リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

中国は何のために核兵器を持っているのか? 中国の「最小限核抑止」戦略 

「中国人はズボンを履かない(ほど貧しい)としても、核兵器を作る」

と宣言し、実際に核武装を実現したのは毛沢東です。


ケネス・ウォルツが指摘しているように

核兵器の存在する世界では、最強国家の半分以下の経済力の国家でも、(核武装によって)大国の地位を保持することができる

ので、毛沢東は中国が大国でいられるよう、是が非でも核兵器を持ちたかったのです。

しかし中国にはアメリカやソ連のように、大量の核兵器を製造する能力はありませんでした。かつ技術も未熟なので、信頼性の低い核兵器しかできません。中国の少数、低劣な核兵器では、核の均衡をつくることはできません。

それでは中国の核兵器は、戦略的に無意味なのでしょうか? 実は中国は米ソとは異なる核戦略を採用することで、少数・低劣な核兵器でもって、十分な政治力を得ています。失うものが少ない国の核戦略の成果です。

非対称の均衡  失うものが少ない国の核戦略

毛沢東が立案した核戦略は「非対称な恐怖の均衡」理論です。

ふつうの「恐怖の均衡」は、お互いの核戦力がほぼ等しいために成立します。核兵器を打ち合うと互いに耐え難いダメージを受けてしまうからです。米ソはバランスを維持するために相手と同等か、さもなくば上回る核戦力を持とうとしました。

しかし…中国の場合は、核戦力で相手に劣っていても、恐怖の均衡が成立する、というのです。「大きな核戦力を有しながらも大きな恐怖心を持つ米国やソ連と、小さな核戦力しかもたないが恐怖心も小さい中国」という非対称性のためです。

中国は米ソに比べて経済も社会も未発達でした。人口は分散しており、大きな都市は少ない。しかも総人口では米ソを圧倒しています。中国の都市に核兵器が落ちるのと、アメリカの都市に核兵器が落ちるのでは、痛手がまったく違うというわけです。失われる命の数も、損なわれる経済的価値も、中国は相対的に少ない。しかも生き残る人口は中国がずっと多いのです。

よって、米ソに比べて小数の核しかもたなかったとしても、その核が与える恐怖はバランスするのだ、というわけです。

「最小限抑止」という核戦略

毛の理論の弱点は、米ソから先制核攻撃を受けた場合に、中国の少ない核兵器が生き残って報復できるかどうかです。第二撃が生き残らないとしたら、敵は先制核攻撃のインセンティブを高めてしまいます。(先に撃てば向こうの核は消滅するから、こちらは無傷で済む…という誘惑にかられる)

そこで訒小平毛沢東の理論を発展させ「中国は最小限度の核報復能力を持つべきだ」と提唱しました。単に核兵器を持てばいいのではなく、核報復(第二撃)能力を持つことが大事なのだ、ということです。なお第二撃の場合、核兵器の攻撃対象は敵の核兵器ではなく、人口密集地になります(カウンター・バリュー攻撃)。

この戦略によって少数の核兵器と、失うものが少ない国土によって、中国は時にアメリカに対してさえ対等に恫喝をかけることができるといいます。

中国は、台湾海峡問題において、公式・非公式の場を問わず、「もし米国が、台湾を助けるならば、中国は、米国の都市を攻撃する。米国は、台北を助けるためにロサンゼルスを犠牲にする覚悟はあるのか」という言い方をしています。これが、中国の考える「最小限抑止」なのです。
p63 「弾道ミサイル防衛入門」 金田秀昭

「最小限抑止」は今でも有効か?

中国の核戦略の根底には「米ソに比べて、失うものが少ない国家だ。」という前提条件があります。貧しく、巨大な人口が分散して居住している中国は、米ソに比べて核兵器の痛みが少ない、というのです。しかし現代、あるいは数十年後においては、この前提条件が崩れます。

経済発展によって中国は都市化が進んできました。また一つ一つの都市の経済的価値も大きく高まりました。すれば中国にとっての核の恐怖は、いずれアメリカやロシアのそれと匹敵するようになるはずです。(総人口が多いという優位性は残りますが)経済が発展すればするほど、核兵器には弱くなるのです。

そうなると発展した中国では「非対称な恐怖の均衡」が成立しなくなり、少数の核兵器の圧力は、多数の核兵器の圧力によって負かされることになるのではないでしょうか。

敵からの核攻撃を抑止することは、第二撃の確実性と威力を高める(核弾頭の近代化、多弾頭化等)ことで対処できるかもしれません。しかし先制使用をほのめかすことによる威嚇効果は失われるのではないかと考えられます。(中国は公式には一貫して先制不使用を公言していますが)

米国に比肩する大国として振舞いたければ、いずれ中国は核兵器の数を増やすことに着手せざるをえないのではないでしょうか? これについては今後も調べてみたいと思います。