リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

平和と軍事の関係が一目でわかるピースボートの写真 

数多久遠さんのところで紹介されていたので私も便乗してみます。


この写真は、ソマリア沖でピースボートの船を護衛する海上自衛隊の艦艇の姿です。

この写真を公開した大石英司先生(リンク)によると、こういうことです。

これは機密写真でも何でもなく、ご覧のように、パネル写真として、海自がとある所で一般公開しているものです。ただし海自のサイトにはまだないみたいだし、広報としてメディアに流されてもいないらしいです。

嗚呼、艨艟のピースボート!: 大石英司の代替空港

ピースボートが海上自衛隊の護衛を受ける

2ヶ月前、ピースボートがソマリア沖で海上自衛隊の護衛を受けたことがニュースになりました。

なぜこれがニュースになったかというと、ピースボートは後述のように昔から自衛隊に批判的で、しかもソマリア沖派遣が憲法九条の精神に反するとする反対声明に加わっているからです。その声明はこちら。

小型の火器しか持っていない漁民などの「海賊」に重武装した自衛艦による軍事行動を対置するのは、憲法第9条の精神に真っ向から反するものと言わなければならない。

海賊対策に名を借りた憲法違反の派兵法「海賊処罰取締法」に反対する。
武力で平和はつくれない。軍艦の派兵ではなく、平和的な民生支援を。

http://www.annie.ne.jp/~kenpou/seimei/seimei113.html

その後、ピースボートの船が海賊が出没するソマリア沖を通過することとなりました。そこで

海賊対策のためアフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の船旅の旅客船を護衛したことが13日、分かった。

事務局の担当者は「海上保安庁ではなく海自が派遣されているのは残念だが、主張とは別に参加者の安全が第一。(旅行会社が)護衛を依頼した判断を尊重する」と話している。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090514/plc0905140140001-n1.htm

ということでした。海自としては護衛する船が一隻増えただけのことですが、ニュースとしては面白かったため、はてなブックマーク他各所で大きな反響を呼びました。

はてなブックマーク - ピースボート護衛受ける ソマリア沖 - MSN産経ニュース

拙ブログでも採り上げたところ、ご反響を頂きました。
ピースボートと自衛隊の平和な関係 〜カンボジアPKOの場合〜 - リアリズムと防衛ブログ

なぜ国家は武力を持たざるをえないのか?

国際社会で一国を平和に豊かにたもつためには、武力によって自分の身を守ることが最低限必要です。むろん力だけで事足りるわけではありませんが、平和という建築物を下支えする目立たない土台として、防衛力は不可欠な機能を果たしています。

なぜなら国際社会には警察がいないからです。国内社会と異なり、国際社会には統一の政府がなく、ために統一の警察がありません。警察がいなければ社会に泥棒、恐喝や殺人(略奪、恫喝や侵略)が発生したとき、それらから無条件に住民(世界各国)を守ってくれる力がありません。よって国際社会の住民たる世界各国はそれぞれ軍隊をもって自衛し、有力な国々が協力関係をつくってようやく秩序を保っています。

特に豊かな国は、自らを守る努力がより必要になります。金持ちの方が詐欺や強盗に狙われ易い、という道理です。

「もし、金持ちが無防備でいるなら武装した夜盗の餌食だ」
マキャヴェッリ

(以下、7/15追記)
ソマリア沖に各国が軍艦なり何なりの実力組織を出さねばならないのは、ソマリアに安定した統一政府が立っていないからです。ソマリアが無政府状態でなければ、ソマリア海軍やソマリア海上警察といった組織がつくられ、海賊を取り締まってくれるはずです。ですがそれがないので、世界各国が海軍なり何なりの実力組織を出して、海賊の暴力から実力でもって民間船を守り、とりあえずの対処としています。*1

周囲が無政府状態なので軍隊、自衛隊、警察といった暴力機構に守られる必要があるという点で、ソマリア沖を通行する民間船舶たちと、国際社会に生存する世界各国の間には、共通点があります。
(以上、追記)

ピースボートとソマリア漁民の対称、イルカと護衛艦の関係

警察のいない世界で、金持ちが豊かに平和を楽しめるのは、それを影ながら守る防衛努力があればこそです。

防衛省のサイトによれば、自衛隊がピースボートを護衛したのは5月11日から13日の3日間と推測できます。(参照)この間、ピースボートの船上では何が行われていたのでしょう。ピースボートの公式サイトにある「海上のヒトコマ」によれば、紛争と教育問題のセミナー、バーからのラジオ放送、メイクアップのワークショップ、洋上大運動会などがあったようです。(11日12日13日

また、偶然のイベントとして、船上からイルカが見えたのだとか。

「ただいま、イルカがご覧いただけます」
――午前中の船内に流れたこのアナウンスに、参加者はいっせいにデッキへ。
「どこ?どこ?」「ほら、あそこ!」「あっ、いたいた!」指さす先を見てみると…。

本船に併走するように、イルカが! ぴょん、とジャンプすると、デッキからは大歓声が。
今日、私たちの前に現れたのは3頭のイルカさん。
残念ながら、2,3分ほどで見えなくなってしまい、見逃した、という方もいらっしゃったよう。
長旅ですから、またどこかで会えるといいですね。

http://www.peaceboat.org/cruise/66th/life/21.html

楽しそうでいいですね。私はイルカを水族館でしか見たことがないので、羨ましいです。

なお13日に開かれた船上運動会の優勝商品は「洋上居酒屋・波へい1時間飲み放題チケット」とのことです。そのころ近くの陸地には食い詰めて海賊稼業に手をだすソマリアの漁民たちがいたはずです。これを何かの縮図のように感じてしまったとしても、必ずしも穿ち過ぎではないでしょう。

そういう無政府状態のところを通って「無防備な金持ちが、武装した夜盗の餌食」とならないため、ピースボートの船から少し離れて、2隻の護衛艦が周囲を警戒していたはずです。船内でメイクのワークショップや運動会が行われている頃、近くを航行する護衛艦内ではレーダーと水平線に目を凝らす隊員の姿があったはずです。

護衛艦さざなみ

護衛の甲斐もあってか、幸い旅客船は海賊に遭わず、無事に地中海へ抜けていきました。

日本国もまた一隻のピースボート

ピースボートが自衛隊の護衛を受けたことは各所で半ばネタ的に批判されたようです。確かにいささかおかしみを感じさせるニュースではありました。ですが考えてみれば、いやいや、笑うばかりではなるまいぞ、とも思います。

米国の核の傘の下で憲法九条が大切と言う私たちには

笑えない話ですだ

「ピースボート」の検索結果 - finalventの日記

とfinalventさんも書いておられます。

金持ちと盗賊の例でいえば、日本は間違いなく金持ちにあたります。不景気とはいえ、世界のなかで比較すれば未だにかなり豊かな国です。しかもユーラシア大陸にフタをするように位置し、無資源とはいえ要所の土地を占有しています。つまりは「武装した夜盗」同然の国々やテロリストに狙われ易い富裕国です。

にも関わらず日本が泰平を楽しんでいられるのは、抑止力を維持している自衛隊と日米同盟によります。金持ちが夜盗の害を受けずにいられるのは、理由がないことではありません。

ですがそのような防衛努力の存在は、ふだん、ほとんど意識されません。

ソマリア沖の自衛隊も同様だったみたいです。ピースボートの公式サイト「船上のヒトコマ」には、イルカ3頭が見えたことは書かれていても、同様に船上から見えたであろう2隻の護衛艦のことは一言も書かれていません。船上で心楽しく運動会やバーを満喫しんでいるとき、少し離れて同行している護衛艦に思いを致したりはしなかった、ということかもしれません。

それはそれでいいのです。自衛隊や軍隊が頼りにされるのは有事の時です。ですが平和愛好国にとって、防衛の目的は戦争を未然に防ぎ、平和を維持することにあります。自分を守る武力の存在など意識しない、まったく平和な時間のために、防衛努力はあります。

ソマリア沖を航行したピースボートは、あまり意識しなかったかもしれませんが、護衛艦に守られていました。

日本列島という巨船に乗って国際社会を航行している日本の住民全員もまた、あまり意識しませんが、その平和の周囲には日夜の防衛努力が存在します。

そのような平和と軍事の関係に思いを致させる写真です。


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*1:長期的にはまた別種の体質療法が必要でしょうが