リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

戦時態勢に入ったウクライナは勝てるのか?

ウクライナ危機は過熱しています。BBCによれば「ウクライナ防衛当局筋によれば、ロシア軍は在クリミアのウクライナ軍に、標準時3時までに降伏せよ、さもなければ攻撃すると通牒した」そうです。(BBC)日本時間で本日の12時がタイムリミットです。 ※追記(3/4夜)上記最後通称の報道は虚報だった模様です。ロシア黒海艦隊が上記を否定していますし、期限を過ぎてもロシア軍に動きがありません。

ウクライナの「予備役動員」は本気の戦時態勢を意味する

それに先立ちウクライナは予備役に総動員をかけました。(時事通信3/2「全予備役を招集=ウクライナ」)予備役とは、以前にまとまった期間の軍事訓練を受けたことがあるが、今は軍隊以外の仕事に就いており、「招集がかかれば軍に戻ります」と登録してある人のこと。たいてい元軍人です。 予備役が動員されるのは戦争、それも大規模な戦争を国家が決意した時です。

 

平時の軍隊は少数の現役軍人と多数の予備役で構成されます。有事の際は現役軍人をコアメンバーに、招集した予備役で軍隊を拡張します。現役が骨や神経、予備役が肉です。 予備役招集は大きな政治決断です。第1次世界大戦ではロシアの予備役動員がきっかけになって、大戦争が起きました。(参照:過去記事「戦争はなぜ起こるか4 時刻表と第一次世界大戦」)

予備役を招集すると、いきなり人がいなくなった家庭や企業は大迷惑です。だから動員は最後の手段です。現役軍人だけでは対処できないほど、大兵力を必要とする戦争を国家が覚悟したときに限られます。ウクライナにとって、今がその時です。

ロシアは前大統領を確保し、ウクライナ東部への派兵をも匂わせている

なぜなら、下手をすればウクライナ全土が戦場化し、首都キエフにロシア兵が乗り込みかねないからです。 先の記事でとりあげたように、プーチン大統領はオバマ大統領に対して「暴動が起こっている東部ウクライナとクリミアにおいて、ロシア系住民およびロシア独自の国益を防衛する権利を、モスクワは保有している」と述べました(ロシア紙3/2)クリミアに留まらず、東部ウクライナへの派兵の可能性も留保しています。 ウクライナ政府としては、クリミアのロシア軍を追い払うだけでなく、本土への侵攻に備えねばなりません。もっとも私はウクライナ軍がクリミアに侵攻しない限り、ロシア軍もウクライナ本土には侵攻しないと予想します。かといってクリミアを解放したいウクライナ政府としては、備えないわけにはいきません。

ウクライナ軍は本気のロシア軍には勝てない

ウクライナ軍が総動員をかけ、全力を出し尽くしたとしても、ロシアも本気で来たら、勝てません。BBCはウクライナ軍とロシア軍の戦力を比較しています。 (引用元) BBCは「キエフに4倍する現役軍人と2倍の戦車をモスクワは持っている」と端的に書いています。

 

それどころかウクライナ軍は「即応態勢に欠けており……キエフの新政府に対する部隊の忠誠心にも疑問がある」くらいです。キエフの新政権は民主的に選ばれた前大統領を暴力で追放した革命政権です。まだ総選挙を経て国民に信任されたわけではありません。ロシアはその暇を与えませんでした。よって市民に対しても、軍に対しても、確たる求心力を持ちません。

海軍総司令官が戦わずして離反

その証拠に、ウクライナ海軍の総司令官ベレゾフスキー提督が離反しました。(ロイター3/3「ウクライナ海軍総司令官が投降、親ロシア派に忠誠」)クリミア政府は彼が率いる艦隊をもって「クリミア海軍」にすると言っています。在クリミアの他のウクライナ軍部隊も、ロシアに投降したところが少なくないそうです。ロシア側が情報戦の一環として過大に宣伝している可能性はかなり高いのですが、ロシア以外のメディアによる独自ソースの報道を見ても、元になる事実は決して小さくはないようです。

クリミアは独自の「軍」を保有する

海軍だけではなく、クリミア政府は独自の軍を保有しようと動いています。投降したウクライナ軍部隊のほか、親ロシアの民兵組織などを統合して「クリミア軍」にするつもりのようです。その核の一つになるのは、かつてキエフで反政府勢力、つまり今のウクライナ政府の支持者たちを弾圧した治安部隊「ベルクート」です。これについては黒井文太郎氏のブログに詳しいです。

特殊部隊「ベルクート」(イヌワシ)に関しては、そもそもキエフのデモ鎮圧の時点で注目されていました。…デモ鎮圧を実行し、100人近い人を殺害したのが、このベルクートだったからです。……独立広場での弾圧でウクライナでは悪名を轟かし、権力者の手先となっていたことで、ウクライナ各地で反ロシア系住民の憎悪の対象となっています。そのため、ロシア系の隊員の多くは、ロシア系住民が多数派であるクリミアに逃げたようです。自動小銃、防弾チョッキから、各種機関銃、装甲兵員輸送車まで保有し、統制のとれた歩兵という側面もあります。前述したように、すでに親ロシアのクリミア自治共和国政府は域内の軍・治安部隊の指揮権を主張していますが、実際にその中心となるのはおそらくベルクートだろうと思います。(引用元

このような部隊を核にして、早晩クリミア政府は独自の軍隊をでっちあげるでしょう。寄せ集めの烏合の衆でしょうが、それでいいのです。重要なのはクリミアにロシア軍以外に「クリミア人の軍隊」ができることです。

時間はロシアに味方する

ウクライナは、状況を打開したければクリミアからロシア軍を排除し、租借地の中へ押し返す必要があります。そしてクリミア政府に住民投票の違法性を訴え、中止なり延期なりさせるのです。民主的な手続きを武力で停止させることの功罪は、平和になってから議論することにしておいて。

 

つまりは、クリミアでロシア軍と戦って勝つことです。しかしウクライナ軍がクリミアに進軍したとして、そこで防衛線を張っているのがロシア軍ではなく「クリミア軍」だったらどうでしょう。ロシア侵略軍と自衛のウクライナ軍ではなく、ウクライナ人同士が戦う内戦です。 すると、国際社会の援軍(そんなものが存在するとして)は得づらくなるし、ロシアに「ほらみろ、クリミア市民は武力によって自由意志を奪われようとしている!」という大義名分をプレゼントすることになるでしょう。その時こそ、ロシア軍はクリミアに留まらず、東部ウクライナに侵攻するかもしれません。

 

クリミア軍ができる前に、焦ってクリミアに進軍し、不利な戦いをすべきでしょうか。準備万端整えて、内戦を始め、本土をも危険にさらすのでしょうか。かといって事態が膠着すれば、戦わずしてロシアの勝利です。 期限はクリミア共和国で住民投票が行われる3月末。そこでは「事実上の(ウクライナからの)独立」が問われます。(時事通信)そのときロシアは無血で、民主的に、クリミアを手中にできるでしょう。時はロシアに味方しています。それ以外のほとんど全てと同様に。