このシリーズは「日本って何で戦車が必要なの?」という素朴で既出な疑問をいまさら問い直す企画です。今回はpart2となりますが、ここからお読みになってもだいたい大丈夫です。
今回は「日本国土の地形では戦車は役に立たないのではないか?」という疑問に答えていきます。*1
- 前回のまとめ 諸兵科連合と歩戦協同
- 日本の地形は戦車に向いていない??
- 市街地でも、戦車は歩兵を守ってくれる
- 市街地戦で戦車があると、歩兵の死傷者がぐっと減る
- 「山国で戦車は役に立つか?」 アメリカ軍と韓国軍の対立
- 戦車をもたない韓国軍は大敗した
- 北朝鮮軍はアメリカ軍をも打ち破った
- 陸上自衛隊の戦車運用
- 日本の地形を生かした稜線射撃
- まとめ
- 関連
- お勧め文献
前回のまとめ 諸兵科連合と歩戦協同
前回のpart1(日本は島国なのになぜ戦車が必要なのか? part1 - リアリズムと防衛を学ぶ)では、主に諸兵科連合について説明しました。諸兵科連合とは戦車、歩兵、砲兵といった各種の部隊が協同して戦うことです。各種の兵科にはそれぞれ得意と不得意があるので、お互いを補い合います。
諸兵科連合の中で特に重要なのが戦車と歩兵のチームプレイです。
戦車は突破の先頭にたち、防御力を生かして敵の攻撃をひきつけるとともに、火力をもって敵の防御を突き破って道を開きます。戦車はその装甲と火力を生かして歩兵を守ってくれるのです。ですがその反面、装甲の薄い部分を対戦車兵器で狙われると撃破される場合があります。そこで歩兵とタッグを組みます。歩兵が戦車と一定の距離のところに随伴して、対戦車火器を排除します。
戦車が歩兵を守り、歩兵も戦車を守る、という相互補完の関係です。これを「歩戦の協同」といいます。
もし戦車が無く、歩兵だけで戦うとなると圧倒的に不利になります。歩兵の苦手を補い、守ってくれる存在がないからです。戦車なしでは突破の際に歩兵が矢面に立つことになり、大きな損害が生じます。また敵の戦車と戦闘する際にも、戦車なしでは非常な不利に立たされます。
だから陸軍を保有している国はたいていどこも戦車を持っています。とはいえ…この陸戦の一般論は、日本の地形においても通用するのでしょうか?? これが今回のテーマです。
日本の地形は戦車に向いていない??
そもそも戦車は、ヨーロッパの広大な平野で戦うために発明されたものです。ですが、日本の国土は狭い上、7割が山地です。残る平地はたった2割少々、しかも分散している上に水田や市街地で多くを占められています。
イメージ的にはあまり戦車が活躍できそうではありません。ここから「山地や市街地では戦車など役に立たない、すなわち日本には戦車などいらないのではないか?」…という意見が未だにみられます。
ですがこのような戦車役立たず論は、半世紀前の考えです。戦車はヨーロッパで発明されて以降、世界中で使われ、色々な地形で活躍できると証明されてきました。戦車の能力、特に履帯による優れた機動力は、多くの地形で役に立つからです。
今回は日本の地形、わけても戦車の運用に疑問符がつけられがちな、市街地と山地での戦車の使い方を紹介します。
市街地でも、戦車は歩兵を守ってくれる
市街戦での戦車の使い方は、以下の動画を見ていただくのが一番手早くイメージをもてます。自衛隊がマスコミに公開した市街戦訓練の模様です。陸自としても戦車不要論の蔓延を意識してこの企画を立てたのか、不要論への分かり易い反論になっています。(5分12秒から)
要点はこうです。市街戦の戦車は歩兵(普通科)を支援して活躍します。戦車砲によって攻撃したり、砲や履帯で障害物を排除して歩兵の道を切り開いたりします。盾となって歩兵を敵の銃撃から守るのは最も分かり易い支援ですね。
市街地戦の戦車はこのような支援によって、歩兵の死傷者を大きく減らすことができます。つまり市街戦においても、「歩戦の協同」は有効なのです。
かつては市街地に戦車を突っ込ませるのは自殺行為と思われていました。ロシア軍の戦車がチェチェンの市街地で対戦車兵器の餌食になり、大損害を被ったようにです。ですがその時はロシア軍の戦車が歩兵によって守られていなかったのが原因です*2。ちゃんと歩兵と戦車と協同させれば、歩戦ともに損害を減らせます。
市街地戦で戦車があると、歩兵の死傷者がぐっと減る
これは最近の戦訓でも支持されています。イラク戦では市街地戦が何度も起こりました。そんなとき、米英軍は市街に戦車を入れることで歩兵の損害を抑えることに成功しました。
ローラー作戦(市街地作戦)では、戦車の少ない海兵隊の歩兵大隊に戦死者が多く、M1A1戦車・ブラッドレー*3を装備した陸軍大隊の戦死者は明らかに少ない。
軍事研究 2005年3月号 [三大都市の包囲・救出作戦&師団改革」軍事情報研究会 p139
そのため米軍は「危険に満ちた大都市の制圧作戦では、多くのブラッドレー機械化歩兵部隊が、M1戦車隊と混成チームを組み襲撃・掃討作戦を遂行*4」しました。
このような戦訓から考えて、日本の市街地戦でも、戦車は大いに有用だと考えられます。例えば市街地で北朝鮮の特殊部隊などと戦う、というような状況です。特殊部隊が持ち込みづらい戦車などの重装備は、本土で戦う陸上自衛隊にとって一方的なアドバンテージです。よってこれを活用せず、馬鹿正直に敵は歩兵だからこちらも歩兵だけで戦う、という戦車不要論は大損です。自衛官の死傷者をムダに増やしてしまいます。
市街地戦の場合はよいとして、山地や水田ではどうでしょうか?
「山国で戦車は役に立つか?」 アメリカ軍と韓国軍の対立
これについても海外の例が参考になります。日本の陸地と似通った地形の国、韓国の例です。
朝鮮半島は日本と同じく山が多く、全面積の約70%が山地です。平野と盆地は非常に狭く、日本の関東平野、濃尾平野クラスの面積の平野さえありません。*5また水田があるという点まで日本に似ています。日本における陸戦を考えるため多いに参考になる地形です*6。
そのような韓国が舞台となったのが1950年に始まった『朝鮮戦争』です。北朝鮮が韓国に侵攻し、それに対して韓国軍、アメリカ軍を中心とする国連軍が立ち向かいました。
開戦時、韓国の陸軍には戦車が1両もありませんでした。それに対し、北朝鮮軍は戦車を持っていました。そこで韓国軍の白将軍は、アメリカの軍事顧問団に対して戦車の提供を要請しました。
ですが断られます。韓国軍には対戦車兵器をすでに提供してあるし、「そもそも韓半島の地形は、戦車の運用を許さない*7」とアメリカ軍は考えていたからです。
ですが白将軍はこの意見に疑問を感じていました。米軍のくれた対戦車兵器で本当に敵の戦車を撃破できるか確証がありませんでしたし、山がちな韓国では戦車は役に立たない、という意見にも賛同できなかったからです。
山がちな韓半島では戦車は無用だ、という見解にも疑問を感じていた。ヨーロッパやロシアの大平原で戦われたような戦車戦は起こりえないだろうが、山岳地で長い隘路*8を突破する際、動くトーチカ、動く砲台として運用すれば、威力を発揮するはずであった。私は、戦車無用論を説く軍事顧問の真意をはかりかねた。
p146 「若き将軍の朝鮮戦争」 白善ヨップ
山がちな韓国でも戦車は有効だという白将軍と、いや戦車は無用だというアメリカ軍、どちらが正しかったのでしょう。その答えは、開戦の直後に明らかになりました。
戦車をもたない韓国軍は大敗した
北朝鮮はT-34という種類のソ連製の戦車を装備していました。傑作と名高い戦車です。しかもきちんと「歩戦の協同」の原則を守って攻めてきました。
侵攻時の北朝鮮は…歩兵師団八個、戦車旅団一個、戦車連隊一個で、戦車はT-34を一五〇両持っていた。…北鮮軍の戦車用法は歩兵直協で、戦車を先頭に、これに歩兵が随伴して侵入してきた。
初めて戦車に出会ったとき、韓国軍は三十七ミリの対戦車砲で射撃したが全く効果がなく、手榴弾を束ねたもので肉薄攻撃を行ったが、前進を止めることは全くできなかった。…それからも北鮮軍は戦車を先頭に立てて破竹の勢いで前進した。
田中賢一/森松俊夫著 「世界歩兵総覧」p16-17
韓国軍は戦車を持たなかったばかりか、米軍からもらった対戦車兵器がT-34の正面装甲を破れなかったという不運も重なりました。それでも戦車の後ろや横からエンジン、キャタピラといった弱点を狙えば、それなりの効果はあったはずです。ですが、
戦場の心理としては、まず戦車砲や機関銃を無力化しようと、もっとも装甲が厚い砲塔や車体の正面を狙うものである。戦車の背後に回りこみ必殺の一撃を加えるというのは戦争映画のなかの話であって、援護の歩兵もいるから実際にはなかなかできない。
p188 「若き将軍の朝鮮戦争」 白善ヨップ
というものなのです。このような対戦車兵器の限界は現在でもあまり変わりません。敵が歩兵と分離していない限り、対戦車兵器さえあれば常に戦車より優勢に戦える、というわけではないのです。
このような不利のため韓国軍は戦車による突破を許し、後に続く歩兵になだれ込まれ、大敗します。
北朝鮮軍はアメリカ軍をも打ち破った
さらには米軍まで北朝鮮軍に破れます。米軍が初めて北鮮軍と激突した七月五日の戦いでは、8両の戦車を先頭に進む北朝鮮軍が米軍の陣地を突破、後方の砲兵を蹂躙してのけました。北朝鮮の戦法はこうです。
攻撃にあたり、戦車は地雷探知機をもった歩兵に先導されて前進し、歩兵の主力は後方三〇〇~五〇〇メートルを続行した。敵と衝突すると、戦車は正面で敵を拘束し、その間に歩兵は両側に迂回し、両翼から包囲攻撃することが多かった。
p36 田中賢一/森松俊夫著 「世界歩兵総覧」
当初の米軍は一応戦車を持ち込んでいたのですが、攻撃と防御ともに劣るM24軽戦車では、主力戦車*9の元祖であるT-34には歯が立たなかったのです。
「山がちな韓国の地形は戦車の運用に適さない」というアメリカ軍の考えは、完全な思い違いだったのです。戦車は隘路突破の先頭に立ち、地盤が固いところならば水田さえ踏み越えて戦うことができました。
そして韓国は首都ソウルを失い、半島の先っぽに追い詰められてしまいます。米軍が大慌てで運んで来た主力戦車、対戦車兵器、そして航空機の援護によって、なんとか米韓軍はギリギリのところで持ちこたえます。
最後の防衛線となった多富洞(タブドン)の戦いでは、歩兵だけの韓国軍が山の上で戦い、戦車を装備した米軍は谷間の隘路で戦うという分担をとって持ちこたえました*10。
やがて北朝鮮軍を押し返すと、今度は韓国軍もアメリカから戦車部隊を供与されます。そこで韓国の白将軍は歩戦協同訓練を行ない、諸兵科連合によって押し返し、ついには北朝鮮の首都である平壌に一番乗りを果たします。*11
このように朝鮮戦争では山がちな地形であっても戦車が活躍することを証明した戦例だといえるでしょう。山がちで平野が少ない土地では戦車は有効ではない、という考えは実に半世紀も前に破れているのです。
陸上自衛隊の戦車運用
次に実際の日本の野戦ではどうなのか、見てみましょう。朝鮮戦争の戦訓を受けて、当時日本にいたアメリカの軍事顧問団は、日本にも戦車戦力が必要だと考えます。そこでアメリカ製戦車の提供を受けたところで、戦後日本は初めて戦車戦力を手にします。その後は戦車の国産化に乗り出すことで、さらに日本の地形に最適化した戦車と戦術を磨いてきました。
陸上自衛隊が昔から考えてきたのは、主に北海道での防御戦闘です。戦争がはじまってから3週間の間、このロシア軍を相手にして守り抜くことが陸自の使命でした。3週間の間、負けずに粘れたなら、アメリカ陸軍の援軍が到着する予定だったからです。圧倒的に強いロシア陸軍に奇襲されて3週間守りぬく。そのためには時間稼ぎ、すなわち遅滞戦闘に集中するしかありませんでした。
この条件と、日本の地形を考慮して考えられたのが「稜線射撃」を要とする戦法です。
日本の地形を生かした稜線射撃
この写真は自衛隊の戦車が「稜線射撃」を展示しているところです。△型に膨らんだ地面、その後ろ側から戦車が射撃しています。射撃したら△の手前に引っ込んで、敵から姿を隠します。要するにこれが稜線射撃です。
この写真は展示なので規模が小さいのですが、実戦ではもっとずっと大規模にこれが行われます。山がちで起伏が激しい日本の地形を利用し、起伏の手前側に陣地をつくります。対戦車兵器を装備した普通科(歩兵)隊員と戦車がそこにこもり、後方には野戦特科(砲兵)が控えています。敵軍がやってきたら、稜線を盾にして身を隠しつつ、戦車と歩兵が射撃を加えます。一つの陣地が不利になれば砲兵の援護を受けながら下がり、次の陣地に籠ります。
このように陸上自衛隊の武器体系は、作戦は遅滞行動、戦法は稜線射撃、この上に構築されている。もちろんこのコンセプトをもっとも追求したものが、最良の対戦車手段である戦車であった。
p44 軍事研究 2008年5月号 「日本国産戦車のコンセプトを追う」 藤井久著
自衛隊の戦車はこのコンセプトで作られ、訓練されてきました。稜線から砲だけ乗り出して射撃する、というような器用な撃ち方ができる、日本の国土に最適化した戦車なのです。また、朝鮮戦争で見られたように、隘路などの地形で動く砲台、動くトーチカとして活躍できることは言うまでもありません。
もし同じように遅滞戦闘をするとしても戦車が無ければ、敵軍は戦車を持っているわけですから、朝鮮戦争時のように著しい不利を強いられます。
また、米軍の来援後には反撃に移り、占領された土地を奪回せねばなりません。その攻勢局面ではもはや陣地にこもってはいられませんから、戦車の装甲によって普通科(歩兵)を守らねばなりません。よって陸上自衛隊が戦車を保有していることには十分な合理性があります。
このような昔からの野戦に加え、最近では前述のように対ゲリラ・コマンド戦闘を念頭においた市街地戦を想定しているのが陸上自衛隊であり、日本の戦車運用です。
まとめ
日本は山地が多く、水田や市街地といった複雑な地形をもっています。そのため「そんな日本の地形では戦車は役に立たないのでは?」という疑問が呈されることもしばしばです。
しかし実際には多くの戦訓で明らかなように、日本国内でも戦車は運用可能です。そのことは山がちで水田も多い朝鮮戦争において、またイラクでの市街地戦において実証されています。山であれ市街であれ、陸戦には歩戦の協同が不可欠なのです。
もし仮に戦車がなければ、国土戦における自衛隊は著しい不利を強いられるでしょう。悪くすれば敗北、もし負けずにすんだとしても、戦車がある場合よりも多くの戦死者を出してしまうでしょう。
よって自衛隊が戦車を保有していることには合理性があります。自衛隊は日本の地形に適した戦車を開発し訓練してきました。昔は野戦での防御を中心に、最近ではそこに市街地戦を加え、戦車と歩兵の協同による戦術を訓練しています。
つまりは日本の地形では戦車なんぞ役に立たない、という考えは思い込みに過ぎないのです。
今回は、日本の地形においても戦車は有用、どころか重要であることを論じました。
とはいえ、まだ大きな疑問が残っています。「そもそも日本って上陸された時点で負けじゃないか?」「いまどき、上陸してくる国なんかなくね?」というような。要は陸上戦力不要論です。
次回のpart3ではこれについて議論する予定です。そこでは日本と(内陸の地形は違っても)島国という条件が近い国や地域が例にとられるでしょう。今のところ台湾とイギリスを予定しています。さらに後のpart4ではそもそも陸軍が何のためにあるか、という風により抽象的な議論に入っていくことになるでしょう。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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本文中で何度も引用した回想録です。今回は戦術がらみの話ばかり引用しましたが、その他の面でも示唆に富みます。読み物としても非常に面白い本です。
*1:なお前回のコメント欄他で「そもそも日本は島国なのだから、上陸された時点で終わりだ」というような議論が見られました。そのような、極論すれば「陸上戦力などもってもムダ」という考えへの批判はpart3で書く予定ですので、あらかじめご了承ください。
*2:ロシア歩兵は戦車の上に乗ったり、装甲車に搭乗させられたまま市内に突入した。下車散開していなかったため、市内に潜む対戦車兵を見張ることも、排除することも満足にできなかった
*3:ブラッドレーは米軍が装備している歩兵戦闘車。ここでは「強い装甲車」くらいな認識でOKです
*4:軍事研究 2003年 6月号 [市街作戦と機械化歩兵チームの戦術] 軍事情報研究会 p144
*5:P51 軍事研究 2008年 08月号 「国土防衛と陸上作戦における戦車の役割(中)」高井三郎著
*6:前述のように、今回は「島国」という特性については無視します。なぜなら今回の目的は日本の国土戦、その戦術を論じることにあるからです。島国における陸上戦力の意味についてはもう一段上のレベルの議論になるため、part3にまわします
*7:p145-146 「若き将軍の朝鮮戦争」 白善ヨップ
*8:あいろ:山の谷間などにみられる、幅が狭い一本道
*9:MBT:攻撃・防御・機動を高いレベルでバランスさせた戦車。現代の軍で「戦車」といえばふつうこれを指す
*10:白将軍が担当した地域
*11:p263-265 「若き将軍の朝鮮戦争」 白善ヨップ