海軍士官Aが見た戦争の空気
そのほかの須賀しのぶさんの作品について
例えば評価の高い「神の棘」は、作者がドイツ史が好きすぎて小説にしてしまった作品。というと、神聖ローマ帝国の宮廷ものでも書いているのかと思えば、その舞台はナチス・ドイツ。カトリックの修道士と、その友人のSS隊員を主人公にした作品です。宗教とナチズムという難しいモチーフを詰め込み、当時の社会情勢を背景にした、ものすごく燃える小説です。
いささか古い作品ですが「天翔けるバカ」は、戦闘機パイロットを主人公にした作品。その舞台は渋いことに第一次世界大戦。そしてレーベルは少女小説を主に出していたコバルト文庫。一体どこに需要を見込んだのかさっぱり分からない作品ですが、面白いんですね、これが。
- 作者: 須賀しのぶ
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/12/22
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 18回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
ルトヴィア帝国の一隅で暮らしていた少女カリエが、病弱な王子の身代わりにさせられたことを契機に、時代と神々に翻弄されながら、たくましく生き抜いていく物語です。王子から奴隷、寵姫から海賊と有為転変するストーリーもさることながら、その背景となっている重厚な作品世界です。
例えば第1巻の舞台ルトヴィアは、自国が先進国だと思い込みながら、その実は首都に下水道も整備できていない老大国。啓蒙専制君主たる皇帝は改革を断行して民衆を救おうとしますが、民衆は彼をこそ抑圧者だと憎むようになるのです。
2巻以降で主な舞台となる砂漠の国エティカヤは、粗暴だが英明な王子が近代的な砲兵隊を導入するなど、政軍の改革に勤しんでいます。王子が権力を掌握して「あの街を」と望んだ時、高慢な文明国を滅ぼすものは常に野蛮さだということを、歴史に証明するでしょう。
革命フランス、オスマントルコ、帝政ロシアと、各国史の美味しいところを集めて煮詰めたような、社会の奥行きを感じさせる世界です。このような説明だけではとてもこの面白さを表現できないので、とにかく読んで頂きたい。
いずれも、歴史を愛好する著者ならではの作品であり、特に社会の空気を描写する巧みさは抜群です。このブログに一片でも面白さを感じて頂ける人なら、かなりの高確率でハマってしまうはずです。