リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

なぜ今、武器輸出が必要なのか

 年末までに武器輸出の規制緩和が決まりそうです。日本はこれまで「武器輸出三原則等」によって武器の輸出を厳しく自主規制してきました。しかしここにきて緩和への動きが急速に強まっています。いったい何故でしょうか??

緩和についての誤解

 武器輸出の問題は、かなり重要なトピックでありながら、事実に基づかない報道や解説が数多くおこなわれています。例えば10月15日のNewsWeekにこうあります。

菅内閣は「武器輸出3原則」の緩和を検討しているようです。菅総理にしても北澤防衛相にしても真意が今ひとつ読めません。……まあ「何となく全部を混ぜた」というのが真相だと思うのですが、その中心にあるのは「不況だからタブーをゆるめて軍需産業を拡大すれば何かの足しになるだろう」という発想だと思うのです。ですが、本当にそうなのでしょうか?

軍需産業に経済成長を期待するのは、そもそも可能か? | 冷泉彰彦 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 上記リンク先の記事では「”武器輸出三原則”の緩和が景気拡大につながるかどうか」を論じていますが、その方向性はまるで見当違いです。この状況下で、武器輸出の緩和がはかられている「真意が今ひとつ読めない」とすれば、下調べをせずに記事を書いている場合のみでしょう。まとまってではないにしろ、邦語の新聞にすらでているレベルの話です。

 リンク先のコラムでは以前にも明らかに見当違いな軍事記事が掲載されていたので、拙ブログでとりあげたことあります(「核の先制使用と先制核攻撃の違い」)。とはいえ前回は多少なりとも核戦略をかじっていないと分からないテーマだったので専門外の方には仕方ないのかもしれません。

 いま議論が進んでいる"武器輸出三原則等"の緩和には大きな理由がいくつかありますが武器輸出を経済の足しにしよう、というのは二の次、三の次の話です。いま、武器輸出の緩和が必要になっているのは、外交や防衛の都合です。

最大の理由は、ヨーロッパのミサイル防衛のため

 いま輸出の緩和が必要な最大の、そして喫緊の理由は、ヨーロッパ諸国のミサイル防衛です。日本が武器輸出の緩和をしてくれないと、ヨーロッパ諸国とアメリカに大きな迷惑がかかります。

 ミサイル防衛(MD)とは、核兵器などを積んだ弾道ミサイルを、空中で打ち落とすシステムです。日本も北朝鮮の弾道ミサイル「ノドン」等から身を守るため、導入しています。ミサイル防衛の中心になるのが、地上や軍艦から発射する迎撃ミサイルです。迎撃ミサイルに搭載されている弾頭が、敵の弾道ミサイルの進路に立ちふさがります。以下はそのイメージと、実験の動画です。動画の後半で、空中に浮かんで静止する弾頭がでてきます。


弾道ミサイル……普通のミサイルよりずっと長距離を飛ぶ。主には核兵器などの大量破壊兵器を使用するために使われる

ミサイル防衛のイメージ動画と迎撃弾頭のテスト 

 現在、ミサイル防衛は世界的な潮流になっています。日米のみならず、中国、ロシアらも独自のMDシステムを開発しています。北朝鮮のような、何をするか分からない独裁的な小国が弾道ミサイルを手にするようになったからです。

 日本がMDを導入したのは近所の北朝鮮が核兵器と弾道ミサイルを開発しているせいです。ヨーロッパでも、中東のイランが核と弾道ミサイルを開発しているので、ミサイル防衛の導入が決まりました。

 ところが、日本が武器輸出等を緩和してくれないと、ヨーロッパへのMD配備計画が頓挫してしまいます。いったい何故でしょうか?

 ヨーロッパに配備予定の迎撃ミサイルの開発に、日本が参加しているからです。日本はアメリカが共同開発した「SM-3 block2」という迎撃ミサイルが配備予定です。

 SM-3 block2を「アメリカがヨーロッパに供与する」と、それは「日本の(共同)開発した武器がヨーロッパに輸出された」ことになり、武器輸出三原則等に背きます。だから日本が武器輸出を自粛したままだと、ヨーロッパ諸国はミサイル防衛を導入できません。

 欧州ミサイル防衛はアメリカのオバマ大統領が旗を振って推進している大構想です。万が一にも日本がこれを頓挫させると、欧州に迷惑をかけ、そのうえアメリカの面目を潰すことになります。

 日本が武器輸出を緩和しないと、ヨーロッパ諸国がミサイル防衛を導入できない。武器輸出の緩和が求められている喫緊にして最大の理由がこれです。

自衛隊の次期戦闘機(F-X)

 欧州MDのほかにも、大きな理由が2つあります。いずれも自衛隊に関係しています。

 一つは、武器輸出三原則等を緩和してくれないと、航空自衛隊の次期戦闘機(F-X)の導入が難しいということです。空自がつかっている「F4-EJ改」という戦闘機が古くなりすぎて、買い替えを計画中です。なんと1960年代に開発され、1970年代から導入した機体で、いまが2010年ですから、まあ無理もない話です。

 航空自衛隊としては新しくて性能が良い機体を導入したい考えです。なぜならその方が長く使えるので「安物買いの銭失い」になりにくいし、日本は専守防衛のうえ戦闘機の定数が控えめなので、一機一機の性能で隣国を圧倒していないと話にならないからです。そこで新しくて性能もいい「F35」や「ユーロファイター」といった機体が望ましいといわれています。

 そういった新鋭機は、いずれも「国際共同開発」です。国際共同開発をやると開発コストを割りカンできますし、製造数が多くなるので価格が下がるので、二重に税金の節約になります。

 ところが日本がこれに参加すると、日本が(他国と共同で)開発した戦闘機が、ヨーロッパやオーストラリアといった、他の共同開発国にも導入されます。すると武器輸出三原則等に背いてしまうのです。

 このF-X問題は、欧州ミサイル防衛に次ぎ、武器輸出緩和がもとめられている大きな理由の一つです。

個別・具体的で冷静な議論が必要

 日本では武器輸出について昔から忌避感があり、自粛してきました。それはそれで一つの外交戦略です。しかしその一方で、武器輸出について冷静な議論を欠いてきました。具体的なケースを想定せず、まったく観念的な、空想的な議論がまかり通ってきたように思われます。例えば社民党の福島党首はTwitterで下記のように呟かれています。

日本製の武器が世界に輸出され、人々や子どもを傷つけたりはしないというのが、戦後の日本の貴重な財産。武器輸出3原則を見直して、武器輸出をしようとするなんて、大問題。less than a minute ago via Keitai Web


 こういった議論はいかにも理念的に筋が通っているようで、気持ちとしては分かる話です。しかし政策論としては致命的に具体性を欠いています。

 例えばいま最大の焦点になっているのは「ヨーロッパへのミサイル防衛の提供」で、いったい誰を傷つけ、どこの子どもを殺傷するのでしょう。MDは他国から弾道ミサイルを撃たれたときに始めて使用できる受身の兵器です。提供先の国情や、なにより兵器の特質から考えて「人々や子どもを傷つけ」る恐れは絶無に近いでしょう。

 またこれまでも武器輸出三原則等の例外として、日本は数回の武器輸出を行ってきました。一例がインドネシアへの巡視船供与(2006年)です。海上警察の巡視船であれば他国の侵略に使えるほど強力ではないし、その使用目的はマラッカ海賊から海の治安を守ることです。インドネシアのみならず、マラッカ海峡を通過している日本など多くの国の商船にとってメリットがあります。

 具体的なケースごとに考えれば、このように外交的メリットがあって、日本の理念的にも問題が少ないケースは少なくないはずです。にもかかわらず、武器輸出に関しては観念的にすべてまとめて「死の商人」といったイメージのみで語られたり、事実に背く言論が横行しています。

 空想的な議論のうち最大のものは「武器輸出三原則」でしょう。勘違いされがちなことですが、武器輸出三原則は武器の輸出を認めています。これについては以前の記事で書きましたので、詳しくはそちらをご覧下さい。(過去記事「武器輸出三原則は武器の輸出を認めている」)

 こういった小さな、しかし基本的な用語の間違いから発して、事実にもとづかない空想的な議論が横行しているように見受けられます。正確な用語を用い、正確な事実にもとづき、具体的なケースを考えて、冷静な議論が必要でしょう。

 さしあたっては欧州MDとF-Xを念頭において、武器輸出三原則等をどの程度変え、どの程度は変えないべきかが焦点です。ひいては日本の武器輸出は何を目指し、何を目指さないのかという大きな外交ビジョンが、いま問われています。

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他に武器輸出に関連して、国内メーカーの防衛事業からの撤退続出と、それによる自衛隊の整備への悪化という問題があります。これについてはいずれ改めてとりあげますが、その点で最近でたこの本が詳細でためになります。