民間船より護衛艦の方が弱い?
護衛艦”くらま”と韓国のコンテナ船が衝突事故を起こしました。くらまの船首が、コンテナ船に突き刺さったかっこうです。両艦船ともに破損しました。ところが壊れ方をみると、なんと民間のコンテナ船よりも、軍用艦である”くらま”の方が派手にぶっ壊れているように見えます。
これを意外に思われた方も多いようです。護衛艦と商船がぶつかって、護衛艦の方が壊れるなんて、とビックリなさったり、自衛隊はそんなので大丈夫かと憤ったり、というようなご感想が散見されました。*1これらは私には思いつかない気づきであったので、なるほどと思いました。
軍艦というか護衛艦というのは民間船より固くて丈夫に決まってるだろう、というイメージをお持ちの方が多いのですね。ですが実は護衛艦がコンテナ船より衝突に弱いのは自然な話で、特に驚くほどのことではありません。 なぜでしょう?というのが今回のテーマです。
もし事故に遭ったのが戦艦”三笠”だったら……
戦艦三笠(引用元)
昔の軍艦、特に「戦艦」という種類の艦は固くて頑丈でした。例えば、いまでも横須賀に保存されている戦艦「三笠」という記念艦があります。日本海海戦のときに東郷平八郎提督が乗っていました。もしも衝突事故に遭ったのが護衛艦”くらま”と現代のコンテナ船ではなく、戦艦”三笠”と当時の貨物船だったらどうだったでしょう。
”三笠”以前の戦艦は、たいてい『衝角(ラム)』がありました。上の写真の船首部、一番下の突起が衝角です。何に使うかと言えば、体当たりです。大砲もありましたが、まだまだ威力が足りませんでした。だから体当たりこそが、敵艦を撃沈する決定的な手段だったのです。カブトムシや牛、羊などが頭の角を突き出して、ゴツン、ゴツンとぶつけて戦うのに似ていますね。
また、”三笠”は敵艦から体当たりをくらっても耐えられるよう、頑丈な『装甲』を身にまとっています。人が鎧を着るように、当時の軍艦には固い鋼材でつくった装甲を身にまとっていたのです。「装甲」は今回のキーワードです。
このような戦艦”三笠”ならば、同時代の民間船とぶつかってもそうそう壊れはしなかったでしょう。*2頑丈な装甲を持っているからです。また、むしろその衝角によって民間船の方を破壊し、沈めていたでしょう。*3
むかしの海戦で主役だった戦艦は、このように頑丈だったのです。では時代が進んだ現在、なぜ現在の軍艦・護衛艦は昔より脆くなったのでしょう?
現代の主な軍艦は「装甲」をつけていない
それは装甲が無いからです。現在の軍艦には、特別な装甲防御はほとんどありません。*4装甲がないので、船体自体の固さにたよっています。それも大したものではありません。
船体の外板や隔壁に使っている高張力鋼がその役割を担わされ、厚さも外板でせいぜい八ミリ程度の薄いものである。…
最近は…合成繊維ケブラーのような新材料を張る方式が使われ始めている。また七〇〇〇トン以上の水上艦では、一〇~二〇ミリの薄いもの*5だが、防弾鋼板を張っている艦もある。
江畑謙介 著 「兵器の常識・非常識 上 陸軍・海軍兵器[篇]」p145
これに対してコンテナ船の方はどうでしょう。私は船には詳しくないのですけれども、鋼材関係のWEBサイトやwikipedia他によりますと、大きいコンテナ船なら最も厚い部分で50mm前後、あるいはそれ以上の高張力鋼をもちいているそうです。軍艦の8mm前後と比較するとえらい大きな差があるように感じます。*6
コンテナ船と軍艦、それぞれ使われている高張力鋼が全く同じものではないにしても、これでは今回の事故で”くらま”の被害の方が大きそうなのは、驚くにはあたらないように思われます。
事故にあったのがアメリカ海軍や韓国海軍の駆逐艦だったとしても、おおむね同じように壊れてしまったでしょう。
では現代の軍艦は戦争を想定しているのに、なぜこんなに防御力が低そうなのでしょうか??
ミサイル戦の現代では艦が頑丈でも意味は無い
その答えは戦い方の変化にあります。戦艦”三笠”の時代ならば、軍艦の武器は大砲や衝角でした。お互いに肉眼で見える距離で、どっちかが沈むまでの叩きあいです。
ところが21世紀の海戦は違います。おたがいにはるか彼方に位置しながら、レーダーで探り合い、対艦ミサイルを撃ち合う戦いです。
これでは装甲をつけて艦そのものを頑丈にしても、大した意味がありません。現代の対艦ミサイルの威力ならば多少の装甲をつけたところでたかがしれています。
そして何よりレーダーのアンテナが問題です。アンテナまで装甲で覆うことはできないません。よって、いくら装甲を張っても、アンテナだけは当たれば早期に壊れてしまいます。
そうなると目を潰されたも同じで、もうほとんど何もできません。たとえ一発目の対艦ミサイルを装甲によって堪えても、レーダーを無くした艦は二発目、三発目と一方的にミサイルを撃たれ、結局は撃破されてしまうでしょう。
つまり現代では重厚な装甲をみにまとっても、あまり意味がないのです。むしろ余計に艦を重くして、無駄なエネルギーを消費させてしまいます。軍艦が装甲をつけず、昔より脆くなったは、こういうわけです。
衝突事故に脆いのも道理です。
装甲の代わりになったもの
では現代の軍艦はまったく無防備なのでしょうか?そうではありません。装甲による直接防御こそありませんが、間接的にさまざまな防御手段をもっています。敵の対艦ミサイルが当たらないように工夫しているのです。「ハードキル」と「ソフトキル」、そして「ダメージコントロール」という手段があります。
●空中で打ち落とすハードキル
「ハードキル」とは、飛んでくる対艦ミサイルを空中で破壊してしまう方法です。敵ミサイルが遠くにいるうちに、対空ミサイルを発射して迎撃します。
対空ミサイルで撃ちもらしたものは大砲によって迎え撃ちます。
遠くで打ち落とせなかった場合には、間近にせまったミサイルを最後の手段である自動の機関砲で迎え撃ちます。
このように多様な手段を駆使して、敵ミサイルを撃ち落とすのがハードキルによる防御です。ちなみにこの際に大活躍するのが、有名な「イージス艦」です。
●迷子にさせるソフトキル
他方、「ソフトキル」とは敵の対艦ミサイルをダマして、見当ちがいの方向に飛んでいかせる方法です。これもいくつか手段があります。
例えば、スペインの闘牛士のような方法です。闘牛士が赤い布をつかって牛を翻弄するように、色々な道具をつかって見当違いの方向にミサイルを誘導します。「赤外線フレア」や「チャフ」というものを、離れたところに撃ち出すのです。すると対艦ミサイルはそれらを軍艦だと勘違いして、そっちに突進してします。
他には妨害電波を流したり(ECM)、前述の「チャフ」によって電波をかく乱し、敵の対艦ミサイルを道に迷わせる、という方法もあります。*7
●被弾後の被害を抑えるダメージ・コントロール
以上2つの手段によって、敵ミサイルにそもそも当たらないようにするのが主な防御です。これらで万一撃ちもらした場合、それでも被害ををできるだけ押さえる工夫がされています。それが「ダメージ・コントロール」です。
軍艦の艦内は多くの区画に区切られています。一部に穴があいて、そこから水が入ってきた場合、その区画を閉鎖します。これによって艦全体が沈むことを防ぐのです。
それらの努力によって被害を限定します。たとえ戦闘能力を失ったとしても、沈没だけは防ぐことです。被弾しなかった味方艦が勝ってくれれば、ダメコンを終えた後、生きて帰還できるでしょう。
現代の護衛艦は装甲防御力こそないが、現代式の防御方法をもっている
このように現代の軍艦は、装甲のかわりに様々な防御方法をもっています。多種多様なハードキルとソフトキルによって守られ、万一それらが全て失敗しても、ダメージ・コントロールによって艦と乗員の命を救うよう構想されています。船体そのものはけっして頑丈ではないけれど、単なる頑丈さよりも現代戦ではよほど有効な防御手段で自らを守っているのです。
今回事故に遭った”くらま”が衝突事故で、船首部分だけとはいえ、民間コンテナ船より手酷く壊れたのは、こういった事情です*8。装甲による直接的な防御力が低いからといって、くらまの護衛艦としての能力が劣るわけではないのです。
今回のような衝突事故の場合であれば、いくら自艦の被害を防ぐためでも、まさか民間船を射撃するわけにはいきません。ですが戦時に敵艦を対する場合は遠慮はいりません。というか、ミサイル戦の時代にあって、衝突するほど接近を許すなどありえない話です。
現代軍艦の新たな課題
ですが、そのような脆弱性は、何か問題にはならないのでしょうか? 例えば漁船にみせかけた敵の特殊部隊や、テロリストが体当たりをしかけてきた場合はどうなのでしょう。
もしそれが有事の際ならともかく、平時のテロは問題です。2000年10月12日にアメリカ海軍の駆逐艦”コール”がアルカイダの自爆テロに遭い、損傷しています。ダメージ・コントロールが成功したので沈没は免れました。その後、コールは修理されて復帰しています。
駆逐艦コールの被害(引用元
こういった場合、軍艦・護衛艦の能力的には対処できても、それを公使する法律やいとまが無い恐れがあります。また、テロでなくても、ソマリア沖での海賊対策など、最近ふえている、「戦争以外の軍事作戦(MOOTW)」においても、この類の問題が発生します。
対策は進んでいるが、道半ば
とはいえ、海自をはじめ、諸国の海軍はこれらに対して無策でいるわけではありません。あらたな装備として、小目標を撃つための機関銃を艦に備え付ける国が増えています。また他にも、
最近の各国海軍では不審船による自爆テロ対策として、FLIR(赤外線前方監視装置)や、これに可視光カメラやレーザー測遠機を組み合わせた複合センサーを艦船に搭載する例が増えています。
関門海峡で護衛艦くらま衝突事故、火災発生 : 週刊オブイェクト
とのことです。
このように色々と対策は試みられつつありますが、まだまだ試行錯誤中、というべき面も多いように思われます。また、そもそもテロや海賊は、諜報、警察、外交といった諸部門と連携、さらには多国間の協力によってしか予防・対処が難しい場合が少なくありません。
そういった軍事当局以外の課題も含め、これら新たな事態への対処は、現状でもやってはいるものの、まだ道半ばであるというべきでしょう。
参考
海賊対策には巡視船OR護衛艦が向いている?-蒼き清浄なる海のために
関連
戦艦と軍艦と護衛艦はなにが違うのか? - リアリズムと防衛を学ぶ
事故に遭った護衛艦「くらま」はどういう艦か - リアリズムと防衛を学ぶ
なぜ日本に戦車が必要か?part2 日本の地形と戦車 - リアリズムと防衛を学ぶ
お勧め文献
並木書房
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故・江畑謙介氏の著書です。陸海軍の兵器について、基本的な情報やよくある誤解・疑問への回答がズラリと並んでいます。兵器について、とりあえず常識的な理解をもっておきたい方にお勧めです。
*1:この辺り、実際にそういうご感想を引用してたのですが、消しました。純粋に私にとって新鮮な観点だったので引いたのですが、「なるほど、よく知らずに批判すると恥ずかしいよね」的なコメントを頂戴して考えを改めました。stealthinuさん、X-keyさん、ブコメありがとうございました。確かにそういう風にあげつらって恥をかかせているようにも見え、引かれた方にとっては気分のよいものではなかったと思います。ご不快になられた方がいらっしゃっいましたら、申し訳ございませんでした。
*2:もし宇宙戦艦大和だったら、くらまより派手に壊れるけれど、一週間で完璧に元通りでしょう
*3:ところで玄倉川さんの仰っているドリル戦艦って、たまに聞く言葉ですが、何が元ネタなんでしょう??
*4:合成繊維ケブラー、10~20mm程度の防弾鋼板を張っている艦もありますが、それらの目的は敵弾による被害を防ぐというよりも、被害を受けるのは仕方ないとしてその範囲を限定しようというスタンスです
*5:ちなみに昔の戦艦の装甲は数十センチ単位
*6:造船については私はまるで無知なので、この辺りに何か間違いがありましたらコメント欄で教えてください
*7:この部分、コメント欄でご指摘を頂いたので修正しました。ありがとうございました。
*8:あと角度とかの問題もあるかもですが、その辺りは私には分析できないです。