年の初めの書初めは、いろはの”い”から参ります。「軍隊のない国家」についてです。
私たち日本人は軍隊を放棄すると憲法に書きながら、軍隊ではない自衛隊をもって自らを守っています。それでも軍隊のない国家への憧れは根強いようです。昔は「非武装中立論」があり、今でも「無防備都市宣言」活動があります。
世界に目を向ければ、意外と多く、本当に軍隊を持たない国家が実在します。それらの国は非武装、無防備で、しかも誰に侵略されるでもなく平和を保っています。これはどういうことでしょう。本当は軍隊なんていらないのでしょうか。いったい何故、「軍隊のない国家」は平和でいられるのでしょうか?
軍隊のない国家」は意外と多い
今回の参考図書「軍隊のない国家」前田郎 著によれば、世界には27ヶ国もの国々が軍隊を持っていません。例えば以下のような国々です。
島国には非武装の国がたくさんあります。太平洋ならば、ミクロネシア連邦、パラオ、サモアなど。インド洋ではモーリシャス、モルディヴの二国。カリブ海ではセントルシア、グレナダらが、軍隊を持たず、なのに平和に暮らしている島国です。
昔から戦争が絶えなかったヨーロッパにすら非武装の国があります。カジノで有名なモナコ公国、(槍兵をカウントしないなら)ローマ教皇がおわすバチカン、ほかにはサンマリノ、アンドラ、ルクセンブルグらです。パナマなど中米にも非武装国は多くあります。
これらの国々はどうして軍隊をもたず、他国から侵略されることを恐れずに済んでいるのでしょうか?? これは一概にはいえず、国ごとに様々な理由があります。主要な理由ごとにみてみましょう。
貧乏長屋には泥棒も入らない
落語に「置泥(おきどろ)」という演目があります。とある泥棒が何か盗もうと思って、長屋が忍び込みます。ところがそこがえらく貧乏なところで、盗むものなど何もない。あるのは借金ばかりです。そこで泥棒は哀れに思って、盗むどころか、かえって銭を置いていく、という話です。
泥棒は何か奪ってやろうと思うから他人様の家に押し入るのです。脅しても一銭も何もでてこない貧乏長屋へ入っていっても儲かりません。お縄をちょうだいするリスクばかりあって、大損です。
他国を侵略したり、実際には攻めずとも武力をチラつかせて交渉する国々も、それによって何かしらの(経済的なものとは限らない)利益を得ようとして、そんなことをするのです。
とすれば、何も得るものがない小国相手では、攻めても脅してもメリットは少ないし、評判を落としてしまってかえって損です。非武装国の大方はそんな感じです。
人口は少なく、経済は小さく、領土は狭く、資源といえば魚とヤシの実(東南アジアのヤシ経済については割愛)、なんていう国を強請っても仕方がありません。経済のみならず色々な面からみて、誰がどう考えても(失礼ながら侵略者的な意味では)価値が低い国ならば、わざわざ備えなくてもOKなのです。
太平洋やインド洋の小さな島国が非武装でいるのは概ねこの理由で理解していいでしょう。貧乏長屋には泥棒も入らないので、鍵なんかつけなくていいのです。
あまりにも小国過ぎて、大国に保護されるしか手がない
先ほど書いたように、非武装国はほとんどが凄く小さい国です。そんな国では、自前の軍隊を持とうとしても、まともな規模の軍を編制できません。
例えばこれはヨーロッパの非武装国、アンドラ公国の地図です。フランスとスペインの間、山岳地域にポツンと存在しています。人口は7万5千人です。
こんな人口と面積の国で、フランスやスペインのような大国とケンカができるわけがありません。国民の10人に1人が兵隊になったとしても7500人。フランスの一個師団にも足りません。これはもう、防衛など考えるだけムダです。
さらに分かり易いのはサンマリノです。地図の真ん中がサンマリノ国で、まわりは全部イタリアです。昔のイタリアは小さな都市や地方ごとに分離独立していました。近代になって統一されるのですが、その時に参加しなかったのがサンマリノです。
アンドラと同じく、狭い上に人口が少なく、まともな防衛力を用意できません。これでイタリアに張り合える道理がなく、交渉材料になる程度の軍備すら用意できません。
もしこれらの小国も、人口が500万ほどもいれば、多少は軍備をもって、地域の同盟に参加したりするでしょう。守るべきものが多ければ人任せの保護国をやっているわけにもいかないし、大国に対して物が言えるような国際的立場を築きたいからです。
ですが人口が3万や7万、日本の市や群レベルではそうもいきません。だからすぐそばの大国に完全に身を委ねて、保護してもらっています。大国の側としても、そんな辺鄙で小さい山国を攻めたり脅したりしても意味がないものですから、いたずらをすることもありません。
このような国々は軍隊をもっても意味がなく、また持たなかったとしても失うものも少ないために、非武装でいるのです。
軍隊をもったら瞬殺される運命
サンマリノやアンドラは地勢的にどうでもいい位置なので非武装でいいのですが、逆に重要な位置でありすぎて非武装にせざるをえない場合もあります。
最も分かり易いのがパナマです。パナマ運河はアメリカの安全保障にとって死活的に重要です。パナマが意にそわない国になったら、アメリカはとても困ります。そこでかつて軍隊を出して占領しました。
アメリカは…軍隊を派遣し、500名のパナマ軍を壊滅させ、ノリエガを逮捕した。…国防軍は1989年12月の米軍侵攻によって解体された。*1
パナマはこれ以降、軍隊を解体したままです。非武装でも安全なのは、アメリカの裏庭だからです。アメリカにとって極めて重要であり、しかも距離が近いところにあります。よって他の国は誰もパナマに手を出せません。
それにパナマが自前の軍隊を持つということは、アメリカに安全の全てを委ねてるのは嫌だ、というサインです。すると下手をすればまた米軍が攻めてきかねないので、妙な誤解を招かないためにも、非武装のままでいるのが合理的です。パナマのほかにも中米には非武装の国がいくつか固まっていますが、その合理性は同様にアメリカの裏庭であることによっています。
こういった国々は、独立しているとはいえ、外交・安全保障政策ではアメリカにかなりを委ねざるをえません。太平洋の非武装の島々も同様です。
ミクロネシア、パラオ、マーシャル参加国の外交政策は、アメリカの圧倒的な影響の影にある。中国問題だけではなく、その他の国連決議についての投票行動をみてもアメリカの従者としての忠誠を示している。…国防・安全保障の責任はアメリカに委ねられている。*2
戦争になったら、非武装国はどうするのか?
このようなわけで、非武装の国はそれなりの合理性があって非武装を選択しています。ですが戦争になったらどうするのでしょう。非武装でいれば、戦争に巻き込まれる恐れはないのでしょうか?
もちろんそんなことはありません。例え非武装で、領土が狭く、貧しい小国であっても、戦争に必要であれば遠慮なく攻められてしまいます。非武装なので簡単に占領され、侵略者の支配下におかれたり、戦場になったりします。
ここが長屋と国家の違うところです。賃貸暮らしである長屋の住人と違い、国家はどんなに貧しくても、国土の所有権だけは持っています。だから戦略的にその土地の位置が重要ならば、侵略を受ける可能性はあるのです。実例をみてみましょう。
非武装で中立だったのに、世界大戦に巻き込まれたルクセンブルク
自分では何も悪いことはしてないのに、立地が良すぎたために世界大戦に巻き込まれたのが低地諸国です。彼らは非武装ではありませんでしたが、世界大戦のときに敵対するどちらの陣営にも味方せず、中立を守っていました。にも関わらず、ドイツ軍の通り道としていい場所にあったので、あえなく侵略され、戦場となりました。
中立で、かつ非武装だったルクセンブルクも同様です。非武装でも、中立でも、だからといって戦争の局外にいられるわけではないのです。
(ルクセンブルクは)中立国であったにもかかわらず、二度の大戦でドイツ軍に占領された。
国民は1940年から1944年までのナチス占領下、強力なレジスタンスを続け、第二次世界大戦中の戦死者数は…第三位に挙げられる。
…「アルデンヌの戦い」では、ルクセンブルグ領にもまたがって激しい戦いがくりひろげられた。…第二次大戦後、非武装永世中立路線を放棄して、ベネルクス三国同盟および欧州統合の道を歩む。
なお戦後のルクセンブルクは、欧州統合の流れの中で、小国の地位を逆用して成功しています。国が小さく、軍備も無い国は、ふつうは国際政治の主要プレーヤーになりえません。それを逆用して「ウチなら小国だから、国際機構を設置するのにちょうどいいよ」という巧みな外交を行い、国を富ますことに成功しています。欧州統合という大きな流れがあればこそできた、秀逸な国家戦略です。
味方に占領されたアイスランド
大西洋に浮かぶアイスランドも非武装国ですが、第二次世界大戦がはじまるとイギリスに占領されました。当時のアイスランドは最近と違い、発展してはいませんでした。ですが経済が貧しい国であっても、そこが軍事戦略的に重要であれば、戦争は避けて通ってはくれません。
…第二次大戦が始まると、ナチス・ドイツはデンマークを占領した。アイスランドもナチスに占領される恐れが生じたため、1940年、2万5千人のイギリス軍がアイスランドを占領した。*4
アイスランドにとってイギリスは友好国です。ですがもしドイツがアイスランドを占領すれば、そこに基地をおいて、イギリス攻撃に利用するでしょう。イギリスからすれば、アイスランドを先に自分で占領してしまった方が安全です。だから軍隊を送りました。
アイスランドはイギリスに抵抗しなかったので、占領の犠牲者は皆無でした。ですがもしドイツがアイスランドに攻めてくれば、イギリス軍とドイツ軍の戦場になったでしょう。すればルクセンブルクのように、アイスランド人にも大勢の死傷者がでたでことしょう。
そのとき、アイスランド国自身の意志はまるで無視されます。占領・支配されて自由を奪われるのも、戦場にされるのも、すべて他国の都合で決められます。
ルクセンブルクやアイスランドは、大戦中の一時的な占領に終ったのが不幸中の幸いでした。これが世界大戦後のチベットなどになると、非武装でいたら共産中国に攻めてこられ、虐殺には遭うわ、文化は破壊されるわ、その後現在にいたるまで自由と人権を抑圧されたままになっています。
軍隊をもたない国家は、運命を他国に任せる
このように非武装の国は、軍隊を持たないため、戦争においては自分の意志を全く通すことができず、他国に為されるがままになってしまいます。
この写真はモナコ公国の風景です。高級なレジャー、賭け事などで有名な、お金持ち御用達の観光国です。だから経済は豊かですが、人口が少なく、土地が狭いので、経済以外では小国です。
このモナコも、軍事力が幅をきかす情勢では、他国に支配されました。その時々で強い国に占領されたり、条約によって保護してもらったりしています。
ファシズムの時代になると、1940年イタリアがモナコを占領した。
さらに1943年、ナチスドイツの占領下に置かれた。
ナチス崩壊後、独立を取り戻したモナコは、1951年にフランスと相互援助友好条約を締結した。…モナコは軍事力を持たず、警察部隊のみを備えている。フランスによって領土の防衛を約束されている。*5
つまりは、有事の際には川に落ちた木の葉と一緒です。自力では何もできず、時代の流れ、他国の意向に流されるままになってしまうのです。
占領を免れた国々
大戦ではモナコ、ルクセンブルクらの非武装国が次々に占領されて戦場になり、オランダなど武装中立国も蹂躙されました。
そんな中、ある程度戦争の局外にいられたのはスイスとスウェーデンといった一部の重武装中立の国々です。これらの国は熱心に防衛努力をすることで侵略を防ぎました。ドイツはこれらの国へも侵略をたくらんでいたのですが、低地諸国と違い立地と地形に恵まれたことも大いに幸いしました。
このとき、スイス軍を指揮していたアンリ・ギザン将軍はこう言っています。ドイツの侵略が迫ったとき、彼は「今、造営している新陣地が真価を発揮するなら、我々は自分たちの運命を手放すことなく、掌中にしていられるであろう」として部下を激励しました。
自前の軍隊をもち、防衛努力をすることは、自分の運命を自分で決める力をもつということです。もちろん完全に自国が思うように生きられるわけではありません。ですが他国の思うまま蹂躙されるだけにならず、交渉力や抵抗力を手にして、ある程度の自主性をもつことはできるのです。
まとめ 軍隊を持たないことは、運命を手放すということ
軍隊を持たない国は、非武装以外にろくな選択肢を持っていない小国であり、また小国であるがゆえに守るべきものが少ない国々です。また周辺に比較的まともな大国がいて、その保護下に入れる国ばかりです。彼らは、だから、非武装であってもそうそう悪い実態に陥らないで済むのです。
そのような環境にない、守るべきもの、失うべきものを多く持つ国は、だから自前の防衛力をもっています。それによって国民の生命、権利、財産、国土などを守り、大国の意向や国際情勢の好きにされないためにです。
アンリ・ギザン将軍の言葉を借りるなら、防衛力を持つということは、自らの運命をその手に守るということです。ならば非武装でいるということは、自らの運命を手放し、流れに身を委ねるということなのです。
参考
■【非武装中立批判論:コスタリカの実情について】|FUNGIEREN SIE MEHR !!
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お勧め文献
今回の参考文献。非武装国それぞれの法、体制、制度などを読みやすくまとめた本です。内容は事実の羅列ですから、それほど思想的に偏った本ではないと思いました。面白いデータブックです。