リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

普天間、善意による混迷

 鳩山総理が沖縄県を訪問されました。政府案(辺野古沖プラス徳之島)への理解と協力を求めるべく、知事、市長、市民らと会談されたそうです。テレビ、新聞らで既に数多くの報道がなされています(産経5/4読売)。

鳩山首相は「辺野古の海をきょう訪れ、改めてこの海を汚さない形での決着が必要だとの思いを強くした。しかし、北朝鮮を始めとする北東アジアの情勢にかんがみ、抑止力の観点から引き続き基地の負担を一部お願いせざるを得ない」と述べ、協力を要請した。

名護市長に首相「抑止力の観点から協力を」 : 基地移設 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

回りまわって、結局また沖縄

 鳩山総理のかねてからの持論は「常駐なき安保」、言い換えれば在日米軍の総撤収でした。さすがに総理就任後はそこまでは仰らぬものの、普天間基地の移設先については県外移設(日本国外、または沖縄県外)の考えを度々表明してこられました。そこで移転先として色々な名があがり、世論は翻弄されました。

 それに加え、さまざまな立場の人から怪しげな流言蜚語がおこったことも、混乱に拍車をかけました。曰く、普天間基地は日本や周辺有事のためのものではない、軍事的にみれば嘉手納統合で決まりだ、イヤ実はもう既にグアム移設で決まっている、総理の右往左往は沖縄の反対運動を盛り上げるための芝居である、云々と。誤解や売名目当てによって、そういった途方もないデマを流す人があったため、混迷はますます深まりまったように思います。(一例

 そして挙句の果てに落ち着いた政府案は、政権交替前の旧案を手直ししたもので、結局沖縄県内となりました。

なぜ結局は沖縄県内に戻ってしまったのか?

 とはいえ現政権は、できるだけ県外、国外に移設先をもとめる方向で進めたかったはずです。なぜそれを断念し、批判を浴びることが分かっていながら沖縄県内に戻ってきてしまったのでしょう。鳩山総理は沖縄において普天間海兵隊の「抑止力」を理由としています。

 抑止力とは、他国に戦争を思いとどまらせる力のことです。起こる可能性がある戦争に備えることで、ある国が「もし戦争を起こしても、その目的を達成できない」状況を作ります。沖縄の米軍は、沖縄を含む日本のみならず、朝鮮半島と台湾海峡の有事にも備え、さらには世界的な展開力の一部となることで、抑止力を形成しています。

 いま得られている抑止力を維持するには、普天間を移設した先で、現在と同等の基地機能が果たせる必要があります。すれば移転先はどうしても沖縄周辺になってしまいます。これについては「週刊オブイェクト」において詳しく述べられています。(参照「「なぜ普天間基地移設先は沖縄県内でなければならないのか」)また、このブログでも解説記事を書いたところ、とても大きな反響を頂きました。「普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり)


 また元空自幹部の数多久遠さんによる解説でも、こう述べられています。

軍事的な観点で言えば、普天間飛行場には大きく2つの意味があります。 一つは、海兵隊戦力の投入拠点です。そしてもう一つは、嘉手納に所在する航空機が緊急時に利用する飛行場としての意味です。


海兵隊の投入拠点としては……近隣に使用可能な後方のインフラと港湾があることも重要です。 ……また、もちろん位置も重要で、回転翼機(ヘリ)が台湾に空中給油なしで到達できる場所でなければ空港を置く意味がありません。


この点で沖縄県外は論外です。

普天間の代替候補地条件: 数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感


 このような実務上の都合があるので、当初は県外移設をしたいと考えていた鳩山政権でも、検討を重ねるとだんだんと沖縄に戻っていってしまいました。沖縄での記者会見で、鳩山総理はこう述べられています。

「あの、私は海兵隊というものの存在が、果たして直接的な抑止力にどこまでなっているのかということに関して、その当時、海兵隊の存在というもの、そのものを取り上げれば、必ずしも、抑止力として沖縄に、存在しなければならない理由にはならないと思っていました。


ただ、このことを学べば学ぶにつけて、やはりパッケージとして、すなわち海兵隊のみならず、沖縄に存在している米軍の存在全体の中での海兵隊の役割というものを考えたときに、それがすべて連携をしていると。その中での、抑止力というものが維持できるんだという思いに至ったところでございます。

朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?

 
 最初は「別に沖縄でなくてもいいんじゃないか」と思っていたけれど、よく検討してみると、やはり沖縄でなくては駄目だと分かった、というのです。普天間の機能を維持する前提で考える限り、そうなるのは当然のことです。こういったことは、ブレーンにまともな人を選ぶか、官僚からこれまでどういう検討を重ねたのかを事前に聞いておけば、すぐに分かったはずですが、そうはいかなかったのでしょう。

参考
普天間および在沖米軍について韓国紙の論評 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ]

ナポレオン三世近衛文麿、ほか多数

 このブログでは政権が交代する前、昨年の7月に、普仏戦争についての記事をひとつ書きました。フランスは向こう見ずにも、戦争になる可能性をあまり考えずにプロシアを挑発し、そして遂には勝てるかどうかもよく考えずに戦争に打って出た、とJ・P・テイラーは書いています。

 それが可能かどうかは、二の次の問題でした。それよりも、ここでプロシアを威嚇したほうが国民にウケる、政権の威信が高まる、といった都合の方が先決問題であったのです。これを踏まえ、私は次のように書きました。

私はここで…フランスの愚かさに興味を惹かれます。


このことからは、政権の国内的な都合で、無計画に外交をやると、どれほど悲惨な結果になるか、ということが表れているように思えます。普仏戦争後も、まったく国内的な都合だけを考えて外交を誤り、勝算のない戦争に突き進み、敗北する愚かな政権は世界中にあらわれました。


そのような愚かな政権に共通するのは、可能なことと不可能なことを区別しない、ということです。自国の力ではムリな外交成果を、あたかも当然の権利であるかのように国民に信じ込ませます。それで国民を喜ばせてしまい、後に引けなくなり、不可能事を実際にやろうとして無茶に走ります。このような政権には注意が必要です。


日本でも政権交代の可能性が高まっています。総選挙後の次期政権がどのようになるにせよ、名分にこだわって不可能事を押し通さない、現実的な政治をして欲しいものです。特に外交・防衛分野においてはそうです。


外交・防衛において実現不可能なことを国民が信じ、政府が後に引けなくなった時、どれほどの破滅がくるか。その点について、私たち日本人はフランス以上によく知っているのですから。



(第二次近衛内閣の成立 1940年)


 ナポレオン三世にせよ、近衛文麿にせよ、可能不可能を考慮せずに良さそうなことを言う政治家は怖いものです。できもしないことをやるといって国民の期待を集め、そして引くに引けなくなり、国民もろとも破滅に突き進む恐れがあるからです。

 果たして鳩山政権は普天間問題を混迷させてしまいました。もっとも今になって、無理なものは無理と正直に認めたことは、不幸中の幸いだったのかもしれません。

善意が招いた混迷

 もともと鳩山政権が「県外か国外」と言い出したのは、沖縄県民のことを思っての意図だったはずです。そもそも移設問題は、普天間基地が市街地にあってとても危険なので、これを解消せねばならない、という点から始まりました。それが辺野古沖となりました。これで普天間周辺の危険はなくなるにしても、移転先基地は沖縄県内に残ってしまいます。この案を敢えて再検討を試みたのは、たとえ面倒事を起こしてでも沖縄の負担を軽減したい、という善意の気持ちゆえだったのではないか、と私は思います。

 しかし結果的には、当の沖縄や徳之島の人々に対してかえって残酷なことになってしまったように見受けられます。先に「県外」という希望を持たせながら、後になって「やはり県内」と告げられては、怒りを抱くのが自然でしょう。

 まして今の政府案をもって地元とアメリカから合意がとれなければ、事態はさらに悪化します。ずるずると普天間基地の継続使用が決まる公算が高いためです。そうすれば「普天間はなくなるけど、沖縄に基地は残る」という旧政権下の予定と比べて、さらに一層の後退です。恐らくは善意によって試みたことが、かえって悪い結果を招き寄せつつあります。

 古代ローマの政治家ユリウス・カエサルは「どんなに悪い結果に終わったことでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によるものであった」 という言葉を遺しています。普天間移設の件は、まさに善意によって始まり、かえって悪い結果に陥ってしまった政治的失敗、その例の一つであるように、私には思われます。

 各政党にはこの教訓を忘れず、今後の治世の糧として欲しいものです。つまりは最良の幻想は捨て去り、より小さく悪い現実を求めていくということです。別して普天間問題については……さて、一体どうしたものでしょうか、本当に。さしあたり、どこかにウルトラCがあるなどとは考えず、まずは島の人々の声に向き合うことからでしょうか。それがどれほどの怒りや罵りの声であったとしても。

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