リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

北朝鮮のミサイル発射直前に韓国は先制攻撃する

北朝鮮への自衛的先制攻撃の能力整備をふくむ国防計画を韓国が発表したそうです。

国防部は有事時、北朝鮮が核や弾道ミサイルなどの大量破壊兵器を発射する際、その前に打撃できる能力を備えられるよう能力を高める計画を発表した。
国防部は26日に発表した「国防改革2020調整案」で「核、弾道ミサイルなど北朝鮮の非対称的脅威を敵(北朝鮮)地域で最大限遮断・除去するために精密な打撃・迎撃能力を拡充する計画だ」と明らかにした。

国防部「北核・ミサイル発射直前に打撃」 | Joongang Ilbo | 中央日報

日本より韓国の方が北朝鮮の脅威を受けている

韓国は日本以上に、北朝鮮の脅威にさらされています。日本より北朝鮮に距離が近いためです。日本にとって北朝鮮の脅威はノドンなどの中距離弾道ミサイルが中心です。ですが韓国の場合、より短距離のミサイルや大砲など数多い脅威にさらされています。陸上部隊の侵攻が日本よりはるかに深刻な脅威であるのは言うまでもありません。

首都ソウルが南北国境に近い、という問題がこれらの脅威をさらに悩ましいものにしています。日本に例えて、東京のすぐそば…さいたま市や横浜市が北朝鮮の数百門の大砲とミサイルで狙われている、と考えれば脅威のほどが想像できます。「撃たれてから反撃する」つもりでいたのでは、初撃で被る損害が大きすぎるのではないか、という懸念が生まれるのも無理はありません。

それらの事情のため、北朝鮮のミサイルや大砲を早期に破壊することはとても重要です。大砲が砲弾を発射する前に、ミサイルが打ち上げられる前に、できる限り数多く撃破してしまいたいところです。

そのためこのほど、先制打撃の能力を整備していくことが明言されました。

韓国が整備を計画する敵基地攻撃能力 ミサイルと大砲を先制打撃で破壊する

韓国の中央日報紙によれば、整備が計画されている能力は以下の通りです。
まずは対ミサイルの装備から。

調整案によると北朝鮮が核または弾道ミサイルで韓国を攻撃する兆しが見えれば

▽多目的実用衛星、偵察機、無人偵察機、弾道弾早期警報レーダーなどで監視偵察
▽F−15Kと合同遠距離攻撃弾などで(先に)精密打撃
▽それでも韓国に飛んできた北朝鮮のミサイルは海上迎撃誘導弾と地上パトリオットミサイルで迎撃する

−−という概念を盛り込んだ。またミサイルが韓国地域に落ちた場合に備え、個人及び部隊別に防護体系を強化するなど、4段階で対応する。

国防部「北核・ミサイル発射直前に打撃」 | Joongang Ilbo | 中央日報

このように多重的なミサイル防御の計画です。まずできる限り敵地でミサイルを破壊して、それで破壊し切れなかったものを迎撃ミサイルで打ち落とす、それで打ち落としきれなかったミサイルの被害を減らすため防護体系を強化する、ということです。

また、南北国境付近から撃ち込まれる大砲についても、先制打撃でこれを破壊する能力の整備がうたわれているそうです。

韓国の「国防改革基本計画」では、北朝鮮のミサイル基地への先制攻撃だけでなく、軍事境界線(MDL)近隣に集中的に配置された北朝鮮の170ミリ自走砲と240ミリ放射砲による威嚇に備えて標的探知から打撃までの能力を拡充することも謳われている。無人偵察機や対砲兵探知レーダー、特殊戦チームなどにより長距離砲の発射兆候を探知し、F-15Kに搭載した空対地ミサイルとK−9自走砲、統合直接攻撃弾(JDAM)、GBU-24などで精密打撃する計画のようである。

高峰康修の世直し政論:韓国、「国防改革基本計画」に先制攻撃を明記

北朝鮮がミサイル等の発射に着手したとき、これを先制打撃するのは自衛の範囲

このように「先制攻撃」の能力整備が計画されていますが、これは北朝鮮が攻撃に着手した直後の打撃するものです。これは形としては「先制攻撃」ですが、国際法の主流解釈では自衛の範囲内とされています。

国連憲章は自国に対して「武力の行使が発生」した場合、これに対処して反撃することは自衛の範囲だとしています。正当防衛だからです。

どの時点で「武力行使の発生」と見なせるのかは、難しい問題です。これについては3つの説があるそうです。

1:自衛権の行使に武力攻撃の発生を待つ必要はないとして、広く先制的自衛の権利をみとめる(バウエット、ウォルドック、マクドゥーガルら)

2:武力攻撃がなされた後では破壊的な結果となる恐れがあるので、憲章51条の「武力攻撃の発生」という要件を広くとらえ、「武力攻撃の目的をもつ軍事行動が開始された場合」には自衛権の発動が可能という解釈(田岡、シン、ディンシュタットら)

3:相手国の意図を完璧に知ることはできないし、攻撃の急迫性は主観的に判断され濫用の恐れがあるので、「武力攻撃が実際に行われた後」でなければ自衛とは認められない、という解釈(エイクハースト、ブラウンリー、ヘンキンら)

この中でもっとも抑制的な第三派の意見を採るにしても、北朝鮮のミサイル攻撃をその発射前に先制打撃することは自衛の範囲内と見なしえます。第三派のブラウンリーの見解には「使用準備の整った長距離ミサイルが存在することによって、問題全体が極めて微妙なものになり、攻撃と急迫した攻撃の差は、この場合無視してもよかろう」*1という主張があります。またミサイル以外の場合でも、敵の「武力攻撃の開始」まで待つ必要はあるにしても「被害の発生」まで待つ必要はありませn。

要するに、こと弾道ミサイルの場合に限っては、これを先制打撃で可能な限り破壊することは、侵略ではなく自衛の範囲と認められえます。これを「先制的自衛」といいます。

このことについては以前に拙ブログでも採り上げ、多くのご反響を頂きました。
日本国憲法は意外と先制攻撃を認めている - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

トマホークを買えば敵基地攻撃可能、ではない

今回、韓国の発表した計画は日本にとっても参考になるのではないでしょうか。特に韓国が衛星などの「偵察」能力と、先制打撃や迎撃で撃ちもらしたミサイルに対する「被害極限」措置も計画していることは注目すべきでしょう。

日本で敵基地攻撃というと「トマホーク巡航ミサイル」などの攻撃手段ばかりが論じられるように思います。また「敵基地攻撃能力を持ったからといって全てのミサイルを破壊できるわけではない」ことを、当たり前の事実として認められていないむきがあるように思います。

攻撃には事前の偵察と、事後の戦果確認が不可欠です。

またトマホークは万能ではなく、イラク戦争時の米軍でさえイラク軍のミサイルを約50%破壊するのが精一杯でありました。かといって攻撃に意味がない、というわけではありません。可能な限りのミサイルを発射前に破壊することで、ミサイル防衛が飽和することを防ぐことができるからです。

トマホークなどの敵基地攻撃能力は全体の防衛戦略、その一部に過ぎません。よって全体的なミサイル防衛のビジョンの中で位置づけて論じられる必要があります。

このような意味で、自由民主党中央政治大学院研究員の高峰氏の指摘は正鵠を得ている、と思います。

防衛戦略を考えるには、このように有機的に各部が連関し合うよう計画すべきものだが、我が国では、単一の事象に注目しすぎるきらいがある。敵基地攻撃能力保有論にしても、全体の中での位置づけをもっと明確にしながら論ずるべきであるように思われる。そういう意味でも、先ほど、韓国の取り組みは参考になるのではないかと書いたのである。

高峰康修の世直し政論:韓国、「国防改革基本計画」に先制攻撃を明記

*1:Brownlie,op.cit.supra n 15,p.368.See also Henken,op.cit.supra n.15, p.144.