リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

台湾海峡の現在と、有事のシナリオ

 今回は台湾海峡有事に関するメモ的な更新です。

台湾有事、4つのシナリオ

台湾海峡有事で起こりうるシナリオについて、アメリカ国防総省のシファー氏がこう述べました。(時事通信2010/03/19)

中国軍拡の主たる目的の一つは、台湾海峡有事に備えたものであるとし、有事の際に想定される中国による海上封鎖や台湾への上陸侵攻などのシナリオを示した。


 中国が台湾に対する軍事力行使を選択した場合、考えられる中国軍の行動として

(1)台湾海峡の封鎖
(2)弾道ミサイルによる台湾の防空システムへの限定的な攻撃
(3)台湾が実効支配する南シナ海の東沙諸島の東沙島や、南沙(スプラトリー)諸島の太平島への上陸
(4)台湾への上陸侵攻、占領−を挙げた。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010031900538

4の台湾本土上陸のほかにも、1海峡封鎖、2弾道ミサイルのみでの攻撃、3島嶼への上陸が考えられる、とされています。

 3の離島上陸については、1949年に先例があります。福建省アモイ沖の離島、金門島に中国軍が上陸して、台湾軍と激戦を繰り広げました。この際、台湾軍は数でかなり劣勢であったのに、果敢に水際迎撃を行って中国軍を撃退しました。この際の台湾軍の訓練や指揮には、蒋介石に招聘されて密かに台湾にわたっていた旧日本軍人の軍事顧問団「白団」の指導が大きく貢献したといわれています。この紛争から60年目にあたる09年10月25日、台湾の馬総統は金門島で演説し「戦役がなければ、今日の台湾の成功はなかった。今後も台湾を防衛する決意に変わりはない」と強調しました。(時事通信)


 4の本土上陸については、全土占領をめざす大規模上陸のほか、少数の部隊を浸透させて政治経済の中枢だけを占拠する「斬首戦略」が考えられるといわれています。(参考:中国の斬首戦略と台湾侵攻シナリオ : 週刊オブイェクト

 現在、中台関係は小康状態にあります。しかし戦争の可能性が解消されたわけでは決してありません。

「融和の裏の攻防」

 毎日新聞の特集「台湾海峡・最前線:融和の裏の攻防」は、最近の中台の情勢をうまくまとめています。この特集では中国軍の「潜水艦」「サイバー戦」そして「斬首戦略」について書いています。

潜水艦の脅威

 中国の潜水艦は、先ほどあげた4シナリオのすべてにおいて重要な役割をにないます。海峡封鎖シナリオにおいては言うに及ばず、本土上陸シナリオにおいても、救援に来るアメリカ軍空母を足止めする役割を果たすと考えられています。それに対し台湾の対潜水艦能力は不足している、といわれています。

中国は圧倒的な優位を誇る米国の海軍力を意識し、この10年で潜水艦の戦力を増強させてきた。静音性に優れた最新鋭の元級潜水艦をはじめ原潜とディーゼル潜水艦を計60隻以上保有している。

 これに対し台湾海軍は、機齢40年を超えた対潜哨戒機S2T20機と、水域警戒範囲に限界がある対潜哨戒ヘリS70C18機を保有しているだけで、対潜能力の低さは明らかだ。米国では台湾売却用として、中国の元級潜水艦にも対応可能とされる新電子装置などでグレードアップしたP3C哨戒機12機を製造中で、3年以内に実戦配備される見通しだ。

http://mainichi.jp/select/world/news/20100223ddm007030094000c.html
サイバー戦

 サイバー戦については、最近とくに注目されだした要素です。敵国のコンピュータに進入して機密情報を盗み出したり、機能を妨害したりする攻防のことです。自衛隊においても、これに対処するため、指揮通信システム隊の下に「サイバー空間防衛隊」を設立して防衛につとめる予定です。中国はこれに力をいれ、すでに専門の部隊をおいています。

台湾を警戒させるのは、中国の「網軍(ネット軍)」の存在だ。台湾国防部によると、網軍は情報戦に対応する組織で99年に設立され、コンピューターウイルスや戦術・戦法の研究開発も行っている。その存在が「評価」され、本格的に組織化されたのは、01年に中国・海南島沖の南シナ海上空で米中の軍用機が接触した事件がきっかけだ。中国の複数のハッカーが米軍のサイトにサイバー攻撃を仕掛け、中国旗の掲載を成功させたとされる。


 台湾国防部は「網軍は軍民一体で資源と人材を集結させ、巨大なサイバー攻撃の能力を持つ」と分析。規模は数十万人とも言われる。台湾の軍事関係者は「網軍にはコンピューターを専門とする米国留学組もスカウトされており、給料は日本の自衛隊や台湾の軍よりも高い」と話す。

http://mainichi.jp/select/world/news/20100224ddm007030015000c.html
斬首戦略と武警

 斬首戦略は、前述のように、少数の部隊による奇襲で台湾政府の中枢をおさえてしまうシナリオのことです。こういう任務には普通、陸軍の特殊部隊や海兵隊が用いられますが、中国の場合は武装警察を使うという手も考えられるそうです。

「斬首(ざんしゅ)戦」。陳水扁前政権下の台湾で、こんな言葉がメディアをにぎわせた。「中国軍に代わって武装警察がパラシュートで台湾に上陸し、陳総統の首を取りに来る」とまことしやかに語られ、軍事演習でも斬首戦に対応する訓練が行われた。


 中国国内の治安維持や国境防衛などを担う武装警察(武警)は暴動鎮圧用の盾やこん棒、催涙弾のほか、テロ制圧のための火器や装甲車といった陸軍並みの装備を持つ。中国のチベット自治区新疆ウイグル自治区の暴動鎮圧にも出動した。


 ……昨年10月に発表された国防報告書(白書)で初めて、武警に中国軍の対台湾作戦に組み込まれた部隊が存在すると指摘した。この部隊が加わった演習や軍事行動計画などが確認されているという。軍事専門家は「台湾を国内問題として処理するため」と中国の意図を分析する。

http://mainichi.jp/select/world/news/20100225ddm007030110000c.html

 どのような部隊を用いるかはともかく、この類の奇襲によって、台湾軍がろくに機能しないまま政府だけを押えられると困ったことになります。台湾の防衛は、上陸してくる中国軍に対して、台湾軍が防御戦闘をやって時間を稼ぎ、アメリカ軍の来援を待つ、という形です。しかし奇襲によって一気に事が決してしまうと、アメリカによる援軍が間に合わない可能性があります。米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしまうと、それでも介入するのかどうかは難しい問題です。

 なお、少数による奇襲ではない、大規模上陸作戦についても、もちろん中国軍は用意しています。海軍には大小多数の揚陸艦を、陸軍においても上陸作戦に使用可能な水陸両用戦車など、空軍には台湾に対抗可能な新鋭機を多数そろえてきました。ペキンにある「中国人民革命軍事博物館」の壁面には、どうみても台湾上陸を想定して書いたとしか思えない絵図が描かれているそうです(参照)。

追記

上の「参照」のリンクを張り間違えていたので、修正しました。ご指摘ありがとうございました。