リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

オバマvs胡錦濤のラップ対決と、米中対立のかたち

「溜池通信」のかんべえ先生が音楽の動画を紹介なさっています。なかなか面白いので、このブログでも紹介させて頂きます。歌っているのはアメリカのオバマ大統領と、中国の胡錦濤 国家主席です。

ところでこれ、ちょっと面白いっす。オバマさん、まるでホンモノのラッパーみたい。……歌詞もよく練られていて、考えさせられますな。まさに「敵対」でもなければ「蜜月」でもない、「米中融合」の実態がよく表現されています。

かんべえの不規則発言

その動画がこちら。もちろん本人ではないのですが、なかなか似てる気がします。



歌詞をみれば分かるように、人民元が不当なほど安くに固定されていることに起因する米中の貿易・通貨対立を題材にしたコミカルな動画です。この辺りの事情については極東ブログの「日本を巻き込む米中貿易戦争の開始: 極東ブログ」、「米国金融緩和がもたらすヌルい戦争: 極東ブログ」で述べられています。

 かんべえ先生がお書きになっているように、この動画の歌詞は「敵対」でもなければ「蜜月」でもない、米中関係をサラリと上手にあらわしているといえるでしょう。分かりやすいのが、繰り返されている以下の歌詞です。

They're not enemies, but frenemies with codependent economies

(アメリカと中国は敵同士じゃない。でも、共依存した経済をかかえる「フレネミー」だ)

 フレネミーは古くからある造語で、フレンドとエネミーをくっつけたものです。友でもあるけど敵でもある。ある一面では抗争するライバル同士だけど、別の一面では協力しあうパートナーでもある。まさしく、いまのアメリカと中国です。数年前まで米中は世界経済の2つのエンジンとして良好な関係を築いてきましたが、最近では対立の構造が鮮明になりつつあります。経済においても、戦略においても、です。

「そんなに中国が好きなら、中国の議員になったら?」というCM

 先日おこなわれたアメリカの中間選挙では、敵対する候補者を中国とむすびつけて叩く宣伝が複数みられたそうです。その一つがこちら。共和党パット・トゥーミー候補を攻撃する民主党のCMです。

 「パック・トゥーミーは雇用のために戦っている……中国のね!」と言ってさまざまに数字をあげ、「パット・トゥーミーさん、上院議員になったら?……中国でね!」と皮肉を結んでいます。

 自由貿易は長期でみれば両方の国に利益をもたらします(参照)が、不景気なときに貿易相手が槍玉にあげられるのは珍しいことではありません。デモを起こすのは得をした多数者ではなく損した少数者の方だし、誰しも腹が立ったら誰かに当たりたいものです。

 しかし最近の中国批判は、よくある八つ当たりとは言い切れません。中国が不当に人民元を安く抑えてズルしている、ルール違反でアンフェアだというのが攻撃材料で、それはもっともなことだからです。それが経済側面での米中対立を演出しています。

アメリカの太平洋回帰

 また外交・軍事の分野においても、今年に入ってから米中の対立が鮮明化しています。アメリカはアジア外交を強化し、中国の影響力拡大に歯止めをかける方向に転じました。アジア諸国を歴訪したオバマ大統領は、こう演説しています。

(朝日新聞 2010.11.10)

インドネシア訪問中のオバマ米大統領は……演説し、民主化を進めながら経済成長も遂げたインドネシアを例に「自由なき繁栄は、貧困の別の姿に過ぎない」と述べ、民主主義と経済成長を両立させる重要性を強く訴えた。
 強権的な政治で経済発展を目指す「開発独裁」を続ける中国や、その手法にならう途上国を牽制(けんせい)するとともに、人権や自由の抑圧を認めない決意を示すものだ。

朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?

 あきらかな転機となったのはアセアン地域フォーラムの会議におけるクリントン国務長官の発言でした。

Indeed, Mrs. Clinton acted as a catalyst at the July meeting of Asean foreign ministers in Hanoi, helping Vietnam get the issue of South China Sea disputes back on to the international agenda ― to the great discomfort of China.

実際、7月のアセアン外相会談でクリントン国務長官は触媒として働いた。南シナ海での中国との論争をベトナムが国際的な課題へ戻すのを助け―中国を大いに不快にした。

 これについてはhttp://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4147:で詳しく解説されています。これ以降、アメリカ外交の重心が中東アジアからアジアへと露骨に移動しつつあります。

 その背景として、アメリカがイラクだのアフガニスタンだの、中東にばかり気をとられているうちに、中国が強大なシーパワーとして台頭してきていることがあげられます。これについては9月26日のワシントンポストで、ロバート・カプランが「While U.S. is distracted, China develops sea power」という記事で書いています。

 カプランは過去10年に起きた最大の地政学的出来事は中国のシー・パワーの台頭だとして、こう論じています。かつてアメリカがカリブ海とパナマ運河をコントロールして台頭したように、中国は南シナ海をコントロール下におき、インド洋まで勢力を伸ばそうとしている。中国の潜水艦隊はすでにイギリスを上回り、質はともかく量ではアメリカ海軍潜水艦隊をも上回る予定である。そんな中、アメリカが中東に気をとられてきたのは、中国にとって非常に都合のいいことだ――そして、こう結びます。

The United States should not consider China an enemy. But neither is it in our interest to be distracted while a Chinese economic empire takes shape across Eurasia. ......That is why the degree to which the United States can shift its focus from the Middle East to East Asia will say much about our future prospects as a great power.


アメリカは中国を敵と見なすべきではない。しかし、中華経済帝国がユーラシア大陸のいたるところで形になりつつあるときに、(中東へ)気を取られているべきではない。......中東から東アジアへどれだけ注意を振り向けられるかが、アメリカの大国としての将来に関わってくるだろう。

Robert D. Kaplan - While U.S. is distracted, China develops sea power

 海洋をめぐる米中対立については、このブログでも何度か部分的に取り上げてきました。

中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ
中国とアメリカは「海のナワバリ」を争う - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ
「歴史のライム」 中国はドイツ帝国の轍を踏むか? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 こういった事情が戦略面における米中の対立構造を形づくり、アメリカ外交の太平洋回帰へつながっています。

冷戦でもなく、融和でもなく

 こうした次第で、以前に比べると最近のアメリカは中国に対して対抗的な立場をとりつつあります。最近では中国に融和的な政治家は「叩頭(kow-tow)派」、対抗的な政治家は「失望(sad and disappointed)派」と俗称され、後者が勢力を増しつつあるようです。「叩頭」という言葉は清朝の皇帝がイギリスの大使に命じて強制しようとした、何度も頭を床にこすりつける清朝スタイルの礼に由来します。NHKで放送中の「蒼穹の昴」でたまに出てきますね。これが転じて、中国のスタイルを認め、それに迎合する人々、という意味で最近言われているのが「kow-towグループ」です。これに対し「これまでずいぶん中国に迎合してきたけど、あちらはサッパリ協力しないじゃないか、ガッカリだ。やはり、もっとビシッと言わなくちゃいかんのだ」というのが「sad and disappointedグループ」です。

 前述の事情により、最近では経済的にも戦略的にも米中の対立が深まり、失望派が台頭しているようです。しかしこれは、米中間で冷戦がはじまることを意味しません。冷戦中の米ソは、戦略的に極めて鋭く対立し、経済的な交流はほとんど皆無でした。それに引き換え、米中はお互いなしで良好な経済を維持しがたい、深い相互依存関係にあります。断絶して冷戦をやっている場合ではありません。いま起こっている経済政策での対立も、米中の経済関係が深まっているからこそ起こった問題です。

  かといって、フランスとドイツがそうであるように、経済的な協力をテコにして米中が戦略的にも密接に提携できるかといえば、そうもいきません。上述のように中国は西太平洋でアメリカにとってかわる大国になろうとしているし、それはアメリカの世界戦略を脅かすものです。お互いに核保有国だから全面戦争は起こらないにせよ、中国国内の情勢が不安定になれば、台湾をめぐる局地戦争が起こる可能性すら否定できません。

  また、通貨戦争にみられるように、世界的な経済秩序に対して中国はあまりに非協力で自分勝手に動くと見なされつつあります。その一方で、北朝鮮問題にみられるように、中国の協力がなければ前進しない外交・安全保障問題も存在します。

 米中関係については、悪化すれば「米中新冷戦が始まる」とし、あるいは良好になれば逆に「日本の頭越しに米中が同盟のようになる」という風に、超友好か、超敵対かの両極で解釈している本も散見されます。しかし経済でも戦略でも、米ソほど全面的に対立するわけではないが、独仏のように全面的に融和できるわけでもないのが米中関係です。協力と抗争が別の面で同時進行する、そうせざるを得ない、まさしく「フレネミー」な間柄だというわけです。

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