リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

「ヒトはなぜ戦争をするのか?」アインシュタインとフロイトの往復書簡


アインシュタインとフロイトが手紙で議論を交わしたと聞けば、その内容が気になる人は多いでしょう。ましてその内容が「戦争を無くすことはできるか?」だと聞けば、なおさらではないでしょうか。



ある時、”国連”がアインシュタインに提案したそうです。

「誰でも好きな一人を選んで、今の文明でもっとも大切な問いについて書簡を交換して下さい」

アインシュタインは書簡を送る相手にフロイトを指名しました。そしてアインシュタインは、彼が考える「今の文明でもっとも重要な問い」についてフロイトに手紙を書いています。


「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」

―これが私の選んだテーマです。

アルバート・アインシュタインより、ジグムント・フロイトへの手紙

アインシュタインは戦争を無くすための方法について自説を述べ、フロイトに見解を問うています。フロイトはそれに対し、主に心理学精神分析の見地から返信しています。

この往復書簡を収録した本が「ヒトはなぜ戦争をするのか?」です。20世紀を代表する2人の天才の往復書簡、というだけでもずいぶん興味深いですが、そのテーマはさらに興味深いものです。両氏の見解はいかなるものだったのでしょう。

アインシュタイン氏の見解

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アインシュタインは言います。戦争を無くすことは簡単だ、と。


…私のような人間から見れば、戦争の問題を解決する外的な枠組みを整えるのは易しいように思えてしまいます。すべての国家が一致協力して、一つの機関を創りあげればよいのです。この機関に国家間の問題についての立法と司法の権限を与え、国際的な紛争が生じた時にはこの機関に解決を委ねるのです。

p13 「ヒトはなぜ戦争をするのか?」

戦争をするかわりに国際的な裁判を行い、問題を解決すればよい、という考えです。実際、人間は国内社会において暴力を規制し、代わりに裁判所を設けました。ケンカで決着をつけるのではなく、裁判の場で論じ合い、力ではなく法によって解決すればよい。実にシンプルです。

ですがアインシュタインは、この簡単な解決策が、容易には実施できない理由についても述べています。


(裁判が)何かの決定を下しても、その決定を実際に押し通す力が備わっていなければ、法以外のものから大きな影響を受けてしまうのです。私たちは忘れないようにしなければなりません。法や権利と権力は分かち難く結びついてるのです! 司法機関には権力が必要なのです。

p14

判決が下っても、それが実施されないとしたら、その裁判に意味はありません。そして実際に現在の国際司法裁判所はその種の強制力を持たず、また強制管轄権も持たないため、全ての戦争を無くすことはできていません。

アインシュタインが言うように、集権的な権力が国際社会に成立しないことには、裁判によって戦争を無くすことはできないのでしょう。

そこでアインシュタインは議論を移して、人間の心についてフロイトに質問します。いまだに戦争を無くせないのは、人間の心に問題があるのではないか?と。そして人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?と。

フロイト氏の見解

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心理学者*1であるフロイトは、専門的見地から、アインシュタインの議論と質問に答えます。

「法と権力とは分かち難く結びついている」ので、集権的な権力が成立しないと裁判によって全ての戦争を無くすことはでいない、というのがアインシュタインの見解でした。

フロイトはこれに同意した上で、権力というより「暴力」といったほうが正確だ、と指摘します。法は暴力に支えられており、そして法の支配は時に破綻して暴力の支配にとってかわられるものだ、というのです。

そして一つの暴力が他を制圧して集権的権力を打ち立てると、ふたたび法の支配が回復される可能性が生まれます。ということは、「平和のためには戦争が必要である」という逆説に行き着きます。


逆説的に聞こえるかもしれませんが、こう認めねば成らないことになります。人々は焦がれてやまない「永遠の平和」を達成するのに、戦争は決して不適切な手段ではないだろう、と。戦争は大きな単位の社会を作り上げることができるのです。中央集権的な権力で暴力を管理させ、そのことで新たな戦争を二度と引き起こせないようにできるのです。

p36

フロイトはここでローマ人の戦争が「ローマの平和」をもたらした例をあげています。確かに日本でも江戸幕府の例があります。徳川家康が大戦争に勝ち抜いて、最強の暴力を築いたために、乱世を終わらせて平和をもたらすことができました。

しかしだからといって、現実には戦争が地球規模で「永遠の平和」を実現させたことはありません。征服戦争で無理に国を平定してもその支配が長続きすることはあまりなく、統一は崩れてしまいます。人類史上にはローマにモンゴルといった大帝国が何度か成立しましたが、いずれも崩壊し、分裂していきました。その上、人類史上最大の帝国であったモンゴルでさえも、ユーラシア大陸の一部を制したに過ぎません。地球全土を「天下統一」した国は無いし、今後ともないでしょう。

結論として、フロイトはアインシュタインの見解に同意するものの、アインシュタインがいうような国際的機関が成立しないことにも同意しています。



次にフロイトは心理学精神分析の見地から、「人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?」という問いに答えます。ここで多くの議論があるのですが、結論はこうです。

「人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない!」

ですがフロイトは完全に望みを捨てているわけではありません。文化が発展するにつれ、人は戦争に憤り、嫌悪するようになっている、とフロイトは言います。文化の発展は人の心の有りように変化をもたらします。そのため、フロイトの最終的にこう回答し、筆をおいています。


すべての人間が平和主義者になるまで、あとどれくらいの時間がかかるのでしょうか? この問いに明確な答えを与えることはできません。

…しかし、今の私たちにもこう言うことは許されていると思うのです。

文化の発展を促せば、戦争の終焉に向けて歩みだすことができる!

p59

往復書簡の結論と、その後

アインシュタインとフロイトの書簡において2つのことが確認されました。

  1. 戦争根絶のための国際機構を成立させることはできそうもない
  2. 人の心には戦争を引き起こす性質があり、それを取り除くことはできそうもない

しかしそれでもなお、文化の発展が人の心を変え、全ての人々が平和愛好的に変わっていける可能性に、希望が残されている、という結論に至り、手紙は終わっています。



なお、この往復書簡がなされたのは1932年の9月です。

5000万人余りの人間が死亡した第二次世界大戦、その7年前のことでした。

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*1:本人はそう自認していたが、異論もあるとのこと