リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

ケインズvsハイエクのラップ対決と、お勧めの副読本

 かなり旧聞に属しますが「ケインズハイエクがラップで対決」という凄い動画が話題になりました。アメリカのテレビ屋さんが作ったものらしいのですが、非常に秀逸な出来です。

D

 ケインズハイエクがそれぞれの主張をラップで繰り広げ、対決するという動画です。「今日、我々はみなケイジアンなのだ」など超有名なフレーズが次々にでてきます。その辺りの元ネタを知っているとより楽しめます。「長期的にはみんな死んでいる」を、そう使うか!とか。

 この動画のように実際の経済学者たちも、激しい論争を繰り広げてきました。ラップではなく論文によってですが、お互いをリスペクトしたりDisったりしながら、議論に磨きをかけてきたのです。この動画をご覧になって、ケインズハイエクといった経済学者の論争に興味をもった、という方も少なくないのではないでしょうか?

経済学者たちの戦い

 そこでオススメしたい本が「経済学者たちの戦い」です。


経済学者たちの闘い―エコノミックスの考古学


 この本は、『経済学者の英雄列伝』です。何世紀にも渡る経済学の歴史の中から、主要な人物とその論争をとりあげつつ、過去から現在へと歴史を辿っていきます。

 では目次をみてみましょう。

プロローグ 経済学者とは何者か?


○第一部 経済学者たちの「勝利」と「敗北」


  第一章 「欲張りなことはよいことだ」 ―マンデヴィルの世界

  第二章 バブル崩壊後の経済学 ―二八〇年前のバブルと二人の銀行家

  第三章 何のための「セーフガード」か? ―ヒュームと既得権益との戦い

  第四章 誰が改革を担うのか? ―スミスと既得権益との戦い

  第五章 歴史のなかの開発主義者たち ―ハミルトンから村上泰亮まで

  第六章 ソーントンの前例なき要求 ―中央銀行の責任(1)

  第七章 リカードウの新平価解禁論 ―中央銀行の責任(2)

  第八章 「影の大蔵大臣」バジョット ―中央銀行の責任(3)

  第九章 経済学者は冷血動物なのか? ―J・S・ミル 対 反経済学者たち


○第二部 二十世紀最高の経済学者は誰か?


  第十章 景気が良くなると改革が進まない? ―シュンペーターとしごき的構造改革

  第十一章 デフレと金本位制復帰 ―一九二五年、ケインズの敗戦

  第十二章 一九三〇年代の「非正統的な」政策 ―ヴィクセルとその同僚たち

  第十三章 終わりなき戦い ―その後のケインズ


エピローグ 再び、経済学者とは何者か?


 各章のタイトルには「ヒューム」とか「ミル」とか人物名が入っています。これがいわば各章の「主人公」です。上の動画にあったハイエクは少ししかでてこないのですが、各主人公たちの戦いを通じて、経済が変化し、経済学が発展していくさまが分かります。

 人物に注目して語られるので、理論に精通していない人にも読み易いと思います。「こういう理論があって、こういう仕組みだ」と教科書的にやるのではありません。「こういう人がいて、当時の経済はこんな状況だった。そこでこの人は、こういう問題意識をもった。だからこういう風に考えて…」という風に、前後の文脈から語られます。だから興味をもって読み薦め易い本です。

 このように、経済学史上の”英雄豪傑”たちが、それぞれの旗(理論)を掲げて戦い、時に勝ち、あるいは破れながら、歴史をつくってきたさまを概観できるのがこの本です。そして彼らの過去の戦いの記録から、現在に通じる視点を養っていくことができます。過去を知ることによって、現在を理解することができます。


 プロローグにおいて、若田部氏はこう書いています。

 過去と現在とを単純に比較できないのはいうまでもない。歴史は単純に繰り返すわけではないからだ。しかし、一方で過去の経済学者たちから現代にも通じる教訓を「学ぶ」視点失ってはいけない。


 いくつか例をあげてみよう。デフレ状況下にある現在の日本では、日本銀行の中央銀行としての責任が問われている。しかし、個々の状況は異なるとはいえ、中央銀行の責任という問題は、歴史を通じて繰り返し論じられてきた話題である。


 ほぼ二〇〇年前のイギリスでは、ヘンリー・ソートン(Henry Thornton)やデイヴィット・リカードウ(David Ricardo)といった論者は、当時起きたインフレをめぐって、イングランド銀行の責任を厳しく追及した。その時のイングランド銀行側の反論は、中央銀行が金融政策の責任を認めないという点で、驚くほど「日銀理論」に似ている。


 ただしここで付け加えておけば、当時のイングランド銀行は、われわれが現在あたり前と考えている「中央銀行」ではなかった。


 ……むしろこうした論争を通じて「中央銀行」とその責任という考え方が芽生え、根付いていったのである。

同書p6-7 「歴史に学ぶ」


 本書ではこうした論争を通じてだんだんと合意が形成され、進歩していった歴史が学べます。経済本としても勉強になりますが、歴史本としても面白い一冊です。ラップ対決を楽しんだ次に、おすすめです。