年末の防衛大綱(自衛隊の基本方針を定める文書)改訂に向けて、陸上自衛隊の改革案がまとまりました。陸自創設以来の大改革です。一時は財務省の横槍によって極端すぎる案が出されましたが、最終的には妥当な形に落ち着きました。今回出されたアイデアの通りに進めば、この改革によって「統合運用」がさらに推進されるでしょう。つまりこの改革案で、陸・海・空の三自衛隊のチームプレーが良くなる、ということです。
この改革は陸自について予備知識がないと意味が分かりにくいので、会社組織に例えて解説してみてみます。*1
陸上自衛隊、創設以来の大改革
陸上自衛隊の組織改編案の全容が28日、明らかになった。全国に5つある方面隊のうち、…東部方面隊(東方)を廃止する一方、…第1師団を「首都防衛集団」に改編…。残る4方面隊を一元的に指揮する「陸上総隊」を新設、調整や運用を効率化する。
ページが見つかりません - MSN産経ニュース
産経新聞ほかが報じているこの改革案ですが、ポイントは3つあります。
- 東部方面隊をベースに「陸上総隊」を設立
- 東部以外の「方面隊」は据え置き
- 第一師団を「首都防衛集団」へ
このエントリーでは重要な1点目と2点目をとりあげます。3点目は前二点の改革に付随するものだし、これまで行われてきた改革の延長線上なので、このエントリーでは省きます。
「陸上総隊」の創設で、陸上自衛隊に「東京本社」ができる
陸上総隊の設立は、会社に例えれば「東京本社」ができるようなものです。これまでの陸自には、支社はあっても本社がありませんでした。
(現在の統合運用体制。陸幕発行「イノベーション2020」より引用)
上の図は自衛隊の編制図です。防衛大臣の下に三自衛隊があるのが分かります。防衛大臣は統合幕僚長(統幕長:自衛隊で一番えらい人)を通して、三自衛隊を指揮します。*2
防衛大臣が緊急時に海自を指揮するときは「自衛艦隊司令部」に、空自を指揮するときはふつう「航空総隊司令部」に命令をだします。両司令部は、海空の実戦部隊をほぼ全て指揮下においています。(海自の地方隊を除く)*3海空の実戦部隊を動かすときは、ふつう命令の伝達先が1ヵ所でいい、ってことがポイントです。
ところが陸自の実戦部隊を指揮するときは違います。中央即応集団と東部・西部らの方面隊、あわせて5ヵ所にそれぞれ命令を出さないといけません。*4海空のように全部隊を一元指揮している司令部が、陸自にだけ無いからです。
今回だされた改革案では、いまの方面隊と中央即応集団の上に「陸上総隊」を設けます。陸の全部隊を指揮下におく司令部です。これなら防衛大臣は陸上自衛隊に命令をだしたとき、陸上総隊司令官という一人に命令を出せばOKです。各方面隊への仕事を割り振りや調整は、陸上総隊司令部が考えてくれます。
会社に例えれば、こうなります。日本全国に店舗をもっている、コンビニか何かの会社だと思ってください。
○現状
社長 → 関東支社/九州支社/北海道支社など6つの支社 → 各店舗
○改革案
社長 → 東京本社(新設) → 各エリア支社 → 店舗
関東支社を東京本社(陸上総隊)に格上げして、各支社を統率させる。これが今回の案です。これの何がメリットなのかは後述します。
東部以外の「方面隊」は据え置き
数ヶ月前のニュースでは、陸上総隊を設立するかわりに、従来からある方面隊は全て廃止するというアイデアでした。その案では陸上総隊が全国の師団を直に指揮する予定でした。
○方面隊全廃案の命令系統
・防衛大臣 → 陸上総隊 → 師団以下
ですが今回、陸上総隊は設置するけど、方面隊も存続する、という案になりました。
陸自がまとめた改編案は、陸上総隊か、方面隊かの二者択一ではなく、方面隊をスリム化しつつ両者の特徴を生かす折衷案だ。
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「方面隊全廃」案と異なり、陸上総隊と各師団とのあいだに方面隊が残る、というのは今回の案です。会社に例えれば、東京本社(陸上総隊)と全国の店舗(師団)のあいだに「支社長(エリアマネージャー:方面総監)」を挟むかどうか。これがボツになった古い案と、今回の案の違いです。
改革案の狙いは「統合運用」にあり
改革案は「統合運用」を念頭においたものです。ですがこの点は報道では一行しか触れられてないようです。
「統合運用で統幕は陸自とは方面ごとに調整する必要があり、非効率だ」(防衛省幹部)との弊害が解消される。
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これだけでは何のことやら分かりませんね。私の知る範囲で解説してみます。
「統合運用」とは陸海空チームプレーのこと
自衛隊はここ十年近く、「統合運用」の体制づくりを熱心に進めてきました。統合運用とは陸海空が協同して行動するチームプレーのことです。そのために統幕監部を設置したり、防衛大臣の補佐を統幕長に一元化したり、統合任務部隊の設置を可能にするなど、地道な改革を続けてきました。
この「統合運用」の流れを無視して「陸上総隊」を語ることはできません。
陸上総隊の設立は、海空とのカウンターパートを置くため
(産経ニュースより引用)
上で少し触れたように、海空の自衛隊ではほぼ全ての実戦部隊を一つの司令部にまとめています。ですが陸だけはそうではない。これが統合任務の際、問題になります。海・空に対するカウンターパートが陸に無いからです。
そこで海・空と同じように実戦部隊をまとめる「総隊」を置くことで、カウンターパートが明確になります。海空の実戦部隊が陸自と何かを調整・相談したいとき、話を持っていくべき相手が一元化されます。
これによってスムーズに陸海空が協力できるようになる、と期待できます。陸上総隊の設置には大臣からの命令系統をシンプルにするという意味もあります。ですがそれだけではなく、統合運用体制の整備という観点で観る必要があるのです。
その他の論点
陸上総隊は統合運用を推進し、自衛隊の機能性を高めることが期待できます。
他方、この改革についてはいくつか他にも論点があります。
- 陸上総隊を創設するなら、方面隊は廃止すべきではないか? 方面隊維持はポスト確保が目的では?(石破もと防衛相、財務省等の意見)
- 陸上総隊司令官が陸将、方面総監も同格の陸将では問題があるのではないか?
これらの点については追って書きたいと思います。先に結論を書けば、今回出された陸自の改革案は統合運用の推進、そのほかの観点からみて妥当なものではないかと私は考えます。
財務省からの横槍や、政権交代によって、この案はどう転ぶか分かりません。ですが出来るだけ今の案のまま、防衛大綱の改訂と次期中期防(自衛隊の整備計画)に反映して欲しいものです。
参考
北大路機関: 陸上自衛隊五方面総監部廃止の構想 防衛省改革の一環として検討
軍板常見問題「「方面隊を廃止して,陸上総隊新設」案の問題点は?」