リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

魚や離島をめぐる戦い

 もしも将来、どこかの国が日本に戦争を仕掛けるとしたら、どういう光景が想像できるでしょうか? 大量のB29が飛来して、東京や大阪を焼き、果ては核爆弾まで落としていく―というのが太平洋戦争の末期でした。北海道に数千、数万人の陸軍が上陸してくる―とは冷戦時代に考えられた想定です。ひるがえって現在、その恐れが増していると言われているのが『離島有事』です。

 北海道などの主要四島ではなく、他の島々において限定的な紛争が想定されます。日本全土を占領して降伏に追い込む、というような全面戦争ではなく、ある特定の地域やそこにまつわる権利を巡る、限定的な戦争です。

 どうも私たち日本人は太平洋戦争の記憶が強烈なためか、戦争といえば、やるかやられるかの全面戦争を連想しがちな気がします。しかし歴史的にみて多いのはむしろ特定の目的を争うための限定戦争です。

 特に小さな島や水域を巡る軍事衝突は、戦争とさえ呼ばれない小規模なものが多いのですが、世界の海で数多く起こってきました。近年は日本近海でも、東シナ海でのガス田問題に見られるように、島嶼や排他的経済水域をめぐる紛争の蓋然性が増しているといわれています。自衛隊もかつて重視した本土防衛だけでなく、現在では離島防衛にも力を注いでいます。

 今回は島や領海をめぐる小さな紛争についていくつか紹介します。特に日本の近くで起こったパラセル諸島(西沙諸島)の戦いをとりあげます。

魚をめぐる戦い「タラ戦争」

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アイスランドの沿岸警備隊に体当たりする英国の漁船(by A.Davey
 海洋資源のなかで、私たちにもっとも馴染み深いのが水産資源、要するにお魚です。漁船が違法操業をやって、外国に拿捕された、なんてニュースを聞いたことがおありでしょうか? 他国の水域の魚を勝手に外国船に獲られたら、これはドロボウということになって、取り締まられるわけです。

 水域の線引きがちゃんと決まっていない場合「この場所はウチのだ」「いいや、ウチのだ」という争いが国家間で起こることがあります。

 こういった漁業関係の係争で、もっとも有名なものが「タラ戦争」です。たらはお魚の鱈ですね。イギリスとアイスランドの争いです。アイスランドが領海を拡大して漁場を増やしたのですが、イギリスはそれを認めずに「そこの海はアイスランドの領海じゃない。うちの漁船が操業していいはずだ」と言って争いになりました。

 お互いに漁船を守るために、軍艦や沿岸警備艇が出動しました。船体を盾にして漁船を守ったり、あるいは体当たりをしたり、はたまた相手国漁船の網をバッサリと切断してやったりと、なかなか壮絶な海上戦が繰り広げられました。

 この戦いが起こった水域がタラ漁の漁場でしたので、タラ戦争と呼ばれています。もっとも”戦争”というのは通称に過ぎず、実際には係争中も両国の国交は維持されていて、法的に戦争状態には入っていません。

 タラのために軍艦と警備艇がぶつかり合うなんて、いささか滑稽な気もするかもしれません。しかし漁場は漁民にとって生活の糧です。これが他国によって不当に侵害されたなら、自国民の正当な権利を守るのは政府の仕事であり、話し合いでらちが明かないなら体を張る、というわけです。

 タラ戦争のほかにも1963年のフランスとブラジルの海軍が漁業水域をめぐって出動しました。1973年には地中海でイタリアとリビアが対立し、小規模ながら戦闘までやらかしています。

 このように水産資源をめぐる対立のほか、特定の水域の通航権をめぐり、あるいは海底資源を得るために争いが起こることがあります。それをきっかけに戦争にまで至ることはあまりありませんが、軍艦同士が出動して威嚇しあったり、小規模な戦闘に至ることはたまにある話です。

西沙(パラセル)諸島の戦い

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(by Ngo Quang Minh)
 特定の水域について、水産資源、海底資源、通航権などを確保するために、最も有効なのは付近の島を領有してしまうことです。「この島はウチの領土だ」ということにできれば、その周辺を領海および排他的経済水域として主張できるからです。

 あるいは資源を確保するためでなくとも、その島を得ることで自国の威信、正当な権利などを回復できる、といった考えからも、島は紛争の舞台になります。島の領有権をめぐる紛争としてはイギリス対アルゼンチンのフォークランド紛争が有名です。

 アジア太平洋地域においては1974年に起こったパラセル諸島(西沙諸島)の戦いが挙げられます。中国と南ベトナムの戦いです。

 中国からは西沙諸島と呼ばれるパラセル諸島は、南シナ海に浮かぶ小さな島々です。ここはかつて西半分を南ベトナム、東半分を中国が占領していました。現在でも中国、ベトナム、台湾らが領有権を主張する係争地です。

 南ベトナム軍は約150名の兵士を駐屯させて、西の島々を守っていました。そこへ東の島々から約400名の中国軍が上陸します。また中国は戦闘機と軍艦も投入し、陸軍の上陸を支援させました。南ベトナムもアメリカ製の哨戒艦をふくむ軍艦数隻のほか複数の艦艇を出して応戦します。

 南ベトナム軍は中国軍艦一隻を撃沈したものの、逆に掃海艇をミサイルで撃沈されます。戦闘は数日のあいだ続きました。その結果、南ベトナムの守備隊は壊滅し、兵士のほとんどは捕らえられました。やむなく南ベトナム軍は島々から撤退したので、これ以降現在までパーセル諸島は中国が実効支配しています。

 中国と南ベトナム、双方に言い分はあって、お互いに島々の領有権を主張しています。中国側はこの戦いを「西沙自衛反撃戦」と名づけています。中国からすればこの島々は歴史的にみて自国の領土であり、南ベトナムが西側を不当に占領している、と考えられました。ならば自国領土を回復するのは正当な自衛権の発動だ、ということです。逆に南ベトナムからみればこの島々は昔から自国のものであって、中国が不当に奪ったのだ、という見方になります。どっちが正しい、なんて話はしても仕方が無いので、ここでは取り上げません。

 ともあれ、小さな島々の領有をめぐる軍事衝突は、たとえばこういうものです。大規模な軍事衝突と違い、限定された地域でのみ戦いが起こります。そしてその規模はせいぜい数百から数千人以下といったところです。まず航空撃滅戦、次に海上撃滅戦をやって、敵の海空戦力をほぼ壊滅させからやっと上陸、という順序は必ずしも踏みません。限定的な航空・海上優勢のもと、奇襲的に行われることが多いようです。

 こういった小規模な紛争、特に小さな島々の領有権をめぐる争いは、日本にとっても他人事ではありません。なぜなら日本こそは小島が大集合した群島国家だからです。よって大規模な戦争だけでなく、より蓋然性の高い、小さな島々や水域を巡る小規模な紛争にも備え、予防しておくことが求められます。

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近年の自衛隊は離島防衛に力を注いでいます。乏しい予算の中で新設された新部隊「西部方面普通科連隊」です。約600名のこの部隊は、離島有事に備えて専門的訓練を行っていると言われています。それを生々しくレポートしたのがこの本です。