リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか?

中国艦隊は沖縄を突っ切って沖ノ鳥島へむかった

(イメージ)
 10隻の中国艦隊が沖縄と宮古島のあいだを通過し、東シナ海に抜けました(4/13読売)。防衛省の発表によれば、中国艦隊は現在も日本領沖の鳥島の近海で活動中とのことです(4/20産経)。中国海軍はこれを長期間の外洋演習としています。

 沖縄と宮古島はいずれも日本領ですが、そのあいだは公海ですから軍艦の通行は自由です。しかしながらこういった航路を艦隊で進み、東シナ海に抜け、沖の鳥島付近をうろついてみせるのは、単なる訓練という以上のものを含んでいます。

 艦隊は戦争のときに使われるのみならず、平時にも暗に外交上のアピールとして機能します。これを念頭において考えると、中国艦隊のこれみよがしな動きが意味するところが見えてきます。

中国艦隊の威嚇行為

 この艦隊の詳細はすでに自衛隊が発表しています。(参照「中国海軍艦艇の動向について(pdf)」)また、自衛隊は護衛艦をだしてこの艦隊の動きを警戒しているのですが、その際に中国艦隊から威嚇を受けたそうです。

 中国艦隊から飛び立ったヘリが自衛隊の護衛艦に接近し、水平距離90メートルのところまで近寄ってみせました。危険なふるまいです。この件について中国のネット上では「よくやった」という賞賛の声があがっているようです。

同記事を掲載した環球網には、自国軍の行為を称賛し、日本を非難する書き込みが相次いだ。開戦すべしという、極端な意見もある。


ヘリコプターを日本艦隊に異常なまでに接近させたことへの疑問視はみられない。操縦士をたたえたり、中国艦隊を追跡・監視していた日本側の責任とする意見も目立つ。

解放軍ヘリが日本自衛艦に異常接近、中国では「よくやった!」多数 2010/04/14(水) 15:33:40 [サーチナ]

 さらにその後、東シナ海にでた中国艦隊を自衛隊の哨戒機が見張っていたところ、中国艦は艦砲の照準をあわせて威嚇してきた、と報道されています(4/20時事通信)。

こうした行動は冷戦時代の旧ソ連も、自衛隊機や自衛艦に対して取ったことがないといい、政府は外交ルートを通じ、中国に対し事実関係の確認を申し入れている。


関係筋によると、中国海軍の駆逐艦が海自のP3C哨戒機に速射砲の照準を向けたのは、13日午後3時半ごろ。2種類の速射砲の照準を向け、いつでも撃墜できることを示した。


P3Cは国際法にのっとった通常の哨戒飛行を行っていた。

時事ドットコム


 領海に近寄ってきた外国の軍艦を偵察し、写真を撮ったりするのはどこの国でもやっていることで、まあ挨拶のようなものです。それに対してヘリを異常接近させたり、砲を向けて”お返事”をするのも、まったく無いことでは無いです。とはいえ決して穏当な対応とはいえません。友好親善のための航海ならばそんな物騒なお返事はしないでしょう。

地図を回して考えてみる

 読売新聞では中国艦隊のおおまかな航路を地図で示しています(参照)。しかしこの地図には問題があります。地図の中心が沖縄になっていることです。これでは「日本領のあいだをすり抜けた」航路だというだけで、より本質的な意味がくみとれません。

 今回の中国艦隊の航路を考えるには、台湾をもっと中心に寄せた地図で見るべきです。そこでグーグルマップを使った簡単なものでお恥ずかしいのですが、つくってみました。「A」とあるのが宮古島です。中国艦隊は宮古海峡を南南西に抜けたあと、20日現在はこの地図の矢印から東に曲がって沖の鳥島近くにいると報道されています。

 私たち日本人はついつい日本中心に地図をみてしまいますけれども、ここは台湾人になったつもりで、台湾からこの航路を見直してみましょう。中国と対面に向かい合っている台湾の意識になるため、地図を90度まわしてみます。ついでに白矢印で横須賀、グアムから台湾に行くとしたルートをおおまかに示してみます。

 中国艦隊が沖縄を抜けて東シナ海にでる、これを台湾からみれば側面を抜けて後方を遮断されるルートです。

 卒然と見るに、あたかも有事の際に沖縄、横須賀、あるいはグアムから台湾海峡にかけつけるアメリカ軍の進路上に中国海軍が立ちはだかるが如しです。これは中国海軍の近年の構想そのものです。

中国海軍の「anti-access(接近阻止)」戦略


 最近の中国海軍が考えていることは、台湾海峡で紛争がおこったとき、アメリカ海軍の救援を通せんぼすることです。アメリカの空母が台湾海峡に近寄ってしまうと、中国は制海制空の両権を奪われ、台湾に手出しできなくなります。そこでアメリカ艦隊が救援のため台湾に近寄るのを妨害します。それには潜水艦、水上艦隊、対艦弾道ミサイルなどのさまざまな兵器が使われます。これをアメリカ側は「Anti-access(接近阻止)」と呼んでいます。もし接近を許したとしても、その活動を妨害する「領域拒否(area-denial)」が行われると考えられています。
 
 これは読売の報道でも解説されています。

中国は台湾海峡有事の際に米空母などの展開を阻む「接近拒否戦略」を進めており、政府内では「艦船の訓練海域を広げ、海軍の能力向上を誇示した」との見方が強い。海洋政策研究財団の小谷哲男研究員は「中国が目指す近海防衛戦略がかなり実行されてきたことを示している」と分析した。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 このような構想が背景にあることを考えれば、今回の航路も台湾有事を暗に念頭におきつつ、「有事の際にもここいらまで艦隊を出せるんだぞ」「ここらの海は自由にはさせないぞ」という無言のデモンストレーションと見るべきでしょう。

 また日中間には尖閣諸島の領有権問題があり、さらには中国は沖の鳥島は岩だと主張しています。中国海軍が東シナ海での軍事的存在感を高めれば、その海に関する発言力も強まることから、そのような中国の主張を間接的に後押しすることにもつながっていくでしょう。中国艦隊は沖ノ鳥島周辺の公海をぐるりと一周したと報道されています。

日本が棒に振った艦隊活用のチャンス


 艦隊は自由に公海上を移動できるために、こういったアピールを通して外交の後押しをすることができます。他国の港に盛んに入港すれば友好親善となり、演習の名目で係争地域をうろついてみせれば威嚇恫喝となります。海軍は外交上のアピールの道具として活用できるのです。

 これは中国の専売特許ではなく、日本にだって可能なことです。実はかつて、中国の海洋進出に日本が対抗する機会がありました。元外交官の岡崎久彦氏が、タイへ大使として赴任していたときの話として、シンポジウムで語っています。

私は、タイの大使をしているときに、チャイチャイ総理が、最近、中国が南シナ海に出てきてしょうがないと。ひとつ日タイ両方で南シナ海で海軍演習をやろうじゃないか。これは、80年代の終わりごろです。


これは、当然日本に伝えました。皆さんご想像のとおり、日本はうんともすんとも言いません。そういうチャンスが2回ありまして、二遍言ってだめならあきらめますね。やはり中国のほうになびきます。ちょっとフィンライダイゼーションと言っては強すぎますけれどもそうなった。


こういう形で、日本は今までどれだけチャンスをミスしているかわからない。もし、日本があのときぐっと入っていれば、日本が戦後50年営々として築いた東南アジアとの経済関係、これにははっきりもう1つの筋が入って、揺るぎのないものになったんです。


(p93-94 「海洋国家日本:文明とその戦略 : 日本国際フォーラム設立15周年記念「海洋国家セミナー」総括シンポジウム 」日本国際フォーラム 2002)


 ここでいう「フィンライダイゼーション(フィンランド化)」とは、ある国が近くの大国になびき、従属するようになることです。冷戦中のフィンランドが中立を標榜しながら、実際にはソ連に従属的になったことから、こう言います(ただフィンランドに対しては失礼な言い方なので注意が必要です)。

 ともあれ、このときタイからあった「中国に対抗して日本も艦隊を出してくれ。南シナ海で日タイ合同演習をやろう」という打診も、艦隊が発揮する政治的効果に期待したものです。別に日タイで同盟を組んで中国と戦争しようというのではなくて、外交で中国の進出を抑制するための援護射撃としてデモンストレーションをやらないか、という話です。

 ただし、このときタイの打診に完全に答えることは、南シナ海のスプラトリー諸島の帰属問題に日本が口を挟むことにつながりますから、難しい問題です。ですから、この時に全力で快諾すべきだったかどうかはちょっと留保が必要です。とはいえ一つの機会であったことは確かです。

 例えばこのように、艦隊を外交的アピールの道具につかうのは日本にもできることです。侵略的な脅威を与えるのではなくて、地域のバランスを保ち安定化させるアピールとしてやるのならば、外国から頼まれることすらあります。日本の外交も、そろそろこういった手段を外交カードの一つとしてもっと活用していい頃ではないでしょうか。さもなければ言ったもの勝ち、やったもの勝ちとなって、不利を強いられることになりかねないのですから。

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