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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

中立国スイスはどうやって第二次世界大戦を回避したか? 読んだ本:「将軍アンリ・ギザン」

国家緊急権の発動

 これにより、通常の憲法秩序が一部停止され、議会の反対を気にせず、必要な政策を断行する権利が政府に与えられました。

スイスは民主主義の国です。民主主義国家において、平時には普通選挙で選ばれた議員が、議会にあって政府を監視し、勝手なことをしないようにストッパーをかけています。そして議会と政府はともに憲法の枠内でしか権力を行使できないようにしています。

 しかし有事には、議会の議論を待たず、時には憲法の規定さえ超越した強権による非常の政策が必要なこともある、という考えから、このスイスのように、憲法秩序すら越えた大権を一時的に政府や軍に与えることを、国家緊急権といいます。

 非常の時には非常の政策が必要だと、スイスの議会は考えたのです。国家緊急権は民主主義の手続きの一部を停止することになりますが、国が亡んでナチスドイツに併合されてしまえば、一部どころか民主主義の全部が失われてしまったでしょう。

戦うスイスの民主主義

 一方で、国家緊急権を発動すると、日頃のストッパーを解除された政府が暴走する危険もあります。スイス国民はこの危険にうまく対処しました。

一九四〇年十二月、国防強化のため「徴兵適齢前の青少年に対する予備軍事教練を義務化する法律案」が政府によって議会に提出され通過した。この法案は、戦時中にもかかわらず国民投票にかけられた。その結果…否決されてしまった。

理由は、予備軍事教練が当面必要であれば、戦時下政府に委任してある権限で実行すればよい、連邦の法律として恒久的な法律で定めるのは、非常時に便乗した自由の破壊につながるおそれがあると、主権者である国民の大部分が判断したからであった。

…スイスの人は、戦時中といえども決して自由を忘れなかった証拠であった。(p141)

戦争という非常時には、非常の政策が必要なこともあるでしょう。しかし、非常の政策は、非常時に限定のものです。自由で民主的な国家を守るための戦時態勢によって、自由や民主主義が恒久的に損なわれることがあっては、本末転倒です。

スイスの人々は、非常時にあっては政府に憲法秩序すら越えた強権を与えつつも、与えた強権が非常時だからといって濫用されないよう監視することで、二重の賢明さを示しました。

将軍選出と総動員

 こうして全人口の一割以上が、戦争に備えて武器とり、あるいは配置につきました。といって、もちろん、スイスから他国へ侵攻しようとしたのではありません。

なぜ戦争をしないのに、戦争準備が必要だったのか

 ドイツとフランスは、国境線に要塞を築いて、睨み合っていました。その要塞線の南側にあるのがスイスです。つまり、ドイツ軍がスイスに侵攻すれば、フランスの要塞「マジノ線」を迂回してカンタンに攻め込めます。フランスから見ても同様です。

 スイスは独仏の両軍にとって格好の「通路」でした。実際、先の第一次世界大戦では、ベルギーらの国々が、ドイツ軍に「通路」として利用するためだけに攻め込まれ、戦場となっています。

このスイスの地理的位置と、地形上の特性を考えると…スイスの中立に少しでも不安を感じたならば、両者とも先を争ってその領有を図ることは、火を見るより明らかであった。…中立国の領土不可侵の権利は、自らの領土防衛の義務のうえに立って主張できるのである。決して、一片の条約上の文字だけに、頼れるものではない。

…ギザン将軍は、まず第一に、その抵抗の意志と力を示して、スイスの中立を交戦するドイツとイギリス・フランスの両陣営に信用させることが必要であると考えた。(p53)

 もしスイスが軍事力を強化せす、戦時体制をとらないで「戦争ならよそでやってください。うちは、関わる気はないんで…」と、口だけで中立を守ろうとしたら、どうでしょうか。

 ドイツ軍は考えるでしょう。「スイス自身には中立を保つ意志があるかもしれない。でもあんなに無防備では、フランス軍が侵入しようと思えば、カンタンにそれを許してしまうではないか。もしそうなれば我が軍は、敵に背後へ回られてしまう。それぐらいなら、むしろ先に我が軍がスイスに攻め込んで、自国の安全を守るべきだ」と。フランス軍も同じように考え、スイスを攻めないと自分が危うくなると恐れるでしょう。

 つまりはスイスは「どっちかの国が我が国を通路にしようとしても、撥ね付けるだけの軍事力がスイスにはある。よってスイスは確かに中立を守ることができる」と、見せつけてやらねばならなかったのです。

ギザン将軍、領土の一部を見捨てる

スイス軍は、アルプスの山や川といった地形を利用して、「リーマット線」と呼ぶ防衛線をはり「北方防御」の態勢をとります。北からのドイツの侵攻に備えたのです。

しかし、防御に適した地形で戦うということは、それより国境よりの地方は戦わずして見捨てるということです。リーマット線よりドイツ側、チューリッヒらの諸州を防衛できないことは明白でした。

国境線の真上で戦って、領土を完全に守ろうと思えば、敵を圧倒するだけの軍事力が必要です。しかし、小国のスイスにはそんなものはありません。であるなら、国の独立を守るため、一時的には国境沿いの町や村を放棄する作戦をたてるのも、やむを得ないことでした。

他国の領土に入ることなく、専守防衛の防衛戦略をとるということは、外国を刺激することも少ないかわりに、いざ戦時のときは自国の国土を戦場にする覚悟が必要なのです。専守防衛とは本土決戦のことです。その場合、防御に適さない、国境近くの地域が一時的に見捨てられるのは、軍事力に劣る国にとって致し方のない選択です。

なにせ、戦車を活用したドイツ軍は、またたくまにポーランドを征服して、圧倒的な強さを見せつけていました。スイス軍にとって、国土の全てを守る余裕など考えられないことでした。

圧倒的なドイツ軍に立ち向かう秘策

当時最新鋭の作戦でやってくるドイツ軍に対して、ギザン将軍はどう迎え撃つつもりだったのでしょう。

ドイツ軍の戦法はのちに「電撃戦」と呼ばれます。敵の防御線の一点に爆撃をあびせ、戦車部隊で穴をあけます。そして機動力に優れた戦車部隊と、自動車にのってそれに追随する歩兵で突破部を拡張します。そこから敵の後方に素早くまわりこんで、敵軍を混乱させ、あっという間に打ち破ってしまうのです。

これを防ぐには、突破してきた敵軍を大量の大砲で撃ちまくってストップさせ、こちらも大量の戦車をもって、敵の突出部を刈り取ってしまうことです。が、小国スイス軍にそんな重武装は用意できません。もし平野で戦えば、ドイツ軍お得意の戦法に手もなくやられてしまうでしょう。

そこで、アルプスの天険を要塞として立てこもることです。爆撃で混乱させようにも、スイス兵がアリのように山地の地下陣地にもぐりこめば、爆弾はむなしく土を叩くばかりです。戦車で突破しようにも、険しい山岳ではその快速が発揮できないでしょう。

生命を捧げる覚悟をせよ

とはいえ、このような防御作戦がうまくいくためには、地形だけでは駄目です。優勢な敵に迫られながら、いつまでも粘って守りつづける、兵士たちの精神力が必要です。

ギザン将軍は全軍にこう訓示しています。

(五月十五日の訓示)

最近の戦例は…一部の破綻から防御線に間隙ができ、敵はこのすきまに侵入してこれを拡張して、そこを突破口としてさらに前方に突進するのを戦法としている。

私は、兵士諸君に、与えられた地点、配置されたその場所で、果敢な抵抗を続け、兵士としての高邁な義務を遂行することを望む。…

狙撃部隊は、兵力において凌駕され、あるいは四周を包囲されようとも、弾薬のつきるまでその陣地で戦い、次には白兵戦で戦うのだ。…一発の弾丸がまだある限り、白兵がまだ使用できる限り、兵士は降伏してはならない。

最後に私は、兵士諸君に、私が君たちに期待していることを知らせる。これが、諸君のただ一つ考えることである。”諸君の義務の存するところ、その場所に、諸君の生命を捧げる覚悟をせよ”と」(p86−87)

 

(六月十三日の訓示)

祖国のための戦いには、生命を捧げても惜しくはないというべきである。

…諸君たちは誰でも、空からの攻撃を受けたからといって、任務の遂行を回避することは許されない。…急降下爆撃機の攻撃の下で、じっと我慢し、それぞれの義務を最後まで遂行することができなければならないし、またそうしなければならない。

敵の装甲車の攻撃を受け、あるいは側面や背後に回られても、諸君は一人もその位置を捨てることは許されない。

絶望的な状況に陥って、外への道はもはや一本もなくなったときは、ビールス河畔のセント・ヤコブの千五百の勇敢な兵士たちのことを考えよ。彼らの英雄的な死は、我々の祖国を救った。そして、その不朽の名誉は、スイスのある限り消えることはない」(p87−89)

 要するに「自分の持ち場をひたすら守れ。爆撃機がこようが、戦車がこようが、絶対に逃げるな。持ち場を守って死ぬまで戦え」ということです。なんだかえらく軍国主義的というか、精神力に依存した戦い方のようですが、しかし考えてみれば合理的な考え方です。

  この訓示のとおり、兵士たちが山岳に築いたそれぞれの陣地を動かに守りつづけ、たとえ一部が突破されても、後方の味方が片付けてくれると信じて粘ってくれれば、どうでしょう。ドイツ軍はいつものように突破部を拡張しようとして果たせず、少数だけ突出した部隊をスイスの予備部隊が撃破して、戦線に開いた穴を修復できるはずです。

 「持ち場を守って死ぬまで戦え」というのは、この場合、敵味方の優劣や戦法を考え、最も合理的な防戦準備を整えて、その最後の仕上げとして言っているのです。

非情の「とりで戦略」

 この防戦思想はさらに徹底され、「とりで戦略」となりました。

 ドイツがフランスを一撃で倒してしまったことで、状況が変化したためです。今やドイツ方面からの敵をリーマット線で防いでも、フランス方面からきたドイツ軍に背後を突かれてしまうでしょう。

 そこでギザン将軍は、徹底した要点防御戦略を採用します。ドイツ軍が国境を越えれば、スイスの主要な道路やトンネル、橋などをことごとく爆破します。そしてサルガンス、ゴダール、マティーニの3つの山岳要塞を重点に、全軍でアルプスの天険に立てこもるのです。

 と、言えば合理的なようですが、山岳部に立てこもるということは、それ以外は見捨てるということです。リーマット線においてはチューリッヒなどドイツ寄り地域を捨てるだけであったのが、今度はそれどころでは済みません。

この計画は…最悪の場合はスイスの宝庫である中部高原はもとより、ほとんど全ての都市、村落、農耕地、工業地を放棄することにしていた。これは五分の四のスイス国民の尊い生命とその財産を、万一の場合には、まちがいなく侵略者の蹂躙に任せることを意味していた。

しかも、それを守るのが本来の使命であるスイス陸軍は、国民不在のアルプスの山中に、生きながらえようとするのである。

ギザン将軍は、いつなんどき侵略者の暴虐にさらされるかわからない国民が、自分たちを置き去りにして山の中の避難所(彼らの眼にはきっとそう映るに違いない)に、引き上げていく軍隊を呪う声が聞こえるような気がした。(p106−7)

守るべき国土国民を置き捨てて、山の中に逃げ、ただ軍隊だけが生き延びて、いつまでも敵と戦い続ける態勢をとること。 それがスイス軍の選択でした。

拒否的抑止戦略の成功

このプランだけを見れば、スイス軍は国民を守らない、極悪非情の軍であるように見えます。しかし実は、それこそが戦争そのものを防ぐための、この場合ただ一つの方法でした。

四十年の七月十二日、ギザン将軍はこう説明しています。

スイス連邦が、この枢軸国の直接攻撃の脅威を免れることができるのは、ただ次のような場合だけである。

それは、ドイツの国防軍総司令部が、作戦準備の段階で、我々スイスに対する作戦は、うっかりすると長い期間と莫大な費用がかかることに気がつき…彼らの全体計画の遂行を阻害するのが落ちである、との結論に達したときである。

それゆえに、我々の今後の国土防衛の目的と根拠は、隣接する国々に、スイスとの戦争は長引き、多額の費用のむだ使いになる冒険であることを示すことに、終始一貫して置くべきである。我々は、戦争を回避したいと思えば、我々の皮膚ー国境ーを、できる限り高価に売ることが問題である」(p108)

この考え方は、抑止論の中でいう「拒否的抑止」にあたります。軍事力によって敵を圧倒できないまでも、敵が戦争によってその目的達成するのを拒否できる程度に力を持つことで、その意図を未然に防ぐことです。 

 この戦略はみごとに図にあたりました。ドイツ軍はスイス侵攻を何度となく検討したけれど、その都度、撤回しています。勝てるとしても、時間がかかる上、損害は大きく、しかも勝ったあとにはスイスの主要交通路はことごとく破壊されているから、得るところが少ないと計算したためです。

戦争を回避する方法

 外交的には中立、軍事的には専守防衛という条件の中で、非情なまでに徹底したスイス軍の防衛戦略が、最後まで功を奏しました。

これはただ軍だけの功績ではなく、必要な支援を与えつづけた政府、政府に非常時の大権を与えた議会、そしてそれらを支持しつつも民主主義の精神を忘れなかった国民の存在がありました。

 戦争を回避できる国とは、他国から見て「あの国は簡単には落ちない」と思われる国家です。巧みに戦争を遂行できる国が、固い決意をもって防御的に振る舞うとき、初めて戦争を回避することができたのです。 

 

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