リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

ビデオ流出による3つの問題

 尖閣諸島沖で中国漁船が海保の巡視船に体当たりしてきた事件で、公開だ、非公開だと議論になっていたビデオがYoutubeに流出しました。ビデオの内容と検証画像は「週刊オブイェクト」で見られます(参照「尖閣衝突ビデオが流出 : 週刊オブイェクト」)。NHK他の報道によればこのビデオは本物の可能性が高いようです。すでに海保はこれを本物とみて、流出経路の調査をはじめました。(NHK 11/5)

 この流出事件にはネット上、報道ですでに色々な意見が出されていますが、大別すれば論点は3つに分かれるでしょう。第一にはこのビデオの公開に一貫して抵抗、反対し続けた政府の判断と能力への疑問です。第二には、恐らく個人的な暴走によってかかる流出をおこなった容疑者の処罰と統制の問題です。第三にはこのような流出が可能であった、海保、ひいては日本政府の情報保全体制の問題です。

政府の問題

 流出ビデオの内容は、これまで断片的に報道されてきた衝突事件の実態と一致しています。海保の巡視船は一定方向に進んでいるのに、中国漁船の側が針路をかえ、意図的にぶつけてきています。

 ビデオの内容を見る限り、宣伝戦と外交の観点からして、一般公開を拒否してきた政府の判断力に疑問符がつきます。外交戦で武器として使えたはずのものを、みすみす死蔵してムダにしたことになるからです。ビデオ非公開については「中国のみならず、海保にとっても非常にマズいことが写っているのではないか」と疑う声もありました。しかし、少なくとも今回の流出分を見る限りでは、中国漁船の非をありありと証拠立てるのみで、日本側に不利そうな情景は見当たりません。もしこのビデオを中国が反論している時期に公開すれば、国際世論を日本側有利へコントロールする、宣伝戦に活用できたはずです。

 あるいは、最終的には公開しないとしても、中国に矛を収めさせ、今回の係争を終わらせるために「公開するぞ」というカードが使用できたでしょう。そういう水面下の交渉に成功した結果、非公開のかわりに中国に矛を収めさせられたなら、ビデオは活用されたといっていいでしょう。しかし実際には、今に至るもまともに首脳会談も開催できない状況にあります。

 よって政府がビデオ公開を渋りつづけたことで宣伝戦についての判断力に、ビデオ非公開を代償にした交渉をしなかったか、しても失敗したらしいことからは交渉能力に、それぞれ大きな疑問符がつくでしょう。

統制の問題

 流出したビデオは政府の判断により、一般公開が見送られ、一部議員のみへの公開となったものでした。今回の流出は海保または検察に関係する人物が、恐らくは政府の判断を不満に思い、暴走したものと推測できます。前述のように政府の判断に疑問がないではなく、不満を訴える声は政界にも、民間にも多くありました。また海保の現場にも不満が生じていただろうことは容易に想像できます。

 しかし、政府の判断に逆らって、恐らくは公的機関に属する個人が暴走することは、それがどれほどの快事であっても、認められません。海保長官や閣僚は、徹底した調査をすると述べていますが、もっともなことです。

鈴木海上保安庁長官は「ビデオは、海上保安庁と検察当局の両方で保管しており、厳重に保管している。大事なテープなので、しっかりと管理してきたつもりだ」と述べました。そのうえで鈴木長官は「わたしが見た映像と、今回投稿された動画が同一かどうか定かでなく、内容も含めて調査中だ。けさ、石垣海上保安部に担当官を派遣し、徹底的に調査することにしている」と述べました。


また、前原外務大臣は「仮に海上保安庁が撮影した映像がベースとなって流出したのであれば、情報管理の面できわめてゆゆしきことだ。政府の情報が流出したということであれば、事件として扱わなければいけないし、徹底的に捜査すべきだ」と述べました。

NHKオンライン

仙谷長官は、海上保安庁が行っている調査について「時間をかけてするものではなく、数日以内に行うべきだ。公務員が故意に流出させる行為を行ったなら、明らかに国家公務員法違反であり、調査から捜査に切り替える判断も数日以内に行われないといけない」と述べました。

NHKオンライン

 今回の流出を「よくぞやった」と思う人は多いでしょうが、しかし個人的な正義感が横行するなら、いつ、どんな方向への暴走が生じるかわからないからです。ビデオを流出させた個人、恐らくは近いうちに「容疑者」と呼ばれることになる人物を速やかに特定し、処罰せねばならないでしょう。このことは中国側の軽挙、日本政府の判断への疑問などとは分けて考えねばならないでしょう。

情報保全の問題

 今回のビデオは公開・非公開が流出した先がYoutubeであったから直ちに発覚したわけですが、ネットにアップされなければ盗まれたことに気づけなかった恐れもあります。また、厳重に管理されていたはずのビデオが流出するのであれば、より一般的な捜査資料の機密保全はどうなっているのか、という話です。捜査資料が例えば犯罪組織などに流出し、ひそかに利用される、というようなことも考えられるので、この際、情報保全体制の見直しが必要となります。

 先日、台湾では軍人が買収され、機密情報を中国に流出させていたことが発覚しました。

対中諜報(ちょうほう)工作を担当する台湾軍の現役大佐が中国に軍事機密を漏洩(ろうえい)した疑いで逮捕された事件は、中台の諜報戦でも中国が優位にあることを印象づけた。……


 中国が改革・開放政策に移行した1980年代以降は、台湾からあまたの人と資金が流れ込んだ。中国の政府・軍幹部などがビジネスマンを装った台湾諜報員に買収されて機密情報を売り渡し、重刑に処される事件も少なくなかった。


 ところが近年は逆に台湾の現、元軍幹部や技術者などが中国に買収される事件が相次いでいる。経済や軍事力で台湾を追い越した中国が、豊富な資金力を背景に諜報戦でも優位に立ち始めた観がある。

MSN産経ニュース

 個人的な暴走によって内部の人間が情報を外へ流せるような管理体制であれば、このように外部から意図的に情報をもとめて浸透があった場合に、きちんと情報が守られているとは考えがたいことです。日本の政府機関では一般的に情報の保全、アクセス管理体制に問題があるといわれています。このことは、特に情報保全がもとめられる防衛分野では国際協力の阻害要因にもなっています。

 対照的に日本に著しく欠けていることは、政治家など政府関係者などの情報へのアクセス管理のシステム化である。政府関係者がワシントンを訪れて「これはオフレコだが・・・」と得意気に情報を垂れ流し、防衛省のデータ流出事件などに対して抜本的な防止策が取られているようには見えない。


 それ以前から、米政府は日本の情報管理体制に不信感を募らせ、日本との機密情報共有に積極的ではないと言われている。包括的な情報管理制度が存在しない日本に対し、2007年の「イージス艦中枢情報漏洩事件」などで決定的となった米国の不信感は未だ払拭されていない。


 2010年3月29日の岡田・クリントン日米外相会談で「情報保全についての日米協議」(BISC)を設置することで合意したが、今後、日本でも政府関係者に対するセキュリティークリアランス制度の必要性が積極的に議論されるべきである。

機密保持で信頼されない日本 外交文書の自動公開は画期的だが・・・ (3/3)

 このような状況があるので、単にビデオを流出させた容疑者、あるいは今回の事件のみに限らず、政府機構全般そして役所よりよほど脇が甘いといわれる政治家を含めた情報保全を見直していかねばならないでしょう。