北東アジア・太平洋地域には、武力紛争の恐れが大きい場所が2つあります。今回はこれらと日本の関連についてです。
1つは朝鮮半島。北朝鮮と韓国との紛争です。昨年2010年の3月には韓国軍の哨戒軍「天安」が北朝鮮によって撃沈され、12月には延坪島への砲撃事件がありました。戦争は歴史の中だけの出来事ではなく、いまもって現実の脅威であることが、砲火によって明らかになったといえるでしょう。
もう1つが台湾海峡。中国と台湾との紛争です。こちらは朝鮮半島とは対照的に、今は小康状態にあります。しかし戦争の脅威がなくなったわけではありません。中国軍は台湾に侵攻する能力を高めています。また台湾側は中国と友好関係をとりもちつつも、万一に備えて中国本土まで届く新しい巡航ミサイル「雄風2E」の製造に入りました(WSJ 2010/12/10)。
朝鮮半島と台湾海峡で、それぞれ韓国と台湾の側に立って介入する能力をもち、それによって戦争を抑止しているのがアメリカです。昨年の普天間問題で注目された沖縄の海兵隊も、この文脈で存在します。参議院の外交防衛委員会の議事録によれば、こうです。
(在沖海兵隊)三一MEUの想定される任務は、朝鮮半島危機、台湾海峡への抑止と初動対応……などが考えられるわけであります。
……ロードマップが作成される過程での在日米軍再編協議では、三一MEUを本土や国外に移設したケースなど、いろんなシミュレーションがなされておりました。そこで出てきた最大のかぎは、三一MEUが紛争地域まで展開する際の所要時間でありました。
三一MEUは、沖縄から台湾、朝鮮海峡へは一日で展開できます。ところが、日本本土の富士へ例えば移動した場合には、朝鮮半島には二日、台湾には三日掛かります。……朝鮮半島有事や台湾海峡有事の際の邦人救出作戦、他国の軍隊が宮古、石垣、尖閣などの先島諸島に上陸を試みようとする場合には、一日、二日の遅れが致命傷となるわけであります。
したがいまして、三一MEUが県外移転された場合抑止効果は著しく低下することになるため、三一MEUは日本の抑止力維持のために沖縄に駐留する必要があるわけであります。
参議院会議録情報 第171回国会 外交防衛委員会 第11号
朝鮮半島と台湾海峡の2つの爆弾をめぐり、もしも戦争になった時のために、できれば自国に都合の良い形で戦争を抑止するために、関係各国は備えています。わけても半島と海峡の両方に介入できるアメリカは、地域の安定に大きな役割を果たしています。
参考:
WSJ 2010/12/10 台湾、中国本土到達の巡航ミサイル大量製造開始)
台湾が長距離ミサイルで北京を狙う理由 〜台湾の防衛戦略
普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味
普天間および在沖米軍について韓国紙の論評
日本との関係・・・”隣家の火事”
そのアメリカに拠点を提供し、協力することで周辺の戦争を未然に防ごうと意図しているのが日本です。朝鮮半島や台湾海峡は日本にとって眼と鼻の先です。ここで戦争があっては無関係な「対岸の火事」ではすまず、例えて言えば「隣家の火事」です。隣の家で火事があっては、他人のことだからと眺めてはいられません。砲撃事件くらいのボヤならまだしも、本格的に燃え上がれば、必ずや隣まで火の粉が飛んできて、我が家へ延焼をおこします。
○朝鮮半島有事
朝鮮半島で戦争が勃発すれば、韓国の「後方」にあたる日本は無関係ではいられません。前回の朝鮮戦争のとき、韓国に攻め込んだ北朝鮮は、首都ソウルを瞬く間に占領し、いま一歩のところで韓国全土を攻め取るところでした。それが勝利を逃したのは、アメリカを中心とする16カ国からなる国連軍が韓国を支えたためです。その国連軍の展開拠点となり、物資の供給にも資して、韓国を支えた17番目の国が日本です。日本は密かに掃海部隊も送り、国連軍の側に立って朝鮮戦争に関与しています。
そこで2回目の朝鮮戦争があるとして、今度こそ日本が後方として有効に機能しないよう、マヒさせたいと北朝鮮が考えるのは自然というものです。そのため特殊部隊の一部や工作員、あるいは弾道ミサイルによって、混乱発生目当てでの攻撃が考えられるでしょう。また、その戦後にも北朝鮮の治安回復や復興支援、そして難民の流入などで日本が大迷惑を被るでしょう。
○台湾海峡有事
中台間で戦争が勃発すれば、台湾海峡とバシー海峡の航行の安全が脅かされます。両海峡に大きく依存する日本経済にとって大きな打撃です。それに加え、台湾戦争のその勝敗を分ける「天王山」は日本の領土領海かもしれません。
96年の「台湾海峡ミサイル危機」のとき、中国は武力で台湾を脅迫しました。しかしアメリカが空母を急派したことで封じ込まれました。
そこで現在の中国軍が狙っているといわれるのが「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略です。アメリカ軍が台湾付近に到着してしまえば、中国軍では勝利が困難です。よって台湾よりも遠くで足止めをしてやればいい、という狙いだとみられています。(下図イメージ)
イメージ(CSBA)
そのとき、中国からみると日本は非常にタチの悪い位置に存在します。中国からみると、日本と韓国の米軍基地によって半ば包囲されている形です。
かつまた、中国の艦隊がアメリカ軍を阻止するために外洋に出ようとしたとき、日本の南西諸島をスキ間を通りぬけねばなりません。もしも日本が(通称)宮古海峡の封鎖などで中国艦隊の進出を妨害したならば、中国にとってはやっかいなことです。逆に中国側が日本の八重島諸島などを一時的にでも占領して飛行場を押さえでもすれば、台湾の側面から脅威を加えられるかもしれません。
さらには敵の情報入手を邪魔するという観点からも、日本の南西諸島は重要になります。ランド研究所のレポート「竜の巣に入る(Entering the Dragon's Lair)」では、中国の接近拒否戦略のかなめの一つが、敵の情報や連絡を寸断することにあると指摘しています。また、航空優勢をえる最良の方法は、敵の空軍基地を叩くことだという中国側の認識を紹介しています。そのためミサイルの他、特殊部隊や工作員による襲撃をおこなう可能性があると論じています。台湾海峡有事において重要になる軍民の滑走路、自衛隊のレーダーサイトや通信基地が点在しているのは、鹿児島県から沖縄県にかけての島々です。
中台紛争の勝敗を決するだろう接近阻止戦略、その舞台となる空間に、日本の南西諸島が横たわっています。
晴れた日に傘を作るということ
こういったわけで、日本は朝鮮半島、台湾海峡の2つの有事について、いずれも無関係ではいられません。それには色々な理由がありますが、わけても最大のものは日本列島の位置です。これは変えようがないことです。
そこで日本としては、世界の平和はもちろんながら、まずは我が身の安泰のためにもそういった隣家の火事(周辺事態)を抑止したい。しかし日本自身が他国に武力介入することは制約があって不可能です。そこで主にはアメリカにやらせて、拠点の提供や後方支援でそれを後押しする形をとっています。
この日本の方向性が定まったのは90年代の日米安全保障共同宣言と、周辺事態法の制定です。それらの動きは、北朝鮮核危機と、台湾海峡ミサイル危機という2つの事件を踏まえています。90年代に朝鮮半島と台湾海峡の両方で戦争が起こりかけた結果、日本がそれらの戦争を無視できないこと、ならば防ぐ方に加担する他ないことが明らかになったのでした。
2011年現在、2つの爆弾のうち、朝鮮半島は不穏ながら、少なくとも台湾海峡の方は落ち着いています。朝鮮半島情勢は引き続き予断を許しませんが、今すぐに中国と台湾が紛争に陥ることは考えがたいでしょう。
ですが今日は晴れている空も、明日には雨を降らせることがあります。2010年の朝鮮半島は、北朝鮮の軍事攻撃によって韓国の軍民に死者がでる事態となりました。ですがその10年前、2000年ごろには南北首脳会談があって、これからは南北の平和友好が実現できるかと思われたものです。
いま平和だからといって、5年先、10年先もそうだとは限らないのです。そして軍事力の整備は20年、30年といった期間がかかります。すれば、今が平和でも関係各国が備えに怠りないのは、むしろ当然というべきでしょう。それが晴れた日に傘を作るということであり、安全保障の努力だからです。
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