リアリズムと防衛を学ぶ

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女性にも徴兵制を適用するノルウェーの社会

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ノルウェーは2015年から女性の徴兵を開始しました。

ノルウェー議会は2013年から女性への徴兵制の適用を審議しはじめ、翌14年にはこれを認める新法が可決。キリスト教系の政党を除く全政党が賛成したそうです。

女性を兵隊にするとは、ノルウェーは亡国まぎわの末期戦でもしているのでしょうか? いいえ、彼ら彼女らにとって、当然の社会を作ろうとしているだけなのです。

今回はニューズウィークの報道とノルウェー軍のウェブサイトを中心に、なぜノルウェーが女性を徴兵するようになったかを見てみます。

徴兵制とは何か

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徴兵とは市民を軍隊にいれ、一定期間の軍事訓練を受けさせることです。徴税と同様に義務として行うので、選ばれたのに正当な理由(宗教的信念等)無くして断れば、罪に問われることがあります。

徴兵された市民は、数年程度の訓練を受けた後、一般社会に戻り、ふつうに就職したり、進学したりします。軍隊にいる間にもし戦争が起これば、もちろん戦場で戦わねばなりません。一般社会に戻ったあとも、もし戦争になって、招集令状がきたら、軍に戻って戦場にゆかねばなりません。当然、敵を殺したり、敵に殺されたりする恐れがあります。

ノルウェーにおける徴兵はどのように行われるのか?

ニューズウィーク紙は、徴兵のプロセスを紹介しています。

ノルウェーの17歳の少年少女、その数6万3000人に、徴兵の報せが届けられます。彼ら彼女らは、まずオンラインでのテストを受験。その結果に基づき、2万人が軍に招かれて、心身の検査と面接を受けます。「向いている」と認められた1万人が兵士となります。

当たり前ですが、徴兵年齢の全市民が軍隊に引っ張られるわけではありません。あらゆる仕事と同じように、兵士にも向き不向きがあるからです。さまざまな身体的理由で兵士に適さない人は除かれます。身体は壮健でも性格や信条によって「兵隊向きじゃない」「問題外にやる気がない」という人も多いでしょう。

世の中には「最近の若者は怪しからんから、徴兵制にして、軍隊で鍛え直せばいいんだ」と考える人たちがいます。しかし徴兵制の軍隊も、やる気がない上に適性がない人を押し付けられても後で困ります。だから、試験をして、多少なりともやる気と適性がありそうな人を選んで採用します。

女性を徴兵するメリット

女性にも徴兵を拡大することのメリットはこの「向いている人を採用したい」という点です。

入社試験ならぬ徴兵検査を受ける母数が多ければ、その中に含まれる兵隊向きの人の数だって多くなるでしょう。性別を問わず徴兵検査を受けさせれば、母数は約2倍。その分、より適性のある人を選んで採用できる道理です。

問題は古めかしい性差別だけ

障害になるのは「戦いは男の仕事だ」「女は家にいるものだ」「そんなことは女の子のするものじゃありません」といった、無根拠な思い込みだけ。

英国の軍事シンクタンクRUSIの研究者Joanne Mackowskiは「スカンジナビア諸国はジェンダーの平等がとても進んでいるので、ノルウェーが女性徴兵のパイオニアになるのは驚きではない」と述べています。

男性の仕事はこう、女性の仕事はこう、という偏見から自由であれば、ことは簡単です。兵士に向かない男性もいるし、兵士に向いた女性もいる。あらゆる適性や能力、趣味や嗜好と同じように「そんなの人それぞれ」なのです。

 女性が活躍するノルウェー軍

 そもそも、ノルウェー軍にとって女性は珍しい存在ではありません。徴兵こそ2015年からですが、志願兵としてならば以前から多くの女性が軍で働いてきました。

  2014年8月時点で、軍組織の17パーセントが女性。軍には軍人の他に文官もおり、その中では33パーセントが女性。軍人に限っても、10パーセントが女性です。

 女性だからといって、出世できない、なんてことはありません。女性の将軍もいます。NEWS WEEK紙は、女性として初めて、国連平和維持活動(PKO)の司令官に任じられたKristin Lund少将を紹介しています。

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女性の管理職を増やす軍の組織目標 

 公式ウェブサイトによれば、ノルウェー軍は長期目標として、女性の割合を15パーセントに引き上げようとしています。また、特に士官学校の学生について、女性の割合を25パーセントにすることを目標としているそうです。
 士官とは、要するに管理職のことです。士官学校とは将来の管理職となるエリートを養成する学校のこと。徴兵ではなく、志願して試験を受け、合格した人しか入れません。卒業後は若くして隊長だの参謀だのになり、軍の要職に就きます。企業でいえば、一流大卒の幹部候補生です。
 ノルウェー軍は下っ端の兵士として女性を徴兵するだけでなく、女性の管理職を多数育成しており、今後さらに増やそうとしているわけです。管理職の20パーセントが女性であれば、その下で働く一般社員の女性も働きやすくなるでしょう。この世が天国になるわけではないにしろ、女性の管理職が0パーセントの組織に比べれば、圧倒的にマシなはずです。

ノルウェーにおける女性の社会進出

f:id:zyesuta:20150424230812j:plain管理職といえば、2015年現在、ノルウェーの国防相であるIne Eriksen Søreideは女性です。彼女は女性を徴兵する新法について「徴兵制は、市民と国家との間の契約における重要な原則の一つです。そして今や、この契約に我が国の市民の全てが参加しているのです」と述べ、女性徴兵を認めた国防相であることを誇りに思うとしています。

 国防相が女性なのは偶然ではありません。ノルウェーの議員や国営企業の役員には、一定以上の割合で女性をいれることが義務化されています。このような措置をアファーマティブ・アクションといい、批判も多いやり方です。

 近年のノルウェーでは、多少の無理をしてでも女性を社会に進出させる政策から、男女共同参画社会をめざす方向性にシフトしつつあるそうです。女性を家庭から出して社会で活躍させるだけでなく、男性を家事や育児にちゃんと参加するよう促す政策です。

 家のことは全部奥さんに丸投げしている男性のような働き方を当たり前に考える社会では、女性にも専業主婦をつけないとやってられません。結婚や出産を機に結局は退職して主婦になったり、正社員を諦めてパートとして働く女性が大半になります。

 女を社会で活躍させたいなら、男を家庭で活躍させることです。女性に優しい制度をいくら作っても無駄で、男女ともに働きながら家事と育児をしやすい社会にするのが大事です。性別によらず正社員の労働時間そのものを短縮し、出産や育児のために短時間勤務や育休をとるのが性別によらず当たり前の社会をめざすことです。 

軍隊は社会の鏡

 ノルウェー社会のそのような方向性が、ノルウェーの徴兵制にも反映されたのです。議員や閣僚の多くを女性が占める社会なら、軍隊にも女性の将軍があらわれます。女性の管理職が多い社会なら、軍の士官にも女性が増えます。

  軍隊も社会の一部です。一般社会から全く異質ではいられません。例えば旧日本陸軍で見られた精神主義などの諸々の悪癖は、軍事と決別した平和主義を奉じた戦後日本の企業にも多く見られます。どっちにしろ、同じ社会の市民がやることなので、似た部分があって当然なのです。

 男性が当たり前のように家事や育児を分担し、女性が外で働き易い社会であれば、ノルウェー議会が女性を徴兵するのに違和感を持たないのも自然なことです。

 ノルウェー軍のHaakon提督は「(女性も徴兵する)新法が意味するところは、男女の権利と義務の平等です。これにより、軍はノルウェー社会の良き反映となるでしょう」と述べています。 

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参考:

Both Sexes Called To Arms as Norway Conscripts Girls

Women in the Armed Forces

Female conscription in Norway