リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

市長、尖閣諸島へゆく。

 沖縄タイムスによれば、石垣市の中山市長が、尖閣諸島への上陸を計画中です。尖閣諸島は法律上、石垣市の市内にあります。

市長、尖閣諸島へゆく

石垣市の中山義隆市長や同市議会議員らは26日、尖閣諸島を行政区に持つ自治体として、同諸島への上陸視察の実現を政府に要望した。片山善博総務相は「要望はしっかり受け止めている」と述べ、近く関係閣僚で話し合う意向を示した。

沖縄タイムス |

 この視察は固定資産税の評価を行うためという名目ですが、尖閣諸島の実効支配を確認する意味合いもあるとみられています。

 石垣市にとって、尖閣諸島は単に外交の問題ではありません。それは漁業を営んでいる市民の安全にかかわる、生活に身近な心配事だそうです。

「当面は要請に対する政府の判断を見守るが、あくまでも私と市議が上陸する方針は変わらない」と意志は固い。


 なぜなら事件以降、周辺海域で中国や台湾の漁船が急増し、地元漁民の不安が日増しに高まっているからだ。


 中山氏は「地元の漁民から、中国人船長の釈放以降、中国や台湾の船が大挙して押し寄せ、違法操業や領海侵犯が増えたと聞いた。漁民は不安で漁に行きづらくなっている」と指摘。「特に中国は漁業監視船を送っており、これに逮捕や拿捕され、連れて行かれたらどうなるのかと怖がる漁民が多い」と訴えた。

ページが見つかりません - ZAKZAK

 日本の実効支配が強化されていけば、長い目でみて、尖閣周辺で石垣島の漁民が中国に逮捕されるのでは、というような心配を減らせるのではないか、という考えのようです。*1市長の上陸計画は、現在、政府の許可待ちです。

大統領、国後島へゆく。

 確かに責任ある立場の人間が上陸するというのは、実効支配を強化する方法のひとつです。今日の朝、ロシアの大統領が北方領土国後島を訪問したのも対外的には同様の狙いによります。(時事通信)

ロシアのメドベージェフ大統領は1日朝(日本時間同)、北方領土国後島を訪問した。ソ連時代を含めロシア国家元首北方領土訪問は初めて。……


 日本側は、係争地の北方領土にロシア国家元首が自ら訪れることは、北方四島の実効支配を誇示する政治的メッセージになると受け止めており、領土問題をめぐって日ロが一致していた「静かな雰囲気の中での対話」が当面、困難になるのは確実とみられる。

 国後島北方四島の一つであり、北方領土がロシア側の案である「二島返還」で決着した場合、ロシア領として残る島です。この訪問によって日ロ関係は悪化し、四島返還はさらに難しくなり、ロシアの実効支配がより強固なものになるでしょう。

市長は上陸できるか?

 政府の許可待ちの石垣市長ですが、もし許可が降りなくても、政府の返答によっては上陸を強行することになるかもしれません。石垣市議会の議長はこう述べています。

石垣市議会の伊良皆高信議長は「実効支配を確実にするには、上陸して経済活動をするなどの行動が必要だ。


本来は国が対応すべきだが、昭和53年(1978年)以来、中国の領海侵犯が続いていて国は事なかれ主義だった。このままでは尖閣は危ない」


と述べ、国側が不許可もしくは回答の引き延ばしを図った場合は、民間ヘリを借り上げて上陸する準備を行っていることを明かす。

 前原外務大臣によれば、政府は内閣官房を中心に各省庁との話し合いをして、石垣市長の上陸を認めるかどうか相談中とのことです。上陸が実行されれば、ロシア大統領の国後上陸によって日本が持つような感情を、中国側に生じさせることになるでしょう。現在、ひきつづき混迷中の日中関係との兼ね合いをどう考えるか、なかなか判断は難しいものがありそうです。

*1:尖閣諸島周辺の漁場の利用については、ここ数年は石垣漁民による出漁はほとんど行われておらず、主として宮古島漁民による、という情報をメールで頂きました。事実関係を確認中です。

妥協のやりかたを間違えた尖閣問題のこれから

 引き続き、尖閣諸島沖での衝突事件から始まった一連の外交問題についてです。

 先の記事で触れたように、今回の件はもともと武力衝突に発展する可能性が極めて低い、外交案件でした。よって日本側が妥協し、船長の身柄を中国に返すことは、どこかの時点でやらざるをえなかったでしょう。

 しかし身柄を返す事前準備が不足し、かつタイミングが悪く、しかも形式がまずかったことは日本の失点であり、中国にとってはラッキーな拾い物となったでしょう。中国は今回の件を布石として尖閣諸島の領有問題でゆっくりと押すことが可能になります。そのやり方については南シナ海で起こったことが参考になるでしょう。

なぜ衝突事件がここまで大騒ぎになったのか

 今回の事件については「尖閣諸島沖での日中対立について」で触れましたが、再度確認しておきましょう。

 今回の騒動は、尖閣諸島の沖で中国の漁船が違法操業をおこなったことから始まりました。海上保安庁の巡視船が退去を勧告したのですが、中国漁船は退去せず、それどころか巡視船と衝突しました。漁船の方から当たってきたようです。この衝突事件が起こったのが9月7日午前のこと。漁船の船長は公務執行妨害で逮捕され、取り調べを受けました。中国政府はこれに猛反発し、日本で拘留されている船長を無条件で解放するよう要求してきました。

 なぜ漁船と巡視船の衝突事故からこのようにヒートアップするかというと、衝突の場所が問題だからです。現場は『尖閣諸島』の沖合いでした。尖閣諸島は日本の領土なのですが、中国は「古来からの中国領だ」と主張しています。

 もし尖閣が日本領ならば現場は日本領海ですから、海保の行為は正当です。「日本の領海へ中国の漁船が勝手に入ってきて、不法に漁をしようとし、それを注意した巡視船に体当たりしてきた」のですから、まったくとんでもない漁船である、ということになります。

 しかし、もし尖閣が中国領だと考えると、事態はまったく違って見えます。これでは「中国の漁船が中国の領海で漁をしていたら、日本の巡視船が入ってきて、中国の漁船を連れ去った」となり、日本はなんという非道なことをするのだ、中国に対する侮辱だ、ということになって善悪逆転です。

 このようなわけで衝突事故によって「いったい、尖閣諸島は日本の領土なのか、中国の領土なのか」という問題に火がつきました。

 そして先日、日本は船長を中国に送り返しました。検察の判断で起訴を見送った、という形です。検察は判断理由として日中関係を考慮したと述べています。

紛争の可能性は極めて低かった

 中国は今回、かなり強硬なことを言って、いろいろな手段で日本に圧力をかけてきました。しかしその一方、中国軍に目立った動きはみられませんでした。中国側はもともとこの件を外交レベルで終結させるつもりであり、武力衝突にまでエスカレートさせる意図がなかったのです。中国海軍少将の発言からもこれは明らかです。(サーチナ 9/19)

楊毅海軍少将は、中国の反応が政治面に止まり、いまだ軍事的行動に出ていないことは、事態の収拾がつかなくなることを考慮して、日本に与えられた猶予である。日本は情勢を正しく判断し、日中の戦略的互恵関係から適切に事態を処理することが、結局は日本自身のためになるとしている。

中国の海軍少将:軍事未介入は日本に与えられた猶予(2) 2010/09/19(日) 10:51:43 [サーチナ]

 この発言に見られるように、中国としても今回は軍を前面に出さず、外交交渉で妥協点をみつけて騒動を終わらせる腹づもりでいたとみていいでしょう。

圧力をかけた中国、譲り方をまちがえた日本

中国は軍ではなく外交や経済で日本に圧力をかけ、妥協を迫りました。これについて元外交官の茂田氏はこう分析されています。

閣僚級接触の停止、レア・アースの対日輸出の9月20日以降の事実上差し止め、日本への観光の抑制、青年その他の民間交流の停止など、対日圧力を加えてきた。温首相は、更なる報復を行うとニューヨークで述べた。更に日本人4名を軍事施設立ち入りの嫌疑で逮捕勾留した。


理不尽な、常軌を逸した対日圧力である。


こういう行為には、報償を与えてはならない。こういう圧力に屈することは、将来に大きな禍根を残す。中国は、日本は圧力をかければどうにでもなる国と考えることになる。それは正常な日中関係を築くことにならない。外交と言う見地からは、好ましくない決定と言わざるを得ない。


……短期的な利益のために妥協をすることは長期的な不利益につながることがある。

尖閣諸島問題(その3) - 国際情報センター - Yahoo!ブログ

 茂田氏の書かれているように、中国に圧力に屈した形での妥協は、さらなる圧力を将来に招くことになります。そこで中国のメンツに配慮しつつも、日本側の「領有権問題では譲らないぞ」という明確な態度を伝える形での妥協が望ましいところでした。

 妥協の形式はいろいろと考えられます。ひとつには29日の拘留期限まで取り調べを引き延ばし、期限切れだから強制送還する方法です。あるいはもっと早期に釈放して「逮捕した」という実績だけ残して終幕にするか、あるいはもう少し強硬に起訴までいくか、です。これについては元外務官僚で今は衆議院議員の緒方林太郎氏が書いておられます。

 処分保留で釈放にするなら、もっと早い段階で恩着せがましくやるべきでしたね。「国慶節もありますから、まあ、人道的見地ということで・・・」ということを精一杯恩着せがましく言った上でやるという選択肢はあったはずです。決してそれがいいとは思いませんが、処分保留であればそれしかなかったはずです。

[あるいは]*1……起訴した後、すぐに裁判をして執行猶予付きの有罪くらいで収まるようにして、中国に送り返せるようにすれば良かったのです(なお、私は司法に介入する意図はありません)。

尖閣諸島(その2)|治大国若烹小鮮 ― おがた林太郎ブログ


 同じ船長を返すにしても、こういった手段をとれば日本側のメッセージをクリアに伝えられたでしょう。早期に何らかの名目で釈放しておけば「逮捕した」という実績だけは残りますし、事態は長引きません。起訴までいってから送還したなら、事態は長期化するものの「尖閣は日本の司法が管轄している」ことが極めて明確になります。

 ところが、実際に日本が船長を送り返すと決めたタイミングは非常にまずいものだったでしょう。引き続き緒方氏のブログから引用します。

結局、一番「圧力が効いた」と中国に思わせるタイミングで処分保留にしたわけです。これは最悪ですね。

尖閣諸島(その2)|治大国若烹小鮮 ― おがた林太郎ブログ

 深夜に大使呼び出されて船員と船を返還し、四人の日本人が拘束・禁輸措置らの圧力がかかった直後に釈放決定と、二回にわたって圧力に屈した形です。

 なお付け加えておきますが、ここで問題なのは、屈したこと事態ではありません。低姿勢でいる方が有利ならばいくらでもそうすべきですし、そういう場合もあります。しかしこの場合、前後の状況や南シナ海での情勢から判断して、屈したことで不利になります。

生かせなかった「釈放」カード

 日本政府としては、船長が釈放されれば中国側はすぐに矛を収めるだろう、と楽観視していたようです(9/27 読売)。

 船長釈放を発表した24日、首相官邸には楽観論が満ちていた。政府筋は「中国の反発は一気にしぼむはず」と語り、首相側近は「この先の中国の動きを見て評価してほしい」と自信たっぷりだった。

 だが、事実上の「政治決断」は外務省幹部らにも事前に相談されていなかったため、結果的に「首相らは中国側と落としどころを調整せず、根拠なく事態が収拾すると楽観していた可能性が高い」(外務省関係者)との見方も出ている。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


 確かに中国はもともとこの件を外交交渉で収めるつもりですから、いずれ矛を収めてくるでしょう。船長釈放はそのきっかけになりえるカードでした。ただしそれは「これを落とし所にするということで」と中国側に調整し、納得させた上での釈放です。船長を取り返した中国側は、この際だからもう少し押しておく、という選択をしたようです。(9/25 読売)

 執拗(しつよう)なまでの外交圧力をかけてくる中国側には「菅政権にさらに揺さぶりをかければ、一層の譲歩を引き出せる」(外交筋)との読みがある。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 もっとも、今回の一件に話を限るならば、やはりあまり長期化しないかもしれません。中国の今回の狙いはそう大きなものではなく、どちらかといえば先々のためのテストや布石のためと考えられるためです。

これからの展開は南シナ海に見える


 ただし今回の件が収まったとしても、中国は尖閣諸島の領有権問題でより強気に押してくるようになり、ことあるごとに、少しずつ実効支配を固め、日本側の領有権を有名無実にしようとするでしょう。

 島の領有権を手に入れ、海洋権益を広げるとき、中国のやり方にはある程度のパターンがあります。まず漁船を送り込み、次に漁業監視船をだし、そのあとに軍艦を送り込み……という風に、徐々に実効支配を進めていくやり方です。

 これは南シナ海で昔から見られます。パラセル(西沙)諸島については前述しましたが、同じく南シナ海にある南沙諸島についても同様です。

 1992年米軍がフィリピンから撤退したのを見届けたように、95年には南沙諸島東方に所在するミスチーフ礁に漁民避難目的と称して施設を構築。


フィリピン政府は主権の侵害であると抗議したものの、中国海軍の方が優勢であり、中国は抗議を無視して中国艦艇や海洋調査船を派遣。強引に建設作業を行い、鉄筋コンクリートの建物、大型船舶が停泊可能な岸壁及びヘリポート等を建設して実効支配を確立している。

尖閣諸島の次は、沖縄領有に照準合わす中国 上海万博後に軍事行動に出る危険性も (3/6)

 90年代前半、フィリピンは自国領だと考えていたミスチープ礁に、中国の施設を建設しはじめました。その後、フィリピンは負けじとしばしば不法操業する中国漁民を拿捕しましたが、97年4月には同海域に7隻の中国軍艦艇があらわれるなど、中国海軍の進出が進みました。

 中国政府はミスチーフ礁の施設を「漁民の避難施設」だと説明しましたが、当時フィリピンの国防大臣であったメルカド氏によれば「恒久的な軍事プレゼンスを目的とした施設であることは明白である。……中国は徐々に侵略を進めている」(東南アジア月報 1998年8月号 p106)ということです。

 南シナ海においてそうしてきたのと同様、東シナ海においても中国はチャンスがあれば徐々に海洋権益の拡張を狙ってくるでしょう。

一歩、また一歩

 「まず漁船、次に漁業監視船」と書きましたが、その兆候はすでにある、とみてよいかもしれません。9月27日の読売新聞では次のように報道しています。

尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の日本領海内で起きた中国漁船衝突事件を受けて、中国政府が、同諸島近海で、漁業監視船による自国漁船の護衛とパトロールを常態化させる方針を固めたことが27日、わかった。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 今回の問題のように、外交問題はどちらか、または双方が妥協しないことには解決できません。ですからどこかで妥協するのは自然なことです。しかしそこにもやり方の巧拙があります。今回、日本側は妥協の仕方を誤った結果、中国側のさらなる前進にGOサインを出してしまったとみていいでしょう。それは徐々に、ゆっくりと進んでいきます。

この記事の参考文献

*1:[]内は文脈を明示するために補足したもの。原文にはなし

船長の釈放について

手短に要点だけ書いておきます。尖閣諸島沖で不法操業の上、巡視船に衝突した件で拘留されていた中国漁船の船長が釈放されることになりました。那覇地検の判断です。

沖縄県・尖閣諸島周辺の日本の領海内で、海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した事件で、那覇地検は24日、公務執行妨害の疑いで逮捕、送検されていた漁船の船長セン其雄容疑者(41)を処分保留で釈放することを決めた。  


那覇地検は処分保留とした理由を「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」と説明。船長の行為について「とっさにとった行為で、計画性は認められない」と述べた。同地検は釈放時期は未定としているが、近く釈放される見通し。

中国人船長、処分保留で釈放 那覇地検「日中関係を考慮」 - 47NEWS(よんななニュース)

 今回の事件における中国側の姿勢をみると、少なくとも今回は、本格的に尖閣の領有権を取りに来たわけではなく、先々のために日本側の反応とチャンネルを把握したい、という程度の意図でいたことが推察できます。口では色々と強硬なことを言っても、実際に動かしている手駒は漁船のみで、海軍どころか沿岸警備隊すら盤面に送り出してきていなかったからです。

 従って日本側は、何を言われようが粛々として「国内問題で」「司法の管轄なので」と、蛙の面に何とやらの心得で超然としておいて、中国からの圧力に屈するのではない形式で船長を送還して事態を収束させられればほぼベストだったのではないでしょうか。実際、今回の日本政府は珍しく超然とした姿勢をとって、もう少し事態を長引かせてやりそうな気配でした。

菅直人首相は……日中関係については「今いろんな人がいろんな努力をしている。もう少し、それを見守る」と述べるにとどめた。

:日本経済新聞

 このまま29日の拘留期限まで引っ張って、期限切れでこれ以上は法的に拘束できないから送還、というのが、考えられる落着点のひとつであったように思います。逮捕を実行することで「尖閣諸島は日本領土であり、その領海は日本の法律が適用される」ということを明確にできたし、アメリカから「尖閣諸島は日米安保の対象」という言質を改めて引き出すなどいくらか収穫もありましたので、なかなか悪くない形でここまではきていました。

 しかし今回、那覇地検が処分保留を決めてしまったこと、そしてその理由として「日中関係を考慮」をあげてしまったことは失点だったのではないでしょうか。このあたりの問題については以下のサイトに詳しいので、ご参照頂きたいところです。

尖閣諸島や漁船衝突とは無関係にもかかわらず圧力や影響を受けた省庁や地方自治体、一般企業、マスメディアはどうするだろうか。当然、事態の解決を求めるだろう。


他の省庁から外務省、外務省から国土交通省、本省から海上保安庁・・・、
企業や自治体から地元選出の政治家・事務所へ陳情、政治家から各グループ、各グループから党中央、党中央から政府・・・
そしてメディアは呼びかける「知恵を出して解決を」「冷静に対話を」


そういった有形無形の圧力が「司法」すなわち検察や海上保安庁に直接・間接的に伝わることこそが中国の狙いであり「超限戦」なのである。

……不起訴処分となれば、尖閣諸島周辺海域で不法操業してもよい、取り締まられて抵抗し、海保へ損害を与えても裁判になるほどの犯罪ではない、というお墨付きを与えてしまうことになる。


事実上、尖閣諸島周辺海域から海上保安庁が追い出されることになる。  

中国は「超限戦」で海上保安庁を封殺する-蒼き清浄なる海のために

尖閣諸島の死角

 昨日公開した記事「尖閣諸島沖での日中対立について」は、はてなブックマークライブドアBLOGOS、Yahooトピックスで大きなご反響を頂きました。ありがとうございます。

 今回は補足的に尖閣諸島の防衛について1点だけ補足です。尖閣諸島の警備体制についてです。

今回の事件がひとまず沈静化したなら、できるだけ早めに尖閣諸島の警備体制を強化する必要しておくべきでしょう。それは尖閣諸島の実効支配を確かにして、同様の事件の再発を防止するとともに、また事件が発生した際にすばやく、的確な対応をとれるようにするためにも、海保・自衛隊双方について警備体制の強化が課題となります。

海保による警備

 尖閣諸島では以前にも中国の海洋調査船の侵入を許すなど、色々な事態が発生しているため、海保の警備能力の向上がはかられてきました。しかしまだまだ十全とは言い難いようですし、有事をにらんだ自衛隊の警戒体制についても同様です。

 海上保安庁による尖閣諸島警備は、現在どのように行われているのでしょうか? 著名で信頼性の高い軍事サイト「北大路機関」様の解説によると「現時点では警備救難体制の空白地帯といわれるほどで、巡視船が常時展開している程度である」とのことです。具体的には海保石垣島基地の航空部隊と、ヘリコプター搭載の大型巡視船(PLH型)2隻の常時配置で警備されているそうです。

 仮にこれを抜本的に強化するなら、どのような施策が考えられるでしょうか? 沿岸警備隊の専門サイト「蒼き清浄なる海のために」様によれば、例えば下記のような手段が考えられるそうです。

上空からの監視能力強化
・長時間滞空が可能なUAV(USCGがグローバル・ホーク、USCBP米国勢間国境警備局がプレデター及びエルメスを導入)
・監視用飛行船(USCBPや空軍・州兵航空隊が監視に使用)


尖閣諸島、特に魚釣島に監視機材を設置
・対水上レーダー施設(国内では一部の原子力発電所の警備で海保が陸上に設置された対水上レーダーを使用している)
・陸上設置型レーザーレーダー(ODAマラッカ海峡警備用にインドネシアへ提供)
・陸上設置型水中セキュリティセンサー(海保が東大と共同開発に成功。洞爺湖サミット警備で使用)

海保警備の死角と対策-蒼き清浄なる海のために

自衛隊による警戒

 また尖閣諸島の警戒態勢については、自衛隊にも強化すべき…というか、いま空いている穴を埋めるべきポイントがあるようです。もと空自幹部の久遠数多さんによれば、尖閣諸島をふくむ南西諸島先端部の防空体勢には懸念があります。

それよりも更に問題なのは、与那国だけでなく、尖閣上空なども含めて「見えないし、間に合わない」と言う事です。


言うまでもなく、これは与那国に一番近いレーダーサイトが宮古島であり、スクランブル発進する飛行場が那覇だということです。
レーダーサイトが遠すぎるため、高高度でも近くに来てからでなければ見えないし、低高度であれば全く見えません。
レーダーサイトの情報を元にスクランブル発進させる基地は、宮古島よりも更に更に遠い那覇です。


対比の例としては北方領土を挙げる事ができます。
北方領土では、千歳は遠いものの、レーダーサイトは根室と網走にあり、上空は非常に良く見えてます。


ADIZ再設定よりもサイトの建設を考える方がより重要です。

与那国島上空のADIZ再設定は大したニュースじゃない: 数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感

 とのことで、レーダーサイトの建設や、また現在検討が進んでいる先島諸島への自衛隊部隊の駐屯を含め、警戒態勢の強化が求められるでしょう。わけても具体化が進んでいる「与那国島への陸上自衛隊の配備」については、また改めて書きたいと思います。

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尖閣諸島先島諸島などの島々でもしも紛争が起こった時のために新設された自衛隊の「西普連」を取材した本です。

尖閣諸島沖での日中対立について

 尖閣諸島沖での中国漁船と海保巡視船の衝突事件について、遅まきながら見解をまとめておきます。

 この事件は単なる衝突事件にとどまらず、事件の背景となっている尖閣諸島の領有権をめぐる日中対立につながっています。

 今回のいきがかり上、中国は強硬な態度をとっています。日本側に譲歩を迫るとともに、領土問題の存在を国際社会にアピールしたい考えです。日本側はアメリカをはじめ国際社会を巻き込みながら、押し負けないことが必要でしょう。

 下手な譲歩の仕方をすると、円満に収まるどころか、漁船の次は漁業監視船、島への上陸と次々押されてしまうことが目に見えています。なぜなら漁船の違法操業からスタートして徐々に実効支配を進めるのは、南シナ海でも行われている中国の常套手段だからです。

事件はどのように起こったか? ざっくりしたあらまし

 衝突事件が起こったのは9月7日午前のことです。日本領海で違法操業していた中国の漁船が、海上保安庁の巡視船に衝突しました。漁船の乗員は海保によって逮捕されました。これだけなら「違法操業のうえ、衝突事故までやった漁船が逮捕された」という国内司法の問題でおさまります。

 しかし、その衝突があった場所が問題です。現場は『尖閣諸島』の沖合いでした。尖閣諸島は日本の領土なのですが、中国は「古来からの中国領だ*1」と主張しています。もし尖閣が日本領ならば現場は日本領海ですから、海保の行為は正当です。

 しかし、もし尖閣が中国領だと考えると、事態はまったく違って見えます。これでは「日本の海上保安庁が中国の領海に入ってきて、中国の漁船を逮捕して連れ去った」という全く非道な話になります。また違法操業についても、そこは中国の領海なのだから漁は合法だ、なのに日本が妙な難癖をつけてきたのだ、ということになって善悪逆転です。

 このようなわけで衝突事故によって「いったい、尖閣諸島は日本の領土なのか、中国の領土なのか」という問題に火がついた形です。

顔を潰された中国政府

 中国政府は1970年代から「尖閣諸島は古来から中国の領土だ」と国内外に主張してきました。1969年に「近くで石油がとれるかもよ」という報告がでたのがきっかけと見られています。

 以来、何十年も「あそこはうちの領土だ、領海だ」と言ってきた海で、自国の漁民が他国に逮捕されました。しかも長期間取調べを受けています。中国政府の面目は丸つぶれです。

 自分の主張を守るため、またその主張を信じている自国民の手前、中国政府は強硬な態度にでました。日本の大使を4回も呼びつけて抗議し、逮捕された船長の即時釈放を求めます。

 中国の国内世論も反応し、反日ムードが高まったようです。天津にある日本人学校で窓ガラスが割られた上「中国人民は侵犯を許さない」と落書きがされました(産経9/13)。また警視庁のウェブサイトへのサイバー攻撃が行われ、こちらも中国からのものと見られています(読売9/17)。

 日本へ強硬な態度をとらないと、「政府は腰抜けだ」ということでこの反日のエネルギーが中国政府自身に矛先を変えかねません。

証拠のビデオがでても揉め事は終わらない

 また中国政府は衝突事故の調査にも反対しました(読売9/12)。

巡視船と中国漁船の衝突を漁船を立ち会わせて再現させたことについて、中国外務省の姜瑜(きょうゆ)副報道局長は同日、談話を発表。

 その中で、「いかなる形式のいわゆる調査を行うことに断固反対する。証拠集めは無効で無駄であり、事態をエスカレートさせる行為の停止を要求する」と語って抗議の意を表明した。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100912-OYT1T00530.htm

 その後、巡視船が撮影していたビデオによって、衝突の原因は中国漁船にあるとわかりました。中国漁船はわざと体当たりしてきたのです(NHK9/18)。

漁船は進路を変えずに一定の速度で走っていた巡視船に斜め後ろから近づき、大きくかじを切って衝突する様子が現場で撮影されたビデオに映っていたことがわかりました。海上保安庁は、漁船が故意に巡視船に衝突したことを裏付けるものとして、さらに詳しく調べています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100918/k10014074001000.html

 このような境界線付近での事件・事故では国同士で「むこうが悪い」「いや、先に手を出したのはそっちだ」という言い合いになりがちです。だから海保などの沿岸警備隊は、後で証拠になるビデオを撮影しておきます。今回はそれが役に立ちました。

 しかしハッキリした証拠がでたところで、揉め事が片付くわけではありません。そもそも事件・逮捕の場所が中国領海なのか、日本領海なのかという対立があるからです。中国側の主張をとるならば、事件現場に日本の巡視船が入ってきていること自体がそもそも不法だからです。

海保の数では手に負えない――中国漁船の浸入が増加

 今回の事件の直接原因は、中国の漁船団が日本の領海で違法操業したところから始まりました。沖縄タイムスの報道(9/9)によれば、中国漁船の違法操業は大規模で、去年に比べて増えています。その数は多く、海上保安庁の手に余るほどだそうです。また現地の市長や、漁業組合の代表者は日本政府に毅然とした対応を求めています。

■「手に負えぬ」

 今年8月中旬には1日で最大270隻の中国漁船が確認され、そのうち日本の領海内に約70隻が侵入していた―。この数に、関係者は「とても海保だけで手に負える数ではない」と吐露する。

 11管によると、ことし8月から尖閣諸島周辺海域で中国船籍と思われる漁船が増加。巡視船と中国漁船が衝突した7日には160隻ほどの中国船籍とみられる漁船が同海域で確認され、そのうち30隻が日本の領海内に侵入していた。……


■国の対応要望


 尖閣諸島を行政区に含んでいる石垣市の中山義隆市長は「違法操業の疑いがあるとなれば遺憾に思う。尖閣諸島は日本の領土であり、市の行政区域。海保、国にはしっかりと対応してほしい」と求めた。


 八重山漁協の上原亀一組合長は「(同海域には)実態として外国の漁船が入り込んでいるため、国は黙認せず、毅然(きぜん)とした態度で取り組んでほしい」と要望した。

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-09-09_10016/

海上保安庁は財政悪化の余波もあり、巡視船の老朽化が著しく、そのうえ広大な日本領海・排他的経済水域に対して船の数がそもそも少ないという問題があります。更新ペースの加速、定数と人員の増加も検討せねばならないでしょう。

「漁船を解放しなければ、撃つ」 中国の漁業監視船の脅迫

 漁船の浸入は、中国の海洋政策の一部です。南シナ海らでも中国はベトナム、インドネシアらと海洋問題でもめています。そこでは明らかに漁船が中国政府の尖兵として使われています。

 2010年の6月、インドネシア領のラウト島から約105キロの地点で、中国の準・軍艦とインドネシアの軍艦がするどく対立する事態が起こりました。6月22日にインドネシアの排他的経済水域(EEZ)で、中国漁船10隻が違法操業を行ったのが発端です。

 漁船がインドネシアによって拿捕されると、中国の『漁業監視船』が機銃を向けて「拿捕(だほ)した中国漁船を解放しなければ攻撃する」としてインドネシアの警備艇を脅しました。

 この『漁業監視船』は、所属こそ海軍ではありませんが、もと軍艦です。排水量4450トンの軍艦を改造し、ペンキを白く塗りなおして警備に使っています。もと軍艦の武装を活かして、自国の漁船を護衛しているのです。

毎日新聞が入手した現場撮影のビデオ映像によると、中国監視船のうち1隻の船首付近には漢字で「漁政311」の船名がある。……漁業を統括する中国農業省の所属で、船体色こそ白だが、どっしりと洋上に浮かぶ姿は正に軍艦だ。


 ……ファイバー製の警備艇は被弾すればひとたまりもない。やむなく漁船を解放したという。中国監視船は5月15日にも拿捕漁船を解放させていた。「武装護衛艦付きの違法操業はこれが初めて」(インドネシア政府当局者)だった。

(7/26 毎日新聞 「中国:武装艦で威嚇「拿捕の漁船解放せよ」 一触即発の海」)

 このときは漁業監視船の「撃つぞ」という脅迫に負け、インドネシア側がやむなく違法漁船を解放しました。もし交戦に入れば警備艇程度ではたちうちできない上、こうも強硬に脅されたのでは仕方がなかったのでしょう。

 中国はこういった漁業監視船をさらに建造し、南シナ海での海洋権益を拡張しようとしています。古い軍艦の転用ばかりでなく、専門船の新造にも着手しています(読売9/17)。

中国農業省は西沙(パラセル)諸島周辺での漁業管理を強化するため、同諸島に常駐させる漁業監視船の建造に着手した。……監視船の全長は約56メートル、最高速度18ノット、航続距離2000カイリという。農業省高官は同通信に「西沙海域での漁業管理と主権保護の任務が日に日に大きくなっている」と述べた。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100917-OYT1T00933.htm

 現在、尖閣諸島沖合いなどの東シナ海では、ここまで事態が加熱してはいません。今回の尖閣沖の事件において中国の漁業監視船はおとなしく引き上げました。しかし将来また事件があれば、軍艦に準じる武装をもった監視船の投入や、「中国漁船を解放しなければ撃つ」といった脅迫がありえることを、日本も念頭においておく必要があるでしょう。

漁船は海洋戦略の尖兵

 もと外交官の茂田氏の分析によれば、今年6月のインドネシア沖の事件は「中国が南シナ海や東シナ海で、海軍の退役艦艇を改造した漁業監視船を派遣しつつ、漁船を“先兵”として使っていることを裏付けている」とされています。また、こういった場合のやり口にはパターンがあるそうです。

 中国のこういう場合のやり方には一つのパターンがあり、漁船を送り込む、その後、武装した監視船や海軍艦船を送り込むというものである。

尖閣諸島問題 ( アジア情勢 ) - 国際情報センター - Yahoo!ブログ

 そうやって段階的に、その海は中国が事実上利用している、という状態を作っていくわけです。こう書くとなんだかえらくアクドイやり口のように思われるかもしれませんが、海洋権益の拡張にはきわめて効果的な手段です。中国の権益を増やすという立場からすれば合理的、当たり前の営業活動だといえるでしょう。

実効支配の確立と、国際的なアピールが必要

 まず漁船、次に漁業監視船、さらには島への上陸と、だんだんと実質的な支配を確立していくやり方は、領域紛争において効果的です。海洋政策研究財団の寺島紘士氏のブログによれば、係争地域が自国領として認められるか否かについては、その国がその領域の主権を実際に握っているかいなかが重要になるといいます。

国際裁判における領域紛争の解決においては「領域主権の継続的かつ平穏な表示は権原に値する」という見解が支配的という。国家が係争地域において実効的に展開する主権者としての活動が、先占等の領域主権の取得方式に優越する決定要素である(信山社「プラクティス国際法講義」p196)

尖閣諸島領海における中国漁船の違法操業について考える-海洋政策は今 寺島紘士ブログ

 よって日本側としても尖閣諸島およびその周辺領海の実効支配を維持し、固めていくことが大事でしょう。ただし火に油を注いでも損ですから、さしあたっては違法操業を引き続き万全に取り締まれる体勢を維持することからとなるでしょう。また「尖閣諸島には領土問題が存在する」ということが国際的に認識されるだけでも、日本にとっては損です。よって中国に対してだけでなく、他国に対しても日本の立場の説明、アピールを行っていくことが望ましいといえるでしょう。

(9/22追記)

補足記事を書きました。
尖閣諸島の死角 - リアリズムと防衛ブログ

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*1:より正確に言えば1:尖閣諸島は日本の南西諸島の続きではなく、台湾島の離島である。2:台湾は中国領である。3:よって尖閣諸島も中国領である。という言い分

中国とアメリカは「海のナワバリ」を争う

 犬を飼ったことのある人なら、飼い犬が人様の犬に吠え掛かって、悩まされたことがあるはずです。散歩中に他の犬とすれ違うとき。あるいは他の犬が自宅前の道を通るときに。犬には縄張り意識があるので、「自分の縄張りに不審な侵入者が来た」となればワンワンと吠えて撃退しようとします。縄張り意識の強い犬ならば、見知らぬ人や犬が自宅のそばを通ると激しく吠え、今にも噛み付かんばかりに威嚇するでしょう。

 このような縄張り、「ここは自分の侵されざるテリトリーだ」という意識をもっているのは、犬だけではありません。人間にも「パーソナル・スペース」と呼ばれるものがあるそうです。自分の体のまわり、数十センチ周囲の空間です。満員電車の中でもない限り、顔が触れそうな距離まで見知らぬ人が近寄ってきたらビックリするでしょう。「何だ」と思って不快に感じるかもしれません。これも一種の縄張りのようなもので、親しくない人には自分のテリトリーに入られたくないのです。

 人間の集団である国家にも縄張り意識があります。代表的なものは国境線ですが、それだけではありません。法的には何も決まっていなくても「ここは自国のテリトリーだ」という意識があります。国家の縄張り争いは犬の縄張り争いよりずっと複雑ですが、本質的には似たようなもの。侵入者からテリトリーを守ります。話し合ってダメなら、にらみつける。にらんでもダメなら、吠える。吠えても侵入が止まないなら、牙の出番です。

 今回は二頭の犬ならぬ、二つの国が縄張り争いをする話です。国はアメリカと中国、場所は黄海。ちなみに日本は、二頭の犬がうなり声をあげている、そのご近所に位置します。

黄海での米韓軍事演習に中国が反対

 北朝鮮が韓国の哨戒艦を魚雷で沈め、数十人の韓国軍将兵を殺害したのが、哨戒艦”天安”撃沈事件です。平時に他国の軍艦へテロ攻撃を行うなど、まともな国のやることではありません。この事件への対抗措置として韓国とアメリカは合同軍事演習をおこないます。空母をふくむ約20隻の軍艦、ステルス戦闘機F22を含む約200機の軍用機、そして米韓あわせて約8000人の兵士が参加する、大きな演習です。米韓がもつ海空軍の強い力を見せつけることで、新たな凶行を抑止しようというわけです。

 しかしそれに対し、中国が猛反発しました。なぜなら演習の予定場所が中国のごく近く、黄海だからです(以下、毎日新聞7/8)。

韓国の哨戒艦沈没事件を受けて米韓が黄海で予定する合同軍事演習について、中国外務省の秦剛副報道局長は8日の定例会見で「外国軍艦船が黄海など中国の近海に入り、中国の安全保障上の利益を損なう活動を実施することに断固として反対する」と表明した。


 中国はこれまでも、中国紙で軍人が反対意見を表明するなど演習への反対姿勢を示してきたが、政府が正式に明確な反対を表明するのは今回が初めて。中国は哨戒艦沈没事件をきっかけに米国が中国近海で軍事的な存在感を増すことを強く警戒している。

毎日jp(毎日新聞)

黄海は朝鮮半島と中国のあいだの海です。首都のペキンにも近く、中国からすれば目と鼻の先、庭のような位置です。ここにアメリカの空母が入ってくると、その攻撃範囲はペキンをも覆うほど。これを嫌がっているのです。

「アメリカの空母は動く目標になる」

 この演習に対し、中国では政府と軍から反対意見がだされています。例えば中国軍のシンクタンクに勤める羅援少将の発言です(時事通信)。

18日付中国紙・広州日報によると、中国軍系の学術団体・軍事科学学会の副秘書長、羅援少将はこのほど、韓国哨戒艦沈没事件を受けて計画されている米韓合同軍事演習などを挙げ、「中国への敵意を含む行動には対抗措置が必要だ」との見解を示した。

時事ドットコム

 出演したテレビ番組で、米空母などが黄海に入れば「動くターゲットになる。双方の実力を知る好機となるだろう」とも発言したそうです。彼は以前から過激な物言いをすることで知られています。

 軍だけではなく政府からも正式に反対表明がありました。

米韓が黄海で予定する合同軍事演習について、中国外務省の秦剛副報道局長は8日の定例会見で「外国軍艦船が黄海など中国の近海に入り、中国の安全保障上の利益を損なう活動を実施することに断固として反対する」と表明した。

 中国はこれまでも、中国紙で軍人が反対意見を表明するなど演習への反対姿勢を示してきたが、政府が正式に明確な反対を表明するのは今回が初めて。中国は哨戒艦沈没事件をきっかけに米国が中国近海で軍事的な存在感を増すことを強く警戒している。

毎日jp(毎日新聞)

 中国は対抗措置とは明言しないものの、ごく最近、近くの海域で海軍演習を繰り返して行いました。

 とはいえ米韓合同演習は、別に中国を攻撃するものではないし、公式には北朝鮮への抑止を目的としています。北朝鮮を(名指しはしないものの)批判する国連安保理の決議も既にでています。にも関わらず中国がこのように強く反発するのは、国家的なプライドの問題にとどまらず、中国の軍事戦略に原因があります。

「接近阻止・領域拒否」の近海防衛

 中国海軍(PLAN)が構想していると言われる軍事戦略が「Anti-access / area-denial strategy(接近阻止・領域拒否 戦略)」です。アメリカ等と戦争になった際に、敵の海軍が沿岸まで近寄ってこられないよう、近海かより遠くで足止めする戦略です。古典的な機雷から新鋭の潜水艦、さらには対艦弾道ミサイルなんていう珍しい兵器までもを投入し、アメリカ海軍を足止めします。例えばある海域に中国の潜水艦が潜んでいたり、あるいは対艦弾道ミサイルの射程内だったりすれば、アメリカの空母艦隊はその海域に入るのに慎重になります。あるいは弾道ミサイルや爆撃によってグアムや沖縄の基地が打撃をうければ、戦力展開に遅れが生じるかもしれません。

 その軍事的目的は、以下の3つです。

1:アジアの特定の作戦領域に、アメリカと同盟国の軍が到着するのを遅らせる 

2:アメリカの軍事作戦を支える地域の重要な基地の使用を妨害するか、中断させる

3:アメリカの戦力投射アセット(空母や揚陸艦)を中国沿岸からできるだけ遠くに留めておく

 こうしてアメリカ艦隊の接近を阻止し、邪魔します。それによって中国本土を攻撃から守るとともに、中国が政治的目的(たとえば台湾の併合)を達成する時間を稼ぎ出します。「接近阻止・領域拒否」という呼び方はアメリカ軍の年次報告書で出された用語です。アメリカからみれば「我が艦隊が近寄るのを阻止しようとしている」と見えるわけです。

 これを中国からみれば、戦争になればアメリカの艦隊が庭先まで侵入してきて、我が国を襲う、目的を妨害する、だから近海で防ぐ、というわけです。中国海軍はかつて沿岸、沿海での防御を目指していました。しかし訒小平が指導者となり、彼に抜擢された劉華清が海軍司令に任命されたことから、より外洋での防御を目指すようになりました。近年では経済発展した沿岸都市、として排他的経済水域EEZ)の漁業や天然資源の権益を守るため、より遠くの海に進出して敵軍を防ぐ必要がでてきました。

 具体的には中国海岸線に沿った海、つまりは渤海、黄海、東シナ海、南シナ海を敵国にコントロールされるのを防ぎ、海洋権益を守ることを目指しています。今回、米韓軍が演習を予定していた黄海もまた、近海防御戦略の舞台となる場所です。東・南の両シナ海とくらべて首都北京に近く、中国の庭先というべき海です。ここに易々とアメリカ空母の侵入を許すのは沽券に関わる大問題です。また軍事的な情報保全からも問題がある、と羅援少将は示唆しています。中国の潜水艦が外洋にでるルートを探られでもしたら堪らない、というのです。

Towards the end of his online discussion, Luo lets on perhaps the real reason the PLA doesn’t want U.S. ships in the Yellow Sea: the ships powerful sonar and sensors can monitor and map the “hydro-geological conditions of China’s submarines’ channels out to sea.”

Chinese General Takes to Web Arguing Why U.S. Carrier Should Stay Out of the Yellow Sea | Defense Tech

中国に法的な正当性はあるか? EEZでの軍事活動と海の法

 ところでこの場合、中国にはアメリカ海軍の進入を拒否する正当な権利はあるのでしょうか? これは微妙なところです。なぜなら海洋の秩序を規定している「国連海洋法条約(UNCLOS)」において、解釈が分かれている問題だからです。

 公海の自由の原則からいえば、中国の反対は不当です。黄海は中国に近いとはいえ、領海12海里の外には公海です。公海では軍艦の自由な行動が許されています。とすればアメリカ・韓国の海軍が演習をやるのも自由です。

 ただし沿岸国は沿岸から200海里以内で排他的経済水域EEZ)を設定できます。公海とはいえ他国のEEZの中でも、偵察などの軍事行動が許されるかどうかは、意見が分かれています。アメリカ・イギリスなどはEEZであっても軍艦の行動については自由だ、と主張しています。それに対して中国らいくつかの国は「他国のEEZでの軍事活動には沿岸国の許可が必要」という解釈をとっています。中国の主張をとるならば、黄海の中国EEZにアメリカ海軍が勝手に入ってきて演習をしてはならない、ということになるでしょう。

 中国は09年春にも、黄海の中国EEZで活動していたアメリカ海軍の調査船ビクトリアスを妨害しています。同様に南シナ海らでも、アメリカ軍艦の中国EEZでの活動を妨害、または批判したりしてきました。これに対しアメリカは自由な公海で合法的に活動していただけだと反発しました。

参考:高峰康修の世直し政論:中国漁船、黄海で米海軍調査船に妨害行為―過去数カ月で5度目

 このように米中間で「EEZでの軍事活動」について法的解釈が分かれており、いまのところどっちが明らかに正しいとは言えないでしょう。もっとも中国自身は沖縄周辺において、日本のEEZで勝手に軍事的調査を幾度となく行っていますから、「他国EEZでの軍事活動には沿岸国の許可が必要」で一貫しているわけでもありません。

アメリカと中国の海をめぐる戦略的対立

 このようにみれば、今回の米韓合同演習についての対立は、今回限りのものではない、これからも同種の対立が幾度と無く起こりえることが分かります。両国の海洋戦略が対立しているからです。

 アメリカは強大な海軍を世界の海に展開し、必要に応じてユーラシア大陸に「海から(from the sea)」関与することで、自国にとって望ましい秩序を守ってきました。そのためにはユーラシア大陸周辺の要所要所に米軍基地があり、かつ米海軍の戦力が大陸国のそれを圧倒していて、妨げられないことが必要です。

 他方、中国の近海防御は、中国近海をアメリカ海軍でさえも接近困難な「中国の庭」にすることを目指しています。有事においては接近阻止・領域拒否戦略があり、平時においても排他的経済水域内では中国の許可なくして勝手な軍事活動ができないようにしたがっています。


 海から大陸に関与する能力を持ち続けたいアメリカ。

 少なくとも近海はアメリカにも手出しさせない縄張りにしたい中国。


 この二国の海洋をめぐる戦略は、究極的には両立し難いものです。中国海軍の外洋進出に伴って、この種の対立は少しずつ色濃く現れていくことでしょう。今回の米韓演習に対する中国の反発は、そのちょっとした表れに過ぎないとみるべきでしょう。

 今回、アメリカはひとまず中国に遠慮し、黄海での演習を先延ばししました(7/21日経)。米韓合同演習は今月25日から、ひとまずは黄海を避け、日本海で行われる予定です。しかし黄海での演習は先延ばしにしただけであり、数ヶ月中には実施されるでしょう。

 なお、今月末の米韓演習は、その名を「不屈の意志」と命名されています。対する中国が今月半ば、対抗措置と口には出さず、しかし近海で実施した演習は「交戦2010」だそうです。

この記事の参考文献


北朝鮮による韓国艦『撃沈』事件と日本

 韓国の哨戒艦「天安」が沈没した事件についてです。余り時間がないので、今回は手短に、ざっと。

沈没原因は魚雷、犯人は北朝鮮で確定

20日、ようやく正式な発表があり、この沈没が北朝鮮の魚雷攻撃による「撃沈」であったことがはっきりしました。

 韓国軍当局が発表したところによると、北朝鮮の新型潜水艇・ヨノ型(130トン級)が……26日夜に天安を攻撃し、28日ごろ基地に帰投した事実が確認されたという。  


 天安の沈没原因を調査してきた民・軍合同調査団のユン・ドクヨン共同団長は20日、国防部大会議室で、「天安艦沈没事件の調査結果」を発表、海底から回収した「決定的証拠」である魚雷後部の推進装置や、韓国軍が確保した秘密資料の分析を根拠として、「天安は北朝鮮製の魚雷による外部水中爆発の結果、沈没したという結論に到達した」と発表した。

Chosun Online | 朝鮮日報

 この調査は公平客観を期すため、国際的な軍民共同によって実施されました。また発表は念の入ったもので、回収された魚雷の残骸と、北朝鮮が持っている魚雷の設計図を対照させて提示しています。誰がどう考えても、これはもう北朝鮮が犯人に間違いない、そうとしか考えようが無い、というところまで証拠を揃えた上での発表でした。

なぜ北朝鮮は韓国艦を攻撃したのか?

 国家が武力行使を行う場合、その目的は相手に何らかの行動を強要することです。例えば北朝鮮はこれまで度々弾道ミサイルを発射したり、核実験をやったりと、軍事的威嚇をくり返してきました。それは例えば経済制裁を解除させるためだったり、食料援助を得るためだったり、体制の安全保障をとりつけるためだったりしました。要は「ほらほら、ウチはこれだけの軍事力をもってるぞ。戦争になったら痛い目をみるぞ。だから○○してくれ」という交渉カードとして、武力をチラつかせてきたわけです。

 ところが今回の哨戒艦撃沈は、ちょっと趣きが違うようです。何らかの明確な要求は無く、また北朝鮮はこの事件への関与を否定しています。じゃあ何を達成するための攻撃だったのでしょう。地域ウォッチャーならざる私にはよくわかりません。

 幾人かの専門家によれば、北朝鮮内部の都合という見方がなされています。

 専門家の多くは、「攻撃」理由として、2009年11月、黄海の北方限界線(NLL)近くで起きた南北艦艇銃撃戦で敗北した報復を挙げる。この交戦は、北朝鮮側に複数の死傷者と艦艇の損害を出す韓国の圧勝に終わり、北朝鮮軍は威信回復の反撃機会をうかがっていたとの見方が有力だ。…


…武貞秀士・防衛研究所統括研究官も「韓国軍艦を沈没させ、完全な『勝利』を残すことで軍の士気を高めることを狙った」とみる。  


……北朝鮮は昨年11月のデノミネーション(通貨単位の切り下げ)失敗で民心の急激な悪化を招いた。権力世襲を円滑に進めるためにも、軍掌握は生命線だ。哨戒艦沈没と合わせ、大量昇格で「北朝鮮軍の士気は最高の状態」との観測もある

北朝鮮の魚雷、狙いと誤算…黄海銃撃戦報復か : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 
 つまりは「韓国艦を撃沈してやったぞ」という戦果を、外国向けには否定するとしても、自国軍内部には示して金正日体制の威信を高め、軍部を掌握するためではないか、ということです。

戦争になってもおかしくない事態

 いかなる目的であれ、殺された韓国軍の将兵46人とそのご家族にとってはたまったものではありません。異常な武力攻撃を受けた韓国としては、国家として当然の自衛として、また類似の攻撃を予防するため、何らかの罰を北朝鮮へ与えねばなりません。

 今回、北朝鮮は潜水艇から魚雷を発射して、韓国の軍艦を攻撃しました。軍隊で軍隊を攻撃したわけです。極めて戦争につながりやすい行為です。もし撃沈されたのがアメリカ軍の艦艇であれば、とっくの昔に爆撃なり巡航ミサイル攻撃なりで、北朝鮮への武力報復にでていてもおかしくありません。

 先に武力を行使したのは北朝鮮ですから、攻撃された韓国の側が自衛のために武力を用いて反撃にでたとしても、それは不当なこととはいえません。ロイター通信によれば、北朝鮮は戦争をも視野にいれている旨を発表しています。

北朝鮮は21日、朝鮮半島は戦争へと向かっており、韓国との合意をすべて破棄する用意がある、との見解を示した。

朝鮮半島は戦争へと向かっている=北朝鮮 | Reuters

とはいえ報復は困難な選択

 しかし韓国政府にとって、こうも明白な武力攻撃を受けても「北朝鮮の潜水艦基地を爆撃する」といった武力による報復は難しい選択肢です。それをきっかけに北朝鮮がヤケになって全面戦争にうってでかねなず、そうなれば戦場となる韓国の被害は計り知れないからです。

 ですから、もし武力報復をやるとしても、北朝鮮の基地1つか2つくらいだけを爆撃するような、限定的な作戦になるでしょう。韓国の側から全面戦争に打って出ることはまず考えられません。

 しかし何かの間違いで、万が一にも全面戦争(第二次朝鮮戦争)になれば、韓米軍を中心とする国連軍が恐らく圧勝するでしょう。(第一次)朝鮮戦争のときは、韓国を守るために国連軍が編成されました。韓国軍、アメリカ軍を中心とし、ほかイギリス、フランス、ベルギー、オランダなど多くの国による連合軍です。現在は休戦中となっている朝鮮戦争ですが、もし再開されれば再び国連軍対北朝鮮という枠組みで戦闘になり、そして北朝鮮は負けるでしょう。

 しかしたとえ勝ったとしても、韓国の被害は甚大なものになります。韓国の首都ソウルは北朝鮮との国境線に近すぎるし、北朝鮮の特殊部隊が潜入してきて破壊活動にでる見込みも大きいといわれています。さらに戦後には、北朝鮮という恐ろしく貧しい国を韓国主体で復興せねばならなくなるでしょう。こう考えると、どれだけの人的、経済的損失が生じるかはかりしれません。

 また、全面戦争時、北朝鮮との戦いには勝てるとしても、中国がどう動くかが分かりません。かつて国連軍がピョンヤン(平壌)を陥落させ、北朝鮮の全土制圧に王手をかけたとき、中国は「義勇軍」と称し、北朝鮮側に立って事実上参戦してきました。韓国によって朝鮮半島が統一されれば、アメリカ寄りの統一朝鮮が誕生することになりますが、中国はそれを容認できなかったたのです。第二次朝鮮戦争でも国連軍の完全勝利は中国を刺激せざるを得ず、何が起こるか分かりません。

 そういったリスキーな事態を避けるため、韓国はたとえ限定的なものであっても、軍事報復オプションは避けようとするでしょう。また韓国世論もこれを避けたがっています。よって韓国、米国政府は報復攻撃には慎重になり、それ以外の制裁を行う方向で動くでしょう。

韓国は国際社会と協力しつつ、経済的・政治的な報復にでる

 韓国のリアクションについては、こう報道されています。

韓国はこれまで、経済回復への影響を懸念し、北朝鮮に軍事的な報復措置に出る計画はないことを明確にしており、国際社会と協力して北朝鮮への制裁強化などを求めていく考え。

朝鮮半島は戦争へと向かっている=北朝鮮 | Reuters

 具体的にはどういう制裁が考えられるでしょうか? まずは国連安保理で対北朝鮮制裁決議を通すこと、韓国が単独でできることとしては南北経済協力を全面中止することです。アメリカが積極的に制裁をやってくれるならば、テロ支援国家の再指定、金融制裁などが考えられます。

 軍事的対処としては米韓両海軍の共同訓練や警戒によって圧力を加えることです。攻撃は行わないにしても、再発予防のために軍事的圧力も必ずやかけられるでしょう。それは韓国だけでなく、アメリカも同盟国の信義にかけて、協調します。

 その一端はすでに垣間見えます。沖縄の米軍基地にステルス戦闘機を一時的に配備するそうです。

沖縄の米空軍嘉手納基地報道部は21日、最新鋭のステルス戦闘機F22Aラプター12機が来週後半から同基地に4カ月間、配備されると発表した。平成19年以降、4回目の暫定配備となる。

MSN産経ニュース

 F22ラプターの部隊は、ここ数年、ちょくちょく沖縄にやってきています。その配備タイミングは、北朝鮮情勢が不穏になった直後が多いです。つまりは戦力増強によって「北朝鮮にとっては防ぎようが無い、ステルス戦闘機を用いた攻撃を、いつでもやれるんだぞ」と、無言のメッセージを送っているのです。

 このような軍事的な圧力、報復にはでないまでも強い圧力を背景に、まずは国連安保理での制裁決議が、ひとつの焦点となるでしょう。その場合、北朝鮮を擁護する立場にある中国をいかに動かすかが鍵となるでしょう。

 また、さらに先の話としては、安保理のお墨付きをもって経済制裁を行うとしても、北朝鮮がそれに反応してヤケになり、また武力行使にでてはたいへん困ります。よって制裁にあたっては、北朝鮮の出方を見きわめながら、実効性をあげつつ、過剰反応を呼ばない慎重さが必要となるでしょう。

日本は疑いもなく当事者

 この事件は日本にとっていかなる意味を持つのでしょうか? まず明確なことは、日本はこの件について、思いっきり当事者の一員だということです。事件は海の向こうの朝鮮半島で起こっているからといって「対岸の火事」だと思ったら大間違いです。日本の意識がどうあれ、本来、既に当事者なのです。それには多くの理由を挙げることができます。

●北朝鮮は日本にとっても脅威

 まず第1に韓国艦が撃沈され、韓国の国民が殺されたということは、日本も同様の攻撃を受けてもおかしくない、ということです。

 この件では北朝鮮の攻撃力が意外と高いことが示されました。「北朝鮮が日本を攻撃して何かメリットがあるの?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、韓国艦の撃沈にみられるように、北朝鮮のような独裁国家は、他国には計り知れない理由で、とんでもないことをやらかすことがあるのです。

 今回の事件が示した北朝鮮の危険性は、距離的に近い日本にとっても安全保障上の脅威なのです。

●日米同盟と韓米同盟は一体

 第2に、この事件への対応は被害者である韓国を先頭に、韓米同盟の枠組みで行われますが、この場合に韓米同盟と日米同盟は不可分だということです。

 韓国は攻撃を受けた被害者であり、韓国への攻撃は同盟国であるアメリカへの攻撃にほぼ等しいです。同盟国はいざとなれば一蓮托生です。そしてそのアメリカと日本は同盟しています。日本は韓国とは同盟していませんが、間にアメリカを挟んで間接的に韓国の盟友です。

 また、朝鮮半島有事の場合、軍事的にみれば米韓同盟と日米同盟は切り離せない1つのシステムです。例えばアメリカの戦闘機F22ラプターが、牽制のために配備されたことは前述の通りですが、その場所は沖縄県です。また、第一次朝鮮戦争の際に韓国を救った仁川上陸作戦は、海兵隊を中心とする在日米軍によって行われました。これらの事実から明らかなように、もし朝鮮半島で戦争になれば、韓国軍、在韓アメリカ軍、在日アメリカ軍は1つのシステムとして動きます。また、そうなれば日本も周辺事態法を発動し、自衛隊を後方支援へ投入する見込みは小さくないでしょう。

 このようなわけで、こと半島有事において韓米同盟と日米同盟は一体ですから、万が一にも有事の可能性をみすえて動く以上、日本はとっくの昔に韓国と同じ陣営へ所属しているのです。

●日本は安保理の非常任理事国

 とはいえ前述のように、できるだけ戦争は避ける方向で誰しもが動くでしょうが、そうなると変わって言葉の戦争が繰り広げられるのが、国連の安全保障理事会です。そして2010年現在、日本は日本は非常任理事国に選ばれており、その理事会の議論に参加します。日本が他人事だと思っていられない第3の理由がこれです。

 北朝鮮に対して有効な制裁ができるかどうか、その鍵を握るのが安保理での議論です。そこに議席をもっている以上、日本がこの件についてどういう意見を持っていて、安保理でどういう意見を出すのかは、今後の事態に影響してきます。

 このように、北朝鮮は日本にとっても脅威であり、韓米同盟と日米同盟は一体であり、そして日本は国連安保理に席を持っている以上、韓国艦撃沈事件において、日本はすでに当事者なのです。

協調、避戦、制裁

 よって日本は韓国側の陣営に属する一国として、韓米に協調しつつ、有効に動くことが、本来は求められます。

 とはいっても北朝鮮への制裁で「先頭に立つ」のは、被害者である韓国の役目です。日本の座る席ではありません。

 ただし、事態が有効な落とし所にたどり着くよう、力を尽くすことは、日本の国益にもかないます。前述の通り、北朝鮮は日本にとっても脅威ですし、万が一にも半島で戦争再開ということになれば、日本は無関係でいることなど不可能だからです。

 よってそのような意味で、韓米と協調して安保理決議と対北制裁をめざしつつ、万が一にも戦争にはならない落とし所にもっていくべく、「ある意味で先頭に立つ」くらいの意気込みで動く、ということはまさに望ましいことでしょう。地域の安定のためにも、日本国民の安全のためにも。

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普天間および在沖米軍について韓国紙の論評

とりあえずメモ。4月28日、東亜日報より。

日本本土の米軍と違って、沖縄駐屯の米軍は日本の防衛に限らず、アジア太平洋地域の防衛まで担当している。韓半島有事の際に、米軍の第1次発進基地になるのも沖縄だ。最先端航空機が配備された嘉手納空軍基地から見ると、ソウルは作戦半径1時間以内にある。「迅速機動隊」と呼ばれる1万8000人の米海兵隊は、6〜48時間の間にアジア太平洋地域のどこにでも戦闘投入が可能だ。米国本土から海兵隊が投入されるには21日がかかる。海兵隊は、韓半島有事の際に、北朝鮮の大量破壊兵器を除去する任務を担っている。沖縄駐屯の米軍が、韓国にとっても大変重要である理由もそこにある。


◆沖縄の中南部にある普天間基地は、沖縄駐屯の米海兵隊の航空ハブであるが、住居地域と商業地域に囲まれ、住民の反発が根強い。…もし、沖縄から米海兵隊が撤退すれば、米国の韓半島などアジア太平洋地域の防衛戦略に支障をきたすのみならず、日本にも甚大な影響を与えかねない。


北朝鮮の仕業と判明しつつある天安(チョナン)艦事件は、日本にももはや対岸の火事ではない。北朝鮮の核とミサイルだけが脅威ではなく、これからは日本の海の中にも気をつけなければならない。日本政府は、普天間基地を対北朝鮮安保体制による抑止力として見直さなければならない。

donga.com[Japanese donga]

マスコミの軍事リテラシー不足の問題

 芸能人から政治家まで、さまざまな人がTwitterでつぶやき始めている昨今ですが、「在日アメリカ海軍司令部」もツイッターをやっています(在日米海軍司令部 (CNFJ) on Twitter)。在日アメリカ海軍の広報などを、わりとざっくばらんにつぶやいているようです。そのつぶやきの中で大きな危機感を抱かせるものがありました。日本のマスメディアの軍事音痴をしめすつぶやきです。

最近1番驚いたこと。

それは先日米海軍横須賀基地に空母を視察に訪れた岡田外相を取材する為に東京からやってきた記者団のうちの何名かに、
空母ジョージ・ワシントンを目前にして「この船はなんですか?」「なんていう船ですか?」と訊ねられたことでした。

Twitter / CNFJ: 最近1番驚いたこと。それは先日米海軍横須賀基地に空母を視察に ...

駆逐艦が寄港したある地方の記者の方に、「この駆逐艦というのは、いわゆる空母ですか?」と質問を受けたこともありました。でも、御存知ない方はそういうものですよね?

Twitter / CNFJ: 駆逐艦が寄港したある地方の記者の方に、「この駆逐艦というのは ...

これについては「週刊オブイェクト」でも取り上げられ、話題を呼んでいます。在日米海軍司令部が驚愕する日本の報道記者の軍事知識レベル : 週刊オブイェクト ちなみに軍艦の種類については過去に以下の記事で解説しましたので、詳しくはそちらをご覧ください。

戦艦と軍艦と護衛艦はなにが違うのか? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 この2つのつぶやきからは、軍事リテラシー以前の問題として、記者としてのプロ意識に欠けている点が見受けられます。外務大臣が空母を視察するのを取材に行きながら、その空母について何の事前知識も仕入れていかない。地元の港に寄港した駆逐艦を取材に行くのに、駆逐艦というのがどういう艦なのかも調べずに行く。事前に予備知識をいれずに取材に行くなどというのは、記者として果たしてどうなのか、と思います。「この駆逐艦というのは、いわゆる空母ですか?」とは、とんでもなくトンチンカンな質問です。id:mahalさんの例えをお借りすれば、サッカーJリーグの試合を取材にいってゴールキーパーを指さし、「あれがベッカムですね」とか言っちゃうくらいのレベルです。現地までの移動中に携帯電話でwikipediaを検索しただけでも、こんな無茶苦茶な質問はでてこないはずです。これらの記者は軍事知識以前の問題として、プロ意識が致命的に欠けています。

 この件に限らず、日本のマスコミには軍事知識が欠けていることがよく見られます。とはいえ、もちろんマスコミの記者だからといって、あらゆる分野で専門知識を持つのは無理な話です。また、あまりにマニア的な知識、たとえばアメリカ海軍のアーレイバーグ級とタイコンデロガ級を一目で区別できる、というような知識は不要でしょう。そんな細かい話は、それこそ軍の広報官にでも聞けば済むことです。

 しかしこれらの記者のようにまったく軍事の知識が無い記者が、在日米軍や国際政治といった軍事にからむ事柄を取材するのは、大きな問題です。なぜならば、誤報の温床になるからです。

軍事知識の欠如がもたらした誤報のごく一部

 昨年、「核の密約」が暴かれたことが話題となりました。アメリカ軍が核兵器を日本国内に持ち込むことを、日本政府は黙認する、という約束がひそかに交わされていた、という話です。これについて解説するには、核兵器についての予備知識が必要になります。そもそも核兵器とは何であり、どんな種類があり、アメリカが日本に核兵器を持ち込むのは何の目的によるものか、という知識です。ところがこれらの知識を致命的に欠いていたために、複数の大手新聞社によって誤報が流されました。

 これについては「週刊オブイェクト」の「核密約問題でマスコミは右も左も馬鹿ばかり : 週刊オブイェクト」および「共同通信が調子に乗り過ぎて自爆、核搭載艦について : 週刊オブイェクト」らで取り上げられています。核兵器の運用について、ごく初歩的な理解を欠いた人が記事を書いているために、絶対にあり得ないことが「起こりうる」と報道されています。このように、確かな事実にもとづいた報道であっても、それを正しく解釈する知識を欠いていれば、誤報を流してしまいます。

 このようなケースは非常に数多くみられます。このブログでとりあげた例では、韓国軍の演習場を自衛隊が視察した際、ためしに演習場を体験してみたところ、そこの韓国軍部隊に完敗した、というニュースがありました。テレビのニュースでも流れたニュースです。これも事実に反しているわけではないのですが、その背景や意味するところを解釈せずに「韓国軍が勝って自衛隊が負けた」という部分だけを報道したため、当の韓国軍にも呆れられるとんだミスリードとなりました。(「「韓国軍が自衛隊に勝った!」というニュースが別にどうでもいいワケ - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 この場合は何の重要性もないニュースをムダに垂れ流したケースだからまだ害が少ないのですが、本当に重要なニュースを得ていながら知識がないためにその重要性を見抜けず、報道しないという逆パターンも起こりうる話です。また、あるていどの軍事知識もない記者が取材にいったのでは、鋭い質問などできるはずもありません。また、政府や軍の広報官が、意図的に都合の悪いことを伏せたり、ごまかしたりして答弁したとき、それを的確に見抜いて批判を加えることができるものか、非常に疑問です。

 このように、ある程度の知識、いわば軍事リテラシーを報道機関が持たないでは、軍事や国際政治に関する日本の報道は著しくレベルの低いものとなります。その害はテレビや新聞の利用者に、ひいては日本の国政に及びます。

江畑謙介氏からの警告

 昨年亡くなられた日本最高の軍事アナリスト江畑謙介氏は、このような現状を憂い、その著書のなかでこう述べてらっしゃいます。

…残念ながら国民一般がもつ軍隊や兵器に関する知識は驚くほど少なく、したがって正確な情報を国民に提供すべきメディアの知識もまた貧弱で、多くの間違いや誤解に基づく情報が流されている。


あるいは国民の軍事に関する知識を故意に利用した情報操作のための、客観性に欠ける情報の流布が行われている。これは民主主義にとって極めて危険な状態である。


江畑謙介著「兵器の常識・非常識(上)」 p3-4

 客観性に欠け、誤った軍事情報の蔓延を、江畑氏は強く危惧しておられたのです。マスメディアが必要な知識もなしに誤った報道を流し、あるいは政府に都合の良いごまかしを見過ごして批判を欠いている、ということです。マスメディアがそのようでは、国民はなかなか妥当な情報を知ることができず、無知なままにおかれます。独裁の国ならばいざしらず、民主主義の国において、これはかなり困ったことです。なぜなら民主主義国において、国民は議会を通して文民統制を果たし、軍事力をコントロールしなければならないからです。

戦中の日本からの警告

 司馬遼太郎氏はエッセイ集「風塵抄」でこう述べてらっしゃいます。

たとえば、戦前の軍国主義の時代では、自国の軍事力を他と公開の場でくらべてみることはできなかった。日米開戦という重大段階の直前でさえ、両者の比較が新聞紙上にあらわれることはなかった。湾岸戦争で、軍事評論家たちがテレビに出ている。民間に軍事評論家をもっていることは、自由な社会であることのあざやかな証拠といえる。テレビをみながら、ふと


(こんな分析家たちが昭和一けたに五、六人もいたら、昭和史は変わっていたろう)


と妄想した。むろん、妄想にすぎず、昭和一けたにそんな自由はなかった。


……大正時代は自由だった。しかし、油断した自由だった。自由でありながら、民間人で軍事研究をする酔狂な人はいなかった。大正時代に冷静な軍事研究が民間でおこなわれていれば、昭和に入っての軍人のファナティシズムの爆発は、不発か、より軽度だったにちがいない。(司馬遼太郎 「風塵抄」 p287-288)

軍国主義の時代に、国家の軍事政策を冷静に分析し、批判できる言論が不足していたことを指摘しているわけです。司馬氏は「こんな(軍事)分析家たちが五、六人もいたら」と慨嘆していますが、大正から戦中にかけての日本にも、そういった言論人が一人もいなかったのではありません。

 例えば水野広徳という人がいました。この人は元軍人だったのですが、軍を退いた後は文筆活動に転じて、冷静な軍事的分析から、日本の軍事政策を徹底的に批判しました。その指摘は後からみると恐ろしく的中しています。太平洋戦争の開戦直前に、すでに「現代は航空戦の時代である。もしアメリカと戦争などすれば、航空戦に負けて、東京をはじめ日本の都市はみんな焼き尽くされてしまう」と言っています。事実、その通りになりました。

 しかしこういった、軍事的知識に裏打ちされた適切な分析、批判は、けっしてメディアの大勢を占めることがなく、政治の動向に影響を与えることはありませんでした。戦争がいよいよ進んでくると、このような議論は封殺されてしまいます。太平洋戦争の勃発直前、水野はこう書いています。

「近時我国に於いては言論の自由著しく拘束せられ、殊に軍事問題に関しては、当局の意に満たざる言論は直に反軍思想として弾圧される」


「今の軍当局は国民に戦争の惨状や悲哀を知らす事を非常にいやがって居る様です。要するに無知の国民を煽って塹壕の埋め草にする積りらしいのです」

 翻って現在はどうでしょうか。水野が遭ったような言論弾圧はもはやありません。政府にとって都合の悪い事実であっても、報道することができます。マスメディアは大手を振って政府の防衛政策を批判したり、かくあるべきと議論を立てたりすることができます。過去の歴史を反省するならば、冷静かつ論理的に、そういった批判をやり、あるいは議論を盛んにして政治を誤りを防ぐのは、言論の重要な役割でしょう。

 しかし前段のように、軍事的知識を欠き、情報の重要性をはかることにも困難を感じ、正しい事実をつかんでもその解釈を誤って誤報にしてしまうようでは、そういったマスコミの機能は十全には期待しがたいところです。

台湾が長距離ミサイルで北京を狙う理由 〜台湾の防衛戦略

 台湾が中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルの開発を再開する模様です。これに成功すれば中国の首都・北京をミサイルで狙えるようになります。

 いまの台湾の総統は馬英九という人ですが、彼は中国に友好的な姿勢をもっています。だから北京を狙える長距離ミサイルの開発は停止していたそうです。

 しかしここにきて、その態度が急に変わり、開発再開となったのは一体なぜなのでしょう? また、そもそも台湾はなぜ中国を狙えるミサイルをもとうとするのでしょうか。

普天間と中国のせいで態度が変わった

 報道によれば、馬政権が態度をかえつつある背景には、普天間問題のせいで日米同盟の先ゆきが不透明になっていることと、それにタイミングを合わせたように中国の軍事活動が活発化していることだ、といいます。

再着手は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題を巡る日米関係のギクシャクぶりへの台湾側の懸念や、中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感と受け止められている。


…馬政権は当初、中国の首都・北京を射程圏とするミサイル開発で中国を刺激することは避けたい考えだった。また、開発停止の背景には沖縄海兵隊を含む在日米軍の「抑止力」があった。


…関係筋は「普天間問題に代表されるように、台湾に近い沖縄にある米軍の存在や役割が変化する事態もあり得る。米軍が台湾を守る力にも制限が加わる可能性が出てきたことから、抑止力を高める方向に再転換したのではないか」とみている。

毎日jp(毎日新聞)

総統府直属のシンクタンク、中央研究院の林正義・欧米研究所研究員は、「現政権は中国を怒らせたくない。日米との軍事協力についても公にしたがらない」という。  


だが、米軍普天間飛行場の移設問題をめぐる日米間の摩擦が浮上し、タイミングを合わせたように中国の軍事活動が活発化すると、馬総統は態度を変えた。昨年12月ごろから…「台湾は日米同盟を重視している。東アジアの安全と安定の要だ」と繰り返すようになった。  

毎日jp(毎日新聞)


 この報道で述べられているように、アジア・太平洋地域の要である日米同盟が揺らいでいることは、台湾にとって他人事ではありません。

普天間問題は台湾にとっても問題

先日このブログでも書いたように、沖縄の米軍基地は台湾有事への即応にも使用されます。下記の記事では、中国が少数の部隊による首都奇襲、いわゆる「斬首戦略」をとった場合に焦点をあてました。

普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり) - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 ただ上の記事では斬首戦ばかり強調し過ぎ、他の形態で台湾紛争が起こったときの普天間の機能を書き忘れました(すいません、短時間で急いで書いているので)。

 ほかの形態で紛争がおこったときにも、海兵隊のヘリ部隊が即応可能な位置にいるのは意味のあることです。中国が海から台湾へ増援を妨害している間にも、一定の航空優勢があれば空から短時間で部隊と物資を台湾へ送れるからです。

 また、部隊のみならず基地自体にも意味があります。アメリカ軍の増援、補給の受け入れおよび中継の拠点として機能すると考えられます。これは嘉手納基地だけでは果たせない機能で、報道でもでています。

米海兵隊は有事の際、普天間飛行場に兵士を空輸する大型ヘリコプターなど三百機を追加配備する。現在、同基地のヘリは約五十機のため、実に七倍に増える。

これらを嘉手納基地一カ所にまとめると、基地は航空機やヘリであふれかえる。米側は「離着陸時、戦闘機の最低速度とヘリの最高速度はともに百二十ノット(約二百二十キロ)と同じなので同居すると運用に支障が出る。沖縄にはふたつの航空基地が必要だ」と説明したという。(09年11/19 東京新聞朝刊)

 こういう次第ですから、普天間もふくめ沖縄の米軍基地は台湾有事への即応に重要です。それが今回の移設問題でモメており、日米同盟の信頼性がゆらいでいることは、台湾の防衛に悪影響を与えます。

 また、今回の長距離ミサイル開発は「中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感」のためだと報道されています。これは中国が力をいれている「接近拒否」戦略のことです。これについては下記の記事ですでに解説してあります。

中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 台湾にしてみれば、頼みの綱の日米同盟が普天間問題でぐらつくと、待ってましたとばかりに中国海軍がでてきて威嚇的に活動しだした、ということになります。馬政権が中国よりの態度を若干修正したとしても、不思議はないでしょう。

林研究員は「日本には早く普天間問題を解決してほしい。ただ、在沖縄米軍のプレゼンスが大きく減少するオプションを、台湾は希望しない」と語る。日台関係筋は「台湾から日米安保の後ろ盾がなくなったら、中国との交渉力は確実に低下する」と断言する。

毎日jp(毎日新聞)

台湾の防衛戦略  制空と離島防衛

 ところで台湾はそもそもどういう防衛構想をもっているのでしょうか? 台湾は第一の仮想敵を中国として、その侵略に備えています。そこには大陸に近い島国として、典型的な防衛戦略が存在します。

 もと自衛隊の松村氏(元陸将補)が台湾の軍事研究機関である「軍事科学研究院」を訪問されたとき、台湾軍の研究員はこう答えています。

台湾軍の軍備は、しっかりとした軍事力整備の理論の上に立って行われている。そこで海洋国家としての戦闘ドクトリンの最大の課題は何なのかを尋ねた。


「何といっても、制海・制空権の確保です。次いで金門・馬祖列島に対する増援の戦術的要領です。端的に言えば、小型の”ヒット・エンド・ラン”戦闘ドクトリンです」

(p191-192 「台湾海峡、波高し 素顔の台湾軍」松村劭


 戦闘ドクトリンとは軍全体として「このように戦う」という考えのことです。台湾軍(中華民国軍)としては、台湾海峡の航空戦と海上戦で優位に立つことで本土の安全を保ち、また離島には増援部隊を送りこめるようにして、寄せくる中国軍を撃破する、という考えです。

 あたかも第二次世界大戦のときのイギリスのような、航空戦が鍵を握る防衛戦です。ただし台湾はイギリスと異なり、本土のみならず大陸に近い離島をも守らねばなりません。

 これらの離島は中国から近い上に、豊かな漁場に囲まれているために「漁船の密集ぶりはレーダーでは国籍を識別することはほとんどできない。このことは、もし中国軍が武装漁船で金門・馬祖島を攻撃してきたら、海上で撃破することは不可能に近い、ということ(前掲書p91)」になります。

 従って離島に敵の上陸を許した後、守備隊が持ちこたえている間に増援を送りこんで、敵軍を撃破します。そのときは台湾の海兵隊に当たる海軍陸戦隊をはじめとする陸上戦力が海から投入されることになるでしょう。

 離島への増援派遣にも、台湾海峡上空の航空戦で台湾側が押していることは重要です。台湾が空軍にたいへん力をいれてきたのはこのためです。

もし中国が弾道ミサイルを撃ってきたら、上海を爆撃する


 台湾軍は領空外での活動や、敵地への反撃をも含めた防衛戦略をとっています。これは同じ島国でも日本の”専守防衛”とは大きく異なります。例えば台湾空軍について、松村氏はこう述べています。

彼らの主戦場は、台湾海峡であって台湾の上空ではない。敵機を台湾上空に侵入させるようでは、台湾を防衛することにはならないことを肝に銘じて知っている。専守防衛をうたい、領空内での戦闘しか考えない日本の自衛隊とは大違いである。(p99 松村)


 また、日本では「敵基地攻撃能力」を持つか持たないかの議論がたまにおこります。北朝鮮が弾道ミサイルを開発しているので、向こうが撃ってきたらその基地へ反撃する能力がいるのではないか、いやそれは憲法違反だ、という議論です。

 台湾においてはそんな議論はなく、反撃能力を昔から保有しています。中国は多数の弾道ミサイルを備え、これを「第二砲兵」と称して台湾を狙っています。

 もし弾道ミサイルで攻撃されたら、台湾はどうするのでしょうか? 松村氏が軍事科学研究院の研究員に尋ねると、こういう返事が返ってきたといいます。

「通常弾頭の戦略ミサイルによる攻撃はどうですか?」


中国が台北に戦略ミサイル攻撃をすれば、われわれは上海を火の海にしますよ。どちらが損か、中国はよく承知していると思いますがね。

……いずれにしても金門・馬祖島上空を覆う中国空軍機を追い払う必要があります。その有力な方法が上海空爆です。彼らは上海防空に躍起となるでしょう。その分だけ金門・馬祖列島へ襲い掛かる中国空軍機の戦力が少なくなります。


”攻撃は最大の防御”ということでしょうか」(p194 「台湾海峡波高し 素顔の台湾軍」松村劭


 このようなわけで、大陸へ爆撃をかけることには2つの意味があります。1つには報復措置を持つことで、弾道ミサイル攻撃を抑止することです。もう1つは中国の戦力を本土防空のために分散させ、台湾海峡への戦力集中を妨たげることです。

 従って中国の本土にたいする攻撃能力を持つことは、台湾にとって重要なことなのです。こういった備えを持つことで有事の際に負けないようにし、それによって「攻め込んでもうまくはいかないだろう」と中国に判断させることで有事そのものを未然に防ぐ(抑止する)効果を狙っています。

劣勢になった台湾空軍

 ところが、そのために肝心の台湾空軍は、もはや台湾海峡上空での航空優勢すら危うくなった、といわれています。中国空軍が急激に強大化したせいです。それでは大陸に爆撃をかけても成功するとは限らず、かえって台湾空軍の方が戦力を消耗して、海峡上空の戦いで不利になってしまうかもしれません。

 台湾軍が新しい長距離ミサイルを開発し、その射程を上海から北京まで延ばそうとすることは、この文脈から理解すべきでしょう。上海はもちろん、北京にまでも巡航ミサイルや弾道ミサイルを撃ち込めることになれば、中国はそれを警戒しないわけにはいきません。対空ミサイル、戦闘機といった戦力を各所に配備せねばなりません。また「弾道ミサイルを撃ち込んで脅したら、向こうも北京へ打ち返してくるかも」ということになれば、軍事力を用いるのに慎重になるでしょう。

 このような台湾の防衛事情があるところへ、普天間移設でモメて日米同盟が不安定化し、それを見計らったかのようなタイミングで中国海軍が存在感を誇示してみせました。その結果が、中国に配慮して停止していた長距離ミサイルの開発再開なのではないでしょうか。


引用文献

台湾海峡、波高し
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松村 劭
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普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり)

 私はこのブログで普天間移設問題について語ることを避けてきました。なぜならこの問題は大きすぎて、私の手には負えないからです。といっても「普天間基地を移設しよう、移設先はどこが便利か」それだけで済めば、話はとても簡単なのです。しかし、それは軍事の論理です。

普天間は軍事だけの問題ではない

 沖縄県内移設、まして本島以外への移設となれば、この問題は軍事の論理だけで語れる範囲をはるか飛び越えてしまいます。普天間は普天間だけの問題ではないのです。これについては以下の記事が参考になります。

http://d.hatena.ne.jp/sionsuzukaze/20100114/1263461115

■基地問題で問われているもの

安全保障上、外交上、経済上必要とされるもの、要請されるものは当然いくつも存在する。

しかし、この問題は以下の項目が肝要であるように感じられる。


・日本民族が(広義の)沖縄に対していかに向き合うかを再度自身に問うこと
・沖縄本島に着目するばかりでなく、先島・奄美などの歴史をどう捉えるかを真剣に考慮すること
・現実に発生している問題(基地偏重、米軍犯罪等とともに中国の領海・領空侵犯、海洋海軍化)を無視しないこと
・もっとも重要なのは、日本民族が関心を高め、理解に努め、その上で、なお必要とされる負担があるならば、それは頭を下げ、お願いし、理解してもらうこと

 私は不勉強で、先島・奄美はもとより沖縄本島の歴史や事情にも暗く、それらを踏まえてこの問題を語ることができません。ですからこの複雑・重層的な問題について、書くことを避けてきました。ですがこの程、あんとに庵さんから引用とトラックバックを頂きましたし、ここ数ヶ月ずっと話題になっていることですから、これを機に少しだけ書いてみようと思います。

なぜ普天間基地を移設するのか?

 普天間基地にはアメリカ軍海兵隊が駐屯しています。この部隊はむかし日本の本州にありました。日本が主権を回復したあと、当時はまだアメリカが施政権をもっていた沖縄に移動しました。

 基地ができたころ、普天間は畑ばかりの土地でした。しかし基地ができたことと、時代の流れによって基地周辺は発展し、市街地にかわりました。すると基地というのはなかなかに迷惑なものです。飛行場があるのだから、騒音があります。それに飛行中のヘリが誤って物を落としてしまったり、あるいは故障して墜落したりすると、下は市街地だからとても危険です。

 危なくてしょうがないので、もうこの基地をよそへ移そう、という話になりました。そこでここ十年くらい、引越し先を色々検討して、沖縄本島の「辺野古」というところに決まりました。日本政府、米軍、沖縄県、辺野古でどうにか合意がとれました。あとは細かい現地調査が終わったらいよいよ引越し準備をはじめようか、といったところで政権交代です。

 自公政権をひっくり返して出来上がった鳩山政権が、じゃあこの辺野古案もひっくり返してゼロベースで再検討するよ、と言い出したのが去年のこと。日本国外や沖縄県外へ移設して「沖縄の負担を軽減したいね」といいながら再検討がはじまります。この案はどうかな、あそこがいいんじゃない、と色々みてみたところ、やっぱり沖縄周辺しか無いよね、という元の木阿弥な話に落ち着きつつある今日この頃です。

引越し先の選びかた

 個人や企業の引越しでもそうですが、引越し先がえらく不都合なところで、仕事に差し支えたら困ります。取引先が都内にしかない企業が、なぜか島根に引っ越したりしますと、営業が訪問するのも一苦労で、何とも具合が悪いでしょう。軍事基地もおんなじです。

 普天間基地の引越し先を考えるのに必要なのは、普天間基地が何の仕事をしているのか、引越し先でもその仕事は果たせるか、です。じゃあ普天間は何の仕事してるのよ? という話は「週刊オブイェクト」で詳しくとりあげられています。要すれば、台湾紛争に火がついたときに素早く飛んで駆けつけて、事態の火消しをやることです。そして「もしもの時はすぐ駆けつけます」という事実によって紛争の発生を未然に防ぐ(抑止する)ことです。

普天間基地の機能

 もっとも台湾有事だけではなくて、ほかにもお仕事はあります。普天間を含む在沖縄米軍という大枠でみれば、ユーラシア大陸包囲の一翼として機能しているともいえるでしょう。北東アジアに限ってみても、沖縄のアメリカ軍は台湾と朝鮮の両にらみです。だから台湾だけではなく、韓国の安全にもかかわってきます。韓国紙の中央日報はこう報じています。

沖縄米軍基地、すなわち普天間海兵航空基地をめぐる日米の葛藤は他人事ではない。 韓半島の安保を脅かす新しい要因に浮上する可能性がある。 普天間の4大任務の一つは国連司令部の後方基地の役割だ。 韓国戦争当時、米国のB−29爆撃機はここから発進した。
【社説】韓国安保の暗雲、不安な日米同盟 | Joongang Ilbo | 中央日報

 とはいえ、目先、普天間基地に話を限り、かつ今いちばん大事なのは台湾有事の際、まっさきに飛んでいけることです。じゃあまっさきに飛んでいくためには何が大事か? それは距離です。なのでヘリで台湾までいける距離じゃないと仕事にならないよ、と書いたのがオブイェクトさんの記事です。

・参考 なぜ普天間基地移設先は沖縄県内でなければならないのか : 週刊オブイェクト

 移設先について、当のアメリカ軍からは「海兵隊の地上部隊とヘリの駐留場所は、65カイリ以内じゃないと困るよ」という話がでました。(4/22朝日)これもお仕事の都合です。普天間基地の仕事を消防活動にたとえてみましょう。台湾で紛争の火の手があがったとき、すぐ駆けつけて消すため消防です。海兵隊の地上部隊は消防士、ヘリは消防車です。火災現場にすぐ駆けつけるには、消防士と消防車は近くにないと困ります。これが遠く離れてあると

「こちら普天間消防署。火事の通報があった。急いで消防車をよこしてくれ」
「こちら消防車。わかった。すぐ行く。明後日の昼まで待ってくれ」

 という漫才のようなことになって、そんなことを言ってるうちに消せるボヤも大火事となり、家ならば丸焼け、紛争ならば拡大し、斬首戦略なら完了してしまいかねません。

じゃあ台湾に移設するのはどうなの?

 こういう話をしますと「じゃあ最初からその米軍基地、台湾に置いておけば話が早いんじゃないの」と思われるかもしれません。しかしそうはいかない事情があります。それをやろうとすると、戦争になるからです。

 中華人民共和国、略して中国は台湾を自国の一部だと考えています。この考えを「一つの中国」といいます。でも台湾政府は実質的には独立しています。それなのに中国がそれを認めないのは、台湾政府の正式名称が「中華民国」といい、こっちも中国だからなのですが、これを説明すると長くなるので省略します。ともかく、中国は「台湾は中国領の一部だ」と固く信じてる、国民にもそう信じさせている、ってことが重要です。

 アメリカにとって台湾は昔から事実上の同盟国です。しかしアメリカは台湾を国として認めてはいません。昔は認めてたのですが、中国が「私か台湾か、どっちかハッキリ選んでくれないと、あなたと付き合うなんてヤだ」と言うからです。だから建前上は中国の主張を理解しつつ、実際には台湾との付き合いをもってるし、台湾が中国に攻められれば救援する用意があります。建前と本音でズレがある、というのがポイントです。

 もしアメリカが台湾に海兵隊の地上部隊の基地を作るとしたら、それはこの建前をかなぐり捨てるということです。これは中国の目にはどう映るでしょうか?

 完全な侵略です。自らの正当な領土に他国が軍隊を送り込んでくるのです。まして死ぬほど大事に思っている台湾へ。自らの正当な領土(と信じている)台湾を、(主観的には)守るために、侵略者と戦わねばなりません。

 実のところ現在でも台湾にアメリカ軍の要員は存在するらしいのですが、これはあくまでも情報部隊です。しかし実戦部隊を送り、基地をおくとなると、これは中国にとって絶対に許せないでしょう。台湾を併合できる可能性がほぼ永久に消滅するからです。

 また、中国内部の事情もそれを許しません。中国は「一つの中国」というアイデアに命を賭けており、常々そうアピールし、国民に信じさせてきました。これをアメリカに堂々と踏みにじられて、黙ってみていたら、中国政府は恐らく潰れます。主席や首相の権威はたちまち消滅して、別の人に取って代わられるか、あるいは軍がクーデターを起こすかです。

 そこで中国政府としては究極の選択を強いられます。もしアメリカ軍が到着する前に台湾全土を占領できれば、アメリカは諦めるかもしれない…そこに賭けて、イチかバチか戦争に打って出るか、さもなくば座して崩壊するかです。

 ちょっとキューバ危機に似ているかもしれません。あのきっかけはアメリカのすぐそばのキューバに、ソ連が核ミサイルを配備しようとしたことです。アメリカにとって絶対に容認できないことだったので、戦争をも覚悟したギリギリの交渉がなされました。結局はソ連がキューバへの配備を取りやめることになったから良かったのですが、一歩間違えれば核戦争でした。

 台湾にアメリカ軍が実戦部隊の基地をつくるというのは、中国にとってそれくらいの重大事です。絶対に容認できないことなので、戦争をしてでも止めようとするでしょう。こういう事情ですから、普天間基地を台湾に移設する、なんていうのはありえない選択です。

もしも沖縄以外に移動したら?

 
 こういう事情ですから、普天間の移設先はどう考えても沖縄県内になります。自民党時代に10年くらい検討して沖縄本島の辺野古に落ち着きました。鳩山政権が去年から半年くらい再検討しても、やっぱり沖縄またはそのごく近くに落ち着きつつあります。

 でも、本当に沖縄以外はぜったいダメなのでしょうか? id:antonianさんはこう仰っています。

★基地は沖縄にないとダメなんだ!!!
軍事に疎いんでよく判りませんが、ほんとなんでしょうか?・・と、そういう議論があまり為されてないよな。
普天間移設に関して絶賛妄想中 徳之島問題で出て来る批判、まとめ。(追記あり) - あんとに庵◆備忘録

 私も作戦には疎いので確たることは申し上げられないのですけれども、お答えを試みてみます。もし普天間基地が果たしている機能を残そうとするならば、沖縄以外はあり得ないでしょう。しかし、代償を払うのならば話は別です。「今の普天間が果たしている機能を捨ててもいい」というのであれば、沖縄以外でもいいでしょう。

 すれば台湾有事への備えはどうなるでしょうか? 次善なのは、平時は沖縄にはいないけれど、台湾海峡で緊張が高まったときに沖縄に前進する、という形ではないでしょうか。つまり普天間の部隊は大部分が移転するけれど、基地はそのまま維持しておいて、必要なときだけ部隊を戻す、という形です。あるいは普天間以外の基地でもいいですが、とにかく情勢不穏となった時にだけ沖縄へ移動する形です。

 ただこれには問題があります。情勢が緊張した時には、部隊を沖縄に移動させるという行為、それ自体がさらに緊張度を高めてしまいます。だから下手をすれば「まずい、沖縄に部隊が帰ってきたら手が出しにくくなる。じゃあその前にイチかバチか」と中国に決意させてしまうかもしれません。そういう可能性があるため、緊張度が上がってから部隊を戻すというのは難しい決断になります。それに加え、緊張度の上昇をアメリカが認識する前に奇襲がおこなわれたとき、沖縄以遠からではタイムラグがあって間に合わない恐れがあります。

軍事の論理と、政治の仕事

 と、こんな風に書くと、普天間の機能をなくしたら絶対いけない、沖縄以外はありえないと言っているように思えるかもしれません。しかし、軍事的にはそうでも、普天間の移設問題は、軍事的な都合だけを見て決められる話ではありません。軍事の論理は重要ではありますが、政治とは常に軍事の都合だけで決めていいものでもありません。

 例えば日本政府が「沖縄の負担軽減」を絶対にやるんだと、普天間の機能はどこにも移さず、無くなっていいんだ決意したとします。そして「そういうわけだから撤収よろしく」とアメリカに断固として言えば、日本は主権国家だし普天間は日本の領土なんだから、アメリカとしても最後は聞くしかありません。

 軍事は政治の道具なのです。時には軍事の論理より、他のものを優先させる政治決断があっても、それはそれで当然のことです。ただしその結果は、道具の主人たる政治に、ひいては政治に最終的な責任を負っている国民に帰っていきます。生じる軍事的な結果を覚悟のうえなら、普天間基地の機能どころか、たとえ在沖縄米軍の全部隊であったとしても、無くしてしまって構わないでしょう。

 実際、普天間基地ひとつを撤収すれば台湾が今すぐ中国に併合されるということもまずないでしょう。単に抑止力が低下し、日米関係が悪化し、日本の南西諸島の防衛や尖閣諸島の領有権が少しく危うくなること。中台へ誤った外交メッセージが送られ、将来において海峡で緊張度が高まったときの戦争の歯止めがあらかじめ一つ減り、そして中台で紛争が起これば米軍基地があろうが無かろうが日本は必ず害をこうむるということ。せいぜい、それくらいのものです。そういったものを引き受けるならば、普天間基地の移設先はべつに沖縄でなくてもいいでしょう。

 例えばフィリピンは、米軍基地をなくし、米軍を撤収させました。議会で議決して、94年に米軍のスービック海軍基地を返還させたのです。それはそれでフィリピン国民の決断です。たとえ軍事的にどれほど不合理であっても、フィリピン軍やアメリカがどうこう言う問題ではありません。たとえそのために、米軍撤退の直後から活動を活発化させた中国によって、フィリピンが領有権を主張していたスプラトリー諸島のミスチーフ礁らが占領され、実効支配を敷かれ奪われてしまったといっても、それは一つの結果です。誰のせいにもできません。

 逆に普天間基地の機能を残すなら、県内のいずれかに移設先を求めることになるでしょう。それは軍事の論理をほかよりも優先するということで、従ってほかの論理、視点にしわ寄せがいきます。それで迷惑を被る人たちに対しては、札束で顔をひっぱたくのではなくて、あらかじめ閣僚なり何なりが現地で膝をつめて話をするなりして、納得はできないとしても堪忍してもいいと思って頂けるまで、礼を尽くしてお願いするしかないでしょう。それもまた政治の仕事です。

軍事問題を政治的に論じるときの3つの誤り

 軍事問題を考え、議論するときに犯しがちな誤りは3つあります。

 第一の誤りは軍事の論理だけで議論して他の観点を無視することです。軍事的に正しいことが、他の論理でも正しいとは限りません。また、軍事の論理が必ずしも常に優先されていいわけではないのです。

 第二の誤りは他の観点だけで考え、軍事の論理をあたかも無いもののように扱うことです。たとえその時は無視したとしても、決断から生じる軍事的な結果は、あとで必ず受け取らなければなりません。

 第三の誤りは、軍事以外の論理ででてきた結論を正当化するために、軍事の論理を都合よく曲解して「これは軍事的にも合理的なんだ」と自分や他人をダマすことです。

 以上の誤りを排するには、軍事をふくめ色々な論理を比較考慮し、生じるかもしれない結果、特にそのデメリットを理解し覚悟した上で、どうするのか決めること。それによって生じた責任はとれるだけとること。それが軍事問題を政治的に決断するということであり、「軍事は政治の道具だ」という言葉の意味なのではないでしょうか。

追記

この問題に関連し、あんとに庵さんのつぶやきをまとめさせていただきました。
たいへん重要な声だと思います。
普天間移設と沖縄の気持ちについてantonianさんのお話し - Togetter

あわせてブログのエントリーの方でも、この問題について幅広くまとめてくださってますので、強くお勧めいたします。
普天間移設に関して絶賛妄想中 徳之島問題で出て来る批判、まとめ。(追記あり) - あんとに庵◆備忘録

お勧め文献

「韓国軍が自衛隊に勝った!」というニュースが別にどうでもいいワケ


 陸上自衛隊が韓国陸軍に敗北したというので、いくらかニュースになっているようです。といっても日韓のあいだで紛争が起こったのではありません。


日本の陸上自衛隊初級将校たちが陸軍のサバイバル訓練場で韓国軍将兵たちと実戦的なゲームをした。……自衛隊初級将校12人の相手は、KCTC所属の「サソリ大隊」兵士12人だった。サソリ大隊はサバイバルゲーム専門部隊だ。戦闘は実際の戦場とそっくりに作られているKCTCサバイバル訓練場で約30分間行われた。結果は自衛隊将校11人がレーザービームに当たって戦死処理された。一方、サソリ大隊兵士らは全員無事だった。

no title

 この件について、他によほどニュースが無いのか、一部メディアが妙に大きく報じました。なので、この件をもってして陸上自衛隊そのものの実力が韓国陸軍に大きく劣るかのように勘違いなさった方々が日韓両国にいらっしゃるようです。

 しかし報道というのは現象の一部だけを切り取って為されるものですす。一部だけ切り取られたところを見ると、本来の現象とはまるで印象や意味が異なったりします。切り取られた一部だけの印象でニュースを解釈すべきではありません。本来の文脈を捜査し、あるいは推測した上で判断すると良いと思います。



異質なサンプルでは比較ができない

 例えばこの件です。「陸自の12名が韓国陸軍の12名と対戦した。陸自は1名を除いて全員戦死判定。一方で韓国側は全員生存」とだけ聞いたとします。すると、なにやら衝撃的なニュースのような、いかにも韓国が強く自衛隊が弱いような気がします。しかし欠けているところを補うと、意味が変わってまいります。

 例えば陸自と韓国軍、人数はどちらも12名で同数だけれども、中身は同質ではない、という点です。もし両陣営ともが最精鋭の歩兵(普通科)部隊同士で対抗戦をやったのならば、比較として意味があります。しかし実際には、韓国側は訓練所に所属している部隊の兵士、陸自の12名は全員が初級幹部の寄せ集めなので部隊ですらありません。質が違うメンバーなので、比較対象にできません。

 自衛隊の「幹部」というのは、会社でいうならば管理職です。小部隊を指揮する隊長をイメージしてください。それぞれ部隊を率いている管理職を集めた12名です。個人的な戦闘能力が強く求められる階級でもなければ、日ごろからチームとして戦闘訓練をしている”部隊”ではありません。一方で韓国側は常日頃からチームとして訓練している同じ隊の兵士です。

 他にも、韓国側はこの訓練場を日ごろから使ってるのだから地形を熟知しているとか、そもそも自衛隊の幹部は普通科(歩兵)とは限らないとか、使用した装備は韓国のものなので使い慣れてないとか、いろいろ要因があります。

 いずれにせよ、この対戦で自衛隊側がもし勝てたとしたら、それは明らかに異常でしょう。もしそうであれば、韓国軍には何か致命的な欠陥があることになってしまいます。

なお自衛隊と韓国軍が実戦を行う場合、両方とも"部隊"で戦います。指揮官は指揮官として部下を率いる立場となります。個人的な戦闘能力を発揮するのは、曹や士、いわゆる下士官と兵隊の役割です。なので実戦における日韓の実力を推定するには、部隊同士をぶつける対抗戦でなければなりません。



監督オールスターズの戦い

 多少ズレた例えなのですが、プロ野球の日韓戦でイメージしてみましょう。日本プロ野球の監督たちが、韓国野球の視察・親善のために訪韓します。そこで韓国のハイテク練習場を見学したのです。それで「どうです一つ体験してみませんか」という話になりました。

 そこで日本野球界の訪問団は、これは一興と思って、臨時にチームを作ります。セカンドはジャイアンツの原監督、サードはタイガースの真弓監督…といった具合。全プレーヤーが監督によって構成された、監督オールスターズです(これはこれでちょっと見てみたいですね)。対する韓国側は球団のふつうのメンバーです。

 これで日韓戦をやって、韓国チームが圧勝、日本側の監督オールスターズが負けたとして、これは何か変でしょうか。その勝敗をもって、韓国野球は日本野球より圧倒的に優れているのだ、と主張できる人は誰かいるでしょうか? いいえ、両国野球の実力を試験するなら、例えばある年の優勝チーム同士をぶつける、ということをしないと比較の意味をなしません。それに敗北した監督オールスターズは、だからといって野球の能力が劣っているとはいえません。監督の仕事は指揮であって、自らボールを追っかけるところにはないからです。

 もっとも初級幹部の場合、必ずしも野球監督ほど年がいっているわけではありません。また「指揮」が本業ではあるけれど、個人的な戦闘能力もある程度は無いと困ります。

 ですがそれにしても、これで韓国側が勝ったからといって何か軍事的に意味があるニュースではありません。これは、ただの”ほのぼのニュース”です。



軍隊に「強い、弱い」なんて無い

 ですからこのニュース自体は別にどうでもよい話なのですが、この件で話題にのぼった軍隊の強さというテーマについては、色々と考察の余地があります。自衛隊や軍隊には、一般に思われているような意味では、「強い、弱い」というものはありません。例えば「自衛隊と韓国軍はどちらが強いの?」という質問には答えが無いのです。もう少し正確に言うと「阪神タイガースと読売ジャイアンツのどちらが強いか?」というのと同じように、自衛隊と韓国軍、あるいは北朝鮮軍やアメリカ軍でもいいですが、普遍的な強弱を論じることは無意味です。

 なぜならば、各国の軍隊または自衛隊は、それぞれ、仕事が違うからです。自衛隊は日本を防衛するのが仕事であり、韓国軍は韓国を守るのが仕事です。この2つの仕事のあいだには、非常に大きな差があります。そのために保有している能力も、質に大差があります。

 よって「自衛隊と韓国軍はどっちが強いの?」という質問は、「阪神タイガース(野球)と鹿島アントラーズ(サッカー)はどちらが強いの?」と聞くようなものです。プレイしている競技の内容が違うのだから、強いも弱いも、比較できません。野球をやるなら阪神が勝つだろうし、サッカーをやるなら鹿島が勝つんじゃないですか、としか答えられません。

 あるいは、バッティング能力ならタイガースが優れ、脚力ならアントラーズが優れている、という風に個々の能力を比較することならできます。が、それにしてもさしたる意味はありません。



アメリカに勝利した北ベトナム軍は世界最強?

 いま少し具体例を挙げるならば、ベトナム戦争です。この戦いにおいて、アメリカ軍は北ベトナム軍に敗北しました。アメリカ軍はいってみれば”世界最強”の軍隊ですが、それでも北ベトナムに勝てませんでした。

 では勝利した北ベトナム軍は、アメリカ軍より強いのだから世界の覇権を握れるでしょうか? もちろんそんなことは不可能です。

 同様に、自衛隊にも演習その他で米軍の上をいった話はいくらでもあります。しかしだからといって「自衛隊最強」というわけではないのです。

 このように、軍隊の「どっちが強い」というのは難しい問題です。



すべては状況次第

 ここで自衛隊と韓国軍の比較に話を戻しましょう。これについても、強弱を論じたいなら状況を限定する必要があります。

 例えば対馬を取り合って韓国側が対馬上陸を試みたら場合にはどうか、あるいは自衛隊側が何を間違ったか釜山を占領しようとするならば、という風に話を限ります。その上で陸海空の戦力などを総合的にみれば「たぶんこっちが有利だろう」ということは言えます。対馬を取り合うなら韓国にはまず勝ち目がないでしょうが、かといって自衛隊が釜山を占領し続けることも不可能、という風に。

 ですが状況を考えず、どっちが強い、弱い、と論じることは、与太話以上の意味をもちません。ましてや一部の人員のみを比較してそれを考えるなどとは。野球という共通のゲームをプレーする阪神と巨人の強弱を論じるのとは違います。

 各国の軍隊はそれぞれ任務が異なります。普遍的に強い軍隊や弱い軍隊は無いのです。限定した個々の状況や能力において、勝つ軍隊と負ける軍隊が有るだけです。



 軍隊の強弱については他にもいろいろな事情や誤解があり、さらに詳しく語るべき問題です。また回を改めて書きたいと思います。

 これについて詳しくお知りになりたい方は、故江畑謙介氏が「強い軍隊、弱い軍隊」というそのものズバリな本があります。これが実にいい本なので、お勧めしておきます。



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津波から避難するときの注意点

 チリの大地震により、日本にも津波が襲来することが予想されます。気象庁大津波警報を発しました。太平洋岸の県では災害対策本部が発足し、避難勧告がでました。

 津波から避難する際のポイントを、静岡県がまとめています。それによれば、いざ避難するという段階気をつけるべき点は以下です。

  1. とりあえずの高台までの避難と、より高いところへの避難(二次的な避難)を実施
  2. 車による避難の原則禁止
  3. 財産(家財や持ち船など)の保全や持ち出しはあきらめること
  4. 津波が浸水を始めたら、遠くの避難はあきらめ、近くの建物などで も、できるだけ高いところに上がる
  5. 堅い物(岩場や堤防など)からできるだけ離れる(波で叩きつけられて死傷する危険があるため)
  6. やむを得ず建物に避難する場合は、海岸に面する前面のビルより、 2列目、3列目の建物に避難する

詳しくはこちらのサイト「静岡県/ページ移転のお知らせ」にあります。

護衛艦「くらま」が貨物船と衝突。炎上中とのこと。

護衛艦と貨物船が関門海峡で衝突

27日午後7時55分ごろ、北九州市門司区と山口県下関市の間の関門海峡で2隻の船が衝突して火が出ていると、第7管区海上保安本部に連絡が入った。  7管などによると、1隻は海上自衛艦「くらま」で、もう1隻は貨物船とみられ、両船から炎が上がっているという。現場は関門橋の東(周防灘)側。

社会 - 毎日jp(毎日新聞)

これまでの情報によると、くらま側に怪我人はなしとのことです。

同省によると、くらまにけが人はないもよう。くらまは海上自衛隊の観艦式に出た後、長崎県の佐世保基地に戻る途中だった。

護衛艦とコンテナ船衝突 炎上、海自隊員3人軽傷 - 47NEWS(よんななニュース)

「くらまに怪我人なし」という報が防衛省に入っているということは、くらまの艦橋は機能しているということでしょうが、早期鎮火と貨物船側乗員の救助が望まれます。

相手は韓国の貨物船「カリナ・スター」

くらまと衝突した船は韓国の貨物船だそうです。

護衛艦と衝突した船はカリナ・スターという船名で、韓国籍のコンテナ船との情報。

速報 - 47NEWS(よんななニュース)

カリナ・スターとくらまはすれ違うように海峡を抜けようとしていたみたいです。
参照:通航船舶の状況
ということはほぼ正面から当たったのでしょうか。NHKなどをみると、”くらま”の艦首がつぶれているように見えます。

まだはっきりしたことはほとんど分かりませんが、とにもかくにも、双方の乗員のご無事を祈ります。

続報:海自には怪我人あり。民間船の乗員は無事。

コンテナ船にけが人なし
海上保安庁によると、護衛艦と衝突したのは韓国のコンテナ船で、乗組員にけがはなかった。 2009/10/27 21:18 【共同通信

護衛艦「くらま」にけが人 
防衛省によると、護衛艦「くらま」は鎮火したが、乗組員の中にけが人が出ているもよう。 2009/10/27 21:16 【共同通信

速報 - 47NEWS(よんななニュース)

民間船側だけでも怪我人なしで何よりです。海自側の負傷者が軽傷だといいのですが…

死者なし、海自にケガ人3名、民間船にケガ人なし。

間もなく鎮火したが、くらま乗組員3人が軽傷。コンテナ船側にけが人はいなかった。

護衛艦とコンテナ船衝突 炎上、海自隊員3人軽傷 - 47NEWS(よんななニュース)

とりあえず事態は落ち着いたようです。誰も命を落とすことがなくて本当によかったです。

陸上総隊はイゼルローン要塞にはならない

しばらく前、陸幕*1が陸上自衛隊の改革案をまとめました。陸上総隊の発足と、方面隊の存続を提案しています。

この改革には2つの意味があります。第一には指揮系統を整理して機能性を高めること*2。そして第二に、海空自衛隊とのコンビネーションをよくする「統合運用」を進めることです。このことは先日のエントリーで書きました。
自衛隊のチームプレーが良くなる、陸上総隊の設立 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

この改革のメインは、防衛大臣と方面隊のあいだに「陸上総隊」という司令部を置くことです。

陸上総隊の設置で命令系統が混乱する?

改革案
この改革は自衛隊の機能性を高める効果が期待できます。ですが産経新聞報道には、この改革について疑問符がつけられています。

陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務めるとみられ、海・空自には「ポスト維持に固執しており、総隊司令官から方面総監への命令系統が混乱する恐れがある」(自衛隊幹部)との指摘もある。(半沢尚久)

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

陸上総隊司令官は方面総監を隷下におきます。それなのにこの2つのポストに同格の陸将が任命されるのでは、命令系統が混乱する、というのです。この報道は果たして妥当なのでしょうか。

イゼルローン要塞の失敗


この点について、こんなはてブコメントが付けられていました。

rajendra イゼルローン要塞を思い出してしまう。
>陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務めるとみられ、
>海・空自には「ポスト維持に固執しており、総隊司令官から方面総監への命令系統が混乱する恐れがある」

はてなブックマーク - 陸上総隊か方面隊か…陸自の新編成は折衷型に - MSN産経ニュース

他なら知らず、「イゼルローン要塞」と聞いては捨て置けませんね。 

rajendraさん(察するにシンドゥラ方面からお越しの方ではないかと思うのですが)の仰る「イゼルローン要塞を思い出してしまう」とはこういうことです。

イゼルローン要塞とは田中芳樹著「銀河英雄伝説」にでてくる要塞です。この要塞には2人の同格の司令官がいました。一人は駐留艦隊の司令官、もう一人は要塞防衛司令官です。この二人は同格で、いがみあっている、という設定です。

この対立が原因の一つとなり、この要塞は陥落してしまいます。陸上総隊と方面隊も似たようなことになってしまい、機能不全を起こす恐れがあるでしょうか?

総隊司令官と方面総監はどちらも5号俸の陸将

報道によれば、命令系統が混乱する根拠は「陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務める」ということです。確かに今の方面総監は陸将があてられています。陸上総隊が設置されればその司令官も陸将になるでしょう。

陸将の中での「同ランク」というのはどういうことでしょう?

自衛隊では同じ階級でもランクが分かれています。いまの方面総監は空自の航空総隊司令官と同格。俸給表でいえば5号です。陸上総隊司令官を方面総監より上の6号や7号にしてしまうと、カウンターパートの航空総隊司令官より偉くなってしまいます。これでは統合運用の上でうまくないし、陸海空の中で陸の総隊司令官だけ突出してエライというのは不合理です。よって陸上総隊司令官は5号俸となり、指揮下におく方面総監と同ランクになるだろう、というわけです。

このことは命令系統の混乱につながるのでしょうか?

同ランクであれ、自衛官には序列の上下が決まっている


ですが、これが原因で命令系統が混乱する、というのはあり得ない話です。志方もと陸将によれば、自衛隊や軍隊において、特に幹部((士官、将校のこと。要するに管理職))ならば同階級・同ランクであろうと序列(要するにどっちがエライか)がビシッと決まっているからです。

たとえ同じ階級でもその階級に任じられた日によって上下か決まっている。…これを序列という。

さらに、同じ日に任じられたとしても、ハンモックナンバーというのがあり、これによって序列が決まっている。このハンモックナンバーは勤務評定の優秀な人ほどいいナンバーがもらえる。

…どちらが指揮官をやるかということになれば、序列が高いほうが指揮官となる。一般の人たちにしてみると、そこまで厳格に上下を決めなくてもよさそうに思えるかもしれない。しかし、そういう厳格な序列がないと軍事組織は成り立たないのだ。
p53-54 「自衛隊に誇りを」 志方俊之 小学館文庫

なぜ「誰がエライか」を厳密に決めておくのでしょう? その大きな理由は、指揮官が戦死した場合に備えるためです。自衛隊は有事に備える組織です。つまりは誰かが戦死することを想定して、組織を作っています。

「敵将うちとったり!」では現代の軍隊は止まらない

今川義元。優れた大名だったが、田楽狭間にて戦死。

戦国時代の軍隊ならば、指揮官が死ねば部下は撤退しました。有名なのが桶狭間の戦いです。大将の今川義元が織田信長に討ち取られました。すると家来たちは撤退していきました。

しかし現代戦ではそうはいきません。指揮官が戦死したからといって、ただちに組織が機能停止するようでは戦争に勝てません。

よって現代の軍隊で指揮官が死ねば、速やかに次席がかわって指揮をとります。次席も戦死すればさらにその次席がかわります。こうやって速やかに指揮権を引き継げなければいけません。さもないと指揮が混乱し、部隊は統制を失い、戦えなくなります。

同ランクの陸将にも序列によって上下関係がある

このようなわけで、現代の軍隊は厳格な階級や序列を作っているのです。自衛隊でも同様です。

同ランクの陸将にも序列があって、エライ順番が決められています。陸上総隊司令官には恐らく方面総監の経験者、つまりより序列の高い者があてられるでしょう。それなのに陸上総隊司令官から方面総監への命令が、同ランクゆえに通らない、というのは考えがたいことです。

まして総隊司令官と方面総監のあいだには正式な命令系統が通ります。これで上から達せられた命令が行われないわけがありません。これらのことから考えて、同ランクの陸相があてられるゆえに指揮系統が混乱する、というのは考えがたい話です。

産経の報道への疑問

このよう考えると、この産経の報道は少々疑問を憶えます。

陸上総隊司令官と方面総監は陸将の中でも同ランクが務めるとみられ、海・空自には「ポスト維持に固執しており、総隊司令官から方面総監への命令系統が混乱する恐れがある」(自衛隊幹部)との指摘もある。

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

推測ですが、恐らくこの「同ランクが務める」「ポスト維持に固執している」と「命令系統が混乱する恐れがある」は、本来別の話です。もしそうだとすれば、筋が通ります。

陸上総隊司令官と方面総監が同ランクの陸将になる見通しだとすれば、海空からみれば「ウチの方面隊司令官(総監)は、陸の総監より一つ格下扱いなのに」という不満が残るでしょう。そのような見方をとれば陸が方面総監を格下げしないことをして「ポスト維持に固執している」と見ることもできるかもしれません。

また、それとは何ら関係のない話として、陸上総隊という新しい司令部ができることで命令系統が冗長になる、という懸念は当然あるでしょう。命令の結節が一つ増えるからです。このデメリットは陸幕、陸上総隊、そして方面隊の役を整理して、幕と方面隊をスリム化することである程度抑制できるでしょうが、うまくいくかどうかは今後の工夫次第です。そのような意味であれば「命令系統が混乱する恐れがある」という懸念はもっともです。

このようなわけで、産経の報道はもともと別々の懸念をひとつに混同してしまったものではないかと考えられます。

とまれ、記事で書いてあるような「同ランクゆえに指揮系統が混乱」という小説の中の軍隊みたいな心配は、この場合は杞憂に過ぎないといって良いでしょう。

*1:部隊整備を行う陸自の中枢。企業でいえば経営企画部みたいな感じ。

*2:大臣からの指揮系統が一本化される。また、総隊司令官が方面隊の上にくることで方面隊をまたぐ増援等がやりやすくなると考えられる