韓国が新型の対空兵器を開発したことが一部で話題になっているようです。
韓国は低空飛行体を撃滅する多目的地対空ミサイル・コンプレックスを開発した。27日、国防兵器購入を担当する国家機関の発表をもとに、聯合通信が報じた。(ソース)
これを「コンプレックス」という名前の対空ミサイルだと、何て変な名前なんだと、誤解されたむきがあるようです。そう誤解し易い形で紹介した方が、話として面白いということもあったのでしょう。 「対空ミサイル・コンプレックス」とは、確かに考えてみれば妙な言葉です。コンプレックスというと、日本語の語感では劣等感とか、気にしてる嫌なこと、てな感じです。(「カミーユが男の名前で何が悪いんだ!」)でもこの場合は「劣等感」や「強迫観念」じゃなくて、「複合物」という意味です。映画館の中でも、たくさんスクリーンをもつ施設を「シネマ・コンプレックス」と言いますね。あれですあれ。 「対空ミサイル・コンプレックス(複合物)」とは、多種類の対空ミサイル等を配備した防御陣地のこと、または多種類のミサイル等を合体させた兵器システムを言います。以上、おわり。…と、これだけでは分かりにくいので、例によってジャンケンで例えてみます。
これぞ「じゃんけん・コンプレックス」
グーと、チョキと、パーを合体させた手の型がありますよね? ここがグー、ここがチョキ、ここがパー。だから敵が何を出してきても、全部に勝てるぞ! というあれ。全ての手を組み合わせることで、スキを無くしています。言うなればあの型は「じゃんけん・コンプレックス(複合体)」。 対空ミサイル・コンプレックスも同じ。種類が違ういろいろなミサイル等を組み合わせることで、スキを無くしているのです。では実例を見てみましょう。
イスラエルを破ったエジプトの防空コンプレックス
第四次中東戦争まで、イスラエル空軍は無敵でした。先の第三次中東戦争、通称「1週間戦争」ではアラブの部隊を壊滅させ、わずか1週間で戦争を勝利に導きました。そんな強力なイスラエル空軍を打ち破ったのが、エジプト軍が形成した「対空ミサイル・コンプレックス」でした。分かりやすいのがこの動画です(30秒あたりから最後まで)。赤がエジプト軍、青がイスラエル軍です。エジプト軍はスエズ運河を一挙に押し渡り、東岸のイスラエル領(当時)へ攻め込みます。そこへ、イスラエル軍の戦争機が反撃に来るのですが…。 動画をよく見ると、エジプトの対空兵器には3種類あります。対空ミサイルの2K11と2K12、それに対空機関砲で、ぜんぶカバーできる範囲が違います。イスラエル空軍は、高い高度をすばやく飛んでくれば2K11に狙われ、ならばと低空を飛べば2K12に撃たれ、危ないっと思って超低空に回避すれば機関砲の餌食。かといって、機関砲の弾丸が届かないよう上昇すればまたミサイルが襲ってきました。
エジプトにすれば、じゃんけんの最強手を出してるのと一緒です。敵がグーでくればこちらのパーが威力を発揮し、敵がチョキに切り替えればこちらはグーの部分で戦うかっこうで、スキがありません。 このように射程など性質が異なる対空ミサイルを組み合わせ、スキを無くした防御陣地が「対空ミサイル・コンプレックス」とか「防空コンプレックス」とか呼ばれます。
特にミサイルと対空砲を組み合わせたものを「ガン・ミサイル・コンプレックス」とも呼びます。遠くを狙えるけど至近距離に入られると弱いミサイルと、遠くには届かないが至近距離の即応性が高い対空砲が、弱点を補い合う形です。
最近の兵器は合体している
さらに時代が進むと、後から組み合わせるまでもなく、最初から「合体」している兵器が登場します。例えばアメリカ軍のLAV-AD。 このようにミサイルと対空砲を合体させたことで、1台でも「ガン・ミサイル・コンプテックス」を形成できます。この手法は最近の近距離対空兵器の主流になりつつあります。わざわざ2つの兵器を別々に持ってこなくてもOKになり、スキなく近距離の防空をカバーできるのですね。
ところで、上の動画で合体しているのが、ミサイルと対空砲以外にもあることに気づいたでしょうか? 見て分かるように、装甲車とも合体しています。見ても分かりませんが、敵を見つけたり狙いを定めたりするレーダーも合体しています。
ばらばらだと、撃てるけど狙えない、戦えるけど動けない、ということになります。もとはレーダーといい、装甲車といい、ミサイルといい、別の「兵器」です。これらが一つのシステムとして組合わさることで、機能している。このようなものを「兵器システム」といいます。
上の第四次中東戦争で使われたミサイルの時点で、すでにミサイル、レーダー、車両が合体しています。だから厳密に言うと「対空ミサイル・システム」とも言えます。ミサイルというのは積んでいる弾だけのことですからね。あのミサイル・システムはロシア製なのですが、ロシアではこのように複数の兵器を合体させて機能を発揮するものを、ロシア語で「複合体」と言います。
ロシア語だと「対空ミサイル複合体」。これを英語に訳すと「Anti-Air-Missile-Complex」になる。 だから英語でいうトコロの「対空ミサイル・システム」を、ロシア語の直訳で「対空ミサイル・コンプレックス」と呼ぶこともあります。ややこしいですね!
ところで、韓国のミサイルは何だったのか?
そろそろ本題を忘れてきますが、そう、韓国のミサイルです。ニュースになっている韓国の新ミサイルは、対空ミサイル「神弓」と自走対空砲「飛虎」を合体させたものだと報じられています。アメリカのLAV-ADと同じように、最近の世界的な潮流にそった合理的な兵器システムだと言えるでしょう。
このような対空システムは、陸軍の部隊などに動向して、近距離に近づいてきた敵航空機を倒すために使われます。味方の戦闘機や、中長距離ミサイル(パトリオットなど)によって遠くで敵航空機を叩ければベストですが、どうしても撃ち漏らしの可能性はあります。山陰などに潜んで低空から接近する戦闘ヘリなどは、いつ至近距離に現れるやら分かりません。
だからこういった射程の短い、そのかわり簡便で、味方の部隊にほいほい随行できる近距離・対空システムは有用なのです。 また、新対空システムのモトになる「神弓」ミサイルは、ロシアから技術提供を受けてつくったものだそうです。そのせいかは分かりませんが、アメリカ風に言えば「対空兵器”システム”」となるところ、ロシア風に「対空兵器”コンプレックス”」と呼んでもいいでしょう。
また、この新対空システムはミサイルには対空砲をミサイルが合体していますから、1台でも「ガン・ミサイル・コンプレックス」を形成して、スキのない防御力を発揮するでしょう。また、そもそも砲とミサイルが物理的に合体しているので、その意味で複合的な兵器だとも言えるでしょう。
ところで、このニュースはの第一報は聯合ニュースによって報じられているのですが、そちらの日本語版を見ると「複合対空火器が開発された」と訳しています。うーん、もともとこの訳の方が紹介されていれば、特に話題にもならなかったのじゃないですかね? 伝聞やコピペではなく、原典にさかのぼって確認する、というのは大事だ、ということでしょうか。