リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

言語と民族(メモ)

断片的なメモも、ブログに書いた方がいいだろうと思いました。

なぜなら、誰にも読まれなければ無害ですし、誰かに読まれれば、ヒントになるかもしれません。

だから、これはただのメモです。

 先の読書記録では、「最後の授業」から、言語による同化政策について少し触れました。

「話が通じる」というのは統一国家を作り維持するために大事なことです。秦の始皇帝でも明治日本でも同じです。特に近代の民族国家では、利便上文字通りに「話が通じる」だけでなく、我々は共通の文化を持った民族なのだという物語を広めることが必要です。

それが古代の国家よりもっと前に遡ると、自然に生まれた言語圏が、だんだんと民族に、国家に繋がっていく過程があります。

「イギリス史10講」という面白い本を読んでいるのですが、こういう一節に当たりました。

ブリテン島からローマ帝国が去った後、その遺産の上に、諸部族が争う時代がありました。

諸部族が争い交わった300年間のうちに、一定のまとまりをもつ言語および人の集合が生まれた。それぞれの祖地であるデンマーク、北ドイツ、ネーデルランド系と連続する要素もあるが、独自の規範を持つ言語エングリッシュが成立した。これは「アングル部族の言語」という限られた意味ではなく、グレートブリテン島のゲルマン諸部族の共通語であり、英語学で言う所の古英語(Old English)である。英雄詩「ベオウルフ」が、このころの英雄の力、知恵、忠誠心、生と死を歌いあげている。

 

部族を越えて、英語を話す人という意味のイギリス人(English)の出現を記録したのは、731年に年代記「イギリス人の教会史」を完成させた修道士ベーダである。

イングランドあるいはイギリスという「国」が形成されるより前に、複数の要素の交わりから、英語とイギリス人が生まれた。その逆ではない。

 こうして「話が通じる」人々の集団が生まれます。古英語の中に、ノルマン征服によってノルマン人たちが大挙して支配層そして押し寄せ、彼らが話す古フランス語が輸入されます。

言語はといえば、住民の古英語は残したまま、新領主の言語として古フランス語が導入された。

例えば牛、羊、豚は、野良にいる限りoxやcow、sheep、swineの古英語で呼ばれたが、領主の食卓にのぼったとたんにbeef、mutton、porkあるいはbaconの古フランス語で呼ばれる。

農民のメシは古英語のmealだが、領主のご馳走は古フランス語のdinnerである。

こうした語彙だけではなく言い回しも増え、中期英語が形成される。

この辺の有名な話ですね。 

こういう輸入やそれとの混交も合わせ、あるエリアの言語が独特のものとなっていきます。

「話が通じる」という言葉は、使っている単語と文法が同じであるだけでなく、共通了解が成り立つことも意味します。共通の言語があり、共通の規範があり、似たような価値観を奉じ、行動様式を共にできるからこそ、一つ社会を低コストで営むことができます。

現代というのは、そのエリアを越えて人が行き来していますから、その分、社会は高いコストを払い、人々が高いリテラシーを持たなければ、社会の中に軋轢が生まれてしまいますね。

 

イギリス史10講 (岩波新書)

イギリス史10講 (岩波新書)