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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

読んだ本「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」菅原晃著

万人に向けて強力にお勧めする本。専門知と素人をつないでくれる、貴重な本です。 この本はモトモト自費出版で売られていたのですが、いい本過ぎてプレミアがつきました。いまAmazonで中古を1冊7000円もします!()それが再発行されて1500円になったのが本書。中身を読めば、人気になったのも頷けます。 私たちはみんな「経済」の中で暮らしているので、「経済学」の基礎の基礎くらいは知っておいても損しません。まして、私たちと同じぐらい経済学音痴な人が、大手をふって新聞記事を書いたり、テレビで経済解説をしたりするのが日本社会だから。この本を3回くらい通読すれば、それらに騙されない経済・メディア・リテラシーがつくでしょう。 社会人はもとより、学部生についても、一般教養の経済学の前に、とりあえずこの本を通読させればいいんじゃないでしょうか。こういう本が主要分野に一冊ずつ欲しいものです。 例えばどんな点がためになったか。例として貿易に関する本書の解説を引用してみます。下記の内容について「知らなかった」「なんとなく知っているが、説明できるほどじゃない」という方にとって、本書は買う価値があります。

貿易黒字は豊かさにつながらない

貿易黒字が減少すると、さも日本企業の業績が悪く、日本経済が不調であるかのように報じられます。「黒字=良い事」というイメージがあるからでしょう。あるいは「輸出が多い=儲かっている」という連想からでしょうか。 ですがこれは誤りです。「貿易黒字」は「貿易をしている企業の黒字」のことではないので、黒字だから良いというものでもありません。貿易黒字だからといって国が豊かになっていくわけではないし、貿易赤字だからといって貧困化していくわけでもありません。

「貿易黒字と経済成長は無関係」です。はっきり言うと「貿易黒字なんてどうでもいい」のです。(p73)
貿易黒字が善で、赤字が悪という考えが正しいとしたら、カナダなんて、1867年の事実上の独立以来ほとんどの期間、貿易収支が赤字だから死んでてもおかしくない(笑)だけど現実には、カナダは素晴らしく繁栄しているからね。(若田部昌純著「本当の経済の話をしよう」p150)
目標とすべき指標があるとすれば、それはGDP値そのもの、かつGDPや一人当たりGDPの伸びです。GDPが伸びる=給与所得が伸びるということだからです。輸出入は、それに伴って必ず拡大するのです。(p100)

競争力がなくても貿易は得になるー比較優位とはなにか 貿易に関する誤解でもう一つ大きなものは、「比較優位」に関する誤解です。

リカードの比較優位論ほど、間違って理解されているものはありません。…これを理解しないと「貿易は勝ち負け」「輸出を伸ばし、輸入を抑制すれば利益が出る」というトンデモ貿易論に一直線です。(p105)

ありがちなのは、比較優位を「絶対優位」に読み替えてしまうことです。すると「国際競争力がない国、輸出産品がない国は貿易をすればするほど損だ、競争力のある国の食い物にされてしまう」という風に考えてしまいます。(実際は国レベルで国際競争力を考えること自体が無意味)

ポール・サミュエルソンという経済学者は、このことを「弁護士と秘書」の例で話します。その町で一番有能A弁護士が、タイプを打つのも一番上手だった場合です。秘書は、両方の仕事(弁護士・タイプの仕事)において、A弁護士よりも不得意で遅い。それでも、弁護士が「秘書の仕事をする」とはならないことがわかると思います。この場合、弁護士は、弁護士の仕事に特化し、タイプは秘書に任せるはずです。その方が、弁護士の仕事も、タイプの仕事も効率よく生産できます。(P108)

比較優位とはこういうものなので、色々な産業分野でことごとく劣っている国があったとしても、貿易によってその国の産業が壊滅することにはならないわけです。貿易は絶対的に劣位の国でさえ、貿易によって豊かになることができます。

比較優位とは、相手国との競争力比較のことではなく、国内産業における「生産性」競争のことなのです。(P115)

このほか、日本の財政問題についても「日本は、原理的に破産できないのです(p178)」と一刀両断にしています。新聞テレビその他でみる誤った風説が、なぜ誤っているのかを、読者が自分で考えられるように解説しています。

学的裏付けのある良書

本書はGDP、三面等価、I-Sバランス、比較優位論など、経済学の基礎知識を順を丁寧、かつ分かりやすく押さえています。だから学的裏付けがない、直感的な思い込みだけで書かれたでたらめな経済本や、経済ニュースを、この本の知識によって正しく批判的に読み解けるようになります。 本書のように素人むけに書かれ、しかも学的に裏付けられた本は貴重です。どっちか一方の本ならいくらでもあります。素人むけで分かりやすいけど、学問的には大間違いな本。学問的には正しいが、難解でふつうの人には分かりにくい本。専門知と素人のあいだに大きな断絶が広がります。

マスメディアのリテラシーの低さ

せめて、新聞やテレビの記者がその橋渡しをしてくれればいいのですが、そうもいかないようです。一部には極めて優れた尊敬すべき記者もいるのですが、多くの記者たちは忙しすぎて学問をやる時間がないためか、耳学問の俗流○○学に陥りがちだからです。本書でも新聞やテレビの報道が「間違った例」として多数引用されています。これは別に経済学に限らないと思います。軍事の分野でも同様です。 例えば最近では朝日新聞の報道で「海自最大の護衛艦「いずも」、どう見ても空母なのでは…」というトンデモな記事が話題になり、「○○はどうみても△△なのでは」大喜利が開催されるなどしました。これについてはdragonerさんの「護衛艦いずもは空母だって? ご冗談を」に完璧な解説があるので、そちらをご参照ください。(なお、公平を期して言っておくならば、朝日新聞には中国関連の軍事報道で極めて優れた記事を多数書かれている峯村健司記者のような立派な人もいます) あるいは最近話題の「武器輸出三原則の緩和」についてもそうです。以前に解説したように「武器輸出三原則は武器の輸出を認めている」のであって、緩和が議論されているのは「武器輸出三原則”等”」です。「等」の一文字がついているか否かで意味が全然違うのですが、ここを雑に「武器輸出三原則が緩和」と書いているメディアが多数あります。意見は人それぞれでいいのですが、だからこそ、用語は正しく定義されたものを使わないと正確な報道とはいえないと思います。 このような現状について、日本を代表する軍事アナリストの故・江畑謙介氏はこう書いています。

残念ながら国民一般がもつ軍隊や兵器に関する知識は驚くほど少なく、したがって正確な情報を国民に提供すべきメディアの知識もまた貧弱で、多くの間違いや誤解に基づく情報が流されている。 あるいは国民の軍事に関する知識を故意に利用した情報操作のための、客観性に欠ける情報の流布が行われている。これは民主主義にとって極めて危険な状態である。(江畑謙介著「兵器の常識・非常識(上)」 p3-4)

(参考;過去記事「江畑謙介氏のメッセージ」) こういったメディアの状態は一朝一夕には変わらないので、せめて自分が関心のある分野くらいは、きちんとした本を読んで、基礎の基礎くらいは押さえると、良いのではないでしょうか。しかし、例えば、戦争の問題に興味があるんだけど、という人にいきなりクラウゼヴィッツとクレフェルトをどんと渡すのも適当ではない気がします。そこで、例えば江畑謙介氏の本のような、あるいは本書「高校生からわかるマクロ・ミクロ経済学」のような本が希少です。世の中、いい本は多いのですが、広い間口は少ないからです。本書の価値は山形浩生氏による前書きで言い尽くされています。

もちろんこの本で経済学のすべてが分かる、なんてことは期待してはいけない。世の中には、ものすごく分厚い経済学の教科書がたくさんある。それに比べて、本書に書かれたことは基礎の基礎だ。でも、本当に重要な基礎で、しかもすぐ応用のきく基礎だ。…本当の基礎をきちんとおさえよう。本書はそういう本だ。(山形浩生氏による前書き。本書p7)