リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

なぜ「中国の奇襲」に日本が巻き込まれるのか

中国の奇襲―「台湾有事」でどうなる日本経済

本書「中国の奇襲」はアメリカの国防総省、および米中安全保障調査委員会がそれぞれ提出したレポートの翻訳です。わりと重要な本なのですが、アマゾンにレビューが一件もついていないなど、ほとんど注目されなかったようです。本書の意義は訳者があとがきで述べている通りです。

中国が台湾を武力攻撃すれば、アメリカの軍事介入や国際社会の経済制裁を招き、中国の経済発展を台無しにするので、中国は武力行使をためらうだろうとわれわれは考えがちだ。また、西側世界と中国の経済関係拡大は、中国社会に価値観の多様化をもたらし、それがやがて民主的で平和的な中国の誕生につながると期待する人が多い。


しかし、こうした観測はどちらも甘い、とばっさり切り捨てる報告書が二つ二〇〇二年七月にワシントンで続けざまに発表された。「中国は台湾への奇襲攻撃に備えて軍近代化を進めている」「中国との経済協力は、裕福だが攻撃的な独裁国家を生む恐れがある」という結論は衝撃的だ。本書はその二つの報告書を翻訳したものである。


「中国の奇襲 台湾有事でどうなる日本経済」冨山 泰,渡辺 孝 訳 P244

 その後、同様の報告書は毎年だされているので、2002年版を訳した本書のデータはいささか古びているといわざるをえません。ペンタゴンの年次レポートはネットで全文公開されているので、最新版を読むことができます。(参照:http://www.defense.gov/pubs/pdfs/2010_CMPR_Final.pdf:TITLE)ただしデータについてはともかく、本書が示している基本的な洞察については現在でもほとんど変わらず現状に当てはまり、あるいは本書発行時点よりもさらに顕在化が進んでいるようです。

 また本書の内容は日本にも多いに関係してきます。近くは台湾有事、およびそれに必要な能力を流用しての離島侵攻において。遠くには中国が資源を目当てにしてテロ支援国家独裁国家への資金、武器などを提供することによる国際情勢の不安定化においてです。前者については本書の第一部、後者は第二部でとりあげられています。

中国が台湾を攻めるなら、奇襲作戦を選ぶ

 たとえば本書の第一部(ペンタゴンの年次報告書)では、中国が台湾海峡で武力行使をおこなうケースの制約要因、および具体的方法について記述されています。台湾への武力行使にあたっては、戦争がもたらす経済、外交上の損害を勘定にいれねばなりません。また長期戦はアメリカ軍の介入を招くという軍事的都合もあります。よって中国の軍事行動はそれらをふまえた形をとるだろう、といいます。すなわち、奇襲です。

中国はまた、台湾との戦争がもたらす政治的、経済的代価に敏感になっており、台湾への武力行使が中国の地域的および全世界的な利益を損ねる恐れがあることを認識しているようだ。現在、中国は経済改革と経済開発を推進している。そのため、中国の経済成長と、外国市場への参入や外国の投資および技術の獲得を脅かす恐れのある行動を中国はさけてきた。


(中略)


もし中国が台湾との戦争を不可避と考えたなら武力衝突の地理的範囲を限定する戦争遂行戦略を採用する可能性が非常に大きい。加えて、中国指導部は十分な兵力とスピードで軍事作戦を敢行し、外部の勢力が台湾の側に立って介入する前に、そして、中国にとり死活的に重要な貿易と外国投資が中断する前に、軍事的な決着をつけようとするだろう。


「中国の奇襲」 P113

 こういった現在の都合に加え、中国軍の作戦理論もまた、戦略的な奇襲に親和的だといいます。近年の中国がサイバー戦、思想戦などを主要な戦略概念のひとつに取り上げていることは、おそらく奇襲にともなう徹底的な欺瞞や、敵の一時的な麻痺を狙うという文脈で読みとられるべきなのでしょう。

奇襲はどのように行われるか

 では戦略的な奇襲、あるいはその可能性を前提とした威嚇はどのように行われ得るのでしょうか? また、その種の作戦はどのような政治的目的のために行われるのでしょう。少々長いですが引用しておきます。

中国が武力を行使するとすれば、その主目的は、中国に有利な条件で交渉による解決を台湾に強いることである可能性が大きい。それには、台湾の国家意志がたちどころに崩壊し、アメリカに介入できなくさせることが必要になる。


(中略)


威圧の手段には、情報戦、航空・ミサイル作戦、海上封鎖などがあるが、それに限られるわけではない。中国は台湾を政治的に屈服させる手段として、水陸両用部隊や空挺部隊を使い、台湾の限られた重要施設を事前の警告なしに迅速に制圧することを選択するかもしれない。...中国が威圧的な軍事手段を取る能力を有することは、台湾だけでなく、フィリピンや日本など他の仮想敵にとっても問題となる。


威圧策が失敗するなら、中国は台湾全島の占領を試みるかもしれない。そうした作戦には民生部門の空輸・海上輸送力の活用が必要となり、成功は保証されていない。人民解放軍ノルマンディー上陸作戦型の台湾侵攻に成功するかどうかは、幾つかの変動要因にかかってくる。。...台湾侵攻に成功するためには、中国は、航空機による攻撃、空挺部隊の降下、特殊作戦部隊による奇襲、水陸両用部隊の上陸、一定海域への敵の侵入阻止、制空権の確保、通常弾頭ミサイルによる攻撃などを絡めた多面作戦の遂行能力を持っていなければならない。


人民解放軍は今後十年ほど、そうした複雑な作戦を遂行する上で大きな困難にぶつかる可能性が大きい。それでも、もし中国がそうした軍事行動がもたらす政治的、経済的、外交的、軍事的な代価を進んで受け入れる用意があるなら、第三国の介入さえなければ、作戦は成功する可能性が大きい。


「中国の奇襲」p109−111

 要すれば、意図としては台湾の独立を阻止し、自国の主権を防衛するためです。手段としては威嚇ないし各種手段による奇襲になると予測されます。制約として、第三国...要するにアメリカの介入が間に合った場合、何もかもが台無しになってしまう恐れが大です。逆にアメリカの介入さえ防ぐことができれば、何となかってしまう可能性があります。そして作戦成功の可能性が、実際に作戦が行われる前に台湾を恫喝し、あわよくば屈服させるでしょう。

日本との関係

 これかから導けるのは、台湾までの空間の使用権が焦点になりそうだということです。中国側からすればアメリカの介入にいかに対処するかが鍵となります。台湾以遠に弾道ミサイル、潜水艦らを送り出して、来援する米軍を足止めすることです。台湾・アメリカおよびその同盟国側からすれば、その間の妨害を排除することが鍵となります。台湾海峡へ至るまでの空間を、それが必要な期間に、米中のどちらが自由に使用できるのか。それが天王山ということでしょう。

 近年の米中日台らの軍事的動向をみる際には、この文脈からみるといっとう分かりやすくなります。

 例えば普天間飛行場の移設問題です。あれは海兵隊の戦力投入拠点ですので、沖縄県外に持っていくと軍事的に不都合があります。その不都合をあえて犯すことは許容できない、というのが現在の政治的な判断です。よって沖縄県知事選の結果がどうなろうが、普天間飛行場は辺野古にもっていくか、さもなくば現状固定化かの二択です。これについては下記の二つの記事で述べました。

普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり) - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ
台湾が長距離ミサイルで北京を狙う理由 〜台湾の防衛戦略 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 また、日米の合同演習で取り入れられるといわれる「南西の壁」概念は、こういった全般状況の下におかれていることをふまえた、日本側の対処行動だと考えられます。

防衛省は来年一月下旬に行われる日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ)に南西諸島防衛を初めて盛りこむことを決めた。中国海軍を東シナ海に封じ込める「南西の壁」の概念を持ち出し、奄美大島などへの部隊展開や奪回作戦の図上演習を想定している。


(中略)


今回は中国の軍事力強化を反映し、陸自で検討されている対中国戦略「南西の壁」を援用する。「南西の壁」は情勢緊迫時に海上自衛隊や米海軍艦艇の航行ルートを確保するため、中国海軍を東シナ海に封じ込める対処行動を意味し、地対艦ミサイル部隊などを離島に機動展開する。


(東京新聞 10/16「南西諸島防衛 日米 初の訓練」)


 ここでいう「情勢緊迫時に海上自衛隊や米海軍艦艇の航行ルートを確保する」能力を日本が持つならば、中国の軍事力増強にも関わらず「米軍は台湾に来援可能」という現状が維持され、「中国の奇襲」を未然に抑止できる公算が高まるでしょう。

 なぜこのように台湾有事への対処が日本に関わってくるかといえば、それは地理的な宿命によります。「中国の奇襲」の正否を分ける、西太平洋の米軍基地から台湾海峡までの空間、台湾有事の天王山たるその空間に、長々と横たわっているのが日本の南西諸島です。従って日本は、平和を望むか否か、アメリカと同盟しているか否かといった日本の意志に関わらず、たまたまその場所に居るがゆえに、次なる戦争がおこるとすれば無関係ではいられないのです。