リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

日本の国家戦略はジワリと進む

先日は中国の軍事的膨張を軽くとりあげました。今回はそれにたいする日本の動きをとりあげます。

日本は財政の制約から中国への対抗軍拡を行えておりませんが、何もしていないわけではないのです。日本は小泉政権の半ばごろから対中バランシング外交*1を展開しています。

力の天秤


この天秤の左の皿に中国、右の皿に日本を載せたと思ってください。ここ十数年で中国は急激に軍事力を増しました。左の皿が一気に重くなったのです。

急に力のバランスが一気に崩れる、または崩れそうになると、国際社会は不安定になります。最悪の場合は戦争です。そこで国際社会を安定化させる最も古典的な方法が「力の均衡(バランス・オブ・パワー)」を保つことです。一国が急激に強くなった場合、まわりの国は「バランシング」という行動をとります。複数の国で協力体制をつくって、新興の大国とのバランスを取ろうとするのです。

日本の行動としては、右の天秤を左と同じくらい重くすることが考えられます。中国と同じように自分も軍事力を増強するか、あるいは他の国の力を借りるか、またはその両方です。

日本は財政が厳しいし、潜在的な成長力で中国にはるかに及びません。そこで一国ではバランスを保つことができないので、他国と協力したバランシングを試みています。

日米同盟の深化

先日、鳩山首相が訪米しました。オバマ大統領と会談するためです。鳩山政権は日米同盟よりもアジアを重視する政権です。これまでの小泉〜麻生政権を対米追従と批判してきました。

にも拘わらず、そんな鳩山政権でさえ日米同盟をさらに深める、と言っています。

訪米中の鳩山由紀夫首相は…ニューヨーク市内のホテルでオバマ米大統領と初会談した。首相は「これからも日米同盟は日本にとって、安全保障の基軸になる。いかに深化させるかが大事だ」と表明。焦点のアフガニスタンやパキスタンへの支援については、「私たちが何ができるか真剣に考えたい」と述べ…可能な支援を探る考えを伝えた。

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日米同盟をさらに緊密化させる努力はここ10年以上ずっと続いています。ずっと前から同盟しているものを、なぜさらに緊密な同盟に進めようとしているのでしょう。

それには色々な理由があるでしょうが、一つには対中国バランシングの側面があるでしょう。そのためには日本の方からアメリカに色々な点で協力したり、取り決めを作ったりする必要があります。自衛隊をイラクやインド洋に送っている理由です。それによってアメリカを日米同盟にさらに深くコミットさせることができれば、天秤の右側を重くできる、という考え方です。

うまくいけば、天秤の右側に「強化された日米同盟」という新たな重石が乗るでしょう。アメリカ頼み、だけではありません。中国に脅威を感じ出したほかの国とも協力体制を模索しています。

オーストラリアとの安全保障協力宣言

2007年3月に「安全保障協力に関する日豪共同宣言」が調印されました。安倍政権の時代です。戦後日本が安全保障で協力関係を結んできたのはアメリカ相手だけでした。それが戦後60年余りを経て、初めてオーストラリアと協力することになったのです。

この宣言のしばらく前から、日本とオーストラリアはいくつかのことで防衛協力を行ってきました。同じ太平洋国家である日豪は安全保障上の利益が重なっている点が多いし、民主主義国同士でもあるので、協力しやすいのです。

イラクのサマワでは自衛隊が豪州軍によって守られていたし、東ティモールでは日豪が共同でPKO活動を行ってきました。スマトラ沖地震でも日豪が協力して救助活動を行っています。アジア太平洋地域で日本が価値観を共有でき、協力できる友好国というと、米国以外では豪州が一番。

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この宣言以降は、防衛当局同士で具体的な協力体制が模索されています。その1つが先月末にでてきました。自衛隊と豪州軍が、物資を互いに融通する協定を結ぶそうです。

日豪両政府が自衛隊と豪軍による食料や燃料の相互提供を定めた「物品役務相互提供協定(ACSA)」を締結する見通しであることが26日、明らかになった。年内に…具体的な詰めの協議を行う方針。日本が米国以外の国とACSAを結ぶのは初めて。

…昨年は防衛協力に関する覚書を改定し、自衛隊、豪軍の協力をPKOなど海外活動まで広げる共同文書を締結した。日豪両国の安保面での協力関係は19年3月、…「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を締結してから加速した。

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自衛隊と豪州軍はイラク、東ティモール、スマトラで協力しました。これからもアジア・太平洋地域や、アメリカの同盟国として一緒に海外展開する際に協力しあうことが多いでしょう。それをより便利にしようという施策です。

このように日本とオーストラリアが安全保障で緊密な関係になることで、そう明言はしていないものの、対中バランシングの一環となります。日豪協力は、日米同盟ほど有事を睨んだ関係にはならないでしょう。ですがアジア・太平洋の現在維持勢力が明確に連帯することには意味があります。中国が自国有利に国際秩序を変更しようとした場合、反対派に立つ勢力が固まるからです。

つまりは天秤の日本側に、オーストラリアという新たな重しが加わる見通しなのです。

インドとの安全保障協力宣言

オーストラリアに加え、日本はインドとも安全保障協力を進めることを決めています。麻生内閣のとき、インドとの間にも安全保障協力宣言に調印しました。

共同宣言では…「海上自衛隊によるインド洋での補給支援活動を含む日印双方のテロ対策の取り組みが、テロリズムの根絶に向けた国際社会の取り組みの中で重要な位置を占めている」ことを挙げ…両国間の安全保障協力を促進するための包括的な枠組みの構築をうたっている。

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さしあたってはARFなどの既にある国際枠組みの中で日印の協調を進めるとして、将来的には日豪、日米間のようにより具体的な協力体制が作られていくでしょう。

日本とインドは概ね利益が重なっています。インドは中国と陸路でつながっているため、日本よりもはるかに強く中国の軍事的脅威を受けています。また、日本とインドは距離が遠いため、互いに脅威を感じずに済む関係です。よって協力体制を作っていきやすいといえます。

長年の敵だったロシアとも、戦略的パートナーへ

中国と陸路でつながっているといえば、ロシアです。ロシアは日本にとって長年の脅威です。自衛隊は戦後ずっと、ロシア(ソ連)の脅威から日本を守ることを一番に考えてきました。ですがこれからの日露は「戦略的パートナー」となることを目指しています。小泉政権時代から加速した動きです。

ロシアは中国に兵器を輸出したり、軍の協同訓練を行ったりしています。ですがそのような友好関係を築きながらも、中国の強大化にはやはり脅威を感じています。よって、中国がこの地域一番の脅威である間だけは、日本とロシアは軍事的に仲間になれる可能性があります。非常に明快なメッセージも発せられています。

ロシアのクナーゼ元外務次官は29日…講演し、北東アジアで経済的、政治的影響力を拡大する中国に対抗するため日本とロシアは全面的に協力する必要があると述べた。

クナーゼ氏は、経済危機から最も早く脱する中国の政治的影響力は今後、一層拡大するとし、日露が手を組んで中国との力の均衡を保つべきだと強調した。

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メッセージだけではありません。日露間の安全保障関係はすでに対立から緩和へと舵を切りつつあります。それを象徴するのが自衛隊とロシア軍の交流です。

…「北海道大演習場」で9月末に行われる陸上自衛隊の演習を、ロシア軍の幹部3人が視察することが25日分かった。
…在日ロシア大使館筋はロシア通信に対し「ロシア国境に最も近く、自衛隊の聖域」である北海道でロシア軍が演習を視察する意義を強調し「歴史的事件だ」と述べた。
…日ロ間の防衛交流促進の一環で、昨年9月には陸自幹部ら3人がオブザーバーとしてロシア地上軍の実射訓練などを視察した。

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このような日露防衛協力は、2003年の「日露行動計画」から加速しました。2000年から2003年までの間に日露間で盛んに外交が行われたのですが、その結実が日露行動計画です。そこでは「戦略的パートナーとしての対話と行動の推進」という言葉が使われています。そして経済、安全保障の両面での対話と協力が提唱されています。

日露は対中国だけでなく、経済的な利害関係もかなり一致しています。ロシアには資源があります。日本にはカネと技術があります。お互いに欲しいものを持っている仲なので、シベリア開発等を通じて協力し易いと考えられます。

といってもまだ平和条約も結べていないのも事実です。よってまずは、今できる範囲で経済協力と安全保障協力を進めつつ、できるだけ早めに平和条約を結ぶのが大事です。そうすれば次は日印、日豪関係のように安全保障分野での踏み込んだ協力体制づくりに移れるでしょう。

そこまでできれば、新たにロシアという重石を天秤の日本側に乗せることができるでしょう。ロシアは中国・日本の間で二股をかける形になるでしょうが、中国に兵器やノウハウを提供しているロシアと組めれば情報や交渉の面でも大いに得るところがあるのではないでしょうか。

対中国バランシング、その障害になるもの

このように日本は中国の強大化に対し、バランシング戦略をとって、外交努力を行っています。それは小泉政権の中ごろから盛んになり、それが安倍政権と麻生政権で共同宣言として結実しました。こう概観してみると、日本政府は意外と戦略的に動いているように感じられます。

とはいえ、万事が順調、というわけではありません。例えば対ロ外交では北方領土、対豪外交では捕鯨問題という障害があります。特に対ロ外交の方は、なかなか解決が難しい北方領土問題のせいで平和条約すら結べていません。

よってそれらの問題をいかに速やかに解消、または棚上げできるかどうかが、今後数年の日本の課題となるのではないでしょうか。

*1:それだけが目的ではないけれど