リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

敵基地攻撃論が「予防的先制攻撃」でないことは10年前から明らかだった

先のエントリ日本国憲法は意外と先制攻撃を認めている - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶについて続報が出ましたので、補足します。

「先制攻撃」エントリのまとめ

先のエントリで私は、麻生総理が敵基地攻撃の適法性を述べたことへのマスコミ報道を引用し、これを批判しました。

日本国憲法は意外と先制攻撃を認めている - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

麻生太郎首相は26日夕、北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃を想定した敵基地攻撃能力について「一定の枠組みを決めた上で、法理上は攻撃できるということは昭和30年代からの話だ」と述べ、法的には可能との認識を示した。 敵基地攻撃、法的に可能=能力保有には言及せず−麻生首相(時事通信) -
麻生首相ぶら下がり詳報】「敵基地攻撃、法理上はできる」(26日夜)

これに対し以下のことを論じました。

  1. 政府の憲法解釈で認めている「敵基地攻撃」はいわゆる先制攻撃(真珠湾奇襲みたいな)とは違う
  2. 敵地攻撃は「予防攻撃」「攻勢防御*1」「反撃(反抗策源地攻撃)*2」の三つに分けて考えないとダメ
  3. 「攻勢防御」「反撃(反抗策源地攻撃)」については政府の憲法解釈と国連憲章で認められている

よって麻生答弁の「敵基地攻撃」を「先制攻撃を想定した…」と呼ぶのは不適切です。法理上で可能とされているのは攻勢防御と反撃です。これらは敵が弾道ミサイルの発射に着手したのを確認した上での敵地攻撃を指します。


他方、「先制攻撃」という言葉は一般的に、真珠湾奇襲みたいな、こちらから戦争をしかける、という意味で用いられています。これは厳密にいうと「予防攻撃*3」といい、国連憲章で禁じられています。

よって、政府の閣僚級以上が述べている「敵基地攻撃」は、いわゆる「先制攻撃」とは異なります。それなのに「先制攻撃を想定した…」などと評するのは不適切で、誤解を招きます。

特に海外からこれを見れば、予防攻撃の検討をしているのかと思われ、誤解を招きます。また、日本が侵略主義だという政治宣伝に使われる恐れもあります。

自民党が「予防的先制攻撃は行わない」と明記

常々拝読している「週刊オブイェクト」のJSF様から引用とトラックバックを頂きました*4。JSFさんのように博識な方にご笑覧、ご紹介をいただくとは光栄です。ありがとうございます。

中国海軍・張召忠少将「アメリカは日本に先制攻撃能力を与えたりしない」 : 週刊オブイェクト

そこで知ったのですが、自民党は09年6月9日、敵基地攻撃能力は持つべきだが予防的先制攻撃は行わない、という文章を作成したそうです。

核実験と弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮を念頭に、予防的先制攻撃は行わないと明示した上で敵基地攻撃能力の保有を打ち出した

表示できません - Yahoo!ニュース

これによって「予防攻撃」ならびに「いわゆる先制攻撃」と、日本が憲法解釈で可能としている敵基地攻撃は別物であることが文書で表明されたといえます。これは適切な処置でしょう。

ですが、これによって海外や国内からの誤解が解けるかというと、必ずしもそうではないんじゃないでしょうか。

予防攻撃」は敵基地攻撃論に含まれないことは、10年前から明らかだった。

90年代に北朝鮮がミサイル発射を行ったことを受けて、野呂田防衛庁長官(当時)が敵基地攻撃の法的可否について答弁しています。

日本に被害がでていない段階においても敵基地の攻撃が可能であるかという質問に対し

「我が国に現実の被害が発生していない時点であっても、我が国としては自衛権を発動し、敵基地を攻撃することは法理的には可能である」

と答弁がなされました。

しかしこれによって、いわゆる先制攻撃が法理的に可能、という趣旨との誤解が生じました。そのため99年3月9日の参議院外交・防衛委員会において、彼は再び答弁を行い、先制攻撃についての厳密な政府見解を示しています。野呂田氏はここで

「先制攻撃というのは、武力攻撃のおそれがあると推量される場合に他国を攻撃するわけでありますから」という定義を用いて、

私が先制攻撃ができると言ったというお話があります。これは専ら報道、ある一紙がそう書いてくれただけでありまして、私は先制攻撃が許されるなんということは一回も言っておりません。憲法上も自衛権行使の三要件というのはきちっとあるわけでありまして、その場合に、我が国に対する急迫不正の侵害がある場合には、我が国としては侵略国が我が国に武力攻撃に着手した場合は反撃できるという昭和三十一年の政府統一見解を引いて、法理上はできると言ったのでございますが、先制攻撃ができるなんということは一つも議会でも申しておりません。
外交・防衛委員会 議事録 3号 平成11年03月09日

と明言しています。ここで野呂田氏が用いた先制攻撃の定義は「予防攻撃」に該当します。よってこれ以降政府が公式見解で「先制攻撃」という語を使った場合、「先制攻撃=予防攻撃」を意味する、と解すべきなのです。そしてそれは違憲であり、憲法で認められていると解される敵基地攻撃に含まれない、というのが政府見解です。

しかし敵の武力行使着手をみて後の先を制する攻勢防御までも「先制攻撃」と解してマスコミに報道され、誤解を招いたそうです。

政府がいう「先制攻撃」は敵基地攻撃に含まれないことは2006年にも確認済み

このことは2006年に再び確認されています。

安倍晋三官房長官(当時)は、敵基地攻撃論がマスコミや韓国から「先制攻撃論」と誤解されたことを受けて、以下のように政府公式見解を再び表明しています。

安倍官房長官は12日夕の記者会見で、弾道ミサイル攻撃などを防ぐための敵基地攻撃能力の保有論について、「相手が武力攻撃に着手していない時点で自衛権を発動するかのような、『先制攻撃論』を議論しているとの批判があるが、全く当たっていない」と述べ、先制攻撃ではないとの考えを強調した。

 政府は、敵国が日本を攻撃する意図を表明し、弾道ミサイルに燃料を注入するなど「武力攻撃の着手」段階で、敵基地攻撃が可能との見解を示している。安倍長官は「現実問題として(ミサイル発射など武力攻撃の)着手を判断するのは非常に難しい。結果として、(日本に)着弾し、被害が発生後(に対処する)という可能性が当然高くなる」と語った。

 安倍長官らの発言を「先制攻撃論」とする韓国政府などの批判については、「(記者会見を)しっかり聞いてもらえば、誤解が起こる可能性はない。(先制攻撃と)発言してないのに、あたかも発言したかのごとく議論し、批判していることに戸惑いを感じている」と不快感を示した。

2006.07.13 読売新聞 東京朝刊 4頁

このように野呂田、安倍の両氏が繰り返し表明した政府見解では

  1. 敵基地攻撃…法理的に可能

としながらも、具体的には

  1. いわゆる先制攻撃(予防攻撃)…不可
  2. 攻勢防御…可
  3. 反撃…可

という立場で一貫しているのです。

そしてそれを報道するメディアや、それを受けて反発する韓国などの外国政府もまた、「敵基地攻撃=先制攻撃=予防攻撃」と誤報と誤解で一貫しているようです。

何度表明しても「敵基地攻撃=先制攻撃=予防攻撃」と誤報・誤解されてきた

以上のように、政府の用法では「先制攻撃」と「敵基地攻撃」は全然違うものだとされています。このことは10年の間に二度も公式に答弁され、確認されています。

特に安倍氏の答弁は、わずか3年前のことです。

このように重ねて表明されてきた政府見解と、そこでの「先制攻撃」の定義を全く無視したのが、先月のマスコミ報道とそれに乗っかった批判でした。

北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃を想定した敵基地攻撃能力について
麻生首相ぶら下がり詳報】「敵基地攻撃、法理上はできる」(26日夜)

という風に、先制攻撃を通俗的に解して攻勢防御と予防攻撃を区別せず、
政府見解で先制攻撃といえば予防攻撃を指すという野呂田答弁を無視し、
適法な「敵基地攻撃」に「先制攻撃=予防攻撃」は含まないというたった数年前の報道も忘れて、

まるで反省なくミスリードの言論が飛び交わされたのでした。それを惹起した時事通信らマスメディアは、軍事的知識に疎いだけならばまだしも、数年前に自分で報道した内容も無視して、ふたたび曲解を報道したといわれても仕方がないでしょう。

このように何度答弁しても誤報され続けたからには、今回文書で「予防的先制は行わない」と明記されたとはいえ、ただちに誤報が発生しなくなるとはちょっと思えないですね…。マスコミに政府のスピーカーになれというわけではありませんが、まずは政府の言い分を正しく伝えた上で、それに正対した批判を行って欲しいものです。

*1:敵の武力攻撃着手を確認し、後の先をとってそれを攻撃すること

*2:敵の攻撃が日本の国土国民に及んだ後、第二撃を防ぐために敵の拠点を攻撃すること

*3:まだ武力行使は発生していないが、いずれは自国を攻撃してくるおそれがあるので、それを予防するために行う攻撃

*4:もしやいつもの的確な突っ込みを頂いたのかと思って一瞬ビビりました