09年4月5日に北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、日本側は不測の事態に備えて迎撃体制をとりました。併せて「ミサイル防衛ってほんとに信用できるの?」「敵基地攻撃能力が必要じゃね?」というような議論が起きました。確かにミサイル防衛だけが対抗手段ではありません。弾道ミサイルへの対抗手段は5種類に分類でき、それぞれに長短があります。以下に紹介する5つをバランスよく持つことが必要です。
1:話し合いで、思いとどまらせる……諫止外交(Dissuasion Diplomacy)
相手側が弾道ミサイルの使用を思いとどまるよう、非軍事的手段で諌め、止めることです。当たり前のことですが、これで収められればそれに越したことはありません。ただし諫止外交が成果を挙げるためには、相手側が「ミサイル発射を実行するのはリスクが高く、成果は不確実だ」と判断することが必要です。よって外交努力のためにも2〜5の手段を整備しておかねばなりません。
2:防衛力を背景に、思いとどまらせる……抑止態勢(Deterrence Posture)
防衛力整備によって、相手を思い止まらせます。諫止外交とは車軸の両輪の関係です。抑止態勢が無ければ諫止外交はうまくいかず、諫止外交がなければ抑止は相手の思わぬ暴発を招きかねません。
抑止は「懲罰的抑止」と「拒否的抑止」に分けられます。
懲罰的抑止は「そっちがミサイルを撃ったら、こちらからも撃ち返すぞ」という懲罰的反撃をチラつかせて、思いとどまらせることです。拒否的抑止は「ミサイルを撃ってきても、無効化するから、そっちの政治的目的は達成できませんよ」と言い切れる防御力を整備することです。
日本の防衛力が整備しているのは拒否的抑止のみです。懲罰的抑止力は憲法に抵触する恐れがあるため、日本は保有していません。そのかわり米軍に依存しています。「日本が盾、アメリカが矛」と言われる役割分担です。
3:ミサイル発射基地を叩く……拒否能力(Denial Power)
3〜5は抑止が失敗し、相手が弾道ミサイル発射を決意した後の対抗策です。
まずは「ミサイルの発射」という事態を拒否すること。発射前にミサイルの基地等を攻撃して破壊し、撃てないようにします。防御目的で攻撃をかけることから、攻勢防御(Offensive Defense)と呼ばれる方法です。
これが「敵基地攻撃能力」と呼ばれ、時折議論になるものです。ですが現実的に考えて、日本が可能ないかなる敵基地攻撃能力を保有したとしても、それだけで十分、といえるほどの効果は得られないでしょう。
北朝鮮のノドンは牽引して運び、基地以外からでも撃てるので、仮に日本が敵基地攻撃能力を持ったとしても、その全てを発射前に叩くことは不可能です。たとえアメリカが全力を挙げて攻撃をかけたとしても、一つ残らず潰すことはできません*1。ましてアメリカと違い、J・STARS*2を持たず、大規模な対地爆撃能力も持たない*3日本に完全な攻勢防御は無理です。
09年4月5日の件のように基地から発射されるミサイルに対しては、巡航ミサイル等の装備をいれれば発射前に叩ける可能性はあります。ですがその場合、面子を潰されて政治的窮地に追い込まれた相手側の暴発を招きかねません。それを承知で日本政府がリスキーな先制攻撃に踏み切れるかというと、難しいでしょう。また、この「自衛のための先制攻撃」は国際法上では認められていますが、日本の場合は憲法に抵触するとされる可能性が非常に高いので、その意味でも実現困難ではないでしょうか。
よって、日本がトマホーク巡航ミサイル等を導入したとしても、少なくとも先制による攻勢防御手段としてはあまり意味をなさない*4のではないかと考えられます。これについては今度、記事を改めて書きます。
4:ミサイルを空中で打ち落とす……防衛機能(Defence capability)
ミサイル発射が防げないにしても、空中で撃破、無力化してしまう方法です。日本が導入しているミサイル防衛(MD)はこれにあたります。この方法は積極防御(Active Defence)と呼ばれます。
大気圏への再突入前に撃破してしまえば、ミサイルに大量破壊兵器(WMD)が積まれていても無効化できます。化学・生物兵器が搭載されていても、大気圏で燃え尽きてしまいます。核兵器が積んであっても、壊してしまえば核分裂反応は起きません。アニメや漫画では、空中で撃破された核ミサイルが核爆発を起こす表現*5がありますが、あれはただの演出*6で、実際は迎撃で核爆発が起きることはありません。
大気圏への再突入後の撃破になったとしても、上空高くで破壊すればほとんど無効化できます。弾頭に何が積んであったとしても上空で広範囲に拡散してしまえば被害は少なくなります。破片は落ちてきますが、次に説明する被害極限策をとっていればさらに被害を抑えられます。運がよければ、死者をださないこともできるかもしれません。
5:ミサイル落下のダメージを少なくする……被害極限(Damage Confinement)
消極防御(Passive Defense)と呼ばれる手段です。全ての手段が失敗し、日本国内にミサイルが着弾した場合、そのダメージを押さえ込むのです。ミサイルが都市に落ちた場合、市民が普通に路上を歩いているのと、地下鉄などに避難しているのでは、被害が全く違ってきます。着弾を想定してあらかじめ警察が市民を避難させ、消防が待機していれば、死傷者の命を救えるし、出火による二次被害も抑えられます。
被害極限の効果はイスラエルが証明しています。湾岸戦争時にイスラエルはイラクから39発の弾道ミサイル攻撃を受けました。しかし
- 攻撃が夜間・早朝だったので国民のほとんどが建物の中にいた
- 各家庭がシェルター(地下又は浴室)を準備してそこに一時避難した
ために、被害が極限され、死者を17人に抑えることに成功*7しました。*8
日本でも国民保護法がようやく作成され、様々な地方自治体で訓練が行われ始めています。
内閣官房 国民保護ポータルサイト
「弾道ミサイルの5D」の相乗効果による防御
以上の1〜5は頭文字をとって、弾頭ミサイル対策の5Dと呼ばれます。この5つは、どれか一つあればOKというものではありません。5つのDをバランスよく揃え、相乗効果を発揮することが必要です。5Dのうち一つだけを挙げてその無意味を論じる議論も、別の一つを指して万能のように称揚する意見も、ともにバランスを欠いていると言うべきでしょう。
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参考文献
*1:湾岸戦争の戦訓。まして北朝鮮の地形はイラクと違い、起伏に富む
*2:地上目標を観測する管制機
*3:空自は対地攻撃訓練もしていますが、対艦攻撃に超特化しています
*4:ただし限定的ながら反撃能力は確保できるので、抑止力は上昇すると考えられる
*5:「ミサイルの中に核が? やるな、ブライト」 from逆襲のシャア
*6:宇宙空間で爆発音がするようなもの。映画監督も実際にそうならないことは分かっているが、リアルに描くと絵にならない
*7:「より小さく悪い」と喜ばしい、という発想は、なぜか日本では受け入れられにくいようです
*8:当時はパトリオットPAC2の配備による迎撃効果が宣伝されましたが、実際には弾道ミサイル対処能力をほぼもたないPAC2の迎撃はほとんど失敗していたことから、奏功したのは被害極限措置の方だったといえます。