法違反、ないしは海賊行為に報復を含む適切な対応をする態勢があるなら、それにあえて挑戦しようという国はないであろう。つまり米国と交易を行う商船は米海軍の全世界展開作戦能力によって、「守られている」のである。



「中国が空母をもつ日」p95-6

 「狭い意味での海軍は商船が存在して初めてその必要性が生じ、商船の消滅と共に海軍もまた消滅する」というアルフレッド・セイヤー・マハンの言葉を引いて、江畑氏はこう解説しています。


したがって、中国が今後も経済発展を維持しようとするなら(それは当然であろう)、有力な商船隊を保有し、中国と交易を行う国の商船の航行が妨げられない状況を造り出さねばならない。もし中国の沿岸が、外国によって容易に封鎖されるようであるなら、国際政治の変化で中国と交易する国が激減する可能性があるし、また封鎖されるなら、中国がいくら独自の大商船隊を保有していても意味がない。



そのような状況にならないためには、有力な洋上航空戦力を伴う強大な海軍力を持たねばならない。どのくらい強力であればよいかといえば、中国の沿岸、領海の保安が確保され、かつ中国の商船が武力的脅迫を受けそうな不安定海域に、中国海軍力が常駐するか、迅速に駆けつけられる能力を持つことである。

「中国が空母をもつ日」p97

 つまりは成長した経済と、そのさらなる成長を保障するために、商船隊を保護できるだけの外洋海軍が必要である、中国はさらなる経済成長を望むであろうから、当然、さらなる海軍拡張を必要とするのは間違いない。それが江畑氏の94年における予測であり、2011年現在にも進行中の状況です。



現代での商船保護

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 「経済成長には貿易が必須」というのは分かりやすくても、「貿易には海軍で商船隊を守る必要がある」というのは、ちょっとイメージしづらいかもしれません。大航海時代の昔ならば海賊が、あるいは第二次世界大戦のさなかなら潜水艦Uボートが商船を襲いました。しかし現代において、船団保護なんて誰と戦うのでしょうか? インド洋の海賊対処のようなことはあっても、大規模に通商路が破壊されたり、沿岸が封鎖されたり、なんてことがあるとは思えない、という人も多いかもしれません。

 しかし、江畑氏は現代においても商船隊保護の能力は重要であることを説いています。例えば中国の場合、南シナ海とインド洋の航路を、沿岸国から守ることです。


卑近な話、中国がその全体の領有権を主張している南沙諸島で、他に領有権を主張している五か国のいずれか、あるいは全部と領有権問題で緊張状態になったら、南シナ海を中国商船はのんびりと航行することはできなくなるであろう。…



インド洋を見ても、中国とインドとの関係はこのところ軟化してきているとはいえ、ブータン東の領有権問題やチベットに関する問題は何一つ根本的な解決の道が見つかってはいない。インド洋は中国の商船も含めて年間十万隻が航行する通称の大動脈である。……中国とインドが政治的に緊張するとき、中国商船が脅かされないという保障はない。

「中国が空母をもつ日」p100

 航路の安全を軍事力で守ることは、いますぐ起こる事態だとはいわないまでも、中国にとって備えねばならないことなのです。

 こういった脅威は日本人にはあまりイメージしがたいかもしれません。それには理由があります。日本の場合、通商路の防衛、商船隊の保護は、アメリカ海軍におおむね依存してきており、自力ではやってこなかったからです。日本の主要な通商路はアメリカのそれと重なっており、かつ日本はアメリカと同盟しています。よって必ずしも自力で商船を保護せずとも、アメリカがアメリカにとって重要な商船を保護する、その余慶を被ることができます。


日本が第二次世界大戦後、強力な海軍力や空軍力を持たず、世界の海に日本の商船を安心して走らせてこられたのは、日米安全保障条約があったからに他ならない。日本の商船に危害を加える国があるなら、それはただちに米国の軍事力により制圧されることになる。だから誰も日本の商船と通商路を脅かそうとはしなかった。

もし日本が一切外国と安全保障関係の条約を持たず、まったく独自に防衛と利権保護を確保しようとするなら、戦前の帝国海軍の数倍の海軍力を必要としたであろう。

「中国が空母をもつ日」p101

アメリカとの関係に問題を抱えていない国にとっては、覇権国が自腹をきって航路の安全を守ってくれるのだから、ありがたいことです。しかし、事と次第によってはアメリカと戦争をするか、少なくともその恐れがあるような外交方針をとるといった、外交上の選択肢を持ちたい国は、ただ有難がっているわけにもいきません。自力で何とかせねばならないからです。



マラッカ・ジレンマと商船保護

 中国はアメリカと同盟を組んでいません。経済的な相互依存は深まっているとはいえ、朝鮮半島や台湾海峡の情勢によっては、アメリカとの間で局地的に一戦まじえる恐れは依然としてあります。

 そんな中で、中国は経済発展し、貿易量が増大すると、アメリカが事実上保護しているマラッカ海峡により深く依存することになります。すると自国の生命線をアメリカに抑えられたも同然です。そのことが、中国の外交上の自主性に制限を加えます。経済発展はしたいが、そのためにマラッカ海峡を抑えるアメリカに依存するのは面白くない。胡錦濤はこれを「マラッカ・ジレンマ」と呼びました。

 これをアメリカから見れば、世界大で通商路の保護を行うことで、自国の貿易を安全におこなうのみならず、世界中の多くの国に恩恵と影響力を与えられるということです。かつての覇権国であった大英帝国も、世界の海に海軍ステーションを設け、商船を保護していました。このあたりは名著「アジアの海の大英帝国―19世紀海洋支配の構図 」に詳しいです。イギリスのエリザベス一世に仕えたウォルター・ローリー卿が言ったように「海を制するものは貿易を制し、貿易を制するものは世界の富を制し、ひいては世界をも制する」というわけです。

 

 現代においても戦時に他国の通商路を破壊し、あるいは自国のそれを守れるということが、平時におけるその国の発言力と外交の自主性に関わってくるのです。特にアメリカとの関係に問題を抱えているか、将来抱えるかもしれない国にとって、これは深刻な問題です。そこでイランは戦争になった時にホルムズ海峡を封鎖できるよう潜水艇を備え、中国はマラッカ・ジレンマを軽減すべく、中央アジア経由でインド洋にでる輸送ルートの開発に資金を出したりしています。



避け難い2つの運動

 特に中国は経済発展のためにますます海洋通商路への依存を深めるので、できるだけ自前でこれを防衛できるよう海軍を増強します。中国が侵略的だとか、帝国主義的だから軍備を増強しているのではなく、単に経済が発展しているから、経済発展を支える商船隊を保護するのに海軍が必要なのです。もっとも、他にも先日の記事で書いたように近海での海洋権益確保という目的もあり、権益確保のために中国がかなり軍事力に頼っているのはまた別の問題としてあります。とはいえ、大筋としては江畑氏が論じていらっしゃる通り、経済発展が海軍増強を導いていると考えられます。

 よって、中国が空母保有からさらに海軍を増強するのは、必然とはいわないまでも、自然なことです。どの国でも、中国と同じ立場に置かれたなら、程度の差はあれ似たような軍拡を行うでしょう。また、日本をはじめとするアジア太平洋諸国がそれを脅威に感じ、軍事的に対抗するのも、これまた当然の反応です。

 どちらも、それぞれの立場において、当然の行動をとっているに過ぎません。お互い、アナーキーな国際社会に生きる、恐怖と欲望の奴隷なのです。だから、どちらが悪いとか、ムカつくとか、そういう問題ではありません。問題なのは、中国の海洋進出と、それへの周辺国の軍事的対抗、どちらもそれなりに正当なこの2つの行動が、果たして良き均衡点を見いだせるか、否かなのです。



引用文献

中国が空母をもつ日 (江畑謙介の戦争戦略論)
江畑 謙介
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*1訃報:劉華清さん94歳=元中国中央軍事委員会副主席

*2:毎日新聞 2010年8月1日 東京朝刊 「海をゆく巨龍:転換期の安保2010 上海の島、空母特需 建造は公然の秘密」

*3中国、公式文書に空母建造明記「本格的な海洋強国に」 2010年12月16日 asahi.com