リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

フランスの核戦略

フランスは1960年代、ドゴール将軍の強力な指導のもと、核武装を行いました。

といっても、アメリカやソ連と同じくらい大量の核兵器を持つことは不可能。そこで米ソに劣る核戦力でも核抑止力を得られる戦略理論が立案されました。

比例的抑止理論

それがガロアによる「比例的抑止」理論です。この理論は後に多くの中小国が採用する核戦略、それらの基礎となりました。ガロアの理論を端的に説明しているといわれるのが次の一文です。

「もし、1956年11月、ハンガリー政府がソ連に打ち込める三発のヒロシマ型原爆を保有していれば、この報復の核脅威の故に、モスクワはブタペストと交渉せざるを得ず、この二国間には新たな暫定合意が生まれたであろう」

56年11月といえばハンガリー革命(ハンガリー動乱)です。ソ連の傀儡国家だったハンガリーで革命が起こり、親ソ政権が倒れた、と思われました。革命によって倒されたスターリン像はそれを象徴しています。

ソ連はそれを嫌い、軍隊をハンガリー領内に侵攻させました。民衆たちの動乱はたちまち鎮圧され、ハンガリーには再び親ソ政権がたてられました。他国の革命に武力介入し、力ずくで政権を作り変えたのです。

もしハンガリーが核攻撃能力を持っていれば、ソ連はその使用を警戒して侵攻できなかっただろう、というのがガロアの主張です。これには説得力があります。

ある程度の核兵器があれば、中小国でも大国と対等になれる

ネオリアリズムの理論を作り上げたケネス・ウォルツは、核兵器の数には「飽和点」があるといいました。そして飽和点の概念をもちいて比例的抑止を説明しました。

この飽和点を過ぎると、信頼できる核抑止体制が整備されるのである。飽和点に達した国家の間では、超大国が核兵器によって中等国家を破壊する能力を持っていても、超大国自身も中等国家の保有する数十基から数百基の核兵器の報復攻撃を受けることになる。すなわち、飽和点に達すると、中等国家と超大国の軍事バランスは対等になるのである。

超大国の核とのリンケージ

フランスの核戦略は最終的に、比例的抑止が成立するだけの量の核兵器を自前で持つだけではなく、それをアメリカの核とリンクさせることに落ち着きました。リンケージの考え方はイギリスでも採用されていますね。

なぜリンケージが必要かといえば、比例的抑止だけでは超大国(ソ連)の限定目標侵略に対して抑止が効かない可能性があるからです。ソ連は「フランスを全面征服しようとすれば、フランスは核反撃にでるだろう」と考えるため、全面戦争は抑止可能なはずです。しかし、限定目標侵略…領土の一部だけとか、一定の条件をフランスに飲ませるこを意図しての条件闘争とか…の場合、フランスは自国の生存がかかっているわけではないので、核の先制使用に踏み切れない、とソ連が考える恐れがあります。よって限定目標侵略には、フランスの核だけでは抑止が効かないと考えられたわけです。

よってアメリカと同盟を組み、西側陣営のエスカレーション戦略、その一部にフランスの核を位置づけることが求められました。

補足

先日、北朝鮮が核実験を行いました。北朝鮮は核保有国として認められることを目指しています。彼らの意図は、ウォルツのいう「飽和点」まで核戦力を整えることだ、という風に理解できるでしょう。すなわち、ガロアの言い方を借りるならばこういうことです。

「もし、将来アメリカが北朝鮮に武力侵攻をしようとした時、北朝鮮がアメリカに打ち込める数基の核ミサイルを保有していれば、この報復の核脅威の故に、ワシントンは平壌と交渉せざるを得ず、この二国間には新たな暫定合意が生まれるであろう」

また、リンケージという考え方は、日本の核武装の可能性を論じる時に意味をもってくるでしょう。日本の核武装論者にはなぜか反米的な姿勢の方が多く、そのさらに一部では「核武装によってアメリカと縁を切る」かのような議論がなされる場合があります。*1ですがそのような議論は、超大国の核とリンケージしない核戦力では限定目標侵略に対応できない、ということを無視している点で、フランスの核戦略に比べて穴があるといえるのではないでしょうか。

ただしリンケージの理論は、対立する二つの超大国が存在していることを前提としている部分があるので、今日以降の世界においてどのように適用されるべきかは、さらに別の検討が必要かもしれません。

*1:そういった議論が核武装論者の中でさえ少数派であることは承知しています