リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

日本は人道的な武器輸出国をめざす

 日本は「武器輸出三原則等」によって兵器の輸出を長らく自粛してきました。しかしこれを緩和する方向で議論が進んでいます。この動向をみるに、武器輸出三原則等を廃止こそしないものの、近いうちにある程度の武器輸出を認めることになるかもしれません。

武器輸出解禁への動き

 輸出解禁への流れを表面的に主導してきたのが北澤防衛大臣です。10年1月には防衛産業の会合で武器輸出三原則について「そろそろ基本的な考え方を見直すこともあってしかるべきだ」と述べました。これに対して鳩山首相は「口が軽すぎた」(ロイター10年1月12日)と厳しい批判を行いました。

 しかし首相の叱責とは裏腹に、北澤防衛大臣はその後も緩和に前向きな発言を繰り返します。そして10年3月になって防衛省から正式に、輸出緩和の提案がなされました。『人道目的に限って輸出を認める』というのです。

防衛省は、人命救助などの人道目的で用いる防衛装備品を、原則すべての武器輸出を禁じる「武器輸出3原則」の適用外とする検討を始めた。……鳩山政権として、3原則を守りつつ、目的によって武器輸出を可能とする新たなルールづくりを目指す。


防衛省は今回、「軍隊が使用するもので、直接戦闘の用に供されるもの」…とする武器の定義に該当せず、人道目的と認められる防衛装備品については、使用目的を限定することを前提に、輸出を認める方向で検討。

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 北澤大臣の1月の発言は思いつきやリップサービスではなく、内々に進みつつある輸出緩和への合意づくりを踏まえたものであったのでしょう。それに対する鳩山首相からの「口が軽すぎた」という言葉も、「内々にはもう輸出緩和でまとまりつつあるけれど、まだ言うには早い」という意味だったのかもしれません。

 いずれにせよ、武器輸出を限定的な解禁を検討するのは、もはや政府の公式な方針になったと考えていいでしょう。北澤大臣は先走って三原則等の見直しを唱えてみることで、反発の程度を見定め、どの辺りを落としどころにするかを探っていたのでしょう。

 その落としどころが、こうです。

武器輸出三原則等は維持するが、その”運用を緩和”する

 2010/3/30付の日経によれば、北澤大臣はインタビューで三原則等の「運用の緩和」を検討すると答えています。

――首相が武器輸出三原則の堅持を唱えるなか、防衛産業をどう活性化するか。


 三原則を内閣としてきちっと守ることに変化はないが、運用面で何とかならないかと考えている。三原則で身動きが取れない状況は検討すべきだ。

武器輸出三原則、運用を緩和 北沢俊美防衛相 :日本経済新聞


 武器輸出三原則等は維持するけれど「運用面でなんとか」して輸出可能にする、とはどういうことでしょうか? これは日本の武器輸出自粛の方法と関係があります。

 日本が戦後早くから今まで武器輸出を禁じてきた法的手段は、外国為替及び外国貿易法の運用です。この第48条で「……特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は……経済産業大臣の許可を受けなければならない」とされています。経済産業大臣は政府の方針である武器輸出三原則等によってその許可を普通は出しません。よって輸出できない、無許可で輸出したら法律違反になる、というわけです。

これまでに認められた武器輸出

 逆に言うと、政府が「これは武器輸出三原則等の例外扱いにする」と考えたならば、経済産業大臣が許可を出して輸出ができます。これまでもいくつかのケースで「これはOK」という例外が設けられました。戦闘機F−2の日米共同開発、ミサイル防衛のための日米共同開発、そして海賊対策での巡視船の輸出などです。

 常態化している例外もあります。PKO等の海外派遣や、海外での訓練の際に自衛隊が持っていく装備品です。これは派遣任務で使うためのものであって、あたり前ですが、PKO等に行った先で売り歩くわけではありません。しかし海外に輸送する以上はこれも一種の武器輸出だというので、自衛隊はいちいち経済産業省に「これこれの装備を持っていきますが、よろしいか」と許可をもらってから海外派遣に出動しています。(参考)

 これらから分かるように、武器輸出三原則等はこれまでも堅持されてきたものの、政府が「これはOK」と認めたものは輸出されてきました。よって「ここまではOK、ここからはダメ」という三原則等の運用目安を変更すれば、輸出可能な品は増えることになります。北澤大臣のいう「運用でなんとか」とはこういうことです。

落としどころは「人道目的」という限定?

 いま防衛省が進めようとしている「人道目的に限って、三原則等の例外扱いとする」という線引きです。武器を人道目的で使う、なんて聞くとちょっと意外な感じがします。ですが兵器といっても銃やミサイルといった殺傷を目的とするものばかりではありません。

 例えば陸上自衛隊の空挺部隊で使っているパラシュートは、何せパラシュートですから、別に軍事作戦でなくても使用可能でしょう。ですが同社のWEBサイトにはこうあります。

武器輸出三原則」により当社の製品が輸出されることはありませんが、技術面では海外との交流も積極的に取り組んでおり、当社の人体傘は外国のメーカーからも高い評価を得ています。

パラシュート(人員降下用) | 救命胴衣・パラシュートなら藤倉航装株式会社


 日本製パラシュートが輸出して商売になるかどうかはともかく、自衛隊の装備といっても殺傷目的ではなく、人道目的や民生用にも使えそうなものは少なくありません。ガスマスクや地雷処理機などは分かり易いですね。

 わけても有力な製品として北澤大臣のインタビューで名前が挙がっているのが海上自衛隊の「US―2」です。これは海洋救難のための飛行艇です。海の事故があったときに人命を助ける用途ですから、これは人道目的といっていいでしょう。既に幾つかの国から問い合わせがあったといいます。だからといって必ず売れるとは限らないわけですが、有力な輸出品目であることは確かです。

 他にも既に例外扱いとして輸出が行われた例が、海上保安庁の巡視船です。海賊対策のためにインドネシアに供与され、またイエメンへの供与も予定されています。これらの輸出はODAの無償供与という形でしたが、もし自らお金を出してでも欲しいという国があれば、同様に輸出することで海の安全と日本の造船業に貢献できるでしょう。

チェック体制と用途の制限

 もしも人道目的で、あるいは別の基準であっても武器輸出三原則等の運用が緩和されたならば、それを具体化するためにチェック機能をととのえる必要があります。

 日本は「人道目的だ」と思って輸出しても、それを買った国ではそれ以外の用途に転用してしまうかもしれません。そのように想定以外の用途に使われたり、あるいは第三国に再度輸出されたりしないよう、監視することが必要です。

 例えば武器輸出について比較的厳しい基準をもっているアメリカにはEUMA (End User Monitoring Agreement)という制度があります。これはアメリカから輸出した装備品が、事前の約束に反して転売されていないか監視する仕組みです。

 このように兵器を輸出する際に「かくかくしかじかの用途に限って使用します」「第三国への転売はしません」などの約束を取り交わすのは一般的なことです。日本でも特定の製品を輸出するときには、「最終用途証明書」を提出させて転売を予防しています(参照)。

 仮に「人道目的に限る」というしばりをつけて輸出し、その基準を厳格に守るならば、こういった制度の強化が必要になってくるでしょう。輸出時に制限の契約を交わすだけではなく、その後も約束が守られているかどうか定期的に調査する、といった体制を経産省に作ることが検討されるべきでしょう(後のことは知らない、と割り切るなら話は別ですが)。

武器輸出には線引きが肝心

 武器輸出には政府の管理が必要で、野放しにはできません。武器輸出は単なる経済活動に留まらず、外交・安全保障に大きく関わる問題であり、かつまた野放図にやれば人道的にも問題を生じかねないからです。

 しかし政治的・人道的に問題がなければ、民間のビジネスを制限するのは望ましくないでしょう。それによって本来生じるべき売上や雇用を失われては、日本の経済と国民の生活にとって損失だからです。そのためどこで線を引くかは高度な政治判断が必要です。

 そここで、とりあえず「人道目的に限る」という線まで輸出可能な範囲を広げることが検討されています。そのように用途や転売を制限した上で輸出するのは、国際的にみてよくあることです。チェック体制を整えればそのような制限をある程度機能させることは可能です。

  かつ、人道目的の武器輸出ならば既に日本の巡視船をインドネシアやイエメンに供与した先例があります。これが他にも解禁されるならば、US-2など既に海外から打診がある商品もあります。

 よって武器輸出三原則等を維持しつつもその運用を変え、人道目的に限っては例外として武器輸出を解禁するのは、必ずしも最善ではないのですが、さしあたり悪くはない落とし所だというべきでしょう。

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