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リアリズムと防衛ブログ

防衛ってそういうことだったのかブログ。国際関係論や安全保障論について、本の感想などを書いています。

戦車と装甲車はどう違うのか?  ヨムキプル戦争4

 十月戦争をとりあげるシリーズです。日本では第四次中東戦争と呼ばれているこの戦いは、エジプト・シリア軍がイスラエルを奇襲したことで始まりました(その1)。イスラエル自慢の戦車部隊はエジプトが大量にそろえた対戦車兵器によって敗退します(その2)。頼みの綱のイスラエル空軍(IAF)は、全体的には航空優勢をとっているのに、肝心の決戦場の空域では対空ミサイルに阻まれていました(その3)。

 そこでイスラエル陸軍は敵の対戦車兵器から虎の子の戦車部隊を守る対策をただちに編み出します。そこで今回はここをテーマにし、ついでに戦車と装甲車の違いについて解説します。軍隊の車はぜんぶ戦車だと思われていることがありますが、実際はいろいろあるのです。

いったいこの地獄はいつになったら終わるのか

 イスラエル陸軍は歩兵、砲兵、そして航空支援に不足して、敵の対戦車兵器にさんざん痛めつけられました。しかし悪戦苦闘してなんとかエジプト軍を押しとどめていました。その激戦のあいま、ふいに休息がとれた時、あるガビ旅団長が無線でこんなつぶやきを発しました。

不意にガビの声が飛びこんできた。大儀そうな声でブツブツ言っている。


”いつ戦争が始まったのか忘れちまった。もう何日戦っているのだ。何がどうなっているかさっぱり判らん。


一体戦況はどうなっているんだ。うちの北の隣接地域はどうなったか。南の方はどうか。エジプト軍はどこまで来てるんだ。一体どこにいるんだ。IDF(イスラエル国防軍)は大丈夫だろうか。ゴランの状況は。


情報はないのか。何がどうなっているか教えてくれる者はおらんのか、エ?”


……彼の言葉は私の心に深くつきささった。…ガビが感情を一挙に爆発させたのは、皆の気持ちでもあったのだ。


一体ここでは何がどうなっているのか、この地獄はいつになったら終るのかと(「砂漠の戦車戦」 アブラハム・アダン)

 多くの将兵が同じ気持ちであった、といいます。しかし彼らはそんな苦しい状況の中で、すばらしい柔軟性を示し、失敗から教訓を拾いだします。対戦車兵器に手痛くやられたので、その対抗手段を編み出そうとしたのです。

戦車と装甲車はどう違うのか?

 対戦車兵器の恐怖を終らせるために必要なのは、戦車に歩兵の支援をつけることです。さもなければ敵の対戦車兵器を掃討できないし、敵を撃破したとしても土地を占領できません。

 かといって、徒歩の歩兵では戦車のスピードについていけないので、一緒に陣地にこもっているのでもなければなかなか満足に支援ができません。特に戦車のスピードを生かした攻撃局面では、歩兵も戦車についていくために車両に乗せてやる必要があります。

 歩兵が乗って移動する車両はかつてはトラックだけでしたが、現在では装甲を施した車両が増えています。これを装甲兵員輸送車(略称APC)といいます。

 APCはいわゆる「装甲車」というやつです。これは歩兵を乗せて運ぶための車であり、一般的には10人近くの人数を乗せられます。そのため車体が大きくなりがちです。そのため重たくて分厚い装甲や大きな砲はもっていません。必要なところまで移動すると歩兵は車から降り、下車戦闘をおこないます。

 歩兵を乗せるAPCに対して、戦車に乗っているのは普通は戦車兵のみです。彼らはずっと戦車に乗って戦います。戦車は装甲車よりも遥かに頑丈な装甲と、巨大な戦車砲をもっています。そのため攻防に優れますが、視界が狭い、占領ができないといった欠点があります。

 戦車も装甲車(APC)も、「装甲車両」の一種であるし、どちらも軍隊が使う車ですが、中身はぜんぜん違うのですね。それ自体で戦う車なのが戦車、歩兵を乗せて運ぶのが装甲車です。

「歩兵が欲しい、歩兵はどうした!」

 装甲車に乗った歩兵の支援がなければ、戦車部隊だけで満足な戦果をあげることは多くの場合困難です。ナトケ旅団長とアダン師団長との通信はそれを象徴しています。

敵の戦車ならびに装甲車と激戦中との連絡が届いた。ナトケからである。……彼は報告を続けながら”歩兵が欲しい、歩兵はどうした!”と何度も怒鳴るのだった。


しかし私にどうしろというのだ。一体どこから歩兵を持ってこいというのか。我々には確かに歩兵はあった。しかし彼らはハーフトラックに乗っており、戦場投入には不安があった。(p45 アダン)

 ハーフトラックとは歩兵を載せる車両の一種です。何が”ハーフ(半分)”かといえば、前輪がタイヤ、後輪がキャタピラだからです。アダン師団長はハーフトラックに乗った歩兵をもっていましたが、戦闘中のナトケ旅団に送り出すには不安がありました。

ハーフトラックは無蓋車であるため砲撃に弱い。前部は装輪であることから、不整地特に砂丘での行動は極めてのろく、走行不可能の場合もある。(p52 アダン)

 
 このため戦車部隊が戦闘中のところへ送るにはためらわれました。ハーフトラックより速く、より防御力のある車両が必要でした。望ましいのは半分だけではなく、全部キャタピラの装軌APC(装甲兵員輸送車 / いわゆる装甲車)です。

キャタピラの方がタイヤよりも速い?

 キャタピラでキュラキュラと進むよりも、タイヤ式の方が速度はでそうな気がします。しかしそれは何の障害物もなく、舗装された道路をドライブする時の話です。不整地、それも砲撃でデコボコになったのが戦場の地面です。タイヤでそんな不安定なところを走るとスピードがでず、無理に急ごうとすれば車が転倒してしまいます。砂丘や水田のように足元が悪ければ、途中で進めなくなる恐れもあります。

 そのため戦場についた後の「戦術機動」、および撃ち合いながらの「戦闘機動」では、装軌(キャタピラ)式の方がタイヤより速いのです。特に戦車(もちろんキャタピラ式)と協力して前進する場合、装軌装甲車に乗らなければ歩兵は戦車のスピードについていけません。

 また装甲車であっても装輪(タイヤ)式の場合、戦術以下の機動では戦車の速度に追いつくことができません。そのかわり装輪式より安価で、長距離を移動するのに適しています。日本の陸上自衛隊は予算が乏しく、少ない兵力で本土を守らねばならない、装甲兵員輸送車(APC)に力をいれています。

 一部には、日本は戦車を廃して装甲車だけでよい、という極端な意見もありますが、これは誤りです。十月戦争をはじめ多くの戦訓が示すように、装甲車に乗った歩兵と戦車は互いに補いあうものです。どちらか一方では著しく不利になります。(参考「日本は島国なのになぜ戦車が必要なのか?」)

要するに、戦車とAPCはそれぞれの用途において相手より優れているのであるから、双方を比較しても余り意味がない。重要なのは、戦場で互いが補完し合い協力することである。(p56 アダン)

 (主として装軌式の)装甲車に乗った乗車した歩兵のことを「機械化歩兵」といいます。イスラエル陸軍は機械化歩兵を戦車と組ませ、協同させることで、対戦車兵器対策を固めていきました。


対戦車兵器への対抗手段を編み出せ

 イスラエル軍は装軌APC「ゼルダ」に歩兵を乗せて、戦車を援護させました。それに加え、恐るべき対戦車ミサイル「サガー」で撃たれたとき、これを回避する方法を考えました。

旅団長たちはサガー恐怖症に陥っていたが、今やほぼそのショックから立ち直っていた。我々はすでに警戒の仕方を学び、対策もとれるようになっていた。…


…各隊には対戦車ミサイルの監視役がつくようになり、戦闘中彼らが”ミサイル左!”とか”右からミサイル!”などと叫び、それに応じて戦車は回避運動をやるのである。


戦車の前にゼルダを配置して進むと非常に良好な結果になる、と皆考えていた。…今や各大隊にゼルダに搭乗する機械化歩兵が付き、戦車の側面を守るのである。(p73 アダン)


 苦しい防御戦闘をやりながらも、イスラエル陸軍は現場の判断で戦術を改善していきました。その甲斐もあって、戦闘はだんだんと楽にこなせるようになっていきました。

「待ってろよ、すぐにお前たちの番になるんだぞ!」

 そうしてエジプトの攻撃を耐え忍ぶうち、状況が好転します。

 ゴラン高原の北部軍がシリア軍を破ったのです。イスラエル北部軍はシリア軍のゴラン高原侵入を許したものの、その進路をはさみこむ反斜面陣地を作り、稜線での防御戦闘で敵の侵攻を食い止めることに成功しました。(p299 ラビノビッチ)そして逆襲し、シリアの首都ダマスカスの近くにまで迫ります。

 この報告を受けたアダン師団長はさっそく味方部隊に、さらには敵軍にまでこの情報を伝えました。

通信系で旅団長たちを呼び出すと、こんな風にやりだした。


”全部隊に告ぐ。こちら師団長。シリア軍はねじ伏せられつつあり。北部正面の我軍、情け無用の前進中。すべて順調。ヤノシュ(第七機甲旅団長)はダマスカスの城門にあり”


と言ってから、自分でも一体どうしてあんなことをしたのか判らないのだが、私は突然エジプト軍へ向け放送をやり始めたのである。彼らが我々の通信系を傍受しているに違いない、とその時フト考えたのが原因かもしれない。


”オーイ、エジプト兵よ、聴いとるのなら注意して聴けよ、こん畜生めが、すぐにお前たちの番になるんだぞ!”


するとナトケ(旅団長)が無電にでて、味わいのある悪口を並べたてた。(p82 アダン)

 お偉い将軍たちが、テンションが上がって思わずこんなことをやらかし始めました。するとこの雰囲気が部下へ部隊へと伝染して、南部軍の士気は急激に高まります。

 反撃の時が近づいていました。