リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「ウクライナ危機の原因は、欧米のリベラルな妄想だ」とミアシャイマーは言う

 フォーリンアフェアーズの14年9月号で、ミアシャイマーがリベラルな国際政治観をぶった切っています。ジョン・ミアシャイマーはリアリリズム学派の国際政治学者。攻撃的リアリズム論の代表的な論者として知られる、当代きっての大学者の一人です。

 

 彼は「欧米世界では、ウクライナ危機はすべてロシアの責任だ」という風潮に対して反駁し、アメリカとヨーロッパ諸国の責任を問うています。たいへん面白い議論ですので、その一部を紹介します。

 

ウクライナ危機を誘発した大きな責任は、ロシアではなくアメリカとヨーロッパの同盟諸国にある。危機の直接的な原因は、欧米が北大西洋条約機構(NATO)の東方への拡大策をとり、ウクライナをロシアの軌道から切り離して欧米世界へ取り込もうとしたことにある。……彼(プーチン)が反転攻勢に出たことには何の不思議もない。「欧米はロシアの裏庭にまで歩を進め、ロシアの中核的戦略利益を脅かしている」と彼は何度も警告していた。(p6−7)

欧米の錯覚

プーチンがやったことは反撃であって、最初にロシアを脅かしたのは欧米の方だ、というのです。しかも欧米は、それを意識的にそれをやったのではなく、無自覚にやってしまった。それというのも、冷戦後の欧米が抱いてきた国際政治観が間違っていたからです。

国際政治に関する間違った概念を受け入れていた欧米のエリートたちは、今回の事態の展開を前に虚をつかれたと感じている。「リアリズム(現実主義)のロジックは21世紀の国際環境では重要ではない」と思い込み、法の支配、経済相互依存、民主主義というリベラルな原則を基盤にヨーロッパは統合と自由を維持していくと錯覚していたからだ。(p7)

 

プーチンがプレイしているゲームのルールを理解せよ 

民主化運動を応援し、経済の交流を増やし、リベラルな価値観を世界に広めていくことは、道徳的に正しいことのように思われます。しかし、そのようなナイーブな善意こそが、戦争を誘発することがあります。善意に基づく行動であっても、外国からみれば間接的な侵略のように見えることもあるからです。

プーチンの行動を理解するのは難しくない。ナポレオンのフランス、ドイツ帝国、ナチスドイツがロシアを攻撃するために横切る必要があった広大な平原、ウクライナは、ロシアにとって戦略的に非常に重要なバッファー国家なのだ。…ロシアの行動を支えている理屈、そして地政学の基礎を理解する必要がある。大国は自国の近隣地域における潜在的な脅威には常に神経質になるものだ。

アメリカにしても遠くの大国が…西半球地域に軍事力を配備するのを許容するはずがない。仮に中国が見事な軍事同盟を組織し、これにカナダとメキシコを加盟させようとすれば、ワシントンはどう反応するだろうか。怒り狂うのは目に見えている。(p11−12)

 あらゆる国は戦争を想定して「このエリアで侵略者を防ぐ」という防衛線を引いています。防衛線は国境線より外側に引かれるのが常です。特に大きな利益を有する大国は、自国の領土、発言力、権益といったものを守るために、周辺国を含む広大なエリアを防衛線として必要とします。よって大国は周辺国を従属させるか、せめて敵ではない状態に維持することで勢力圏を築きます。

 他国の勢力圏に手を突っ込んでかき回すのは、ヤクザが取り仕切っているシマに乗り込んでいって社会運動をやるようなもので、危険極まりない行為です。ですが自分が他人の利益にもなる正しいことをしていると思い込んでいる時、賢明な人が明白な危険に気づかないことがあるものです。

本質的に、米ロは異なるプレーブックを用いて行動している。プーチンと彼の同胞たちがリアリストの分析に即して考え、行動しているのに対して、欧米の指導者たちは、国際政治に関するリベラルなビジョンを前提に考え、行動している。その結果、アメリカとその同盟諸国は無意識のうちに相手を挑発し、ウクライナにおける大きな危機を招き入れてしまった。(p13)

ウクライナを緩衝国家に

ミアシャイマーは結論として、欧米はウクライナをEUやNATOに取り込むのを止め、ウクライナの民主化を応援するのを止めて、欧米とロシアのあいだのバッファー国家の位置におくべきだと論じています。

このように大国が小国の運命を勝手に決めることは小国の自己決定、すなわち国家主権を踏み躙るものですが、国際社会では起こり得ることです。

「ウクライナにはどの国と同盟関係を結ぶかを決める権利があるし、欧米の参加を求めるキエフの意向を押さえ込む権利はロシアにはない」という批判も耳にするかもしれない。だが…残念なことに、大国間政治に支配されている地域では、力と影響力がものを言う。パワフルな国が弱体な国と対立している状況では、自決主義のような抽象的な概念に力はない。(p16)

 もし欧米がどうしてもウクライナを取り込みたいのであれば、ウクライナのためにNATO軍を動員し、ロシアと戦争をする覚悟が必要でした。もし本当にウクライナがNATOの中核的利益であったなら。言い換えると、ウクライナを守らなければNATO諸国の安全が脅かされると考えるのであれば、ぜひともそうすべきでした。

 しかし実際には、NATOはウクライナのために戦争をするつもりはありません。にも関わらず、ウクライナまで勢力を拡大しようとしたのが、誤りでした。銃をもってそこへ行く覚悟が無いのなら、善意やお金をもって行くべきでもなかったのです。その報いを受けるのはNATO諸国自身ではなく、ロシアの矢面に立つウクライナなのですから。

 ミアシャイマーの議論はたいへん示唆に富み、ベトナム戦争を批判したモーゲンソーを想起させるものがあります。ご興味の向きには、ぜひともご一読をお勧めします。