リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

教科書から消えた「最後の授業」(ドーデ著)

最後の授業 (ポプラポケット文庫)

最後の授業 (ポプラポケット文庫)

 

 アルザス・ロレーヌ地方は、ドイツとフランスの歴史的な係争地です。戦争があるたび終わるたび、ドイツになったりフランスになったり。国境線を引き直せばそれで済むのは地図屋だけで、実の土地にはそこに根付いた人間がいます。

ドイツ領となったアルザス・ロレーヌでは、学校の授業もフランス語が除かれます。フランス人教師アメルが、フランス語で行う最後の授業を、少年の目から描いたこの物語は、昔は国語の教科書にも載っていました。

一生懸命、聞いてください

アメル先生は、こう言います。

「みなさん、わたしが授業をするのは、きょうが最後です。ベルリンから命令がきて、アルザスとロレーヌの学校では、ドイツ語以外のことばを、おしえてはいけないことになりました……。あした、新しい先生がこられます。きょうは、みなさんにとって最後のフランス語の授業です。どうかいっしょうけんめいきいてください」

主人公の少年は不真面目な生徒でした。フランス語の文法がまだまだ未熟で、最後の授業だというのにうまくはできません。

「フランツ、先生はきみをおこりはしない。これで、きみはじゅうぶん、ばつをうけたはずだ。わたしたちは毎日こう思う。(ああ、まだ時間はたっぷりある。あす勉強しよう)とね。そのあげくが、ごらんのとおりだ……。

勉強できるときに勉強することの大事さをよく伝えていますね。

言葉は牢獄の鍵

先生はフランス語について、もう今日を限りに教えることはできずない言語について語ります。

アメル先生は、それからそれと、フランス語についての話をはじめた。フランス語は世界じゅうでいちばん美しい、いちばんはっきりした、いちばんしっかりした言葉であること。だから、ぼくたちで、きちんとまもりつづけ、けっしてわすれてはならないこと。なぜなら、民族がどれいになったとき、国語さえしっかりまもっていれば、じぶんたちの牢獄のかぎをにぎっているようなものなのだから……。

この物語は、国語の教科書から除かれました。この話を読んだ後なら、千年前の詩や小説を現代人が読める有り難さを伝えることもできるでしょうに。

「ドイツ語は人殺しの言葉」

しかしこれは一方で、一つの言語、一つの文化を押し付ける同化政策を、美化した物語でもあります。

主人公の少年のフランス語が不十分なのは、母語ではないからです。

アルザスにはアルザス語という土着の言葉がちゃんとあって、日常アルザス語で暮らしていました。フランス語は学校で文法から習うべき一つの外国語だったのですが、物語ではそれがまるきり無視されています。

フランス語はもともとアルザスの国語だ、アルザスは昔からフランス領だ、という虚構を前提として置いた、これは美しい物語です。切なさと美しさの内に、同化政策とフランスの領有権を正当化しています。

だから教科書にはふさわしからぬ、という判断があったそうですが、その分、教育的な題材だとも言えるでしょう。

ドーデの他の作品だと、この点がさらにあからさまにです。最後の授業が終わり、ドイツ人の先生がやってきた後の話です。

登場する少年は、フランス語への愛ゆえに、ドイツ語の授業を嫌がります。

「二度と学校にいきたくないんだよ。ぼくはドイツ語なんかーーどろぼうの、人殺しの言葉なんか、話さないよ。」(村の学校(実話)

著者ドーデは、アルザスの物語を、パリの民衆に向けて書きました。だからこのように露骨に表現しても「そうだ、ドイツ人は、我が国の領土を戦争で奪った泥棒だ、人殺しだ・・・」と共感を呼びやすかったことでしょう。

しかし時と場所を隔ててこれを読めば、この異様さがわかります。子どもがドイツ語をこのように言い、ドイツ人を泥棒で人殺しの民族だと激しく決めつけ、憎悪を燃やしているのです。「最後の授業」でアンリ先生が切なく説いたフランス語への愛は、確かに子どもに伝わりましたが、ドイツ語への憎悪となり果てました。

愛に共感した読者こそ、それが憎悪に転じる恐ろしさと容易さを身にしみて感じることもできるでしょう。

ナショナリズムを忌避するのは、それに陶酔するよりも賢明です。でも、ナショナリズムに通じるものを全て遠ざけ隠してしまえば、ナショナリズムへの批判的な見方を養う機会も、奪うことにならないでしょうか。

あらゆるバイ菌を遠ざけて、免疫のない子どもを育ててしまうように。健康には、衛生を保つだけでなく、予防接種が必要です。十分に批判されているこの物語は、ちゃんと解説をつけるなら、さしずめ無毒化したウイルスでしょう。

「最後の授業」は美しく、だからこそ恐ろしく、そこまで含めて面白い作品です。

今なお、教育の題材にももってこいだと思うのですが、教科書からは除かれたままですので、未読の方はお近くの図書館で探してみてはどうでしょうか?

 

最後の授業 (ポプラポケット文庫)

最後の授業 (ポプラポケット文庫)

 
村の学校(実話)

村の学校(実話)